研究員リポート

スポーツ施設が地域に与える影響 ~人流・決済データを活用したインパクト効果分析~

2025年8-9月号

霜中 良昭 (しもなか よしあき)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部地域マネジメント部 研究主幹

齋藤 優 (さいとう すぐる)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部地域マネジメント部 主任研究員

1. 本調査の背景・目的

近年、既存施設の更新時期の到来やスポーツビジネスの活性化に伴い、スタジアム・アリーナ等の大型スポーツ施設の検討・整備が進んでいる。その施設効果の検証については、整備検討段階においては経済波及効果の推計などが行われているが、事後にそれらの検証を行う例はまだ少ない。他方で、技術革新に伴い、位置情報や決済情報等のビッグデータを使うことで来場者の移動・消費行動を分析し、地域への効果を定量化することが可能になっている。
本調査は、サッカースタジアムを題材に最新のビッグデータを使って、スタジアムでの試合が地域に与える効果、その要因、来場者の試合観戦前後の行動を明らかにすることを主な目的とする。
また、本調査結果の公表により、ビッグデータの特徴、具体的な活用方法等を広く共有するとともに、公表データがスポーツ産業の地域への効果の推計、検証、改善策の立案等に活用されることで、地域への経済効果をはじめとするスポーツの持つ可能性をさらに引き出す一助となることを期待する。

2. 本調査の対象

本調査の対象施設は、J1リーグの川崎フロンターレのホームスタジアム「Uvanceとどろきスタジアムby Fujitsu」(以下、スタジアム)とした(図1)。

本調査の対象期間、エリア及び取得データは以下の通りである。
■対象期間 2024年3月~10月(2024明治安田J1リーグ開催期間の一部)における、試合開催日及び試合のない日(試合開催日と同月同曜日の平均)。
■対象エリア 東西約500m・南北約500mの区画単位で、スタジアム及び最寄り駅周辺を含む20区画分(東西約2.5㎞・南北約2㎞)の範囲(以下、調査エリア)。
■取得データ
①人流データ:スタジアム来場者、調査エリア内来訪者(スタジアム来訪の有無を問わない)、調査エリア外来訪者(スタジアム来訪者のみ)については、JリーグID、携帯電話基地局の運用データを取得する。
②決済データ:調査エリア内店舗での決済については、クレジットカード決済データ、キャッシュレス決済データを取得する。
※本調査は、株式会社川崎フロンターレ、株式会社インテージ、株式会社ジェーシービー、株式会社日本経済研究所の4社による共同調査であり、株式会社川崎フロンターレ、株式会社ジェーシービー、株式会社NTTドコモからデータ提供を受けた。なお各データ使用時は、個人・店舗を特定できない処理を施した統計情報を活用している。

3. 本調査の結果

(1)調査エリアの人流・決済の分析結果

~人流・決済ともに試合時に増加~

JリーグIDのデータによれば、対象期間におけるスタジアムの平均来場者数は19,951人である。調査エリア全体においてキックオフの3時間前から3時間後までの間の合計では、試合開催日は平均で11.1%の人流の増加がみられた。他方、決済額は、試合開催日は平均で3.0%の増加がみられた。スタジアムでの試合が、人流及び決済額の増加に影響を与える可能性が窺える。

~人流の増加と決済の増加は属性が異なる~

性年代別に分析すると、試合開催日の人流の増加率は20代以下・男性が15.0%と最も高く、次いで40代・男性13.4%と続く(図2)。これに対し、決済額の増加率は40代・男性が5.5%と最も高く、次いで40代・女性、50代・女性がそれぞれ4.8%と続いた。人流と決済の傾向が異なっているが、決済は収入が多い年代層が増加していることが窺える(図3)。


次に居住地を「川崎市在住者(=川崎市民)」、「川崎市を除く神奈川県在住者及び東京都在住者」、「神奈川県・東京都以外の在住者」、という3つに分類して人流・決済額について確認した。その結果、増加率でみると、人流は「川崎市を除く神奈川県在住者及び東京都在住者」が14.0%と最も高く(図4)、決済額は「神奈川県・東京都以外の在住者」が17.4%と最も高かった(図5)。

また、土日・昼の試合開催日については、決済額は6.6%の増加がみられたが、その内訳は、「川崎市民」が31.9%、「川崎市を除く神奈川県在住者及び東京都在住者」が43.9%、「神奈川県・東京都以外の在住者」が24.2%と、川崎市外から調査エリア内への来訪者の決済が約7割を占めた。このことから、スタジアムでの試合が市外からの来訪者を呼び込み、調査エリアでの消費増に寄与している可能性が高い。

~土日昼の試合時に人流・決済ともに、より増加~

場所・曜日時間帯別に人流をみると、スタジアムではキックオフ時にピークを迎えることに対して、最寄り駅では、キックオフの1時間前にピークを迎えることが確認できた。そして、試合終了後にあたるキックオフ3時間後は、スタジアムの人流は試合のない日の水準まで急減するが、最寄り駅の人流はいずれもキックオフ4時間後まで、それぞれ緩やかに減少していた。このことから、キックオフ前には最寄り駅からスタジアム往訪に向けた人流が一定数あり、また試合終了後は最寄り駅周辺に一定程度留まっている可能性が高い。
さらに、昼(15時または16時開始)の試合と、夜(17時または19時開始)の試合とを比較すると、夜の試合は試合前、昼の試合は試合後がそれぞれ人流のピークであり、かつ昼の試合では人流増加が長く続く傾向がある(図6)。

