『日経研月報』特集より

日本の「地域の幸福」と「組織の幸福」

2023年1-2月号

内田 由紀子 (うちだ ゆきこ)

京都大学人と社会の未来研究院 教授

日本のウェルビーイングを考えるうえで、日本人にとっての幸福感は非常に重要なテーマです。日本人と米欧人が感じる幸福感の違いについて早くから注目し、長年に亘り研究を続けてこられた京都大学の内田先生に、最近の研究成果である「地域の幸福」と「組織の幸福」についてお話を伺いました。
(本稿は、2022年11月10日に行ったインタビューを基に弊誌編集が取りまとめたものです。)

1. 「地域の幸福」研究の着想に至った経緯

聞き手 内田先生のご専門は、文化心理学・社会心理学ですが、「幸福感」や「地域の幸福」を研究することになった経緯について、まずはお聞かせいただけますか。
内田 私は大学院生の頃から20数年間、「幸福」について研究しています。その中で興味を持ったのが、文化と幸福の問題でした。幸福は、誰しもが求める大切な概念なのですが、幸せに対する考え方やその幸せの求め方のようなものは、背景にある文化によって大きく異なるのではないか、という考えが出発点でした。私が当時所属していた研究室では、いろいろな形で比較文化を研究していました。私もその中で、自己や他者、対人関係を研究していたのですが、対人関係というのは、日本人の幸福感に繋がっているなということがわかりました。ところが、アメリカの研究では、自尊心が高くないと幸せではないといった研究結果が出ており、自尊心の研究が社会心理学ではスタンダードでした。日本でも自尊心は確かに大事ではありますが、その重要度はデータで見ても北米に比べると低いものでした。そこで、「何が幸せか」というのは、時代や文化によって違うのかもしれないということに着眼し、この観点から研究を始めることにしました。研究を始めてみると、「日本の幸福感は低い」という研究がわりと多く存在すること、また、先ほど申し上げた対人関係の重要性が、国によって異なることがわかってきました。当時、幸福感の研究はアメリカの研究者が世界をリードしていましたので、アメリカ以外の地域の研究をする時もアメリカでつくられた尺度を使うのが基本でした。その尺度自体が日本的な感覚に今一つなじまないなと思い始め、日本的な価値観とは一体どういうものなのかを研究するようになったのです。そのような研究をしていたところ、2010年に内閣府で「幸福度に関する研究会」が立ち上がり、私はそのメンバーとして、日本的な幸福感の尺度の作成に携わることになりました。
ところがその翌年に発生した東日本大震災や政権交代で、同研究会はクローズになりました。しかしその後、震災後の復興が世論のテーマになっていたこともあり、地域力というものが非常に着目されるようになります。自治体は、住民の防災意識を高めるだけではなく、「私たちの地域の幸福って、何だろう」といったような幸福の指標を総合政策に入れ込むことに取り組み始めました。もともと文化というのは国レベルで存在するだけではなく、地域や職場などのより小さな集団にも存在しており、多層性があると考えてきました。そのようなことから地域と職場の調査を始めることにしました。例えば住民の移動が多い地域とそうでない地域、農業・漁業的な地域と都市的な地域、といったように地域ごとの文化の格差が大きいため、それぞれに異なる幸福の求め方があるという仮説をもって地域の研究を始めました。

