『日経研月報』特集より

音楽人材をビジネスに活かす~社会の潜在ニーズに新たな価値を~

2022年12月号

白鳥 さゆり (しらとり さゆり)

RENEW株式会社 代表取締役

はじめに

(一財)日本経済研究所イノベーション創造センターは、社会に新しい価値を生み出している若きイノベーター、白鳥さゆりさんにインタビューを行いました。
白鳥さんは、音大生特化型の就活支援サービス「ミュジキャリ」(以下、ミュジキャリ)を3年前に立ち上げました。白鳥さんは音楽系学部を卒業後、新卒で民間企業(人材業界大手)に就職しています。自身の経験も踏まえ白鳥さんが着目したのは、「音楽に本気で取り組んだ人材のビジネス領域での潜在力の高さ」です。白鳥さんは、この隠れた真実を社会の潜在的ニーズに活かしていくことに使命感を抱き、ミュジキャリを立ち上げ、一起業家・企業家として活躍しています。
当インタビューでは、白鳥さんよりミュジキャリの事業への思いや原動力、今後の展望などを伺いました。本稿でその内容をご紹介します。

1. 音大生の就職難を解消し社会問題解決を目指す

-まずは、白鳥さんのご経歴と、音大生の就職支援サービスを展開すべく起業に至った経緯を教えてください。

白鳥 ミュジキャリという音大生、音楽系の学生に特化をした就職活動支援サービスを手掛ける会社を経営しており、サービスは丸3年を迎えたところです。まだまだ新しいサービスでベンチャー企業です。私は幼少期にピアノを習い始めて、高校、大学とピアノを専門的に学ぶ学校へ進学しました。次第にピアニストとしてピアノだけで生活していくことは難しいことを認識し、音楽とは全く異なる世界で就職活動をして、第一志望の(株)リクルートエージェント(現(株)リクルート)に新卒で入社しました。入社後は、採用コンサルタントとして採用活動を行う企業に対して、採用がうまくいくためにはどのようなアプローチをすべきか等、同社の色々な商品を使いながらコンサルティングを行う仕事をしていました。
元来は、ピアニストとして生活していきたいと考えていたので、これは大きな方向転換でしたが、就職するという意味を考えたときに、リクルートは、若いうちから活躍できる環境で、自分自身が一番成長できるのではないかと思える会社でした。
私が起業を志したターニングポイントは、リクルート勤務時代に東日本大震災後の東北へ視察に行ったことだと思います。同社で解決できるビジネス案を考える研修に参加するために往訪したのですが、そこで、実際に被災して復興のための会社を立ち上げた方のお話を聞いて感銘を受けたのです。「自分ごと化」された課題に対して活動している人は、常に全力で仕事に打ち込んでいて輝いていて、私もこうなりたいな、音楽をやっていた時は全力で打ち込んでいたなということを思い出しました。そこから、自分にできることは何なのかを色々と考えたのですが、やはり自分が経験した課題や、社会に感じる“負”のようなものを解決していくことをやっていきたいと、東北で頑張っている方々を見て強く思いました。その時点で会社を辞めようと気持ちが固まり、自分の経験でしか作れないものを作ろうと思いました。
会社員を辞めて起業することは相当な不安を抱え労力も要しましたが、リクルートで社会人として働く経験を得たことで吹っ切れた部分もありましたし、偶然ですが自分が採用という仕事に携わっていたことが、今のサービスに繋がっているとも感じています。

