『日経研月報』特集より

観光列車が地域にもたらす効果と課題 ~地域に宿泊させるアイテムとしての観光列車~

2023年6-7月号

生田 美樹 (いくた みき)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部地域振興部 研究主幹

はじめに

地域鉄道のあり方が全国で注目されてきている。
コロナ前から経営が厳しい状況のなかでも、観光と連携しながら運行している地域鉄道(注1)は多数ある。主に富裕層向けに地域の食材とワインを提供するしなの鉄道の「ろくもん」、天橋立を走る観光列車「丹後くろまつ号」、2005年の台風で一度は廃線になったが、鉄道の一部を残し、高千穂駅から高千穂鉄橋(高さ約105m)までを運行する高千穂あまてらす鉄道の「グランド・スーパーカート」は、ディズニーランドのアトラクションのようである。
現在、滋賀県では交通税(注2)の導入による地域交通のさらなる充実が検討されており、地域鉄道の活性化には地域社会との連携が、さらに重要性を増してきているといえる。かかる背景を踏まえ、以下では観光列車が地域にもたらす効果と課題について検討を行う。

1. 観光列車の現状と課題

地域鉄道を取り巻く状況はコロナ前から厳しい状況ではあるものの、一部の地域鉄道事業者は、富裕層や観光客を誘客し、地域活性化に貢献している観光列車を運行させている。鉄道総合技術研究所(『鉄道技術用語辞典』)によると、観光列車の定義は、旅行をするための移動手段として鉄道を利用するのではなく、鉄道に乗ること自体が旅行の目的となるような、通常の列車とは異なる魅力的な外観や内装をもつ列車である。
観光列車は1950年代~1960年代にかけて大手民鉄が特急列車を運行していたが、高度経済成長期を迎え、交通手段が自家用車や観光バスに移行し、需要は縮小した。その後、シニア世代やインバウンドによるマーケットが形成された2010年代からJRや地方民鉄・第3セクター鉄道で新しい需要を創造するために、観光列車が再び脚光を浴びるようになってきた。

私鉄・第3セクターの観光列車についてみると、1970年代には大井川鉄道の「SLかわね路」、1980年代には南阿蘇鉄道の「ゆうすげ号」、秩父鉄道の「SLパレオエクスプレス」が運行されている。2010年以降、観光列車が増加しており、富裕層向けのしなの鉄道の「ろくもん」、「海の京都を走るレストラン」がコンセプトの京都丹後鉄道の「丹後くろまつ号」等が運行開始している(表2)。


「丹後くろまつ号」は、経営難から鉄道事業再構築事業による上下分離を導入し、公募で選定された民間事業者(WILLER TRAINS株式会社)が2015年4月から運行を開始しており、食事に加えてホテルでの宿泊も含めたプランを提供している。上下分離で運行開始後、地域の観光消費額が増加傾向にあり、2015年には海の京都エリア(注3)の観光消費額は約243億円であったが、2019年には約273億円まで増加した。観光列車が存在していることで地域のPRにつながり、地域の消費額の増加に寄与していることがうかがわれる。

2. 観光列車の効果と課題のポイント

地域鉄道事業者へのヒアリング調査によると、観光列車の第一の効果はブランディングであり、観光列車は地域資源である地域の食材やワインを車内で提供し、車両の内装には地域の木材を活用しているため、地域のプロモーションやアイデンティティの向上に貢献している。
第二の効果は地域コミュニティの構築である。JRよりも早くから地域との対話を重視してきた地域鉄道事業者は、地域向けイベントを開催することで集客力を高め、イベントに合わせて駅舎のライトアップを行う等地域のコミュニティの構築に貢献しているといえる。
第三の効果は、経済効果である。観光列車の利用客の一部は県内に宿泊しており、沿線地域の観光利用にもつながっているため、地域の観光消費額を押し上げている。観光シーズンには宿泊施設の予約がとれないケースもあり、観光列車は地域に宿泊させるアイテムの1つとなっているのである。
観光列車がメディアに取り上げられるようになり、交流人口のみならず関係人口が増加した点は規模の小さい自治体にとっては大きな効果であるといえる。
コロナ禍でも2021年度に年間約104万人が利用している事例では、地域の協力を得ながら上下分離で存続し、地域のインフラとして利用されている。自治体が協力的であり、市外にも定期券の割引制度を導入し、コロナ禍で定期券の補助率を1/3から1/2に増額した点は広域の観点で地域鉄道をとらえており、他の地域にも参考となる。
課題は、富裕層向け観光列車でも経営は収支見合いであり、運転士やアテンダントの人材不足、メンテナンス等にかかる資金調達の問題があり、観光列車のあり方については行政区域を越えて、地域全体でとらえていくことが重要である。