2. 地域の幸福について

聞き手 ありがとうございます。それでは「地域の幸福」の研究内容についてお聞かせください。
内田 まず、地域なりの強みや弱みをきちんと測定できるモデルを立てられないかと思いました。2017年当時、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のRISTEX(社会技術研究開発センター)が「持続可能な社会に向けて」というテーマで研究提案を募集しており、「地域の幸福の測定とフィードバックをどう考えるか」という研究を応募したら採択され、その後5年間をかけて調査しました。
その研究ではまず、より小さな単位の地域に着目しようと思いました。例えば都道府県単位を使った幸福度ランキングの調査などもありますが、私はかねてから疑問を感じていました。例えば京都をみても、北部と南部では生活体系やカルチャーは異なるからです。自分たちの文化や空気感、風土を共有している単位とはどのぐらいのサイズなのかということ自体が研究の関心でもあったため、データを収集する際には最も小さい集団レベルでも分析ができるデザインにしました。具体的には郵便番号区、いわゆる町丁区の区分でのデータ収集ができるようにしたのです。この区分は、小学校区くらいで自治会における活動の区分単位であり、その地域に暮らし、顔見知りの人たちがいるくらいの地域の範囲ではないかと思います。そうして西日本で約400町丁目地区(集落)をサンプリングしました。人口だけで割り付けると農業地域や漁業地域が減ってしまうので、そうならないように工夫し、また、住宅地域も全体でバランスが取れるように割り付けました。それらの地域に対し、年に1回程度、同じ地域に通算4、5回調査用紙をポスティングし、時系列の変化や地域間の比較等を行うことができるデザインにしました。各地域の幸福の状況をみると、幸福感の平均が高い地域とそうでもない地域があることがわかりました。それを支える要因として、大きく4つが挙げられます。
1つ目は「主観的な幸福感」で、その地域で暮らしていることでどれだけ自分が幸せや健康感を感じているかということです。
2つ目は、地域の中の社会関係や繋がりといった「信頼関係」です。東日本大震災の後によくいわれた「絆」もそうですが、こういった信頼関係がその地域にどれだけあるのかということです。普段はお互いに強く関わっていないとしても、いざという時に声を掛け合って助け合えるようなネットワークは、大きな安心感を与えてくれます。ただ、この縛りが強くなり過ぎると、逆にしんどくもなるので、適切な「信頼関係」とはどういうものなのかということにも留意すべきです。
3つ目は「向社会性」です。地域のために自分が貢献する気持ちがどれくらいあるかということです。例えば、行政サービスにしても、多くの人は行政に「何かやってくれ」と問題提起はしますが、自分がそのために何かをしようと動く人は少ないですよね。しかし、自治体と住民がうまく連携している地域では、自治体が住民をうまく巻き込み、地域全体でさまざまな活動を盛り上げています。お祭りや子どもの地域の見守り活動等は、自治体がメインではなく、自治会や町内会が自発的に動いています。やはり、自分たちの地域をよくしたいという住民の思いからくる自発性が大事なのだなと思います。こうした思いを持つ住民を巻き込んでいって、大きなことまではできなくても、各自ができる小さな支援の輪が広がっていくことがとても重要です。
4つ目は「開放性」です。はじめのうちは、先ほどの3つの要因で地域の幸福を説明できるのではないかと思っていました。しかし「自分たちさえよければいい」という考えのもと地域内でやり取りしているだけで、排他的なのかもしれないという意見があり、「開放性」も加えて分析することにしました。具体的には、地域外の人に対してどういう意識を持っているか、外から移住してくる人に定着してほしいと思っているか、いろいろな人の意見を取り入れてみたいと思うかどうか等です。測ってみると、開放性が高いほど、地域の幸福度が高いことがわかりました(図1、2)。また、開放性が高い地域ほど、他の地域の人が応援に来てくれたり、IターンやUターンの人が来てくれたらうれしいと思う人の割合が多いようです。これは日本の特徴といえるのかもしれません。というのは、例えばアメリカなどでは移民の問題やコミュニティとしての排他性からの融和の問題にうまく対応できていないといえるからです。アメリカでは幸福感の高い人が多い地域は経済的に富裕な人が多く、そういったところには他の人に入ってきてほしくない、自分たちだけのコミュニティでしっかりやりたいといったような排他的な意識が結果として表れる傾向がまだ根強いです。日本の地域の「皆さん、寄っといで」といった柔らかな開放性は、今後日本の強みになるかもしれません。


「地域の幸福」と「地域内の社会関係資本(信頼関係)」と「向社会的行動」の3つの関係を私たちのグループでは「ぐるぐるモデル」と呼んでいます。その意図は、どちらが因果関係を示す矢印の後か先かではなくて、双方向にぐるぐる回っているかたちであるのが大事なのではないかということです。幸せな人は信頼関係があり、それによって人のためになることもします。そのことが自分に巡ってきて、また幸せになれるというような、矢印がぐるぐる回っているような関係があるということがわかりました。
また、別の研究で農業地域を調べたところ、農業者同士を繋ぐ人がいることによって、農業地域のいろいろな問題に対応することができるようになるということがわかってきました。農業組合等のネットワークはありますが、個人経営者である農業者同士が協力して課題に対応することは、案外難しいことが多いのです。二代目、三代目の跡継ぎ問題、耕作放棄地の問題、新規就農者への支援の問題等のさまざまな課題が出てきます。こういった課題に対しては、都道府県の職員である普及指導員が繋ぎ手として大変活躍をしていて、行政との橋渡し的な役割且つプロジェクトリーダーのような役割を担い、地域を盛り上げているキーパンソン的な人を支えていることがわかりました。人と人とのつながりを構造的に支える仕組みがある場所がうまくいっている地域といえるのかもしれません。