-幼少期から音楽の世界で経験されてきたことと、リクルートへの就職という音楽以外の業務経験が融合してミュジキャリが誕生したということですね。

白鳥 2019年にリリースしたミュジキャリに辿り着くまでには紆余曲折あり、当初の予定通りには進みませんでした。試行錯誤するなかで、「就職活動をしたいのだけど、うまくいかない……」と困っている学生と出会った時に、過去の自分が卒業後の不安や就職活動の取り組み方で悩んでいた日々と重なりました。「ここであれば自分の経験を活かせるのではないか。企業も、実は採用には困っている。対象は狭いかもしれないけれどこれでやっていこう!」と思い、最終的に着地したのがミュジキャリです。
ミュジキャリは学生が無料で受けられる就職活動支援サービスです。学生には、就職活動のための勉強会や面談の場、自己分析等をサポートする各種サービスを提供しています。
創業3年目の現在、ミュジキャリを利用した学生から多数の内定実績を出すことができています。採用コンサルタントとして勤務した経験も活きていると思います。また、最近では大学側から就職活動のノウハウを学生に伝えてほしいといったオファーもあり、各大学で就活の講義を行うことも増えています。ミュジキャリへの音大生の登録も増え、現在は就職する音大生の約7割が登録するサービスとなりました。ミュジキャリは学生と就職とを繋ぐ、全国のキャリアセンターのような役割だと思っています。

2. 異分野との融合により音楽関係者のキャリア選択の幅を拡げ、「音楽を学ぶこと」の価値向上を目指す

-創業当時の思いを教えてください。

白鳥 私の創業は、自分自身の学生時代の就職活動や、就職後の経験が深く関わっています。就職活動当時、私は「行動量」で戦っていました。例えば、企業説明会に参加したら、必ず両隣の人に連絡先を聞いて、その先輩を紹介してもらいOBOG訪問をする、というようなことは徹底していました。就職活動時にできた友達は100名を超えます。そして、実際に就職をして仕事を頑張りながらピアニストも続けるという意思決定をしました。就職後に出場したペトロフピアノコンクール(現:東京国際ピアノコンクール)では第一位を受賞しています。私の就職活動の経験や、就職後の音楽との両立の経験は、きっと後世に活かせるはずだと考えていました。そのときはまだミュジキャリは構想として浮かんでいなかったのですが、“音楽×ビジネス”だ!という確信はありました。実際にミュジキャリを創業してみて感じたのは、音大生はビジネスの世界でこそ活躍できるということです。もともと評価されたい、誰かを喜ばせたいといった気持ちで音楽を頑張っている人がすごく多いのが音大生です。しかし、今の音楽の評価制度には問題があります。代表例としてコンクールが挙げられますが、コンクールではほとんどの人が優勝できない、ほとんどの人が評価されない世界です。よって、相当な努力をしている人が多いのにも関わらず、満たされないケースが多いのです。しかし、ビジネスであれば、評価軸が多岐にわたるので、頑張れば評価され、頑張ればKPIが達成でき、頑張れば誰かに喜んでもらえます。良くも悪くも抽象的に評価される部分が多い音楽の世界と、定量的に管理されるビジネスの世界。私自身がビジネスパーソンとして前職で働いていたときにこの違いに気づいたことが起業への大きなきっかけです。おそらく、音楽を頑張ってきた人がビジネスの世界で満たされるケースは多いのではないかなと思います。

