『日経研月報』特集より

国内外のハイレベル人材を積極的に受け入れる中国の現状

2022年9月号

宋 揚 (そう よう)

政投銀投資諮詢(北京)有限公司 上海分公司

はじめに

近年、世界はスマート社会・脱炭素社会に突入しようとしているなか、AIや高速通信、ロボットの利用など第4次産業革命も熱く議論されている。中国でもスマートフォンを通したインターネットの利用は日常生活やサービスの業容を大きく変えたことから、今後、AIやロボット、新エネルギー、IoTによる産業構造の高度化への期待も大きい。そうしたなか、重要な生産要素としての「ヒト」に対する新たな知識や能力の要請も大きく変化しており、先端技術をリードする専門家のみならず、多分野を横断した知識を駆使できる複合的人材もこれまで以上に求められている。
また、新型コロナウイルス感染症や世界政治・経済の不安定要因が増加するなか、サプライチェーンも不安定化し、特にコア技術やコア部品の掌握は、各国の安全保障や産業・企業の競争力にも大きく影響するため、コア技術・部品の関連分野のハイレベル人材の確保もより重視されている。こうしたなか、コア技術の欠如などを憂慮する中国は、国内外のハイレベル人材を積極的に優遇し受け入れ始めている。その現状や問題点、今後の方向性を整理したい。

1. 国内外のハイレベル人材を積極的に受け入れる背景

ここ数年、中国の国内外の政治・経済環境が大きく変化している。
中国国内をみると、人口ボーナス期が限界に達し、単純労働者の人件費や環境保護のコストなどが急上昇し(図1及び図2参照)、他の低賃金地域に比較しローエンド製品のコスト競争力が低下している。一方、国民は所得向上に伴い、質の高い商品や便利な生活・サービスなどをますます強く求めるようになり、世界有数の消費マーケットを形成してきているほか、地場企業も生産技術の向上や中・高付加価値の商品・サービス提供を追及し始め、グローバル市場へも積極的に挑戦している。このように、中国でも産業の高度化やスマート社会の実現を推進しているなか、IT・AI開発や半導体、精密機器などの分野で最先端技術をリードできる人材の不足が目立っている。


中国国外からみれば、中国の労働人口の高学歴化・ハイレベル化が進行し(図3参照)、エンジニアや資質の高い研究者・管理職などハイレベル人材の人口ボーナスが生まれており、欧米など先進国の関連人材より人件費コストが1/3~1/10程度に抑えられるメリットがあることから(図4参照)、中国で研究開発などを行う外国企業も増えている。一方、中国製品の品質向上や技術の高度化に伴い、中国企業のグローバル展開が各国で地元企業との競争につながり、貿易摩擦の誘発リスクも増えている。


特に2018年より米中貿易摩擦が激化し、その影響は先端技術関連の知的財産のほか、関連のコア部品のサプライチェーンやハイレベル人材の育成・確保まで及んでいる。中国においても、設計用ソフトウェアなどこれまで共用のプラットフォームや、コア技術・部品や先進設備の使用、輸出が米国に規制され、次世代産業の発展やセキュリティシステム全般に大きな影響を受け、重大なコア技術などの中国国内での研究開発やサプライチェーンの確立が喫緊の課題となっている。
しかしながら、高度技術の研究開発には長年の基礎研究や経験の蓄積、人材育成・支援などが不可欠であるほか、膨大な開発時間とコストがかかるために、開発期間の遅れやそれに伴う国家・産業の競争力低下などを招く可能性も高くなり、中国政府のみならず、中国国民の間でも危機感が高まっている。

