『日経研月報』特集より

未来はシリコンに刻まれる ~2030年、半導体100兆円市場への展望~

2025年6-7月号

杉山 和弘 (すぎやま かずひろ)

インフォーマインテリジェンス合同会社 コンサルティングディレクター

1. はじめに

今、世界はかつてないテクノロジーの大転換期を迎えている。スマートフォンから電気自動車(以下、EV)、スマートファクトリー、そして生成AIまで、私たちの生活と産業はすべて「半導体」を中心に動き出している。半導体なくして未来は語れない。この中核的なテクノロジーの市場が2030年にはついに100兆円越えという歴史的な規模に到達する見込みだ。
特に近年、データ通信料の増加が著しい。IoT機器の急増とAI技術の進化によって、データの生成・蓄積・処理の全プロセスにおいて高度な半導体が求められている。OMDIAの推計では、世界のデータ量は2020年時点で10ゼタバイトだったが、2030年には40ゼタバイトを超えると予測されており、これを支えるデバイスとインフラには爆発的な半導体需要が付随する。
本稿では、DX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)という国家レベルの動き、そしてAIの爆発的進化を軸に、電子機器市場における半導体の未来成長を技術・政策・産業構造の三位一体で分析する。

2. 世界のデータ通信量トレンド

2040年に向け、世界中のデータ通信量は指数関数的に増加する。これはスマートデバイスやセンサー、そしてAIによるリアルタイム処理の需要増が背景にある。特に5G・6Gといった次世代通信技術の普及によって、通信インフラには飛躍的なデータ処理能力が求められ、それに応じた半導体の高度化が不可欠となる。
図1では、2020年から2040年にかけての世界のIPトラフィック量(データ量)の成長曲線を示している。CiscoやOMDIAのデータによれば、年間のインターネットトラフィック(IPトラフィックを含めたインターネット全体でのデータの流れ)は2023年時点で200ゼタバイトに迫り、2040年には1000ゼタバイトを超えるとされている。この通信量を支えるには、演算処理・高速転送・省電力という三拍子そろった半導体が必要であり、その中心には先端ロジックチップとメモリの飛躍的進化が求められる。

3. 半導体市場のマクロトレンド

半導体市場は、かつてのPC・スマートフォン中心から、多様な産業に拡大している。自動車、医療、インフラ、宇宙開発など、ありとあらゆる分野で半導体が求められ、それに伴い、設計・製造・パッケージング・テストの各フェーズで新たなエコシステムが構築されている。
図2では、OMDIAによる2030年までの市場成長予測を掲載している。2022年の市場規模は約55兆円(約4,300億ドル)であり、年平均成長率(CAGR)6~7%のペースで拡大し、2030年には100兆円(約7,800億ドル)に到達すると見込まれている。

4. DX・GXが火をつけた半導体需要

DXの加速により、データセンター(以下、DC)、5Gインフラ、スマートデバイス、IoTが飛躍的に拡大し、それを支える先端半導体の需要が爆発的に増加している。一方、GXでは、脱炭素社会を実現するための再エネ制御、EV化、蓄電インフラ、エネルギーマネジメントにパワー半導体が不可欠となっている。これらが個人消費に依存した成長ではなく、各国政府の巨額投資によって支えられている点が特徴であり、政策主導の半導体需要創出が加速している。
特に注目されるのが、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)といったワイドバンドギャップ:WBG(注1)(以下、WBG)半導体である。これらは高耐圧・高温環境下でも高効率動作が可能であり、EV用インバータや高速充電器、産業用ドライブ装置などに最適だ。WBG市場は2023年時点で約3兆円とされ、2030年には10兆円規模に達すると予測されている。
さらに、COVID-19パンデミックはグローバルな半導体供給網の脆弱性を顕在化させた。自動車や家電製品の生産停止、スマートフォンの発売延期など、あらゆる産業が半導体不足の影響を受けた。これを契機に、各国政府は半導体サプライチェーンの安定確保を国家戦略と位置付け、米国のCHIPS法、EUのEuropean Chips Act、日本の半導体支援政策などを通じて、巨額投資による製造拠点誘致と研究開発支援を強化している。

