路面電車がもたらす地域の価値と効果

2025年6-7月号(Web掲載のみ)

生田 美樹 (いくた みき)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部PPP推進部 研究主幹

1. はじめに

我が国では新規の路面電車(注1)として75年ぶりに「宇都宮LRT」が2023年8月に開業した。利用者数は計画を上回っており、宇都宮駅西口の延伸も検討されている。一方、十分な路面電車の分析・評価が行われていないことが路面電車を活用したまちづくりの推進を図るうえでネックになっている。人口減少下で地域住民のウェルビーングを向上させ、地域活性化を推進していくためには路面電車が地域に与える価値や効果の把握が望まれる状況にある。かかる背景を踏まえ、本稿では路面電車が地域にもたらす効果と課題について検討を行う。

2. 路面電車の現状と課題

我が国の路面電車は、全国23都市23事業者が運行している(2023年8月現在、図1)。

1965年以降の急速なモータリゼーションの進展、バスや地下鉄への転換に伴い路面電車の廃止が相次いだ。1980年代以降は路面電車の廃止は減少し、近年では富山市、宇都宮市、広島市でまちづくりと連携した取組み(注2)が行われ、富山市では地価の上昇、税収増、おでかけ機会の増加、医療費削減等の効果が出ている。

3. 効果の検証

国土交通省が公表した「地域公共交通計画(注3)等の作成と運用の手引き(2023年10月)」では、地域公共交通の効果について目標例が示されている。具体的には、地域公共交通利用者数の維持・確保、事業効率の改善等の評価項目があり(表1)、路面電車の適切な評価が求められる状況にある。

以下では、本手引きに記載された数値指標例を参考に路面電車の都市に与える効果について検討を行う。具体的には、路面電車が市内交通機関として重要な役割を担っている3市について以下の通り整理した。

(1)富山市

路面電車の利用者数はコロナ禍で一旦減少したが、その後、回復基調にある。コロナ前については、第1期区間開業前の2014年と2019年を比較すると、利用数が約640万人から約730万人に増加している(約14%増加)。特に定期利用者の増加が顕著であり、地域で利用されていることがわかる(図2)。

富山市では路面電車の南北接続(注4)により、以前は北と南でそれぞれ210円必要だった運賃が1回210円で済むようになる等で利便性は高まり、南北を跨ぐ路面電車利用者は平日は約2.4倍に増加し、休日は約2.6倍に増加した。詳細をみると、これまで利用が少なかった富山大学前、トヨタモビリティ富山、南富山駅前、蓮町、奥田中学校前等での利用者が増加した(2019年~2022年、図3)。路面電車が人流に影響を及ぼし、これまで利用が少なかったエリアの利用者数を増加させた点は大きな効果である(注5)。


(2)高岡市

高岡市内の公共交通の満足度についてみると、あいの風とやま鉄道、JR城端線・氷見線、万葉線、路線バス(高速バスを除く)の中では、万葉線の満足度が最も高い。特に、運行本数、電車等のデザイン、運行時間帯の満足度が高くなっている。一方、路線バスは運行本数、運行時間帯の満足度が低い(図4)。

利用者は運行本数や電車等のデザイン、運行時間帯を重視していることから、定住人口の維持・増加のために必要な予算をつけていくことが重要である。万葉線の運行時間帯は朝5時~23時台までとなっており、日中は15分間隔で運行している(注6)。いつでも乗車したいときに乗車できること、地域に愛されるデザインは地域のシビックプライドにもつながっていると考えられる。なお、万葉線は過去に廃線の危機があったが、地域の熱意で存続し、現在に至っている。

(3)広島市

広島市の電車やバスなど公共交通の満足度についてみると、10代の満足度が最も高く(74.1%)、次いで70代が61.7%と続く(図5)。若者や高齢者の利用が多く、高齢者のおでかけ機会の創出や、若者の定住人口の維持、若者は将来的なUターン促進にもつながる可能性があるため、公共交通は地域社会において大きな役割を果たしているといえる。

路面電車のある自治体へのヒアリング調査によると(表2)、路面電車の充実は、単に利用者の増加のみならず、市民のおでかけ機会の増加や、市民・地域のシビックプライドの醸成につながっている。また、路面電車は地域のシンボルになっており、訪れる観光客の「目的」の1つになっている。インバウンド観光客にとっても、路線がわかりやすく、低床車両でトランク等も持ち込みやすいだけに、地域における観光消費額を伸ばしていくために有効である。

沿線住民アンケート調査によると、路面電車沿線住民の約8割が「沿線の住みやすさが向上した」、約9割が「沿線のイメージが向上した」と回答しており、路面電車が地域住民のウェルビーングを向上させている。

