『日経研月報』特集より

組織と人について思うこと

2023年1-2月号

柳 正憲 (やなぎ まさのり)

一般財団法人日本経済研究所 理事長

皆様、あけましておめでとうございます。
今回の特集は「ウェルビーイング・健康経営」ですので、「組織」と「人」について、日ごろ思っていることを三点ほど述べてみたいと思います。
一点目は、組織における人の動き方についてです。まず大事なのは、自分自身でよく調べて自分の頭でよく考えることです。そのうえで、トップダウンでもボトムアップでもなく、上下・左右、さまざまな角度から議論を行うことで、間違いのない意思決定ができ、新しい事業や活動の創造にもつながると思っています。
私がこうした考えを持つに至ったのは、中学・高校のとき以来だったように思います。出身の武蔵中学・武蔵高校は、自主性が求められる校風で、学校行事などもほとんど自分たちで企画していました。学校創立時からの教育方針の中に「自調自考」と呼ばれるものがあり、自ら調べ自ら考える力を重視していたのです。大学に進学してからも、武蔵高校の水泳部のコーチとして4年間後輩を指導したのですが、そのときも後輩には自分自身で考えて行動するように仕向けることで、彼らの成長を促すことが出来たと感じています。
さまざまな角度から行う議論が新しい事業につながった例を挙げてみたいと思います。1990年代の末に日本開発銀行と北海道東北開発公庫が統合され日本政策投資銀行が発足しましたが、ちょうどそのころ、ベンチャー企業への融資制度を創ることが必要ではないかとの問題意識が組織内に強くありました。しかし、それまでの融資判断や審査の延長線上の考え方ではうまくいかず、行き詰っていました。私は融資制度全般を総括する部署にいたのですが、ベンチャー企業の実態をよく知る融資担当、審査担当部署、役員のさまざまな意見をよく聞いて議論したうえで、通常の融資と異なるデフォルト率を想定しながらも融資の総枠を定めることで、経営への影響を一定にとどめる形で取り組むことを提案し、融資制度の実現にこぎつけることが出来ました。
二点目に、組織の方針と個人の内発的な動機におけるバランスの話をしてみたいと思います。この二つのバランスをとることは簡単ではないのですが、なるべく高いレベルで両立したいと思ってきました。まず、組織に所属する人は、組織全体や部署の目的に真摯に向き合うことが求められることは言うまでもありません。配属された部署で、評価をあまり気にしすぎずに、組織全体やその部署の目的に正面から向き合うことが大事だと思います。一方で、組織や上司は、従業員や部下の内発的な動機やアイデアをある程度容認したり応援することも大事です。個々人の主体的な取組みを促すことになりますし、個人的なアイデアや気づきが組織の将来の発展に結び付くことも多いからです。私は「仕事に対する名誉心を持て」とよく言ってきました。組織には異動がつきものですが、その時々の部署で「自分はこれをしたのだ」といえる仕事をしようという意味です。こうした考えは、上で述べた二つの両立を目指すなかで生まれてきたように思います。私は、日本政策投資銀行の代表取締役だったころも、この考えを大事にしてきました。
三点目は、組織が目指すべき基本的な方向性について感じていることを述べてみたいと思います。まず、組織がおかれた社会環境や、組織のミッション、リソースや能力をよく見つめることです。そのうえで、得意分野を伸ばすことが最も大事だと思います。また、ありたい姿を目指して新しい分野にも取り組み、時間はかかっても粘り強く実現していくことが必要です。そのとき、得意分野で培ってきた得意技を活かす工夫が出来れば、うまくいく確率が高まるでしょう。
得意技を新分野開拓に活かすという意味で、私にとって身近な例を言いますと、日本政策投資銀行では2004年に環境格付を使った融資プログラムを世界で初めて開発し、対象分野も環境格付融資から、防災格付融資(現在はBCM格付融資)、健康経営格付融資と順次拡大してきました。これは社会からのさまざまな要請の高まりに、組織の伝統的な強みである情報生産能力と資金提供機能を組みあわせて対応することが出来た事例といえるかもしれません。
私ども一般財団法人日本経経済研究所でも、日本の経済社会の中長期的な発展やウェルビーイングの向上に寄与するというミッションを踏まえたうえで、デジタルでの情報発信を含め既存事業に磨きをかけるとともに、日本の経済社会のありたい姿を構想し、それを実現するには何が必要か、そのための手法は何かを常に模索して、世の中に発信し続けていきたいと思います。今後ともご理解とご支援、ご活用のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

著者プロフィール

柳 正憲 (やなぎ まさのり)

一般財団法人日本経済研究所 理事長