同様に決済についても曜日時間帯別に確認すると、土日・昼の試合開催日の増加が顕著であり、平日・夜の増加率が-0.2%、土日・夜の増加率が1.2%であるのに対し、6.6%の増加がみられた(図7)。

また、業種・業態別に、小売(コンビニ、その他)、サービス(飲食、その他)で大別した場合の決済額の増加率を比較すると、コンビニが10.0%と最も高く、次いで飲食が8.7%と続いた。飲食は最寄り駅周辺の、飲食店が集積していると想定される区画付近での決済額が多く、最寄り駅周辺での人流増加との関連性が窺える(図8、図9)。

~人流・決済といくつかのデータに相関あり~

気温について、人流と気温には弱い正の相関(相関係数0.28)がみられ、決済と気温には弱い負の相関(相関係数-0.23)がみられた。
また、人流の増加率と決済の増加率には、正の相関(相関係数0.42)がみられた。これは、昼開始の試合、夜開始の試合いずれも同様である(相関係数はそれぞれ0.26、0.41)。とりわけ、昼の試合は滞在時間・消費額ともに増加がみられたが、試合後に帰宅までに時間的余裕があることや、試合後が夕食時間帯に重なる(17時~18時頃)ことから、周辺での買い物、食事といった行動につながっている可能性が高い。
なお、試合の対戦相手、入場者に占めるアウェイサポーターの割合、試合の勝敗といったさまざまな変数との関係性について分析を行ったが、人流・決済額それぞれの増減との関係性を見いだすことはできなかった。

(2)消費効果の推計への示唆

これまで、スタジアムでの試合が人流や決済に影響を与えることについて確認してきた。そこで、スタジアムでの試合に伴う周辺での消費額について、複数の試算方法により算出・比較する。具体的には、①既存の調査結果に基づく試算、②来場者アンケート結果に基づく試算、③本調査結果を用いた試算(③-1クレジットカード決済データ、③-2キャッシュレス決済データ)の各結果を比較する(なお、チケット代や交通費は除く)。
各調査結果の特徴及び試算の結果は次の通りである(表1)。

それぞれについて、試算方法を説明すると、まず、①は、「2024年スポーツマーケティング基礎調査(注1)」において、サッカーに限らずスタジアム観戦1回あたりの飲食費を整理したもので、その支出額は、平均で約2,441円となる。この平均支出額をもとに試算した来場者の支出額は、1試合あたり約4,870万円となった。
次に、②は、株式会社川崎フロンターレの協力を得て、2025年3月1日(土)の試合の来場者に対して消費額に関するアンケート調査(注2)を行い整理したものである。
調査結果は、「1千円程度」と回答する人の割合が33.1%で最も多く、次いで「使っていない」(28.1%)、「5千円程度」(26.3%)であった。アンケート結果より、「試合前後・スタジアム外での利用金額」は平均で1,819円と試算した。この平均支出額をもとに試算した来場者の支出額は、1試合あたり約3,629万円となった。
また、③-1は、調査エリアにおける土曜日の試合開催日の決済額増加分をもとに、クレジットカードの利用割合から現金等も含む全体の決済額を推計したものである。調査エリア内における来訪者の支出額は、1試合あたり約3,661万円となった。この結果をもとに、来場者一人当たりの消費額単価を算出すると、平均で1,835円となる。③-2については、キャッシュレス決済データから現金等も含む全体の決済額を推計した結果、来場者の支出額は、1試合あたり約2,419万円となり、各試合の利用金額は一人当たり平均で1,352円となった。
①②③で差異が生じる要因として、それぞれの試算の前提条件において、「対象者」や「対象日」、「消費場所」が異なる点を加味する必要がある。
これらに加え、調査の特徴として、①②はアンケート調査をもとにしているため、実際の支出額とのずれや同伴者の消費額も加味されている可能性がある点に留意する必要がある。
各調査結果の特徴について、以下の通り整理した(表2)。

①は、平均値であり個別の日時・場所のデータではないが、データ取得の手間がかからないため、概算で結果を予測したい場合に適する。②は、特定日・場所にいた者のデータで①より個別具体性があり、消費額以外の意見なども同時に取得したい場合に適する。③は、特定日・特定エリア内の消費を客観的なデータで把握したい場合に有効である。③-1は、スタジアム来場者以外を含むエリア全体の消費増分を把握しており、まち全体の盛り上がりを把握したい場合に適し、③-2は、スタジアム来場者の消費増分に限って把握したい場合に適する。
このように、それぞれの手法によって異なる特徴があることを踏まえて調査手法を選択することで、必要とする調査結果を得ることができる。