3. 観光列車の経済波及効果

観光列車が地域にもたらす経済波及効果について、地域鉄道事業者へのヒアリングを実施したうえで、X県産業連関表で経済効果を試算したところ、総合効果で約3.9億円の効果があることが分かった(表4)。前提条件として観光列車の年間運賃収入、物販収入、周辺の観光消費(一部の乗客は県内に宿泊)を含めている(注4)。
地域鉄道事業者へのヒアリングによると、首都圏からの利用者は県内に宿泊しているケースが多く、1泊2日で観光列車を利用しており、宿泊や観光消費が経済波及効果を押し上げている。産業・業種別経済波及効果をみると、1次波及効果は、商業、対事業所サービス、運輸・郵便への効果が大きい。観光列車が県内の事業者からさまざまなサービス、食材やワイン等を仕入れており、県内に経済波及効果が及んでいることがうかがえる。雇用効果は40人であり、産業・業種別雇用誘発効果をみると、飲食サービスの雇用効果が大きい。観光列車は乗客への飲食関連のサービスが大きな割合を占めているため、県内に大きな雇用効果をもたらしているといえる。




有識者へのヒアリングによると、観光列車の定量的な効果は、運輸収入、物販、観光消費である。雇用にも大きな効果があり、地元の大学生がアテンダントとして乗務しているケースは、アルバイトとしての形態とボランティアとしての形態と両方ある。鉄道は運賃収入が得られるので、投資(支出)だけではない点が定量的な効果の1つになっている。
定性的な効果としては、地域のアイデンティティやブランディングであり、えちごトキめき鉄道の観光列車「雪月花」は“all made in NIIGATA”を合言葉に、地域の産業や企業をうまく活用し、ストーリーを構築している。
課題は行政区域を越えて、地域鉄道を広域でとらえていくこと、都市経営の視点が重要で、都市戦略の中に鉄道が含まれていることが地域活性化のポイントになる。地域鉄道は都市経営のための投資であり、交通に見識のない都市は人口がさらに減少し、衰退していくことが予想される。

4. 提 言

これまでの調査結果を踏まえ、以下、観光列車の今後の課題に向けた提言を行う。

(1)観光列車を地域に宿泊させるアイテムとして地域活性化に活用

地域鉄道事業者へのヒアリングによると、富裕層向けの観光列車でも経営は収支見合い程度ではあるが、沿線地域での観光消費や県内の宿泊につなげ、地域のブランディングに貢献している。観光列車は地域の食材やワイン、伝統工芸等の地域資源が凝縮された地域の広告塔であるとともに、地域に宿泊させるアイテムの1つになっている。観光列車「丹後くろまつ号」の様に運行開始後に地域の消費額が増加している事例や高千穂あまてらす鉄道の様に廃線後に再生した事例もあるため、観光消費額をさらに伸ばすために観光列車を地域に宿泊させるアイテムの1つとしてとらえ、自治体含めて地域全体で取り組むことが重要である。

