World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第1回

一大製造拠点としての存在

2022年12月号

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

Beans International Corporation 社長

コロナ禍の終結をいち早く宣言し、2021年の後半には経済の立て直しに本気で取り組んできたアメリカ。その中でもシリコンバレーは、この状況によって変貌したライフスタイルや、サプライチェーンの分断化に伴う変革を大きなビジネスチャンスと位置づけ、国内の製造環境再構築に伴うオートメーション化に加え、非接触の環境を一般化するための製品や次世代モビリティ関連製品の開発など新たな分野でも再び活況を呈している。これに世界的な半導体不足も加わって、半導体メーカーのみならず、その製造をつかさどるアプライドマテリアル、KLAテンコールといった老舗の半導体装置メーカーなどもフル稼働の状態だ。


さて、自分が住み始めた1988年から一貫して感じているのは、シリコンバレーは全米でもトップクラスの一大製造拠点であるという事だ。勿論最近では、AppleやTeslaなど、ハードウェアで世界を席巻している企業も目立っているが、実は彼らの製造インフラをサポートしている日本でいえば東大阪市や大田区のような、切削、板金、成形、加工といった製造を生業にしている中小工場が、現在も1,500社以上存在している事は、あまり知られていない。
その背景には半導体開発をメインにシリコンバレーが注目されてきた1970年代初頭から、大手半導体メーカー向け生産設備や消耗品などを生産するインフラがこの地を中心に発達してきたことがまず挙げられる。その後のAppleの台頭(1970~80年代前半まではPCの量産も全てシリコンバレーで行われていた)や、1990年代に隆盛を極めたサンマイクロシステムズなどのオフィス向けコンピュータの生産に加え、インターネット勃興期の関連設備の製造に、これら中小工場が深くかかわってきた。勿論、1980年代の後半よりプラザ合意の影響で生産力が急激に高まった東南アジアでの量産が本格化し、この地における量産製造プロセスは徐々に消え去っていったが(少量多品種の半導体製造設備は別)、そのHQ(本社や本部)があるこの地において、彼らが開発する新製品の試作製造のインフラとして、この地の中小工場は、しっかりと根付いてきたのだ。
彼ら中小工場で多勢を占めるのは、中国、韓国をはじめとしたアジア人経営が中心。工場内部の景観や、作業現場の状況など、日本で見かける同業工場の様子と何ら変わりがない。
1990年代半ばのYahoo登場以降、現在のコンピュータネットワークの立役者であるインターネット企業が多数誕生したことから、シリコンバレーはIT産業のメッカというイメージが浸透してしまったが、当然、彼らが必要とする大容量のデータをサポートするハードウェアの需要は、その隆盛に伴い益々増大していった。シスコシステムズに代表される、ルーターなどのハードウェアを主な製品とするインターネット通信インフラをサポートする企業の急成長、さらに2000年代にiPodやiPhoneで再び躍進をしたAppleの復活、その後、注目されてきた3Dプリンターの普及に伴って話題となったメーカーズブームの到来を経て、現在では、コロナ禍による更なるハードウェア産業の加速によって完全に製造拠点としての地位を確立している。
そして、この先も自動車産業における新しい革新的な流れに伴う電気自動車や自動運転車の開発製造、そのインフラとなる膨大なデータを処理するデータセンターや5Gを基準とした新たな通信ネットワークの需要などを背景に、ハードウェアがその土台を担っていく事は間違いない。当然これらの製品の設計開発と試作はシリコンバレーである。最近ではIT企業として知名度のあるGoogleやMetaも自社で使用するデータセンター、半導体、またワイヤレスネットワーク端末の開発といった直轄のハードウェア生産を内製化する傾向が強く、加えてAIを駆使した高性能なプログラムを確実に実行できるハードウェアの開発を積極的に進めている。他にも、自動手術ロボットのダビンチに代表されるような高度な医療系ロボット、Googleのスピンアウトによって設立されたNUROのような自動運転モビリティや、Uber、ASKAなどが手掛ける空飛ぶ自動車、それらに不可欠な電池の開発会社が軒を連ねており、この地の試作需要は更に増大傾向で、現状は、どの中小工場もその対応で大忙しだ。
今はまだ、これら試作完成後の量産は中国をはじめとした東南アジアの量産製造委託先で生産される事が基本的な流れだが、コロナによるサプライチェーン分断の影響で、その生産体制がアメリカ国内に戻る動きを加速させていることも見逃せない。

さて、このように一大製造拠点であるシリコンバレーだが、実は日本人経営者で現地生産している、日本でいう「ものづくり」の製造メーカーは当方の知る限り現在一社もない。
製造立国を標榜し、「ものづくり」や「匠の技」といったキーワードに象徴される日本の製造業が、相変わらずグローバルな展開に消極的な状況は、この先、更なる東南アジア勢の台頭や自動車産業の業態変化などにより、国内の産業需要増に将来性が見込めない状況下、甚だ勿体ないと常々感じている。
勿論かつては1980年代の半導体、1990年代の通信インフラ、そして2000年代までは民生(特にTV)で日本企業はハードでもアメリカ市場に存在感があったのだが、現在ではアジア勢の台頭で見る影もなくなってしまった。
TV産業を例に挙げると液晶テレビが全盛を迎えつつあった2006年には、日系のTVメーカーのほぼ全社がメキシコやアメリカで量産を行い、約1,000万台のTVを生産し、米国内のシェアも40%近くを確保していた。しかしその後SAMSUNG、LGを中心とした韓国勢、中国勢の台頭に圧倒され、2009年のリーマンショック以降は撤退が相次ぎ、2015年には殆ど消え去ってしまった(現在は唯一FUNAI電機がメキシコで生産を継続している)。
自分がアメリカに来た80年代後半には、こちらのホテルの部屋にある電気製品は殆どが日本ブランドだったのに、今は何処に行っても日本ブランドの電気製品を見かける事は残念ながら皆無に等しい……。
話が少しそれてしまったが、このような状況のなか、製造拠点として更なる需要に沸き立っているこの地には無数のビジネスチャンスが眠っていると強く感じている。少なくとも「ものづくり」を基盤としている日本の製造業関連企業には、この地で再び商機を掴んでほしいと思うのだか、勿論そこへ食い込むためには、先ず市場の現況を確実に把握するアンテナを立てる事が肝要だ。そして是非ともその矛先を、シリコンバレーに向けていただければと思う次第である。

著者プロフィール

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

Beans International Corporation 社長

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION 代表
1988年に検査機器製造メーカーの駐在員として渡米後、10年間の赴任生活を経て、1999年シリコンバレーの中心地サンノゼ市にて起業。
以降、日本の優れた製造技術や製品の輸入販売を生業とし、一貫して米国の製造業に携わりながら現在に至る。