5. AIと半導体:進化と融合の最前線

ChatGPTが切り拓いた新たなフロンティア

2022年にChatGPTが世界を席巻したことで、AIと半導体の関係は「研究用途」から「社会基盤」へと格上げされた。AIを支えるのはまさに半導体技術であり、NVIDIAやAMDによるGPUの高性能化、GoogleのTPU、AppleのNeural Engineなど、多様なアーキテクチャが進化している。今後は、低消費電力で高性能なAI専用チップ(ASIC/NPU)の競争が激化することが予測され、台湾TSMCや韓国Samsung、米国インテルの製造技術との連携がカギを握る。
また、AIが日常的に活用される中、AI推論の省電力・高速処理化が今後の収益源となるのは明白である。

DC市場におけるAIサーバーの急成長

特にDC市場では、AI対応のDCサーバーが爆発的に増加している。従来のWebサーバーやクラウド処理向けのCPU中心構成から、GPUやNPUを搭載したAI推論特化型サーバーへのシフトが加速している。OMDIAによれば、2023年のAIサーバー市場規模は前年比40%以上の成長を遂げ、今後はAIの「学習」処理よりも「推論」処理の需要が圧倒的に増えると見込まれている。エッジ環境やローカル端末での即時推論処理は、AIの実用化に不可欠であり、それを支える低消費電力・高効率なAIチップ需要は継続的に拡大する。
また、DC市場では、冷却効率や電力使用効率なども課題となり、カーボンニュートラル対応のインフラ構築が求められる。これにより、半導体の進化に変化があり、今後、チップレット設計やCoWoS、Foverosなどの先端パッケージング技術への投資、適用がポイントになると考えられる。
図3では、AIサーバー市場における出荷台数と市場規模の予測を示している。OMDIAによれば、2023年には約150万台規模だったAIサーバー出荷台数が、2030年には1,000万台を超えるとされている。特に、省電力かつ即時応答を求められるエッジAI向け推論用チップの伸びが著しい。

6. 電子機器産業への波及:新たな主戦場

電子機器産業は、かつてのPC・家電中心の構造から大きく様変わりし、あらゆるモノがインテリジェント化する“AI組込時代”に突入している。その最前線にあるのが自動車産業とコンシューマ機器分野である。
まず自動車分野では、EV化と自動運転の進展により、搭載される半導体の数と質が劇的に変化している。従来のエンジン車では30~50個程度だった半導体が、現在のEVでは100~300個、将来的な完全自動運転車(レベル4以降)では500個以上に達するとされる。LiDARやミリ波レーダー、カメラ群から得られる情報を処理するAI SoCは、リアルタイム推論に対応する演算性能と耐環境性能を兼ね備え、高性能化・高集積化が不可避となっている。
加えて、自動車がSoftware Defined Vehicle(SDV)へと進化することで、車載半導体にもOTA(Over the Air)更新への対応や長寿命性が求められ、チップ設計とアーキテクチャの高度化が進んでいる。TSMCやSamsung、ルネサス、NVIDIA、Qualcommなどとの協業も加速している。
一方、コンシューマ機器分野では、スマートフォン、PCに加え、スマートスピーカー、セキュリティカメラ、AR/VRゴーグル、ロボット掃除機、スマート家電など、AI推論を活用したエッジデバイスが急増している。
OMDIAによると、2027年にはスマートフォンにおけるAIプロセッサ搭載率が90%を超え、PCやタブレットでは70%、ドローンやセキュリティカメラでも60%台に達する見通しだ(図4参照)。特にロボティクスや自動車、スマートスピーカーといった分野では、AIによる音声認識、行動予測、画像解析が標準装備となりつつある。

