続・「わからない」から始めるヘルスケア(その5・最終回)

2023年6-7月号

青山 竜文 (あおやま たつふみ)

株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所 上席主任研究員

最終回は、医療に関する地域毎のストックの差について考察をしながら、全体のまとめを行いたいと思います。医療は社会インフラといえますし、その資産としての蓄積と回転を見るための視座を有することは、継続的なインフラ整備のために必要なことです。

1. バランスシートに関する議論

2011年頃からさまざまな専門媒体で書いてきたことではあるのですが、当時、医療業界において、病院の「黒字・赤字」に関する議論はよくなされていたものの、貸借対照表(以下、バランスシート)における資産・負債・資本のバランスが世間の議題に上ることは非常に稀でした。
この背景には、医療について経営的観点でみること自体があまり必要とされてなかったという時代環境があります。2000年代初頭までは診療報酬は上昇し続け、これにブレーキがかかったのが2002年でした。とはいえ、すぐにそこで問題が発生したということではありません。介護保険も導入されるなか、老健施設の運営などは当時利益率が高かったこともあり、多角化される医療グループの中では収益基盤もある程度安定的に推移しました。こうした状況では、そこまでバランスシート全体を意識する必要性はありません。
ところが、2010年代中盤から病院の経営悪化が語られるようになってきます。診療報酬の本体部分はまだ横這いレベルで推移していたのですが、その時々によるコスト増要因を吸収しきれず、利益率が限界的になるなかで、負債が「減らない」状況が続いてきました。
こうした状況のままコロナ禍に突入してしまったため、医療経営を正面から議論するのはまた難しい時期に入ってしまったのですが、以前よりはバランスシートを意識せざる得ない時期が続いていることは確かです。
そして本稿では、個別の医療機関のバランスシートの議論からもう一歩踏み込んで、地域全体のバランスシートがどのようになっているかを考えてみたいと思います。前回は医師数という観点で地域差を見ましたが、今回は地域にどのようにストックが蓄積しているか、という視点で見ていきます。最初に結論めいたことを書きますが、本稿は収益性が低い資産(ひいては病院)等に関して問題視をするものではなく、地域での格差など「個別病院には対応しきれない構造」の有無を踏まえたうえで、適切なアウトカムや事業継続を確保するために出来ることは何か、を考えるものです(自身の旧著では病院単体の経営行動に絞った議論をしてきたこともあり、その先を考えたいと思っています)。

2. 固定資産の規模感

日本全体の医療機関が、すべて財務諸表を開示して、その集計が容易にできるとよいのですが、当然そうした状況にはないため、ここで試みるのはあくまでさまざまな仮定に基づいた試算です。そして今回はすべて都道府県単位での分析を行います。
まず試算方法は以下の通りです。

図1は単純に、この数字に基づき都道府県の人口と固定資産額の対比をプロットしたものです。明確な近似があるわけではありませんが、人口が多い都道府県ほど一人当たりの固定資産額は少ない傾向があります。ある意味、施設や機器の有効活用が進んでいるといえるでしょう。
なお、図1を算出する簡易計算での固定資産総額は25.3兆円となります。一般診療医療費(病院)が2018年で22.4兆円でしたが、医療費は病院側からみると収入の多くの部分となりますので、収入と固定資産のバランスとしては違和感のない数字にはなっています。
同時に固定資産の地域間での規模感差を見ておく必要があります。医師偏在の際にも上位・下位10カ所の二次医療圏で4倍程度の医師数の差があると述べましたが、ここでも、都道府県単位で見ると一人当たりの固定資産規模額は最大524千円、最小143千円と3.7倍の差が生じています(二次医療圏ベースでみるともっと大きな差になるでしょう)。
またバランスシートという意味では負債や資本の部に関する情報が必要ですが、これらについては都道府県単位で試算する術がありません。ただし全国単位での概算値はいくらかありますので、まずはその数字を表1で取り上げておきます。この数字は次項の将来投資想定額を算出する際に活用していきます。
全国8,000超の病院のうち700病院程度の数字の集計ですので、偏りはあると思いますが、イメージは掴めるかと思います。ちなみにこの「1施設当たりの長期借入金」を病院総数8,205に掛けると11兆円になりますが、日本銀行調査による国内銀行の医療・保険向け貸出金は2021年12月末で11兆円であり(ほかの公的機関の貸し出しなどを含めると総額はそれ以上とはなりますが)、その観点からも大きな違和感はありません。