4. 今後の課題と対応策

これまでの調査結果を踏まえ、以下、今後の課題と対応策について整理する。

都市経営の観点から路面電車とまちづくりをさらに融合させていく必要があるため、路面電車が地域にもたらす効果を詳細に把握していく必要がある(注7)。万葉線の利用者の満足度が高かった運行本数、特におでかけしたくなるために必要な運行本数を満たしているか、定時性の確保についても検討することが重要である。また、路面電車は国内外のビジネス客及び観光客も利用するため、低床式のためトランクの持ち込みやすさ、さらに富山市のようにこれまで人の移動量が少なかった地域で移動量が増えた場合は適切に評価することが求められる。
路面電車は通勤・通学や観光などで利用され、利用者の消費が地域経済に大きく寄与する。そのため、路面電車利用の1回あたりのおでかけ消費額と利用者数を把握し、経済効果を試算することで、路面電車がどれだけ都市経営に貢献しているかを示すことが重要である。

路面電車は脱炭素や混雑緩和にも貢献しているため、自家用車分担率の縮小等必要な調査を行い、環境面での効果を把握していくことが考えられる。富山市や熊本市(注8)のように路面電車の環境面の効果を把握し、公表していくことは、カーボンニュートラル(注9)の実現に貢献していくためにも重要である。

路面電車の経営状況は、利用者数の減少、運転士の不足で厳しい状況にある。しかし、路面電車は都市に必要な社会インフラであり、環境面でも貢献しているので、都市と一体で捉えていくべきである。そのためには路面電車を投資の観点から公共サービスとして位置づけ、必要な公的資金を適切に投入していくことが重要である。公的資金の適切な導入については、例えばPPPであれば官民の役割分担、モニタリング項目の設定、さらに公共が示した要求水準を満たさない場合に民間に課されるペナルティを予め設定すればモラルハザードは起きない。

5. 終わりに

路面電車は都市と一体であり、地域にもたらす効果は大きい。路面電車は単なる移動の手段のみではなく、「消費」や、来街者と市民、市民相互の「交流」をもたらすなど、都市の重要な社会インフラである。路面電車はインバウンドも利用しており、税収効果やシビックプライドの醸成につながっているため、地域に再投資できる仕組みの基盤になっていることを地域に見せていくことが重要である。それによって一定の財政負担増加があっても公共サービスとしての理解が得られるだろう。
我が国の路面電車は、公共直営、公設民営、地域3セク営、民設民営等、多様な経営形態が存在するが(ヒアリング3事例の富山市、高岡市、広島市に限っても全て経営形態が異なる)、本レポートは経営形態の差異を考慮せずに分析している。経営形態の差異を踏まえた分析は今後の課題としたい。
本調査が広く我が国の路面電車のあり方を考察する一助となれば幸いである。
(多忙な中、ヒアリング調査にご協力を頂いた関係自治体に感謝を申し上げます。)

(注1)道路上に敷設された線路を走る電車のことを「路面電車」という。路面電車の経営は「軌道法」に基づいて行われる。
(注2)富山市は、LRTとまちづくりを連携させたコンパクトシティ化により中心市街地は転入人口が増加し、地価は上昇している。宇都宮市は新設でLRTを整備し、まちづくりと連携することで沿線人口が増加した。加えてLRT沿線の高層建築物は増加し、地価も上昇している。広島市では路面電車がJR広島駅の新駅ビル2Fに乗り入れ(我が国初)、商業施設や自由通路にアクセスできる。
(注3)地域公共交通計画は鉄軌道、路線バス、タクシーに自家用有償旅客運送等を加えて地域の社会・経済を交通面から支える基盤となるもの。出所:地域公共交通計画等の作成と運用の手引き 国土交通省 2023年10月
(注4)富山駅南側の富山軌道線と北側の富山港線を新幹線・在来線高架下に新設する停留場で接続するものである。
出所:富山市路面電車事業概要2024年8月 富山市
(注5)富山市の公共交通の維持・運行・支援等に関する予算額は約12億円であり、一般会計の約0.7%、義務的経費以外の経費の約1.4%を占めている(2024年度)。
(注6)金曜シンデレラ便(祝祭日除く)は23時台まで運行。
(注7)宇都宮市ではまちづくりの効果として沿線人口の増加、高層建築物の建築確認申請件数、地価の上昇を公表している。出所:ライトライン公式ポータルサイト https://u-movenext.net/future/
また、宇都宮市では宇都宮LRTの整備等による経済波及効果を約900億円と試算している。出所:第11回「人と環境にやさしい交通をめざす全国大会」in 上田 2024 研究発表大会 芳賀・宇都宮LRTライトライン(宇都宮市建設部)https://www.yasashii-transport.net/11ueda/index.html
(注8)熊本市では「バス・電車無料の日」のCO2削減量を約84tCO2(東京ドーム2個分)と試算している。出所:「バス・電車無料の日」効果分析レポート(2024年7月)熊本市都市建設局交通企画課 https://www.city.kumamoto.jp/kiji00348658/index.html
(注9)2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言した。世界が取組みを進めており、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げている。出所:環境省脱炭素ポータル https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/

著者プロフィール

生田 美樹 (いくた みき)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部PPP推進部 研究主幹

1993年日本経済研究所入所、調査第2部等を経て現職
専門は地方創生、観光、経済効果、官民連携
経営学修士