2. ハイレベル人材の積極的受け入れの経緯と外国人材の受け入れ

建国初期の中国も経済・産業の発展に必要な各分野の人材招聘を重視し、アメリカから帰国した物理学者の銭学森やイギリスから帰国した地質学者の李四光など、世界中の1,500名余りの中国人研究者を招聘できており、中国の原子力や石油・化学など重要技術開発や各産業の発展、人材育成などに大きく貢献してきた。
一方、改革開放策以後、海外留学の規制緩和に伴い、中国から先進国への留学生や研究者が年々増加した。当初は国内外の所得や研究開発・生活の環境の格差が大きく、帰国者が少なかったが、海外に留まる中国人研究者は中国と国外の経済・技術交流の重要な架け橋となっていた。
その後、中国政府は先進国との技術格差を埋めるハイレベル人材不足の課題について改めて認識し、国家研究機関の優秀な研究者の海外流出や中堅層の空洞化などの問題に危機感を強めた。そういったなか、1994年からは中国科学院において、国内外から次世代の学問・先端技術の若手リーダーを育成・支援するため、「百人計画(注1)」を打ち出し、その中でも特に海外の優秀な中国人学者を優遇して招聘している。
WTO加盟後、“世界の工場”となり、製造・技術強国に向かっていくなかで、先進国からのコア先端技術の導入が進まず、エンジンや制御などコア部品の国産化や精密度の向上が遅れていると批判する声も高まっていた。そうしたなか、リーマンショックによる海外の技術系失業者の急増を機に、中国当局は国内にない先進コア技術の獲得や産業革新のイノベーション・創業などに貢献できる海外のハイレベル人材を受け入れる「千人計画(注2)」を打ち出し、各地方政府も地元産業発展のための人材優遇策を各々実施していった。結果、そうした人材は今や研究機関の責任者や産業技術のリーダーにまでなっており、国家重点試験研究室の責任者の7割超、博士指導の大学教授の6割超が留学経験者とも言われている。
さらには、2012年中国はイノベーション国家を目指し、「国家ハイレベル人材の特別支援計画(略称:万人計画(注3))」を推進し、その後の10年間で最先端技術・イノベーションにおけるエンジニア、創業者、教育者、基礎研究者などから1万人を選出し、積極的に支援することとした。
特に、2018年以後の米中貿易摩擦で、中国の安全保障や経済安全保障にかかわるコア技術を有するハイレベル人材の需要が急増し、中国政府も国内の創業・イノベーション促進、ハイレベル人材の評価・育成・優遇にかかる制度改革を積極的に推進している。奨励金のほかに、創業資金やオフィス、研究設備、住宅の提供などさまざまな優遇措置を講じている。これらの結果、次世代産業の担い手となったり、高所得や確実に創業し成功できる機会と捉えた海外からの帰国者がさらに増加している(図5参照)。2008年以降の帰国留学生は累計で約500万人を超え(図6参照)、近年、毎年の帰国留学生数は海外への留学生数と比べて約8割を占めるようになっている。


実際、これまで中国は多くの優秀な人材の外国流出に悩んできた。以前、先進国の名門大学ではTOEFLやGREの高得点者を選抜していたが、最近では中国統一大学入学試験の高得点者を学費無料で入学させたり、学校や企業からさまざまな奨学金も用意されるようになっている。また、こうした先進国では卒業生に1年以上の就職ビザを与えたり、外国の優秀な研究者やエンジニアに就労ビザを直接与えたりするなど、優秀な人材を獲得する手段も進化している。
これに対し、中国国内もそういった人材競争に対応すべく、戸籍取得規制の厳しい北京市や上海市などの大都市では、中国の名門大学の卒業生に対し大幅な戸籍緩和を実施し、住宅の賃貸や購入も優遇している。地場企業も海外の名門大学の中国人留学生に対し、卒業前に高給や柔軟な出勤条件を提示することで人材を確保するように努めている。
また、2050年の技術強国への目標を掲げる中国政府は、中国系人材のみならず、国外の優秀な頭脳も活用せんとし、毎年100人超の著名な海外専門家なども受け入れている。充実した研究開発費や研究設備・チームの支援などでサポートするほか、ハイレベル人材の永住権取得や住宅提供など生活環境の整備も進めている。実際、中国科学院にはアメリカやイギリス、ドイツ、イスラエルなど外国籍の研究者が計129名が在籍しており(前年比25名増、21年11月時点)、また各地方の大学や研究機関にも多数の外国籍研究者が所属している。

