『日経研月報』特集より

デジタル技術で起こすイノベーション~地域課題への挑戦~

2022年4月号

八塚 昌明 (やつづか まさあき)

株式会社オートバックスセブン ICTプラットフォーム推進部長

〈聞き手〉 青木 崇 (あおき たかし)

株式会社日本政策投資銀行産業調査部産業調査ソリューション室 室長

はじめに

約10年前となる2011年のドイツ・ハノーバーメッセにおいて、「Industrie 4.0」が提唱されて以来、世界的にAI、IoTなどさまざまなデジタル技術が進化し、日本でもSociety5.0として国を挙げた取組みがなされている。また、自動車産業では100年に一度といわれるCASE革命が起こり、電装化の進展や自動運転車の開発などデジタル技術は欠かせない要素となっている。地域に目を向けると、高齢化による運転免許の返納や熟練労働者の引退など、移動手段そのものや地域の生活インフラを支える人々が減少しているという実態がある。そのような課題には、デジタル技術の活用で対応していくことが不可欠である。本稿では、カー用品販売大手であるオートバックスセブンの八塚ICTプラットフォーム推進部長に、同社でのデジタル技術を活用したイノベーションの取組みについて話を伺った。また、同社は地域の課題解決にもデジタル技術を活用した取組みをされており、地域の課題や具体的な対応状況についても話を伺った。

ライバルはAmazon

青木:私が八塚部長にお会いしたのは2017年。当時は、IoTがバズワードであった頃で、弊行に「IoTについてディスカッションしたい」とのお声をかけていただき、意見交換の機会を頂戴しました。
八塚氏:当時はまさに、IoTというワードが世間に溢れていた頃で、当社も広範に情報収集していました。IoTはバズワードで終わるのか、それともビジネスの本質となるのか、見極めていく必要がありました。私自身は、オートバックスセブンに中途で入社する前は、日本IBMでクラウド事業やスマートシティ事業に参画していたこともあり、IoTなどのデジタル技術に関してはある程度の見識はあり、自分なりの解釈はしていましたが、より幅広く意見を聞いてみたいと思いDBJ産業調査部にご相談させていただきました。青木さんとの意見交換で、IoTから生まれるデータの価値や、米国やドイツの最新情報についてディスカッションができ、非常に有意義で印象的な出会いであったことを覚えています。
青木:八塚部長は、「これからは、Amazonがライバルになる」と、産業構造の変化を敏感に感じ取られていました。オートバックスセブンでは、多数のICT事業を推進されていますが、これまでの取組みの具体例をご教示ください。
八塚氏:当時は素人感覚ではありましたが、技術優先から利用者、利用シーン優先の開発が業界を超えて進んできているように思っていました。最新機能よりも、課題やニーズに則したUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)、使い勝手、プロセス含めたデザインが重視されてきており、産業構造も同様に、優れた技術や商品を開発することが企業競争力の最優先事項ではなく、いかに多くのステークホルダーを巻き込むことのできるプラットフォームを構築し、最終サービス受益者である利用者に「選択」を提供できるか、が大きなポイントに変化してきているように感じていました。Amazonはまさにそれを2000年代体現し続けているブランドでありすべての業界にとって競争、協業相手になりうると考え、「Amazonはライバル」という言葉にて表現させていただきました。
青木:なるほど。技術優先ではなく利用者が何を望んでいるか、というアプローチは大事ですよね。それを提供する手段として「プラットフォームの構築」というキーワードが出てきましたが、具体的にはどのようなことでしょうか?
八塚氏:私も当社としてのプラットフォームをどのようなビジネスにて活用していくことができるか検討を重ねていたのですが、青木様をはじめ多くの方々とのディスカッション、ご助言の中で「安心・安全を軸としたサービスのプラットフォーム」をIoTやAI、ブロックチェーンといったデジタル技術にて実現していく構想を固めていきました。その青写真を元にさまざまなIoTデバイスがつながり情報を収集・解析する環境をクラウドにて構築し、この情報をさまざまなサービスで活用していくことで利用者の生活の安心・安全な環境の向上に貢献する、をコンセプトに実装を進めてきました。
具体的には、当プラットフォーム上では、「WEAR+i」ブランドにて以下の安心・安全に根差したサービスを展開しています。

・くるまないと:高齢者の運転見守りサービス(運転動向の傾向把握と共有、事故等の検知)
・くるまないとfor Biz:社用車・公用車管理サービス(運転動向可視化、車両管理、予約)
・ZUKKU:在宅見守りサービス(AI会話による子供や高齢者の在宅時の見守り)
・みる・まもーる:外出見守りサービス(IoTデバイスによる子供や高齢者の外出時の見守り)

これらは実装済みのサービスで、他にも効果検証を図っているサービスもあります。
青木:どのようなサービスですか?
八塚氏:多くは自治体との包括連携協定を進めていくなかで浮き彫りになった課題を解決するために開発しました。例えば、