このように、AI半導体はもはや特定用途にとどまらず、生活のあらゆる場面に浸透している。自動車は「走るスーパーコンピュータ」に、家庭は「思考する家電の集合体」に進化しており、その背後には高性能・高効率・高信頼な半導体の存在がある。これらの革新を支える技術開発力こそが、企業競争力の源泉であり、国家の産業主権の礎ともいえる。

7. 日本政府・日本企業の勝ち筋とは

日本がこの100兆円市場で再浮上するためには、明確な国家戦略と大胆な企業変革が必要不可欠である。まず政府は、「ラピダス構想」などの先端ロジック製造支援だけにとどまらず、半導体の全バリューチェーン(設計、製造、パッケージング、テスト、ソフトウェア)への包括的かつ一貫性ある支援策を展開すべきである。特に、EDAツールの国産化やIPコアの開発支援といった設計分野への重点投資は、日本企業が独自のアーキテクチャを持つための基盤となる。具体的には、経済産業省が2023年に掲げた「半導体・デジタル産業戦略」を軸に、サプライチェーンの強靭化、データセンター向けチップやWBG(SiC, GaN)などグローバル成長分野への重点投資、設計力強化への助成金や税制優遇を徹底すべきだ。また、UCIeやCXLなどの次世代インターフェース規格での国際標準化活動に積極参加することで、日本の技術影響力を高める必要がある。
また、企業側には抜本的な戦略転換が求められる。従来のようにファブレス企業や装置材料企業に分業していた構造から脱却し、設計・製造・応用をまたいだ垂直統合戦略を模索すべきである。とりわけ、自動車・製造装置・医療機器といった「ジャパン・プレミアム」が通用する領域では、高信頼性かつ高品質な半導体開発への集中が必要だ。中でも車載用AIプロセッサ、エッジAI推論向けの低消費電力チップなど、日本の品質基準と融合することで、他国との差別化が可能となる。
さらに、スタートアップとの連携強化も不可欠である。シリコンバレーや中国・深圳に見られるように、イノベーションはしばしばベンチャーから生まれる。日本においても、大学発スタートアップや独立系設計ハウスを育成し、大企業とのオープンイノベーション体制を築くことが重要だ。また、国内大学との連携により、半導体設計教育や実践的なエンジニア育成を体系的に支援するべきである。
一方で、日本の弱点は「統合力」と「スケール感」にある。高度な技術を持ちながらも、それをグローバル市場で展開する戦略性や経営的視点が欠如してきた。これを打開するには、単一企業の努力ではなく、産業界・政府・学術界が三位一体で取り組む長期的な国家プロジェクトとしての再設計が求められる。
今後、日本の企業が勝ち筋を描くためには、以下の施策を検討すべきである。

1. 自社製品における「差別化チップ」の内製比率向上(他社依存からの脱却)
2. 海外テック企業との戦略提携による技術導入と販路開拓
3. 半導体×AI×産業応用(自動車、製造、医療)のクロスインダストリー展開
4. 中堅・中小製造業向けのRISC-Vベースチップ導入支援
5. デジタル赤字縮小を視野に入れた、日本発のプラットフォーム構築(クラウド、AI、OSなど)