3. 回転率と投資余力

(1)固定資産回転率

次に、各々の固定資産がしっかりと活用されているか、端的にいえば収入を生み出せているか、という観点で数字をみていきます。ここではあまり難しく考えず、固定資産回転率(=収入/固定資産)を計算します。ただし、病院区分の収入を都道府県別に把握することは難しいため、ここでは都道府県別医療費(令和2年度・国民医療費)における医科診療医療費をそのまま用いています(そのため診療所の医療費も含まれた数字となります)。
図2からもわかる通り、一人当たり固定資産額が大きい都道府県の固定資産回転率は相対的に低い形となっています。ただしこの数字を読み解くことは難しいと思っており、「施設の数が相対的に少なくても効率的に回せる都道府県が優れている」という話ではなく、回転率が高いエリアは限界的な稼働を強いられており、中間程度の回転率ゾーンに適正なバランスがあるのではないか、というのが筆者のスタンスです。そして重要なポイントは、回転率についても最大と最小で2倍以上の開きがあるということです。診療報酬が全国一律であることを考えると、同じ医療単価であるにも関わらず、ここまでの差が出ることは驚きではあります。

(2)将来投資想定額

最後に将来の「投資想定額」を考えておきます。医療に限らず事業運営において、どの程度今後の投資ができるかは、投資後の有利子負債とキャッシュフローのバランスが適正な範囲にとどまっているか、という観点でチェックをしていくことになります。ある意味、そのバランスにとどまる範囲までの投資は、将来の収益性がある程度確かであれば、正当化できるでしょう。
この考え方を地域全体に拡張させた場合、その地域でどの程度将来の医療における継続的な投資が可能か、を試算しうると本稿では考えます。もちろんあくまで仮定を重ねた数字となるため、この算出も地域差を把握するための試算、とお考えください。
図3は以下の形で計算をしました。特にこの算出方法の4つ目は如何様にでも数字の設定を変えうるので、本当に試算レベルの話になりますが、地域毎の差分を知るために行う計算としてご理解ください。
注釈が続きますが、この簡易計算では既存債務が大きいと将来投資想定額が下がります。しかし、その既存債務を全国均等に割り掛けていますし、地域毎の利益率やキャッシュフロー水準の差もカウントできていません。加えて、ここで採用している利益率は自治体病院を含まないものであり、債務の想定も同様です(すべてを民間ベースで考えた場合、という置き換えを行っています)。こうしたさまざまな留意事項を加味したうえでですが、都道府県単位という比較的メッシュの粗い計算でも平均の値を大きく下回る都道府県が複数存在しています。そうしたエリアで今後の医療インフラの蓄積が限定的になることは、過去の活動がどうあれ望ましいことではありません。

4. ストックから見てわかること

さて、こうした形で都道府県の医療環境をストックという観点から見て何がわかるでしょうか。医療行政は診療報酬により具体的なメッセージが発せられています。また地域のストックをまとめてみたところで、実際の運営は多岐にわたる法人が実施しているため、ストックの調整などは制御不能です。
しかしながら、

  • 現存する施設が適切に運営されているか?
  • 老朽化対応含め、今後の投資余力があるか?
  • 結果としてアウトカムに支障はないか?

という観点で医療のストック整備を見ておくことは、地域医療構想のその先を考えるうえでは重要です。
地域医療構想とは「将来の人口推計をもとに今後必要となる病床数を医療機能毎に推計したうえで、地域の医療関係者の協議を通じて病床の機能分化と連携をすすめ、効率的な医療提供体制の実現すること」を目指しており、今後の医療計画においても重要な役割を果たします。それは各地のストック調整にもつながるものなのですが、需給動向に対応してストラクチャーを調整するだけではその地域の効率性は改善するものの、地域差を改善することは困難です。特に将来への投資余力などが乏しいエリアでは維持だけで手一杯となり、各種の偏り是正やアウトカム向上までは目が向かない可能性があります。
なお今回はあえて図上に都道府県名を一切出していません。その理由は先程述べたようにさまざまな数字の高低の解釈が難しいことに加え、差分への対処をどのように行うかが眼目であり、ここで行ったようなメッシュの粗い試算で現時点の優劣を論点にすべきでないと考えるためです。

