『日経研月報』特集より

ものづくり産業の新たな動き

2022年6月号

山本 匡毅 (やまもと まさき)

高崎経済大学地域政策学部 教授

1. はじめに

ものづくり産業は「工業」や「製造業」と呼ばれ、古い産業のように思われるかもしれない。しかしながら、今もなお日本におけるGDPの約20%を「製造業」と呼ばれるものづくり産業が担っており、依然として日本経済の基軸となる産業である。さらに地域経済では、地方圏を中心にものづくり産業に依存する地域が少なくない。2014年から始まった地域創生の動きのなかで、ものづくり産業の新たな活性化は避けることのできない、非常に重要なファクターであるといえよう。
本稿では、最初に地域創生においてものづくり産業が重要になる理論的な根拠を確認する。次いで地方圏で先進的なものづくり産業の動向を2つ検討する。最後に、地域創生の変化のなかでものづくり産業の活性化をどのようにするのか、その方向性と課題を示す。

2. 地域経済とものづくり産業

周知の通り、日本の総人口は減少に転じて久しい。人口減少は単なる過疎化という社会問題だけを惹起するわけではなく、経済的には人口減少が内需の減少をもたらす。とりわけ生産年齢人口の減少は、需要の減少に拍車をかけることになる。このことは、内需に依存してきた産業が新たな市場を開拓する必要性に迫られていることを意味する。家電製品や食料品などは元々、国内需要や地域内需要向けであったが、人口動態からこれらの市場は大きく変化することが明確になっている。
そこで、注目されているのが海外市場や域外市場である。海外では人口の増加する国も少なくない。また先進国では「和食」のように、日本の製品やコンテンツの新たな価値の評価もなされている。さらに従来は地域内市場向けであった醤油や日本酒などが域外市場で高付加価値品として販売されるケースも出てきた。かかる海外市場や域外市場が新たな成長市場としてみなされるようになっている。
それではなぜ地域創生において、改めて海外市場や域外市場に注目するのであろうか。これは経済地理学では「経済基盤説」という理論に基づいている。経済基盤説では、産業を基盤産業と非基盤産業に分ける。前者は域外から需要を獲得し、収入を得る産業であり、後者は地域内の需要に対応する産業で、域外からの財・サービス購入を通じて域外への所得の漏出が生じる。基盤産業の代表的なものはものづくり産業(製造業)である。他方で小売業やサービス業は地域内需要向けが主であるため、非基盤産業になりやすい。それゆえ、地域創生において、基盤産業の活性化と多様化が必要であり、その一つの手段がものづくり産業の活性化なのである。
以下では基盤産業として地域創生に寄与している、新たなものづくり産業の事例を2つ取り上げ、紹介する。

3. 九州地域のネットワークを活かして宇宙産業を拡大:QPS研究所

宇宙産業は成長産業として、2010年代後半から急速に注目を集めている。その中で地方都市を拠点として宇宙産業に取り組み、注目を集めてきたのが株式会社QPS研究所(福岡県福岡市、従業員30人(うち3分の1が九州出身))である。同社は九州大学発スタートアップ企業であり、2005年に九州大学工学部教授を退官した八坂哲雄氏(現QPS研究所取締役)を中心に3人で創業した宇宙関連企業である。QPS研究所の創業時は八坂氏などの宇宙工学研究者が定年後も学生の衛星開発プロジェクトをサポートすることを目的としていた。ところが八坂氏の九州大学時代の教え子で、現社長の大西俊輔氏が大学院修了後にQPS研究所へ入社したいという意向を示し、それに対して八坂氏が社長就任を条件としたため、現在の経営体制が構築された。