-音大生に、音楽以外のキャリア選択肢を提供することは、新たな価値の創出だと思います。それでは、ミュジキャリを運営してみて感じた課題があれば教えてください。

白鳥 例えば、スポーツに一生懸命打ち込んだ学生が後に就職活動をするのは一般的に受け入れられていますよね。プロになれなくても、スポーツに打ち込んできたことが評価され就職ができるという実績や信頼があるからこそ本人も就職を選択するし、親も先生も周囲も反対しない。一方音大生は、世間的にも大学内の環境的にも就職活動をするということがあまり受け入れられておらず、音大生自身が自分は就職活動できないと過少評価をしてしまったり、就職に関する情報が得られなかったり、ということが起きています。
音大生の就職活動を取り巻く環境は少し特殊です。一般的な大学での研究室にあたるのが、師事する教授や先生との1対1の個人指導の授業です。第三者の介入も少なく、芸術家として大先輩である教授に、就職という進路希望を伝えられない人がほとんどです。私も学生時代、就職活動していることを教授に伝えられず、更には相談できる先輩や友人もいないなかで、大学の授業をこなしながら、学校を出て、私服からスーツにわざわざ着替えて、学校の外で就職情報の収集や、人脈づくりを行っていました。音大生が就職活動するというのは非常に大変だという私自身の経験から、ミュジキャリでは、学校以外でのオープンな場の提供、相談支援を行っています。さらに、情報収集の観点でも、先輩たちはこういう業界に行った、こういう音楽経験の人はこういう強みを持っている、という気づきを伝えることで、音楽経験が評価されないと思っている学生の不安解消等、適切な環境づくりに向けてさまざまな支援をしています。ミュジキャリ利用のほとんどがオンラインで完結できる点も、音大生には合っていると感じます。
『音大生でよかったと思える就職を』これはミュジキャリのコンセプトです。決して音楽を断念して就職することを推奨しているのではありません。しかし、音大卒業後に音楽の仕事だけで自立できる人は全体の0.05%という事実もあります。だとしたら、音大生の進路選択の幅を広げ、さまざまなフィールドで活躍する事例をたくさん作るべきだと考えています。それによって、音大生や音大進学自体の価値を上げていくことが、私の使命だと思っています。音大に行けばその先に、音楽以外にも多くの選択肢がある、それが社会にとってもプラスになると信じています。

-音大生を採用する企業が増えることで、音大生への認知度も高まっていくと思いますが、ミュジキャリの特徴はどのようなところにあるのでしょうか。

白鳥 企業の採用側の立場では、音大生がいざ面接に来ても、正当な評価ができないという声はよく耳にしていました。そのため、ミュジキャリは、音大生がこれまで感覚的にやってきた音楽のエピソードをできるだけ定量化することに注力しました。そうすることで、企業側も音大生の特徴を定量評価できる(理解してくれる)ようになったのではと思っています。
音大生が総じて持ち合わせている強みとしては、目標達成能力が高いということです。定期的に試験やコンクールなど本番があり、そのプロセスの中で先生の厳しいレッスンを受けながら毎日何時間も練習すると決めて計画的に努力をしてきているので、目標に対して努力するという基本的なスタンスができていることは一番の強みだと感じます。
その中でも、例えば、自分が一番になりたい、自分に対する結果を重視してやってきたタイプの人は、営業に向いていますよね、部活を優勝させたいというタイプであれば、どちらかというと組織の複数人の中で大きなプロジェクトを達成していくような業務に向いていますよね、自分で立てた行動目標をきっちりと達成していくタイプであれば、システムエンジニア等の職種に向いていますよね、といった大まかな分類で目線を合わせながら音大生の企業選びのサポートをしています。

-音大生が持つ感覚的なものが企業側に伝わるよう「言語化」して“橋渡し”をしているということですね。

白鳥 はい。以前は、就職を希望する音大生が一生懸命に打ち込んできたものが楽器だったとすると、面接では「その楽器はそもそも何の楽器ですか?」というような質問から始まり、楽器の構造や音の出し方等の説明で面接時間が終了してしまうこともたくさんあったようです。ミュジキャリでは、利用者である音大生一人ひとりに寄り添いながら、その人の人柄やアピールポイントを一緒に見つけることをかなり意識して取り組んでいます。楽器自体にフォーカスを当てるのではなく「なぜ頑張っているのか」「何をどれぐらい頑張っているのか」「頑張った結果何を得たのか」などを言語化し、自分はどんな人間なのかをきちんとアピールできるようになるサポートをしています。
サービスを開始して3年が経ち、大学内で専攻している楽器による特性もデータとして蓄積してきています。具体的には、ピアノ専攻の人は○○業界に内定が出やすい、吹奏楽部出身の管楽器専攻の人は面接でこれが聞かれやすい、等です。このような情報は、今後音大生を新卒採用したいという企業側にも役立てられる情報だと考えています。また、意図的ではなく結果として良かったという出来事があるのですが、それはミュジキャリを通して学生同士のネットワークが自然に構築されているということです。音大ではなかなか堂々と就職活動ができない環境でも、ミュジキャリで繋がっていたら学生同士で話ができるといったコミュニケーションの場になっているのは、“価値共有の場”を創造できていると感じられて嬉しいですね。

