地域の現場から

お座敷から見る文化継承と産業育成

2023年4-5月号

松村 智巳 (まつむら ともみ)

株式会社日本政策投資銀行 北陸支店長

木虫籠(きむすこ)の町家が立ち並ぶ茶屋街の光景は金沢を代表する情景の一つとなっており、フォトジェニックな観光スポットとして人気を集めている。金沢市内には、ひがし・にし・主計町と3つの茶屋街があるが、軒を連ねる町家の殆どはカフェやレストラン、土産店などとなっており、実際にお茶屋として営業しているお店は限られている。お茶屋は裕福な旦那衆の社交場として営まれてきたことに加え、「一見さんお断り」のしきたりがある。このため、茶屋街は金沢の人気観光地になっているが、金沢で生まれ育った人の大多数はお茶屋に足を踏み入れたことがなく、必ずしも身近な存在ではないとも聞く。

そんななか、弊支店でもかつて馴染みがあったお茶屋があると聞き、当地ならではの伝統芸能と我々庶民には縁遠い茶屋文化を体験できるまたとない機会と思い、有志を募り、自費でお座敷をかけてみることにした。
お茶屋に着くと、女将が2階のお座敷に案内してくれた。お座敷で島田白塗りの芸妓(げいぎ)と同席するという非日常的な空間に若干戸惑っていると、女将から「ご自宅にいるつもりで寛いでくださいね」と無茶振りながらも温かいお言葉をいただく。お酒とおつまみをいただきながら、しばし歓談した後に、地方(じかた)による唄と三味線にあわせ、新人芸妓である新花(しんばな)による季節のおどりが披露された。一つ一つの所作が美しい舞と情緒あふれる唄と演奏に、お茶屋初心者の我々は「ブラボー!」としか言えなかったが、目の肥えた旦那衆であれば芸に対する適確な批評がなされたところであろう。その後は、金沢の花街にしかないといわれる「お座敷太鼓」を叩かせていただき、芸妓と「金毘羅船々」などのゲームに興じるなど、伝統芸能とお座敷遊びを堪能させていただいた。
金沢の伝統芸能とおもてなしを今に伝えるお茶屋と金沢芸妓であるが、娯楽の多様化、支えてきた旦那衆の減少に、コロナ禍によるお座敷の激減が追い打ちをかけ、その数を減らしている。旦那衆の減少については、長引く景気低迷に加え、オーナー企業といえども経営の透明性が求められる当世では、スポンサーを続けることも難しいだろうと憶測する。
お茶屋・金沢芸妓の減少に危機感を抱く石川県や金沢市は、伝統芸能の承継を目的として芸妓育成や至芸取得のための奨励金を出すなどの支援を行ってきた。昨年7月には、「令和の旦那衆」として、商工会議所や経済同友会などが連携して伝統芸能の担い手を支援する経済人会議が設立され、地元の企業経営者を中心に200名以上の会員申し込みがあるなど、官民あげて茶屋文化の保存・継承に取り組んでいる。
お茶屋は芸妓が磨き上げた芸を披露する場であり、その設えや芸妓が身に纏う加賀友禅、使われる楽器・御道具は職人が作り上げてきたものである。旦那衆はお茶屋で遊ぶことを通じて、伝統芸能の継承を支えると共に、職人に腕を振う機会を与えてきたのである。今日、伝統芸能や茶屋街の佇まいは多くの人々を魅了する観光資源となり、職人の技能や工芸で培われたモノづくりの工夫は石川県の製造業を支える技術力のベースとなっている。一見ただのお遊びのようにも見えるお座敷遊びであるが、旦那衆は商いで得た利益を金沢内部で回すと共に、長期的な目線で地域産業への投資を行ってきたようにも思える。
金沢の旦那衆は、仕事が出来るだけでは半人前、芸事やお茶を嗜んで漸く一人前と言われていたと聞く。何かと効率性や合理性を追求しがちな当世ではあるが、茶屋文化を支えてきた旦那衆のような心の余裕を持ちたいものである。

著者プロフィール

松村 智巳 (まつむら ともみ)

株式会社日本政策投資銀行 北陸支店長