『日経研月報』特集より

日常生活に埋め込まれているコモンズ

2022年11月号

井上 真 (いのうえ まこと)

早稲田大学人間科学学術院 教授/東京大学 名誉教授

1989年の大晦日に3年間のボルネオ島(インドネシア・東カリマンタン州)滞在を終えて帰国し、一足先に帰国して長女を出産した妻との3人生活が始まった。すぐ近くに小さな公園があり、子供をもつ家族が日常的に集まる場となっていた。夕日を浴びながら子供たちが砂遊びをし、大人たちが談笑する……。つくば市の公務員宿舎(今はもうない)で暮らす「新住民」にとってのパブリック・スペースの存在意義を肌で感じた瞬間だった。
翌1990年11月から妻の生家(義父の代までは専業農家)で暮らすことになった。そう、私は「マスオさん」なのである。それから30年以上の間、この農村集落に根を張る「旧住民」として暮らしている。葬儀の時に棺桶担ぎなど重要な役割を果たす「六道」を2回経験し、集落の神社の氏子総代を務め、祭礼を統括する「当家」の重役も経験した。もうすっかり集落に根を張り、地元を愛する茨城県「民」となっている。同時に故郷の山梨県「人」であることに変わりはないのだが……。
さて、現在の家に住みはじめたころ不思議に思ったことがあった。近所の人たちが我が家の敷地内を自由に通行するのである。もちろん、お互いに「おはようございます」と挨拶しあうのだが、「通らせて下さい」と許可を要請してくるわけではない。当たり前のように、堂々と、我が家の敷地に入ってきて玄関前や物置の前を通行するのである。妻に聞いても「昔からそうだったけど……」でおしまい。「そういうものなのか……」と無理やり自分を納得させるしかなかった。
それから10年ほど経ってから、コモンズ論やそれを発展させた協治論の研究成果を世に問うことになった。『コモンズの社会学―森・川・海の資源共同管理を考える』(共編著,新曜社,2001)、『コモンズの思想を求めて―カリマンタンの森で考える』(単著,岩波書店,2004)、『コモンズ論の挑戦―新たな資源管理を求めて』(編著,新曜社,2008)、『ローカル・コモンズの可能性―自治と環境の新たな関係』(共編著,ミネルヴァ書房,2010)などである。しかし、残念ながら既に述べた自分自身の日常生活のなかで長年感じていた疑問をコモンズ論に引きつけ、自然アクセス権という新しい議論の土俵を創成し、所有権の根本を問うような研究へと展開する才覚を私は持ち合わせていなかった。なんとも残念なことである……。そして、ふと気がついてみると、我が家の敷地を自由に通行する人はもういなくなっている。これも今では何となく残念な気がするのである……。
ほかにも日常生活の中にコモンズ(的な現象)は埋め込まれている。私の集落の氏神様は23戸の氏子によって管理されている。いつの時代からなのか不明だが、氏子の戸数は不変で、分家は氏子にはなることができない。つまり、メンバーは固定されている。神社および神社回りの小さな森、参道、参道両脇の畑は氏子の共有地なので、氏子が輪番で除草作業をおこなってきた。さて、氏子総代は年齢順に4名ずつ3年任期で選ばれるのだが、私が総代を務めたのは2013年から3年間であった。ちょうどそのとき、共有地の畑を貸して欲しいという近くの集落の農業者と非公式な契約を結ぶことになった。私が契約書の素案を作り、臨時総会を開いて検討した。若干の修正事項があったが契約書を含め提案は承認された。
注目すべきなのは、この臨時総会で面白いやり取りがあったことだ。ある人が「いっそのこと、参道の除草もその人に任せてしまおう」と発言した。それに対して、「我々の神社なんだから、やはり自分たちで参道と境内の除草をやるべきだ」という反対意見が出されたのである。それに続いて数人から意見が出され、最終的には自分たちで継続して参道の除草をやることが決まった。つまり、コモンズとしての神社用地に対しては自分たち自身が汗を流して「関わり続けること」が重要であるという感覚を集落の隣人たちが共有していたのだ。
コモンズについて考えるとき、どんなに新しい思考枠組みが求められたとしても、やはり上記のような日常的な生活感覚を忘れてはならないと思う。昨年末まで私も理事を務めたInternational Association for the Study of the Commons/IASC(国際コモンズ学会)の特長は、経済学、社会学、法学、政治学、文化人類学など多分野の研究者が集う学際性のみならず、NGOなどの実践家の参加も重視している点であった。日常生活に埋め込まれているコモンズを発見する作業は、コモンズが一部の専門家を越えてより広く社会に認知されるための一助になるはずである。

著者プロフィール

井上 真 (いのうえ まこと)

早稲田大学人間科学学術院 教授/東京大学 名誉教授