3. 近時浮き彫りになる問題点

一方、中国はSTEM(注4)の学生数や研究者の絶対数が世界トップレベルになっているものの、1,000人当たりの博士・研究者の人数割合や先端技術の研究水準は先進国に比べて未だ低い水準にある。また、実際の研究者のポスト(教授、副教授など)(注5)が十分用意されていないという事実もある。加えて、公的研究機関・大学における、管理・評価体制の改革が遅れており、ハイレベル人材の適切な評価制度の欠如、短期的な成果重視による長期的に必要な基礎研究の軽視、先端技術やコア技術の研究能力の不足などの諸問題が依然として未解決のままにある。
最近、ミトコンドリアの外膜透過の研究で有名になった清華大学の若手研究者である顏寧教授や北京大学の若手研究者である許晨陽教授などが、米国の著名大学に引き抜かれてしまう事例が大きな反響を呼んでいる。年功序列や研究費の獲得難、テーマ選択の不自由、論文の捏造、高所得・政治的地位獲得のための研究など、国内研究環境が必ずしも理想的ではないことも原因と考えられる。ハイレベル人材の獲得や獲得後の中国での長期滞在にも影響を及ぼすこれら問題が、今、中国研究者の海外流出によって改めて浮き彫りになっているのも事実だ。
スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した「世界人材ランキング」レポートによれば、中国の人材競争力は2019年の42位から2021年の36位に順位を上げたが、中高所得の64か国のなかではまだ低い地位にある。外国人材を引きつける魅力の項目では51位に留まり、そのなかでも、生活コスト(56位)や環境汚染(61位)について特に評価が低い(表1参照)。また、山東省において外国ハイレベル人材に対する満足度調査を行い、家族への支援や環境汚染、社交、言葉の壁などに不満が多いことも分かった(図7参照)。


また、現場では、帰国者が急増し、各人とも優れた可能性をもっているものの、中国国内まで知れ渡るような十分な知名度が無いがために十分に評価されない例もある。一方、知名度の高いハイレベル人材を誘致する場合、待遇条件の提示合戦になってしまい、財政支援の潤沢な公的機関に勝てないと産業界から批判の声も出ている。また、研究成果の製品化へのハードルが高く、横断的かつ多様なプレイヤーが参加できる産学官連携や情報共有の仕組みも十分に形成されていない。利益・費用の配分も明確ではなく、共同研究の場合などにおいて、知的財産権の扱いをどうするのか、基礎研究・先端技術の価値の見極めができないなどの問題に直面している。「質の高い発展」を目指す中国政府の姿勢とは対照的に、大半の地場企業はAI・自動化の導入によるコスト減や効率化の効果、新製品開発の見込みと、ハイレベル人材の高給や高額な研究開発費とのバランスやリスクを優先的に考慮しているため、慎重な姿勢を崩さず、大規模な普及や変化がまだみられていない。
実際、米国に次ぐ巨大なリスクマネー市場である中国国内のベンチャー・キャピタル(VC)やプラべート・エクイティ(PE)の現場でも、社会・産業構造が激変するなか、投資リスクが増しており、需要の見通しや先端技術の方向性・確実性を見極める複合的ハイレベル人材が欠けている。また、資本市場では短期的な利益回収や成功確率を追求する傾向にあり、長期的基礎研究の重要性と矛盾する場面がよく発生している。さらに、既存政策によるハイレベル人材への強力な支援に比べて、新技術の製品化・収益化を実現する起業家の価値は軽視されている。特に、もし起業に失敗すれば、個人の信用状況を劣化させ、移動などの行動制限や日常生活に影響してしまうなど、起業失敗への社会許容度が低い状況にある(注6)。起業家の有限責任に対する関係者の理解徹底や、チャレンジしやすい社会システムの再構築も求められている。

4. 今後の方針

中国は多くの問題を抱えながらも著しい速度で前進しており、走りながら問題を改善・解決するという姿勢を継続している。全体的にみれば、ここ数年、中国は研究開発への多額の投資による効果や社会貢献も徐々に成果が目に見えるようになっている。たとえば、科学分野の国際的な雑誌に提出された論文数とシェア(特に材料、化学、工学、コンピューター・数学など分野のシェアが高い)は既に世界トップとなっているほか(表2参照)、付加価値の高いハイテク製品(注7)の輸出額も増加傾向となっている(図8参照)。