・AI河川氾濫監視:1台のカメラで河川の状況を可視化。低コストで多くの場所に設置
・AI交通量調査:カメラの画像をAIで解析し車両の種別ごとにカウント
・AI老朽化調査:港湾部沖合にある防波堤の検査。ドローン+AI画像解析
・IoT罠:LPWA+センサーにより山中に設置した害獣駆除用罠の稼働状況を可視化
・ドローン薬配送:市街区から中山間部への薬配送。災害時には避難所に配送

というものがあります。

デジタル技術で地域課題に挑戦

青木:御社の取組みは素晴らしいものばかりですが、なぜ地域なのでしょうか? 推進にあたっての問題意識はどこにあったのかご教示ください。
八塚氏:日本の抱える社会課題は少子高齢化をはじめ多々ありますが、その傾向は地方、地域にて顕著に表れています。またヒト、モノ、カネ、は大都市圏に集中しており地方自治体としても市民サービス向上に向けて苦慮している現実もあります。多くのリアルな課題にふれ、解決に向けて取り組むことは社会的な意義があるだけではなく、次世代事業の播種にもなりうると考えました。また、地方の課題は日本の課題に、アジアの課題に、世界の課題にというつながりもおぼろげながらにも見えてきたことの理由のひとつになります。
冒頭申し上げたように、サービスは利用者目線が最優先事項になります。地域における市民目線にてニーズや課題、問題意識を捉えることが事業推進の核であり、それがあってこその「安心・安全サービス」の効果検証、地域発のサービスとしての展開だと考えています。
青木:具体的にはどのような取組みになりますか?
八塚氏:はい。いくつかの事例をご紹介させていただきます。
次世代モビリティに関する取組みでは、地方の中山間部で人口減少により公共交通機関の手段が少なくなっていることに加え、高齢化による免許返納等で高齢者の移動手段がなくなってしまう課題を解決するため、大分県と連携して次世代モビリティ事業にも取り組んでいます。またこの事業の中で、観光地の渋滞問題や、いわゆるラストワンマイルの移動手段の新たな選択肢の提案も進めています。
青木:大分県と取り組まれてるのですね。どのような内容でしょうか?
八塚氏:はい。以下の3つの取り組みになります。

1. 中山間地域におけるタクシーによる「移動+地域の見守り」

携帯IoTデバイスを地域住民に配布し、ボタンを押すことで外出や帰宅等の移動の際にタクシーを呼ぶサービス。緊急時や助けが必要な際にもボタンを押せばタクシーが駆けつけるので地域の見守りサービスとしても期待できる。

2. 観光地の渋滞対策におけるパーク&ライドへの取組み

観光地中心部の駐車場へのアクセスが地域渋滞の要因の一つ。観光客に駐車場の満空情報をアプリにて提示し、中心エリア外の駐車場に誘導し、中心部へはバスやIoTタクシー、パーソナルモビリティにて移動。パーソナルモビリティによる移動にて新たな観光の楽しみ方も提案。満空情報はカメラ+AI画像解析にて低コストで把握。

3. パーソナルモビリティを使ったラストワンマイル問題の解決

駅や大学などに設置したパーソナルモビリティ(電動キックボード)を活用し、移動利便性の向上、滞留エリアへの影響、安全性などを検証。

青木:なるほど。モビリティに関する事業は、まさに御社の中核事業となりますが、モビリティ以外で地域の課題を解決されている取組みはありますか?
八塚氏:モビリティ以外では、教育(人材育成)に力を入れています。
2020年より全国初のモデルにて、大分県立情報科学高校の教室に社員が常駐し、課題解決型授業の支援もさせていただいています。あわせて当社のサービスを活用した先端技術の体験型授業の支援も実施しています。課題解決型授業としては、デザインシンキング+アイデアソンにて年間を通じたカリキュラムの中で自ら課題を見出し、グループでディスカッションを重ねていくことで解決策を導き発表に繋げるといった生徒主体の授業は県教委からも高い評価をいただきました。
青木:なぜ、教育なのでしょうか?
八塚氏:日本にも諸外国のようにもっと多くの起業家が出てきてほしいと思っています。進学、就職、家業以外に「起業」を将来の進路の選択肢として考えるきっかけとなればと、2021年度は新たな取組みとして「バーチャルカンパニー」の授業支援も開始しました。会社の設立から商品やサービスの開発、営業提案、実装までの体験を通じて学ぶことができます。また、常駐はしていませんが、大分県立久住高原農業高校でもスマート農業を切り口とした授業の支援、そして生徒と一緒に実証実験を進めています。
青木:地域の雇用創出にもチャレンジされているのですね。デジタル技術をどのように活用されているのですか? 例えば、AIについてはどうですか?
八塚氏:2021年より、当社および子会社である株式会社エー・ディー・イー、摂南大学、社会福祉法人太陽の家の4者連携にて、障がいのある方に新たな就労機会を提供する共同研究を開始しました。AI構築の際に重要な要素となるアノテーション(特定のデータに対して補完的な情報を付与すること)を担っていただける環境をクラウドにて構築し、就労を希望する方であれば誰でも参加できる新たなモデルの実装に向けて準備を進めています。もちろん障がいのあるなしに関わらず業務を担っていただけますので、ご高齢者やお子様をもつ女性の方々にも「時間」と「場所」という制約から解放される環境にて就労の機会となれば、と思っています。