3. 「地域の幸福」から「組織の幸福」へ

聞き手 ありがとうございます。「日経研月報」の読者には、地域振興に携わっておられる方の他に企業や大学等の法人の方も多くおられますので、「組織の幸福」についてもお聞かせいただけますか。
内田 コミュニティの幸福というのは、地域だけではなく、会社やその他の組織にも当てはまるのでないかと考えていました。研究を始めた当時はグローバリゼーションの話が主流で、企業は欧米の価値観に合わせるべきではないかという考え方もありましたが、そもそも日本の組織は、欧米とは大きく違います。まず、従業員の一つの会社での就業年数がアメリカに比べると圧倒的に長いため、ある種会社には家族的な要素もあります。密な人間関係はストレスの原因にもなり得ますし、個々人にとって主たる所属場所にもなっているということも日本の特徴ではないかと思います。そこで関西を中心とした西日本の企業約40社の従業員の方に対し、幸せや働き甲斐についてのアンケート調査をさせていただきました。同アンケートでは、協調性と独立性のどちらに重きが置かれているのかに注目しました。その結果を示すのが、以下の「二階建てモデル」です。図3の通り、一階のベースとなる「協調性」の上に、あとから建て増しされた形で二階の「独立性」が乗っているイメージです。

結果としては会社全体で見れば、ある種の家族的な所属意識が良い職場づくりには大切であることがわかりました。これは、日本の本質的な特徴なのではないかと思いました。その一方で、働いている人個人でみれば、もっと自分の成果を重視してほしい、成果に見合ったような昇給や昇進をフェアに評価してほしいというような思いを持つようにもなっていました。そのせめぎ合いが今の日本の企業で起こっていることのようです。
その後に行ったのが、生理的なデータを基にした研究です。ある会社の社員約100名を対象に、健康診断とドッキングさせて体の中で起こっている炎症反応を血液から調べ、さらには質問紙調査にも回答してもらいました。というのは、慢性的な孤独感などに苛まれている時、体の中で炎症反応が起きているという先行研究があり、この方法論に基づいた調査を実施しました。この会社は大企業でグローバル展開もしているので、個人主義的で独立性中心の会社かと思っていたのですが、アンケート結果によると、職場で気を遣ったり、上下関係に気を配ったり、職場の中の調和を重視するタイプの人がそうでない人と比べ、炎症反応が少なかったのです。つまりそういうタイプの人の方が健康を保っているということになります。普通に考えれば、職場で調和を保たないといけない、他者に気を遣わないといけない、となるとかなり面倒なことかと思いますが、逆にそれが自分の体の健康を支えているとなると、協調性の重要性も感じます。
1階の協調性、つまり会社の基盤として、人と人との関係性が大事、または会社が自分の家族のような居場所なのだという社員の思いがかなり強くあり、その上に2階の独立性が相応にあるかたちであるともいえます。また、この1階と2階のバランスがうまく取れていると、会社としてうまくいくようです。
さらに、中途採用の社員が多くいる会社では、類似の経験や意識を持った人が集まってそれぞれが主体的かつネットワーク的に組織を運営しているケースが多いので、最初から2階を意識したうえで1階をつくりあげています。独立性や主体性は大事だけれども、社員同士が連携し、共鳴し合わなければ、会社全体をうまく回すのは難しいといったような認識を社員が共有していました。このような会社は、ウェルビーイングも高かったです。ただ、多くの日本企業はそうはいかないので、1階と2階のバランスが悪いのです。これはなかなか難しい問題だと思います。
もう一つ、この調査を通じて感じたことは、社員の多様な働き方を認める、寛容性の大切さです。企業には、いろいろなタイプの人がいます。働くことがすごく好きなタイプの人もいれば、別にそうでもない人、ワークライフバランス重視でお金を稼ぐためと割り切って働いている人も一定層います。会社には大きく分けてこの3つのタイプの人たちがいるので、「会社でバリバリ仕事をしたいです」という人にとってみれば、「お金を稼ぐために来ています」という人には腹が立つのかもしれませんが、逆に割り切って働いている人から見ればやるべきことをやっているのだから「24時間会社に捧げてください」といったようなことを言われたら意見があわない、となります。
いろいろな人がいて社会は成り立っています。地域の幸福と開放性が繋がっていることを踏まえると、会社でも寛容性の意識をある程度育てないといけないと思います。地域の研究では、開放性を支えていたのは、地域内の信頼関係でした。ということは、会社の中でも信頼関係が非常に重要になります。「あの人とは世代が違うから考え方が違う」、「働き方が違うからあの人とは性格が合わない」といった不信感が生じないように、社員同士が信頼を高めあうことが大切なのだろうと思います。何らかのご縁があって、この会社で一緒に働いていて、そこで何かを得たいと思っている。動機はそれぞれかもしれないけれども、協同して会社、あるいは社会に貢献しようとしている。だからこそ、お互いをちょっと信頼してみましょうというような姿勢です。そういった工夫をしなければ、1階と2階は乖離してしまいます。具体的には、社員同士が信頼し合うためのトレーニングやそれに関連した制度をつくるということもいいのかもしれません。
例えば、製造業であれば製造の現場にいる人と内勤で事務職をやっている人の間で、研究所であれば基礎研究をやっている人と人事などをやっている人の間で、ほとんど接触がないこともあります。しかし、それではもったいなくて、お互いが何をやっているのかを知る機会を設けてもいいのではないかと思います。そういうことが、「ああ、いろんな人が働いているんだな」というのを知るきっかけとなり、自分の目を開かせてくれる機会にもなります。
この観点からみると、現在の企業内の研修は、自己啓発的なものが多く、「あなたの努力で何かしてください」といったような部分が強いと思うのですが、もっと企業を「場」として変えていくような機会を設けるのもよいのではないかと思います。
聞き手 企業の中の信頼関係を高めるような、それが目的の研修ということですね。
内田 そういったことが実は大事なのではないかと思います。