また、ハイレベル人材の積極的な育成・招聘により、開発期間の短縮や経済構造・次世代産業技術の変革への促進効果も徐々に現れ始めている。航空宇宙技術や量子技術、二酸化炭素によるデンプンの人工合成、核融合装置、超伝導材料など画期的な先端技術が開発されている。また、これまで産業のボトルネックとなっていた感光樹脂や半導体露光装置(ICチップ)、軸受鋼、フライス(0.01㎜の精密加工)、チタンアルミ合金部材(航空機エンジン向け)などのコア技術・部品のほか、基本ソフトウェア(OS)、3次元CAD設計の基幹ソフトなどの国産化も徐々に実現できている。
さらに、自動車向けの白色レーザー光源、硫化物系全固体電池、インチ級ダイヤモンド基板(半導体)、ブレインマシンインターフェース(Brain Machine Interface医療)などの先端技術において、帰国した研究者が開発を促進させ、世界トップレベルに達しているとみられる。また、多くの上場企業・ユニコーン企業の経営者や重要な技術者は帰国者が担っている。
こうした成果を実際の起業に活かすため、昨年より中国政府はニッチトップの中小企業向けの資金支援や投資家のエグジット(投資回収)チャネルを多様化・改善を目指し、上場条件の緩い「北京証券取引所」を創設したほか、「財政による研究開発費の管理制度改革」や「コア技術の研究開発リスト(優先支援)」、「中国人材発展の14次5か年計画(詳細未公開)」などの制度改正を次々と発表し、インセンティブや自主開発権限、研究開発・イノベーションを妨げる構造問題などを改善していく予定である。
また、最近では中国中央当局や各地方政府のハイレベル人材招聘の手法も一層高度化している(表3参照)。

今後のハイレベル人材獲得の国家間競争はその人数よりも、世界中のイノベーションリーダーの獲得・長期定着や先端技術を追求できるメカニズム・制度を競い合うことに収斂してきている。中国もその競争に直面しなければならず、国内の豊富な高学歴の労働力を次の産業革命、技術のイノベーションに対応できる人的資源として活用させるためには、教育や研究機関の行政体制改革などが求められるほか、ハイレベル人材の公正な評価・育成などたくさんの基礎的仕組みを整備することが急務となっている。
今の中国では、多くのボトルネックとなっていた先端技術やコア材料、部品の分野で、自国でゼロから開発することができるようになっているが、さらに先進国並みの高水準に達するには、ハイレベル人材が落ち着いて研究開発に取り組める環境を整える制度作りも不可欠と思料される。ハイレベル人材の獲得や人材の長期定着に悩む日本も中国の施策や問題点を参考にする価値がある。筆者も今後の制度改革の成果やそれに対する国内外からの評価を引き続きウォッチしていくつもりである。

(注1)百人計画の当初は100~200万元/人の研究資金や研究チーム支援、個人特別手当などで優遇招聘した。1998年より財政支援も受け、その後に優遇条件が数回引き上げられており、2020年まで合計3,000人余りを招聘できたとみられる。
(注2)千人計画で招聘されたイノベーション技術者や創業者に対し100万元/人の一次補助金を支給し、国や地方政府の技術投資ファンドなどから優先的に投資支援を行った。住宅や子供の教育、医療などの優遇制度もある。
(注3)万人計画では選出者に研究費やチーム構築費用などに100万元/人を支給し、別途これまでの研究費などの既存支援策も申請可能。
(注4)STEMとはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)それぞれの英語の頭文字をとった用語。
(注5)中国の多くの大学や研究機関は米国にならって、講師は6年のあいだに副教授に昇進できなかった場合は強制解雇する制度を導入している。一方、米国と異なるのは副教授や教授のポストが旧態依然として既得権益者に与えられており、実際のポストがないことである。昨年、上海の名門復旦大学において、数学講師による学部長への傷害殺傷事件が発生した。この講師は米国イェール大学の博士を取得後、蘇州大学で講師の任期を満了後、復旦大学においても6年間の講師任期も満了し、副教授に昇進できなかったため、解雇されていた。
(注6)中国では現金が使用されなくなっており、中国で普及するAlipayやWechat Payでは、個人の支払い能力が点数化され、その点数が低いとこれらの支払い手段から排除されるという強力な社会的制裁を受けてしまう。
(注7)ハイテク製品は生物・生命科学や材料、コンピューター・通信、航空宇宙、光電・電子技術などを指し、政府のハイテク製品目録や技術・収益性など一定条件に満たした輸出製品。輸出におけるハイテク製品は輸出総額の約3割を占めている。

著者プロフィール

宋 揚 (そう よう)

政投銀投資諮詢(北京)有限公司 上海分公司

日系の中国投資コンサルティング会社にて中国進出相談や財務調査の仕事を経て、2007年邦銀の企業調査部にて中国の不動産・金融・素材・エネルギー業界のアナリストとして勤めた。2011年より現職、日系企業の中国進出支援や中国の産業・企業の調査、日中企業間のマッチング・投資業務をサポートしている。
繊維・電力・化学・半導体等数多くの産業企業調査・格付の経験があるほか、各業界からの対中ビジネス相談や地方政府・地場企業との交渉にも対応中。