明日を読む

求められる経営者のイノベーション

2022年12月号

宇南山 卓 (うなやま たかし)

京都大学経済研究所 教授

現在のマクロ経済学者でイノベーションの重要性を認めない者はいないだろう。多くの経済学者は、1987年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・ソローの提唱した経済成長理論を念頭に置き、イノベーションこそが経済成長の唯一の源泉だと考えている。
ソロー以前の経済学では、資本蓄積が経済成長の源泉とされていた。より多くの工場・設備を保有すれば、より多くの生産が可能と考えられていたのである。それに対しソローは、物理的な資本蓄積が進めばその水準を維持する負担が大きくなり、資本蓄積はストップしてしまうことを示した。さらに、その停滞状態からの脱却には、同じ資本・労働を使ってもより多くの生産が可能となる「技術進歩」が不可欠だと結論づけた。
このソローが提示した「技術進歩」という概念が、経済学者が考える「イノベーション」である。ただし、ソローは技術進歩がどのように起きるかは明らかにできず、あたかも天から降ってくる幸運のように捉えていた。この限界のために、経営者や政策担当者はお題目のようにイノベーションの重要性を唱えつつも、現実の行動につなげられず身動きが取れないでいるように見える。
しかし、この「技術進歩がなぜ起きるのかが分からない」というソロー理論の限界は、すでに2018年にノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマーによって克服されている。内生的成長理論として知られ、経済学者の中では広く受け入れられている考え方であり、現在の日本の状況を考えるうえでも多くのヒントを与えてくれるものである。
ローマーの指摘の第1は、イノベーションとは経済資源を投入することで「意図的に」生み出される資産だという点である。偶発的な思いつきや生産過程における副産物などではなく、人・モノを投入して得るべき「生産物」であり、物理的な生産設備と同じく「投資」の対象である。
イノベーションへの投資としての研究開発費は、日本では年間20兆円程度で、米国や中国に見劣る。GDP比率は国際的にも高めであるが、2000年代に入り停滞しており、韓国を下回る。大学での研究開発は選択と集中という名の下に横ばいが続いており、このまま抑制傾向が続けば、イノベーションが不足するのは当然である。
ローマーの指摘の第2は、イノベーションとして蓄積される「資産」とは「新たなアイディア」であるという点である。アイディア資産の特徴は、過去の蓄積が新たな蓄積を促進するという「スピルオーバー効果」である。既存技術を理解しその限界を知るほど、新たなアイディアは生まれやすくなる。このスピルオーバー効果を最大限に享受するには、既存の知識を体系的に整理し、「車輪の再発明」を回避しつつ「巨人の肩に乗る」ことが必要となる。
知識を体系化する営みとはまさに「学術研究」であり、博士号保有者などの活用はイノベーションへの近道である。しかし、日本の経営層は学部卒が中心で他の先進国と比べると「低学歴」であり、高度人材の活用は遅れている。また、最近のDXにあたり、日本では多くの企業が固有のシステムを導入しがちとされる。過去の経験から学ぶには「意思決定プロセスの標準化」は不可欠で、独自システムはDXの効果を大きく損なう。
ローマーの指摘の第3は、イノベーションの原動力は、新たなアイディアによる市場での独占的地位だという点である。アップルが持つスマートフォン市場、アマゾンの築いたネットショッピング市場は、大きな独占的利潤を生んでおり、不確かな研究開発活動に莫大な経済資源を投入する強い動機となっている。アイディア資産が重要な経済では、商標権・特許などの知的財産権の保護は強いイノベーション促進の効果を持つ。しかし、この分野でも日本の遅れは否めない。
このようにイノベーションの課題をまとめてみると、日本における課題の多くが「経営」の問題であることが分かる。働き方改革やリスキリングなど労働者をターゲットにした政策課題が注目されるが、日本に必要なのは「経営者」のイノベーションである。

著者プロフィール

宇南山 卓 (うなやま たかし)

京都大学経済研究所 教授