4. 将来に向けた提言

聞き手 最後に、日本の地域、組織、あるいは日本全体の幸福度の向上のためのご提言をお願いします。まず、教育面ではいかがでしょうか。
内田 幸福について考えるうえで、教育の場は非常に重要だと思っています。現在、私は中教審(中央教育審議会)の委員として、ウェルビーイングについて議論しているのですが、これからの教育を考えるうえでの柱は、おそらくウェルビーイングになると思います。これまでの教育の場所では、何か達成目標を取りこぼしてはいけないといったような目標意識が強くありました。また、その目標を達成するために、先生が非常に疲弊しているような問題がよくありますが、先生のウェルビーイングが高くないと教育現場のウェルビーイングはあり得ないと思っています。さらに、地域社会との関係でいえば、地域の人に「この学校があってよかったね」と感じてもらえるような学校の位置づけにしなければいけないと思っています。
学校での幸福について、知識として教えるというよりは、実体験として理解してもらうことが重要ではないかと思っています。もちろん座学としての知識もそれなりに大事です。しかし、もっと本当の意味でお互いの幸福につながる教育について考える必要があります。例えば学校から帰ってくる時、泣いている小さい子を見つけたらどうしたらいいか、といったような問題です。「何かしなきゃ」とは思っても、何をしていいかがわからない子が多いかもしれません。近所の知らない人や大人と話すという経験も少なくなってきていると思いますが、自分の親や家族ではない、自分とは世代が違う人との斜めの繋がりを通して得られる公共心は結構あるような気がしています。地域参加の授業を取り入れている熱心な学校もあり、また、そうした活動が功を奏してきているということも聞きます。
聞き手 ありがとうございます。内田先生は、教育以外にもさまざまなご提言をお持ちかと思います。
内田 ウェルビーイングに関しては、長期ビジョンが必要だと考えます。ウェルビーイングは、自分が勝手に幸福になるという考え方ではありません。自分の幸せを他の人にも伝播して、周りの人と一緒に幸せになることでより良い社会をつくっていきましょうという「共に生きる」概念だと思います。周りの人と一緒にやっていく感じではありますが、いわゆる「全体主義」ではうまくいきません。義務感ではなく、自分のやり方で社会に貢献するという意識を、各人が出入り自由な空気感の中で、主体的に持つことのできるようにすることだと思うのです。みんなが社会のために、少しでもできることを小さなことでもやっていくことができれば、翻って自分のためにもなります。高齢者の研究をみても、社会的にいろいろ助けられている立場の高齢者よりも、社会参画している高齢者、例えば子育て支援への参画等で、できることを積極的にやっている高齢者の方が幸福度は高いという結果が出ています。自分が社会の中で存在価値があるのだと感じられることが、ウェルビーイングの観点からみると非常に重要ということです。
聞き手 働きがい、やりがいといったものを、地域や組織と、そこにいる人の間で育てるということですね。本日はたくさんのことを教えていただきありがとうございました。

著者プロフィール

内田 由紀子 (うちだ ゆきこ)

京都大学人と社会の未来研究院 教授

京都大学人と社会の未来研究院教授。専門は文化心理学・社会心理学。
京都大学教育学部教育心理学科卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。
ミシガン大学、スタンフォード大学各客員研究員、甲子園大学講師、京都大学こころの未来研究センター助教、准教授を経て、19年より教授。10~13年まで内閣府「幸福度に関する研究会」委員、21年より中央教育審議会委員。20年から京都信用金庫社外理事。14年「たちばな賞」(京都大学優秀女性研究者賞)、16年「日本心理学会国際賞(奨励賞)」各受賞。2019年~2020年スタンフォード大学行動科学先端研究センター(CASBS)フェロー。著書に『これからの幸福について 文化的幸福観のすすめ』(新曜社)など。