『日経研月報』特集より

我々には何が足りないのか~28年ぶりに戻って見た日本~

2022年9月号

河合 美宏 (かわい よしひろ)

東京大学公共政策大学院 客員教授/OECD保険私的年金委員会議長

28年間ヨーロッパに暮らしてきた。その大半20年間をスイス・バーゼルに暮らし、国際機関の立ち上げに参画し、15年間その国際機関の責任者、事務局長を担い、4年前に戻ってきて見た日本。日本は素晴らしい。秩序があり、安全で、安心。豊かな文化や伝統。多様な自然と人情深く礼儀正しい。こんな国が自分の祖国であることは誇りであり有難い。しかし、何かが足りない。整っているが勢いがない。整然と進むが湧き上がるようなエネルギーがない。国際機関での経験を踏まえて気がついた、個人や組織として日本が直面している課題を考えてみたい。

自分自身を知り、自分自身で決める。

自分を含め多くの日本人は、自分自身の人生の大半を占める職業人生の歩み方、キャリアパスに受け身である。本当に自分のやりたい事を求めているのか。自分のやりたい事をやっているか? 挑戦しているか? 日本では自分のキャリア形成を組織に委ねることが多く、多くの人は自分のやりたい事を自分で求め、見つけそれを実行する姿勢に乏しい。大組織でその傾向が特に強い。自分のキャリアを自分で決めたことのなかった私が、国際機関で勤務を始め大いに戸惑った。国際機関では自分で自分のキャリアを形成する気でいなければ、一生同じことをするか、そのうち首になるかのどちらかだ。国際機関に長年身を置いてよくわかったのは、まず自分自身を知り、自分のやりたい事を自分で見つけ、それを全力で続けることからキャリア形成が始まるということである。そうすると自分自身も知らない自分を発見する、これこそが自分が活き活きと生きる自然な生き方であり、さらにいえば、組織が輝き日本が世界に輝く原点である。組織が個人のキャリアを決めることは、個人が自分自身の可能性を自ら発見しそれを実現する機会を閉ざしてしまっている。個人にとっても組織にとっても日本全体にとっても大きな損失である。

多様性を活かし変革や創造していく

国際機関の舞台は多様性の宝庫。人種、国籍、性別、年齢等を超え、皆で新しい世界を築くために議論する。例えば国際規制を作るときには必ずいくつかの国からの反対に出会う。見当もつかなかった異なった考えに驚かされる。まったく異なった議論を延々と展開する人が現れる。信条としている意見なので迫力があり、容易に妥協しない。国際機関はコンセンサスで物事を決めるのが基本であるため、それらの国が反対では国際合意が成立しない。さてどうしたものか。
まずどんな相手でも(癇に障る人でも、理論が噛み合わない相手でも、影響力の小さい国の代表でも)尊重し敬意を持って接し、繋がることから始まる。そのために繋がりができる場や時間を作る。そして無心に聞く。その人の意見のみならず、心や感情を聞く事。その人全体を理解した後、よく考え、一緒に解を目指して議論を続ける。そのような過程を経て、世界中に影響があるような国際合意ができ世界が一歩前進する。
異なる考え、利害が絡む多様な組織をまとめる土台は、参加者が共通の価値を共同で言語化し、理念を作り上げ、機会があるごとに唱えることだ。その理念は頭で共有するのではなく、心で共有するまで昇華しなければいけない。それができれば、皆が繋がれる。特に対立が起こる場面では理念を確認することによって議論の軸が定まる。
日本や日本人がこれから益々世界で輝いていくためには、このような多様性(人種、国籍、性別、年齢……)を受け入れ、活かし、それを糧に変革や創造していくことだ。多様性は自分達の見えていない視点を提供してくれる宝物である。思いもよらなかった素晴らしいものが生まれる機会となる。また多様性を受け入れて作り上げた結論は確固とした土台に立った建物のように安定し、皆が受け入れ広く普及する。

個人が生き生きと成長する柔軟な組織をつくること

国際機関は、多くの場合任期付きでJob descriptionも定まったいわゆるジョブ型の雇用形態である。数年ごとのさまざまな職務を経験するいわゆるメンバーシップ型ではなく終身雇用制でもない。ジョブ型の雇用形態では相当の人が相当の頻度で入れ替わる。このような組織が輝くためには、組織を個人が学べ成長する場とすることが土台であることを失敗を重ねて私は学んだ。即戦力を採用し、任期終了まで担当範囲を任せて仕事をしてもらうだけでは、優秀な人財は集まらず、育たず、士気も高まらない。そもそも優れた組織文化が育たない。任期付きの採用だからこそ、役職にとらわれず、お互いにフィードバックを与え受け取るフィードバック文化を醸成し皆が学び合い、さらに全ての職員が職場や職場以外で学べるよう研修の機会を増やし環境を整備することに尽力する。フィードバックは上司から部下への一方通行ではなく部下から上司へ、また仲間同士で行うよう場を作る。素直に敬意を持ってお互いにフィードバックをするが、忖度はしない。限られた期間でしか職場を共にしないからこそ、その期間に仲間がお互い学び合い成長する機会を作るのである。変化が激しい現代では、組織や雇用はできる限り柔軟であると同時に、組織が個人の成長を助け、それが成果に繋がるような体制が必要となってくると思う。

日本社会の現在の課題の原点は我々個人である。変革や創造は個人から始まり、それが組織に波及し社会を変える。個人のあり方が社会の課題でもあるのだ。

著者プロフィール

河合 美宏 (かわい よしひろ)

東京大学公共政策大学院 客員教授/OECD保険私的年金委員会議長