デジタル技術の可能性と課題

青木:デジタル技術で地域の課題解決に取り組んでこられて、上手くいっている部分とこれからの課題、将来への可能性(期待)についてご教示ください。
八塚氏:デジタル技術の進歩は年々加速してきており、10年前には未来の夢であったような商品やサービスが提供されています。この加速は今後も更に強まり、年単位で社会や生活の変革が起こる可能性も秘めていますし、DXは地域課題を解決し大都市圏と地方地域との格差を埋めるトリガーとなりうると考えています。デジタル技術は「時間」と「距離」を圧縮し生産性、効率性、利便性、安全性に寄与するだけでなく、「現状満足」の状態を見直すきっかけになります。市民目線でのニーズや課題に応えていくためには「現状満足」を打破し変わっていこうと思う気持ちがデジタル技術の活用、ひいてはDXには必須な要素だと考えます。
青木:「現状満足」を変えていこうという気持ちが大切だという視点は重要ですね。他に留意点はありますか?
八塚氏:直近の事業課題については、次世代モビリティ事業では公共交通機関との接続性を考えていかなければいけないと思います。すでにさまざまな事業者がMaaSに取組んでおられますし、そことの連携も重要な要素となってくるかと思います。また、このようなデジタルサービスを普及させるためには高齢者にも受け入れられるUI/UXは必須です。シンプルかつ直感的に使えるモノでないとなかなか浸透は厳しいと感じています。

デジタル技術とイノベーション

青木:これまで八塚部長の素晴らしい取組みを伺ってきましたが、最後に、八塚部長がお考えになるイノベーションとは何でしょうか? デジタル技術があれば生まれるものでしょうか? これまでのご自身のキャリア全体のご経験を踏まえて、イノベーションを生み出すための重要な要素とは何でしょうか?
八塚氏:私自身、イノベーションは「破壊と創造」と捉えています。デジタル技術があればいいというものではありません。既存の価値の延長線上に新たな価値を見出すこともありますが、既存の価値をいったん否定してみることも新たな価値を見出すきっかけになるかと思います。否定して熟慮した結果、もとに戻ることもありますが、その結果ではなく過程そのものが「破壊と創造」、ひいてはイノベーションだと考えています。
「あたりまえ」をあたりまえと思わない気持ちの持続が重要な要素だと考えます。
青木:過程そのものがイノベーションであると捉え、チャレンジを続けるという事が重要ですね。今日はありがとうございました。
八塚氏:ありがとうございました。

終わりに

一般に、イノベーションの価値は参加者の多様性が増えるほど下がっていくとされるが、高い価値を生むイノベーションは、多様性が高くないと生まれない。多様性とは広範なネットワークの構築である。まさに、八塚部長は地域の多様なネットワークを創出されており、高いイノベーション価値が生まれる土台を構築されている。また、イノベーションとは頭の中で起こすのではなく、現実に対峙してようやくそのきっかけが見つかるというものであろう。しかも、それはあくまできっかけであって、成功する保証はない。何度も愚直にチャレンジしていくことが重要だ。八塚部長は、結果だけでなく過程(プロセス)が重要だと指摘されているように、実際に現地でアイデアを実証され、そこから新たな課題を見出し、解決策を考え実行に移されている。デジタル技術の有無ではなく、挑戦の過程が「破壊と創造」である事が重要で、それを繰り返すこと、との指摘は、イノベーションの本質を突いているものであろう。結果ばかりを早急に追い求め、イノベーションが生まれないとする昨今の風潮に一石を投じるものである。八塚部長の果敢なチャレンジから生まれる数々のイノベーションに大いに期待し、これからも支援していきたい。

著者プロフィール

八塚 昌明 (やつづか まさあき)

株式会社オートバックスセブン ICTプラットフォーム推進部長

日本IBMにてプロジェクトマネージャーとして、主に会計関連システム開発のプロジェクトをリード。クラウド事業、スマートシティ事業にて新規事業の開発、立ち上げに事業部CFOとして関与。2019年よりオートバックスセブンにて、デジタル技術を活用した地域課題解決のソリューション事業を企画。大分県を中心とした自治体との連携を推進。並行して大分県別府市に設立した事業子会社にて、社会福祉法人太陽の家との連携により、障がいのある方に向けた新たな雇用創出を視野に入れた事業を展開中。

〈聞き手〉 青木 崇 (あおき たかし)

株式会社日本政策投資銀行産業調査部産業調査ソリューション室 室長

1996年慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業後、東海銀行(現三菱UFJ 銀行)入行。2006 年米国金融コンサルティング会社IFLに入社。2008 年(株)日本政策投資銀行に入行後、2010年企業金融第1部MST班参事役、2013年九州支店企画調査課長、2016 年産業調査部課長を経て、2020年より現職。