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「グローバル・サウス」とは何か

2023年4-5月号

白石 隆 (しらいし たかし)

熊本県立大学 理事長

昨今、「グローバル・サウス」ということばがよく使われる。今年のG20(主要20か国・地域)議長国のインドが食料、エネルギー、債務など途上国が直面する問題に焦点を合わせ、「グローバル・サウス」代表としての立場を前面に出しているといった文章がその例である。では、「グローバル・サウス」とはどういう意味か。どれほど有用なのか。
グローバル・サウスは「南の世界」とでも訳せば、およその意味はわかるだろう。要は、日本、北米、欧州など「北」の国々とは違う「南」の国々のことで、しかも「北」の国々として想定される所得水準の高い、自由民主主義の、多くが米国とその同盟国である先進国に対し、中、低所得国で、政治体制も民主主義とは限らない、また国際的にもロシアのウクライナ侵略などについて、米国とその同盟国と必ずしも行動を共にしない国々を意味することが多い。ただし、その意味は誰がどういう狙いで使うかで、伸び縮みする。中国は「グローバル・サウス」を「第三世界」と見て、その代表を任じている。一方、バイデン大統領は、米国をはじめとする先進国でもなければ、米国中心の国際秩序に挑戦している中露などとも行動をともにしない国々、つまり、「非同盟・中立」の途上国の意味で使っている。
では、このことばは現にある「南の世界」の政治、経済を理解する上でどれほど有用だろうか。これを考える上では、世界の政治経済が冷戦終結以降の三十年間でどれほど変わったか、よく注意しておく必要がある。
1990年、世界経済(名目GDP)に占める先進国のシェアは80%、途上国は20%だった。しかし、2020年には先進国60%、途上国40%になった。地域で見ると、1990年には北米(カナダと米国)と欧州(EU)を合わせて60%、それが2020年には45%になった。一方、世界経済に占めるインド太平洋(東アジア、東南アジア、南アジア、オセアニア)のシェアは1990年の22%から2020年の35%には拡大した。
なぜか。かつて「途上国」と括られていた国々の中から、中国、インド、ブラジル、インドネシア、タイ、ベトナムなどの国々が「新興国」として登場したためである。こういう国の人たちは自国の国力が伸び、自分たちの生活が良くなったことをよく知っている。そのため、これからは自分たちの時代だ、先進国のお説教は聞かないと自信を持つ一方、経済が停滞すると政治が不安定化することもわかっている。その一方、中央アジア、サハラ以南のアフリカ、中南米などには、低所得にとどまる国、統治機構としての国家自体が失敗しつつある国も少なくない。「グローバル・サウス」はこういう違いを見ないことばである。
もう一つ注意すべきは、新興国の台頭で各地域の政治が大きく変化していることである。中国の超大国化で東アジアの力のバランスがどれほど変わったかはよく知られている。南アジアでもインドが圧倒的な力を持つようになっている。これまで三度の戦争で三回負けたパキスタンが核武装によってインドとのバランスを取ろうとするのはそのためである。一方、東南アジアでは多くの国が新興国として発展し、そのため地域経済に占める各国シェアもそれなりに安定し、これがASEANをベースとする相互信頼の深まりを支えている。
こうしてみれば、グローバル・サウスということばは、米国、中国、インドなどでは外交戦略の用語として便利でも、かつて「第三世界」「途上国」と呼ばれた国々と地域の現状を理解するにはあまり役に立たないことは明らかだろう。21世紀の大きな構造変化の一つは新興国の登場にある。新興国はこれからますます自己主張を強め、一国、あるいは複数国で、自分たちに都合の良い外部環境を自分たちの地域に作ろうとするだろう。新興国の対外行動とその基本にある考えを理解するには、それぞれの国をもっと丁寧に見ておく必要がある。

著者プロフィール

白石 隆 (しらいし たかし)

熊本県立大学 理事長