QPS研究所の現在のコア事業は、小型SAR(Synthetic Aperture Rader)衛星を用いた準リアルタイムでの地球観測である。この事業に着目して始めたのが大西社長であり、2015年ごろから取り組んだ。光学式人工衛星を用いた観測では、天候不良や夜間という条件下では、リアルタイムに地球を観測できないという課題を抱えていた。これに対してQPS研究所が開発した小型SAR衛星は、衛星から地表面に電波を照射し、戻ってくる電波をキャッチしてそのデータを画像化することで、光学カメラを使った衛星では限界があった地球観測の頻度を大幅に向上させることができる。同社の小型SAR衛星を使って最終的に36機の衛星コンステレーション(複数の人工衛星によって高度な価値を提供するシステム)を構築して、ほぼ世界中の任意の場所を平均10分間隔で観測を可能にする計画である。その結果、天候不良や夜間であっても地表面において70㎝範囲の物体を判別できるようになり、安定的に地表情報を得ることができるようになることを実現する計画である。
同社の最初の衛星は2019年12月に打ち上げた「イザナギ」、2号機が2021年1月に打ち上げた「イザナミ」である。これらは100kg程度で軽量かつ省電力であり、コストも従来の約100分の1まで下げることを実現した。かかる技術の獲得に寄与したものが、パラボラアンテナである。パラボラアンテナの開発は、八坂氏が開拓した九州のものづくり企業と連携して行った。
QPS研究所が連携した地域のものづくり企業とのつながりは、八坂氏のネットワークが起点である。八坂氏は九州大学時代の2003年頃から九州全県を回って航空宇宙産業に関わったことのない企業に講演会を行い、協力を求めていった。この背景には大学では実際のものづくりが難しく、専門企業に依頼することの必要性を感じていたことがある。そのなかで九州のものづくり企業が九州大学とネットワークを持つようになり、現在のパートナーであるものづくり企業ともその頃から強いつながりが構築された。
ところで地域のものづくり企業は得意分野を各々が持っている。このことをQPS研究所は理解しており、開発において役割を細かくして、パートナーであるものづくり企業との連携を進めてきた。パートナーのものづくり企業は25社以上あり、これらのうち80%~90%が北部九州に立地している。参加しているものづくり企業の具体的な技術として、ゴム部品製造、旋盤加工、機械加工、金型製作、熱処理など多岐に亘っており、技術的多様性が存在している。かかる企業群のコアメンバーは福岡県久留米市の若手経営者を中心としたNPO法人円陣スペースエンジニアリングチーム(以下、e-SET)を形成し、QPS研究所のパートナーとして小型SAR衛星の開発に関わってきた。QPS研究所とe-SETの関係は特徴があり、QPS研究所はe-SETなどの企業を「サプライヤー」として決してみないことである。QPS研究所からみてe-SETは常に開発を行うパートナーであり、対等な関係性を構築している。さらに信頼性も高く、QPS研究所は持っているテーマや課題をe-SETなどのパートナーへ全部出して、全員で考えることを行い、e-SETでは2週間に1回のミーティングを重ね、衛星開発企業群としての実力を高めてきた。

QPS研究所の小型SAR衛星は、九州発であり、かつメイド・イン・九州である。さらに2022年4月には、小型SAR衛星3号機、4号機をIHIエアロスペースのイプシロンロケットを使用して2022年度に鹿児島県から打ち上げることが決まった。これにより、QPS研究所の小型SAR衛星は、「九州製の衛星が九州から打ち上げられる」ことになる。九州発宇宙スタートアップ企業が開発した人工衛星が地域のものづくり企業によって製造され、九州で打ち上げる一貫体制が構築されたことで、宇宙産業のエコシステムが形成されつつある。
同社の提供するサービスはグローバルに展開されることから、QPS研究所の小型SAR衛星は九州の地域資源を活かし、域外から需要を獲得する中核になる。ただし、QPS研究所とe-SETの役割はそれだけではない。かかる企業群は九州に人材の受け皿を作り、人材を残すことを出発点としており、魅力的な産業である宇宙産業が後継者や若い人の立地に結び付くと考えていることが挙げられる。九州を拠点とする宇宙関連企業の成長が地域創生の鍵となり始めている。

(注1)

4. 地場産業からグローバルビジネスへ:ツトム食品

群馬県はこんにゃく芋の90%以上を生産する産地であり、こんにゃく製造業が伝統的な地場産業として発展してきた。こんにゃく製品は日本食であることから、その市場はほとんどが国内である。国内のこんにゃく製品市場は食生活の多様化や家庭での調理減少などの影響から縮小してきた。2010年にはこんにゃく製品で687億円の市場規模があったのに対し、2017年には538億円まで小さくなった。かかるこんにゃく製品市場の縮小は、地域のこんにゃく製品メーカーにとっては経営上のリスクになっている。
そのなかで有限会社ツトム食品(群馬県富岡市、従業員15人)は、いち早く国内市場向けから海外市場へと視点を変えたケースである。同社は、元々、学校給食などの業務用こんにゃくのOEMメーカーであり、B to Cの小売向け製品の比率は高くなかった。他方で業務用こんにゃくの製造・販売で培った顧客のニーズに応える力が自社の強みであると認識していた。
ツトム食品が海外市場に展開した契機は、営業部長である土屋和巳氏と工場長の意向であった。土屋氏は2018年頃に自社のことを知らないと認識し、同時に会社に貢献したいという思いが強くなっていた。そのなかで2018年7月に親戚がいるベトナム市場での試作、市場情報の収集に行った。この訪問をきっかけに、地元金融機関を介して、2018年に群馬県高崎市へ新設されたJETRO(日本貿易振興機構)群馬を紹介され、ネットワークができた。その後、JETROが主催するセミナーに参加し、世界市場ではグルテンフリーやヴィーガン向けの需要が存在していることを知った。