(3)シーズン移行の影響:試合開催日の気温の変化

Jリーグは、欧州主要リーグと同様のシーズン形式とすべく、これまでの「春秋制」から「秋春制」への移行として、2026-27シーズンより8月1週頃に開幕、翌年5月最終週ごろに閉幕とし、降雪期間(12月2週頃~2月3週頃)はウィンターブレイクとすることを決定している。試合環境の問題から気温の高い時期は昼の試合開催が難しかったと思われるが、シーズン移行後は夏季の試合が減ることにより、シーズン全体で昼の試合が増える可能性が高い。
これまでみてきたように、昼の試合前後は、周辺での人の滞留や消費が増加する傾向があるため、昼の試合の増加に伴い消費が増加することで、シーズンを通してJリーグの試合による地域経済への効果が高まることが考えられる。実際に、本調査の対象期間(2024年3月~10月)のデータをもとに、シーズン移行後にあわせて6月~7月のデータを除いて試算すると、試合開催日の決済額の増加率は平均で4.4%となり、3月~10月での増加率3.0%を上回る結果となった。

4. 総括及び今後の展望

(1)本調査で明らかになったこと

本調査を通じて、まず、スポーツ施設が人流や消費行動に好影響を与えることが、具体的な根拠をもって確認された。すなわち、スタジアムでの試合が人流や決済額を増加させ、特に開催するのが土日昼の場合にはさらに増加が期待できることが分かった。加えて、人流の増加率と決済額の増加率は属性によってそれぞれ異なる傾向があり、収入の多い年代層や遠方からの来場者が消費額を押し上げていること、また試合開始や試合終了の前後において商業店舗が集積する最寄り駅周辺で人の滞留や消費が増加すること、等が把握できた。その他、人流や消費行動と気温との関係性が認められた一方、試合の対戦相手や勝敗とは関係性が認められなかった点は意外なものであった。
次に、これまで効果分析で用いられてきたスポーツ観戦に関する既存の調査結果や来場者アンケートでは、エリアを区切った消費額の推計や、エリアにおける普段の消費額からの増加分のみを把握することが難しかった。これに対して、本調査では調査エリア内での消費額や、試合開催日と試合のない日との消費額の差分を試算することで、スタジアムでのスポーツイベントの地域における経済効果をより精緻に算出することができた。
さらに、次年度から開始する「秋春制」のシーズンにおいては、より地域経済への効果が高まることが期待できる結果となった。

(2)「スポーツの可能性」をさらに引き出すための検討

これまでもスポーツ施設が新たな人流を生み、消費の増加をもたらすことは把握されていたが、ビッグデータを活用することで、人流の詳細と消費の詳細を把握でき、これにより、「スポーツの持つ可能性」をさらに引き出すための改善策等の検討が可能になると考える。
例えば、行政の視点としては、施設による地域への経済効果を把握することが可能になり、行政関与の妥当性についての説明・合意形成が容易になることが期待できる。また、地域(商店街等)の視点としては、ターゲットを設定し、それに応じたイベント実施や商品・サービスの提供に結び付けることが可能になる。さらに、スポーツチームの視点としては、スタジアム建設や地域イベントの企画・運営、地域活性化を目的とした取組み等において、行政を始めとする関係者からの支援や協力を得ることが期待できる。

(3)ビッグデータ活用の留意点

効果分析を行うにあたって、これまで主流であったアンケート調査は、主観的情報も含めた幅広い内容の情報が取得できる。これに対してビッグデータは、一定の情報を大量・高精度に把握することが可能である。このようにデータ毎の特性を理解したうえで状況に応じて使い分けたり、アンケートも含めて複合的に組み合わせたりして分析することがより有効となると考える。

(4)今後の展望

以上のように、ビッグデータを用いた人流・決済額の分析により、本調査ではいくつかの新しい発見が得られた。今後、ビッグデータの取得技術の発展と活用方法の研究・実践が進むことで、事業効果の予測・検証精度が高まり、さらに効果的なまちづくりや個別事業等の構築につながることが期待される。

共同調査結果資料はこちら

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(本研究は、一般財団法人日本経済研究所自主調査(公益目的支出事業)として実施したものである。)

(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社・株式会社マクロミルによる共同調査「【速報】2024年スポーツマーケティング基礎調査」(2024年10月30日)調査対象である飲食費は、調査エリアでの消費を把握するという観点から、チケット代、交通費、グッズ・記念品等の購入代金は除かれている。
(注2)調査概要は以下のとおり。来場者数:22,404人、調査期間:2025年3月4日~10日、調査手法:webアンケート、回答者数:2,536人。

著者プロフィール

霜中 良昭 (しもなか よしあき)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部地域マネジメント部 研究主幹

横浜国立大学大学院修了後、民間企業を経て、2017年株式会社日本経済研究所入社。2024年より現職。

齋藤 優 (さいとう すぐる)

株式会社日本経済研究所公共デザイン本部地域マネジメント部 主任研究員

立教大学大学院法務研究科修了後、法律事務所を経て、2017年株式会社日本経済研究所入社。2024年より現職。