現状、日本の半導体関連企業の世界売上シェアは10%未満にとどまり、1980年代に世界を席巻していた時代と比べて大きく後退している。このままでは、次世代を担うAI、量子、宇宙、GXといった基幹分野において、プレイヤー不在となる恐れがある。
さらに、日本はソフトウェア、クラウド、AI基盤といった先端テック領域で海外企業への依存度が極めて高く、それが「デジタル赤字」と呼ばれる形で経常収支に影響を与えている。実際、日本のデジタル赤字(ICT関連の貿易赤字)は年々拡大傾向にあり、2022年には過去最大の5兆円を超えた。これは裏を返せば、日本が自前のテクノロジーを確立できれば、それだけで数兆円規模の経済的リターンが見込めるということである。
半導体は「計算資源」としての側面のみならず、国家の産業主権と経済安全保障の根幹である。今こそ、日本が再び“創る力”を世界に示す時であり、それは官民がともに新たなビジョンを描き、リスクを取り、行動に移すことで初めて実現可能となるのである。
したがって、日本政府と企業は、もはや「追随者」ではなく「創造者」としての意識変革が求められる。国家としては、戦略技術分野への長期投資と政策継続性の担保が不可欠であり、企業は単なるものづくりから価値づくりへの転換、つまり設計力・ソフト力・連携力の三位一体による競争優位構築が急務である。

8. 結論:未来はシリコンに刻まれる

電子機器の進化は、半導体の進化そのものである。AI、GX、DXが渦巻く2020年代において、最も重要なリソースは「エネルギー」ではなく「計算力」、そしてそれを生み出す「半導体」である。かつては「情報の石油」とも称されたデータが、いまや経済活動の根幹を成しているが、その処理と活用を可能にするのが半導体である。
2030年には世界の半導体市場が100兆円規模に達すると予測されており、これは単なる産業規模の拡大ではない。人類の生活基盤、産業構造、安全保障、そして国家の競争力に直結する戦略的インフラとしての位置付けがますます明確化されていく。すなわち、シリコン上に刻まれる回路は、次なる社会の構造そのものを形作っていくことになる。
今後の成長を担うのは、AI専用チップや量子コンピューティング向けデバイス、3D積層型の高密度パッケージング技術、さらには光半導体やスピントロニクスなどの新材料分野である。これらの領域において、日本は設計力、材料工学、製造装置の分野で世界的な技術的蓄積を持つ。しかしそれを“統合”してグローバル市場で価値に変換できるエコシステムを再構築しなければ、技術的優位は宝の持ち腐れに終わる。
国家は長期的な資本投資と制度設計、企業は技術的創造性と経営判断、大学や研究機関は人材供給と基礎研究での先導役を担うべきであり、この三位一体の連携が成否を分ける。日本が再び半導体大国として名を轟かせるには、今この瞬間にどれだけ戦略的かつ継続的なアクションを取れるかが鍵である。
未来は、シリコンに刻まれる。だが、それは自然に訪れるものではなく、我々の意志と選択によって刻み込まれるものである。技術・資本・人材を結集し、次なる産業の主役となるための国家的な意思を、今こそ持たねばならない。

(注1)ワイドバンドギャップ半導体(Wide Bandgap Semiconductor)とは、従来の半導体(シリコンやゲルマニウムなど)に比べてバンドギャップ(電子が価電子帯から伝導帯に移動するために必要なエネルギー差)が広い特性を持つ半導体材料のことを指す。バンドギャップが広いことで、これらの半導体は高温、高電圧、高周波といった過酷な環境下でも優れた性能を発揮する。

著者プロフィール

杉山 和弘 (すぎやま かずひろ)

インフォーマインテリジェンス合同会社 コンサルティングディレクター

日本電気、NECエレクトロニクス、RenesasエレクトロニクスでSOC(システムLSI)事業の設計、マーケティング、ソリューションエンジニアへ経験。ルネサスでは、事業戦略業務に従事し、事業の成長戦略を立案、実行をサポートしていた。2016年からIHSにて、半導体市場分野の分析を専門に日本および海外企業分析、コンサルティング業務を実施。現在、APACの半導体市場分野におけるコンサルティング事業を統括。日本、韓国、台湾、中国、新興国での調査における新市場開拓業務も兼務。SEMI Japan、日経BP、デバイス産業新聞等のセミナーにて、定期的に講師として講演を行っている。日本経済新聞、週刊エコノミスト、東洋経済、産業タイムズなどで独自の分析を執筆している。