5. まとめ

医療業界の「わからない」ことを少しずつ紐解くため、この連載では個別の診療領域に寄せて具体的な状況を見ながら話を進めてきました。認知症に関する回(その2)では、ニーズ自体を探ることの難しさに焦点をあて、アウトカムを測るにはそのニーズの集合を整理していく必要性を考えました。回復期リハや科学的介護の回(その3)では、「アウトカムに診療報酬を重ねていくと確かに成果は上がりやすくなるが、地域差などの偏りは改善しにくいこと」に触れています。そして、医師偏在に関する回(その4)では、漸進的な対応は大事なのだが、あまりにギャップが大きい場合、ストラクチャー的観点での数字の調整だけでは限界があるかもしれない、という話をしました。今回のストックに関する話はその議論を補完するものでもあります。
そもそもこうした話の出発点は、事業者の行動原理をベースにすると、地域医療の「全体として」の質向上は容易ではないという問題意識にありました。そして、質向上を図るには、ストラクチャーだけを見るのではなく、アウトカムの改善を見る必要があることは(その1)で整理しています。
日本は医師数を増やす一方、入院患者抑制や看護師の有効活用による訪問看護の充実などを介して医療費の上昇を想定よりは抑え、加えて、後方病床の特徴づけや介護の充実を図ることでソフトランディングを図ってきています。ただし、元来のストックの多寡や、医師数を増やしやすいエリアか否か、などの差もあり、この流れに乗ることができる地域と、そうではない地域を必然的に生み出しています。
一方で、医療や介護は「専門家が倫理観と高い知識をもって管理運営すべき領域」です。よって単に収益性で地域の優劣などを判断すべきでないし、ましてや施設数などでジャッジすべきでもありません。ただし質を担保するために、一定水準以上の医療提供体制の整備を継続しておくことは不可欠です。
ここから先が難しいのですが、人材不足を補うにはマルチタスク化や遠隔診療などに関するIT投資が必要であり、ストックにおける回転率の高さを是正するには(是正する必要があるかは実態を見たうえで、という話ですが)、需要に見合った設備投資の拡充が必要です。そして将来投資額の不足を補うには追加の資金補助ないしは既存の固定資産の整理などが必要となるでしょう。
これらの課題は地域により濃淡が異なるため、地域毎にどの課題に力を入れるかを選択していく必要があります。それは当然、全国一律の診療報酬による方向づけのなかで是正しがたいものであり、かつ、その地域の中にいる医療機関の経営努力だけでは乗り越えることも難しい話です。
その意味では、ここまで述べてきたような幾つかの指標(図4参照)をターゲットとして、(1)平均値とのギャップを埋めるためのリープフロッグ(注1)的な支援の準備、(2)サポートを実態的に行いうるベンチャー企業やサービス事業者への分野や地域を絞った集中的な支援や市場アクセスの促進、(3)同じくその流れにつながる医療機関同士や医療・介護間での相互連携サポート、などを地域毎にメリハリをつけて実施していく必要があります。もちろんこうしたターゲット設定は、少なくとも二次医療圏ベースで検討する必要があるので、それは別途、筆者自身も実施していきたいと考えます。
地域全体の医療経営を考えた場合、医師数などは収入の根拠ともなり、その収入と整備されている固定資産のバランスを数値として捉え、そのなかで既存債務とのバランスにおいて将来の蓄積への対処をしていくことが重要です。その経営とアウトカムのバランスが取れているかを個々の地域でみていくことが、需給調整を超えて、インフラをサステナブルに継続させるためには必要です。そのための指標設定と維持・向上のための集中的な対応策を継続的に考えていく必要がある、ということが本連載のひとまずの結論となります。
なお、次号からは「医療と介護におけるサステナビリティ」をテーマに、アカデミアや現場における有識者の方々のインタビューを掲載予定です。本稿で述べてきた問題意識を踏まえつつ、実りある対話を目指します。

(注1)特定の技術やインフラが速いスピードで浸透する事例で、アフリカのスマートフォン活用などに見られる。

著者プロフィール

青山 竜文 (あおやま たつふみ)

株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所 上席主任研究員

(株)日本政策投資銀行設備投資研究所 上席主任研究員
1996年日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。2005年米国スタンフォード大学経営大学院留学(経営工学修士)を経て、2006年よりヘルスケア向けファイナンス業務立ち上げに参画し、以降同業務に従事してきた。2021年(一財)日本経済研究所常務理事を経て、2022年より現職。著書に『再投資可能な医療』『医療機関の経営力』(きんざい)。