『日経研月報』特集より

起業支援策の新展開~起業活動のすそ野は広がるか~

2022年4月号

髙橋 徳行 (たかはし のりゆき)

武蔵大学長(注1)

イノベーションに大きな役割を果たすのが新しく誕生する企業です。岸田首相も、日本の社会課題を成長のエンジンへと押し上げていくために「本年をスタートアップ創出元年とする」と、今年1月に召集された国会の施政方針演説の中で宣言しています。
日本の創業活動、起業活動は過去20年間でかなり改善されました。筆者が日本チームの代表を務めている国際調査プロジェクトであるグローバル・アントレプレナーシップ・モニター(Global Entrepreneurship Monitor)の調査を見ても、かつては先進国の中で最低といわれていた起業活動ですが、米国や英国には及ばないとはいえ、ドイツやフランスに匹敵する水準になりました。
例えば、18~64歳人口の総合起業活動指数(TEA:Total early-stage Entrepreneurial Activity:起業活動に従事している人口100人あたりの人数)を見ると、2020年調査のドイツが4.8、日本が6.5、2021年調査のドイツが6.9、日本が6.3となっています。2000年代前半には、日本のTEAだけが1から2の間で低迷し、他の先進国は5~12の水準にあった時に比べると様変わりしています。
このような変化はなぜ起きたのでしょうか。最大の「功労者」は、1999年の中小企業基本法の改正です。改正基本法の第5条に「創業の促進」という文言が加わったことで、これから事業を始めようとする人が政策対象になりました。
融資制度や信用保証制度が創業者にとって格段と利用しやすくなり、インキュベーション施設、自治体などに設置される相談窓口、そして創業希望者向けの講習会などが一気に充実しました。かつては事業実績が1年以上必要であった信用保証協会への保証申請はこれから事業を始める人、つまり事業実績がゼロ年でも行えるようになったのです。
それでは、このままで、今年がスタートアップ元年になるのかと言えば、答えは残念ながらNOでしょう。その理由は、現在の政策のほとんどは、起業したい、起業に関心のある人たちを、実際に起業活動する人に変えるためのものだからです。起業支援策が起業に関心のある人を対象にすることは当たり前と思われるかもしれません。
しかし、やはりこのままでは十分ではないのです。その理由は、肝心の起業したい人や起業に関心のある人(以下、起業関心層)の割合が他の先進国と比べて圧倒的に少ないからです。
起業に至るプロセスを、起業に関心を持たない段階→起業に関心を持つ段階→起業活動に従事する段階の3つに分けると、日本は起業に関心を持つ段階から起業活動に従事する段階への移行率は、米国の約17%に比べても高く、20%を超えています。しかし、成人人口に占める起業関心層の割合は、他の先進国の50%超に比べて、日本は10%台前半に止まっています。少ない割合の人たちがいくら頑張っても限界があるのです。
また、起業を意識していない層(以下、起業無関心層)には次のような特徴があります。
一つには、起業を意識している層に比べて起業活動に至る可能性が非常に低いことです。起業関心層の20%以上が起業活動に至っているのに対して、起業無関心層では1%に過ぎません。
もう一つは、起業無関心層は、起業活動に対する評価が低いことです。意識していないから低いのは当然と思われるかもしれませんが、問題はその程度です。直近のデータによると、起業無関心層が起業家というキャリアを評価している割合は、米国の59.3%に対して日本は8.6%です。
日本における過去20年間の改善は、起業関心層が増えたのではなく、起業関心層の起業化率が高まったことによるものでした。起業関心層の起業化率は、2000年代前半は10%未満でしたが、それが中小企業基本法の改正によって2倍近い水準になり、日本全体の起業活動水準を押し上げました。
しかし、いつまでも起業関心層の起業化率の上昇に頼ってはいられません。起業無関心層をいかに減らして、起業関心層を他の先進国並みの水準に引き上げるかに課題は移りつつあります。
明るい兆しはあります。2018年に産業競争力強化法が改正されたことにより、起業無関心層に働きかけ、起業関心層の拡大を目指す政策が実行可能になったことです。産業競争力強化法の条文上の改正自体はごくわずかなものであり、第126条の第1項に「創業に関する普及啓発を積極的に行い」という文言が入り、同条第2項では、創業支援事業に「等」が追加され、創業支援「等」事業になっただけですが、それによって創業機運醸成事業という意識に働きかける政策が動き出しています。
起業活動は、事業活動分野における独創性やイノベーション発揮の場であり、まさにアイデアを駆使して、それを実行レベルまで落とし込み、先見性を実現する活動です。そのような活動の延長線上にユニコーンのようなスーパースターが存在すると仮定するならば、起業関心層のすそ野を拡大して、起業活動を活発にすることは、日本経済にとって重要な課題といえるでしょう。

(注1)2022/4/1付就任

著者プロフィール

髙橋 徳行 (たかはし のりゆき)

武蔵大学長(注1)