JETRO群馬は、それまでに群馬県には無かったさまざまな海外市場の情報が集積している場である。土屋氏は早速、群馬県とJETRO群馬が主催するグローバルビジネス実践塾へ1期生として参加した。その後、群馬県やJETRO群馬が開催するセミナーや研修会に足繁く通い、海外展開の知見を深めていった。また商談会にも積極的に出展し、JETROの専門家からアドバイスを受けながら、商談を進めた。その成果として、2018年9月には同社としては初めての海外輸出を行い、エストニアへヴィーガン向けラーメンに使用するこんにゃく製品の輸出につながった。
海外の販路開拓では、認証規制が存在していることが障壁となる。例えば、こんにゃく製品に添付する「たれ」が規制対象になることもある。国ごとに規制が異なるので、同社では個別に輸出可能な商品を検討しており、輸出商品には「たれ」をつけない、あるいは「たれ」のメーカーに依頼して規制対応をとるという工夫もしている。例えば、海外向けの同社主力商品である「Soy Nyack(ソイニャック)」は、ゴマダレが添付されているが、現在ではEUの規制に対応したものに変わっている。さらに2021年6月にはツトム食品はHACCP(JFS-B)を取得した(注2)。かかる認証の取得は、既存の設備、メンバーで出来る限りの対応を行ったが、その結果、国内向けの受注増加に結び付けることができ、加えて社員の責任感向上を実現することができた。
かかる取組みの結果として、これまでに12ヶ国(エストニア、イギリス、フィリピン、ドイツ、香港、オーストラリア、シンガポール、スイス、フランス、インドネシア、カナダ、アメリカ)との取引実績があり、現在(2022年4月)も8ヶ国との取引が継続している。輸出商品もSoy Nyack(ソイニャック)だけでなく、従来品の玉こんにゃく、しらたき、板こんにゃくへ拡大してきている。
ツトム食品が海外市場の獲得に成功している要因は、経営陣の積極性と地域内外の資源の活用である。経営陣では社長と工場長の理解があって、土屋氏の学習が進んだ。また「Soy Nyack(ソイニャック)」のパッケージで付加価値を上げるために、デザイン性を高める際にはJETROを通じてアンケートを実施し、さらにJETROや商談会を契機として、地域内外のネットワークを構築している。例えば、同社商品には固定ファンがおり、Instagramに商品のPRをしてくれる人も出てきた。かかる社会関係資本(Social Capital)の厚みがツトム食品の海外展開を促進する要因になってきた。このような社会関係資本の厚みを増す取組みが地域の小規模企業であっても、内需に左右されずに持続的に成長する原動力になってきている。

5. おわりに

本稿では、地域創生におけるものづくり産業の活性化について、基盤産業として地域創生に貢献している2つの事例を通して検討してきた。成長産業といわれる宇宙産業は域内企業とのパートナーシップを形成し、人工衛星を完成させ、衛星サービスに結び付けていた。また地域内需要向けであったこんにゃく製品を海外市場へ輸出することで、こんにゃく製造業は基盤産業として強化されつつある。
ものづくり産業は、自動車のような機械製品だけではない。地域創生においては、既存のものづくり産業の市場に囚われず、新たな市場を再検討することが求められる。国内市場は少子高齢化や人口減少で成熟化が進んで行くことが避けられない。そのなかで、別の地域にある人口集積地や海外の市場は、既存企業にとっては市場のフロンティアになるはずである。ものづくり産業にとって、地域創生が変化するなかでは、市場のフロンティアを如何に見出すかが、成長を左右することになる。地域の産学官金が連携して、基盤産業としてのものづくり産業の市場を見出すことが、地域創生の加速を実現するものと考えられる。

[参考文献・参考資料]

松原宏編著(2022)『地域経済論入門[改訂版]』古今書院。
「日刊工業新聞」2021年12月22日
「毎日新聞」2021年11月7日朝刊
S-NET「急速に進む福岡県の宇宙ビジネス参入」https://s-net.space/special/frontrunner/39.html (2022年4月25日アクセス)
九州経済産業局「走り出す九州の宇宙産業」https://www.kyushu.meti.go.jp/seisaku/seizo/pamph/uchu_sangyou_1.pdf(2022年4月25日アクセス)
JETRO「ジェトロ活用事例」https://www.jetro.go.jp/case_study/2021/16.html(2022年4月25日アクセス)

(注1)2018年の販売量と販売額は見込み、2019年は予測値である。
(注2)HACCPでは、JFS-Cが国際的取引に通用する承認規格とされるが、中小規模の食品等事業者で独自に確認する仕組みを構築する場合には、JFS-A/Bが採用される。(一般財団法人食品安全マネジメント協会(2019)「JFS-B規格 Ver2.0ガイドライン」p.3)なお土屋氏によると、タイは元々、JFS-Cが必要であったが、現在ではJFS-Bで対応が可能になったという。

著者プロフィール

山本 匡毅 (やまもと まさき)

高崎経済大学地域政策学部 教授

1999年3月神奈川大学法学部卒業、2005年3月中央大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)取得。ひょうご震災記念21世紀研究機構、福岡アジア研究所、機械振興協会経済研究所、山形大学人文学部、相模女子大学人間社会学部を経て、2021年4月より現職。現在、山形大学客員教授、機械振興協会経済研究所特任研究員等を兼務。主な著作に、藤塚吉浩・高柳長直編(2016)『図説 日本の都市問題』古今書院(共著)、山﨑朗編著(2019)『地域産業のイノベーションシステム』学芸出版社(共著)などがある。