3. 新たな取組みや今後の展望

-白鳥さんが事業運営を通じて大切にしている思いや、今後新たに挑戦してみたいことがあれば教えてくだい。

白鳥 日々、多種多様な方と接していて思うのは、何かに課題意識を持って何かに取り組み始めようとする人は多いのですが、結局諦めてしまう人も多いということです。課題に気付いても、その課題を解決するために構想を練り、価値を創るまでが結構大変なので、私自身もこのサービスを閉じてしまいたいと思ったことは1度や2度ではありません。起業したり、何か新しいサービスを立ち上げるとき、突飛なアイディアや希少性よりも、試行錯誤しながらやり続けることの方がより大事なのかもしれないと、この3年を振り返って思います。
起業してからのこれまでを振り返ると、「そんなサービス実現できるはずない」などと言われ傷ついたり、資金がショートしそうで汗水垂らして資金調達に走り回ったり、というような大変な事もたくさんありましたが、それと同じくらい「ミュジキャリのおかげで人生が変わった」というような学生の声に触れ、背中を押されてきました。そんなユーザーの声が積み重なっていくうちに、いつしか“この事業は自分にしかできない”という使命感が生まれ、ここまで続けてくることができました。
今後の展望ですが、ミュジキャリを音大生のインフラ的なサービスにまで成長させながら、次のステージを模索しているところです。具体的には、音楽という軸は変えず、違う事業にもチャレンジしてみたいと考えています。起業してみて感じているのは、音楽の人材や、音楽というコンテンツ自体に、多くの可能性があるということです。ミュジキャリを立ち上げたことで得られた弊社の音楽業界への影響力、マーケティング力、一緒に働く優秀なメンバー、これらのリソースを活かしながら、音楽業界にプラスとなるような次なる事業も生み出していければと考えています。

最後に

幼少期から学生時代はピアノが自分の自己実現の手段であり、今はその手段が会社経営に変化したと語ってくださった白鳥さん。当たり前のことに疑問を持つこと、誰も取り組んでいなかったことへの挑戦、継続することの大切さ、体験を通して未来を変えていく決意を感じました。
予測不能な世の中で、今ある価値観の概念を変えようと奮闘し、社会への変化を生み出していく白鳥さんの姿は、まさに若きイノベーターであり、エネルギッシュでとても魅力的でした。
今はさまざまなことにチャレンジでき、時代の転換点を体感できる時代でもあります。今後も財団から新たな取組みを発信していきたいと思います。

著者プロフィール

白鳥 さゆり (しらとり さゆり)

RENEW株式会社 代表取締役

兵庫県立西宮高校音楽科、大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コース卒業。
2011年新卒でリクルートエージェント(現:リクルート)に入社し採用コンサルタントとして法人営業に従事。MVPなどを複数回受賞し、入社3年目で社内最年少リーダーに。
マネジメントポジションに異動後も、トップチーム賞を何度も獲得するなど売上に貢献。
リクルートで働く傍ら出場した第18回ペトロフピアノコンクール(現:東京国際ピアノコンクール)にて第一位受賞。
その他、週末の飲食店での演奏や、ピアノコンチェルトのソリストとしてオーケストラとの共演を行うなど、会社員×ピアニストのパラレルでキャリアを歩む。
2018年RENEW株式会社創業。2019年8月「ミュジキャリ」リリース。2022年現在、就職する音大生の約7割が利用するサービスに。