(2)乗客の消費行動の把握、宿泊を含めた経済波及効果の試算

全国には多数の観光列車が存在しているが、観光列車が地域にもたらした経済波及効果について試算結果を公表している事例は少ない。地域鉄道事業者へのヒアリングによると観光列車の乗客の一部が県内に宿泊していることが確認され、観光列車の県内への経済波及効果が約3.9億円と試算された。今後はリピーターを含め乗客の消費行動を把握したうえで、宿泊を含めて地域にもたらした経済波及効果を試算し、公表するとともに、観光列車と宿泊施設のさらなる連携が必要である。それにより国や自治体、地域住民の理解を得られ、地域鉄道事業者への支援につながっていくことが期待される。

(3)地域全体で人材確保・育成、クラウドファンディング等の活用

全国的な人材不足のため、運転士やアテンダントの人材が確保できず、運行サービスに支障をきたす場合がある。観光列車はソフト面でのサービスが非常に重要であるため、人材については、県や自治体の行政区域を超えて、地域全体で人材を確保・育成していくことが考えられ、地域のバス会社、航空会社等幅広い業種から人材を確保していくことが期待される。
全国的に地域鉄道の車両は老朽化しているが、しなの鉄道株式会社では、クラウドファンディング大手のミュージックセキュリティーズ株式会社と協力して、しなの鉄道車両更新応援ファンドで3,000万円を調達した。このように多様な資金調達方法のさらなる活用が期待される。

(4)都市経営の視点の重要性

観光列車を含めて地域鉄道は単なる輸送手段ではなく、富山市の様に人口増加やそれに伴う税収増加にもつながっているケースもある。バスに比し、地域鉄道や駅舎は容易に撤去することが難しいため、地域の人口の維持・増加にもつながることが考えられる。地域鉄道を赤字か黒字かのみで議論するのではなく、都市経営の視点でとらえていくことが極めて重要であり、地域鉄道を存続させることで人口減少や駅周辺の商業施設の撤退を食い止め、治安の維持や地域活性化に寄与することを把握することが必要であろう。

(5)適切な税の投入額について

我が国の鉄道業界はこれまで基本的に民間事業として実施してきたため、適切な額の税金の投入については未経験の業界である。従って、適切な税の投入については、投資効率や民間のインセンティブ、モラルハザードが起きないよう十分な検討が必要である。

終わりに

コロナ禍にもかかわらず、ヒアリング調査にご協力をいただいた地域鉄道事業者、有識者に感謝を申し上げる。
鉄道は地域に消費をもたらすコンテンツとして重要な資産であり、定住人口の維持・増加や治安の維持、駅前の商業施設の撤退の予防、地域での宿泊につなげるアイテムとして地域に貢献している。鉄道はすぐにはなくならず、寿命が長い。鉄道事業の収支のみに着目し、バスへの転換を検討する前に、地域鉄道が存続することによる地域のメリットを再検討することが必要ではないか。
本調査研究が広く我が国の観光列車や地域鉄道あり方を考察する一助となれば幸いである。

(注1)一般に、新幹線、在来幹線、都市鉄道以外の鉄軌道路線のことをいう。地域鉄道の運営主体は中小民鉄、JR等であり、このうち、中小民鉄及び第3セクターを合わせて地域鉄道事業者と呼んでおり、2022年4月1日現在で95社ある。
(注2)地域公共交通を支える財源。フランスでは1970年代から導入されている。
(注3)宮津市、京丹後市、舞鶴市、福知山市、綾部市、与謝野町、伊根町の7市町
(注4)注1:地域鉄道事業者ヒアリングより前提条件を設定した。年間利用者数は2018年(16,900人)。2019年は台風により、一部区間で約1か月運行不能だったため採用しない。
注2:観光消費の消費単価は、観光庁全国観光入込客統計に関する共通基準2018 消費額単価 日本人・観光目的(X県)、観光庁2018年『旅行・観光消費動向調査年報』より作成。

著者プロフィール

生田 美樹 (いくた みき)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部地域振興部 研究主幹

1993年日本経済研究所入所、調査第2部等を経て現職
専門は地方創生、観光、経済効果、官民連携
経営学修士