『日経研月報』特集より
オープンイノベーション・プラットフォームの推進 ~国内最大級のネットワークで実現する価値創造~
2025年12-2026年1月号
1. はじめに
イノベーションについては、これまでの研究からさまざまな定義があるが、古くはシュンペーターの「新結合」から始まる。端的に表現すれば「経済的な価値を生み出す新しいモノゴト1)」とも言える。それは既存の技術やサービスとどの程度差異があるかがポイントであり、またかかる時間に左右されるものではない。概念としては理解できるが、具体的にどのように進めていくのか。その一つの手法として、「オープン・イノベーション」がある。オープン・イノベーションのエコシステム構築を目指し、これを実際に推進してきたのが、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)が2017年10月に設立し、2023年3月まで推進してきた「モビリティ変革コンソーシアム」である。さらに、その経験とノウハウを活かし、ウェルビーイングな社会の実現という、より高い視点からオープン・イノベーションを推進するプラットフォームとして2023年4月より「WaaS(注*1)共創コンソーシアム」をスタートさせている。
本稿では、約5年間にわたって推進されたモビリティ変革コンソーシアムの取組みとその成果、及びその発展版として現在進められている「WaaS共創コンソーシアム」について、これまで得られた知見等について述べる。
2. モビリティ変革コンソーシアム
「モビリティ変革コンソーシアム」は、大きな社会課題解決の実現に役立つ研究開発を進め、その実装を目的とした実証実験(以下、POC2))を促進していくため2017年にJR東日本が中心となって設立したコンソーシアムである。当時、少子高齢化や地球環境問題などの社会課題が浮き彫りになる中で、将来の公共交通のあり方等が問われており、一方でIoTやビッグデータの取扱い、AIを中心としたさまざまな先進技術が今後加速度的に進展することが予想されていた。そうした一社単独では解決が難しい社会課題や、次代の公共交通について、交通事業者と、各種の国内外企業、大学・研究機関などと新たなネットワークを創出し、オープン・イノベーションによりモビリティ変革を実現する場として設立されたものである。
多くの産業領域を横断的に網羅して新たにエコシステムを構築し、参加者相互との共創によって先駆的な取組みを推進する大規模なコンソーシアムとしては当時国内外に例がなく、初の試みであった。当初計画により2023年度末まで約5年の期限であったが、最大時160団体以上の参加を得て、大規模かつ精力的にPOCを進めてきた。常時15~20件程度のPOCが並行して進んでおり、累計32件のテーマについてPOCを実施した(図1)。

構成として、まず全体の活動を統括・管理し、コンソーシアム全体に関わる大きな意思決定を行う機関としてステアリング・コミッティ(運営委員会)があり、その下に3つのワーキンググループ(以下、WG)がある(図2)。この各WGの下にサブワーキンググループ(SWG)があり、SWG単位でテーマを設定してPOCを行うというエコシステムを形成している。

一方で、3つのWGと並行して、アイデアソン、ハッカソン及びテーマ勉強会、ワークショップを適宜設定し、参加会員の意向に沿った有識者を招いての講演会やワークショップを実施した。この結果32件のPOCを実施、そのうち日本初のBRTによる自動運転営業バスなど6件がその後社会実装されている。
3. 持続発展的な活動に向けた7つのポイント
約5年間にわたるモビリティ変革コンソーシアムについて、その構想や企画段階から設立・立ち上げ期を経て、コロナ禍等の大きな環境変化にも対応しながら活動を継続出来たポイントはどこにあったのか。もちろん最初から対応する手法や理論があったわけではなく、時系列を考慮しながら活動を振り返り、「ビジョン」、「オーケストレーション」、「オペレーション」の3つの視点で捉え直し、以下7つのポイントとして整理・理論化した(図3)。

ポイント① 「既存の枠組みにとらわれずに全体方針をデザインする」
当時の背景として、人口減少等、既存のビジネスのみでは長期的に本業(運輸事業)がいずれ厳しくなる可能性が予測されていた。そのため、JR東日本単独ではなく、新しい知見やパートナーを生み出すようなベースを作っていく必要があるという意識が全社的にあり、他社事例も参考にしつつ、ビジョンを大きく描いてやるべきことを明確化していくことが必要不可欠であった。実際、モビリティの変革をテーマに掲げつつも、地域活性化に資するスマートシティに関するWGも立ち上げた。また既存の視点を継続的に打破して新陳代謝を進める仕組みとして、さまざまな領域の論客が集まったステアリング・コミッティ(運営委員会)の設置がある。こうした仕組みを内包して社内的な発想・意思決定に偏ることなく継続的な活動となるように組織構成全体がデザインされた。
ポイント② 企画実行に向けて動き出す
新しい活動を始めるにあたっては初動が大事である。従来の取引形態に捉われることなく、それまで関係性がなかった企業等もアクセス可能であるオープンな体制とした。これにより通常の相対取引などのクローズドになりがちな関係性を払拭し、情報発信も対外的にオープンなものとした。
また、POCのテーマについても原則として参加企業それぞれがやりたいことを提示し、各企業の意向と全体の調和を両立するようにバランスを取ることに留意した。そして積極的かつ参加意欲のあるメンバーを集めるため、年会費を要する等、一定の条件を課したこともポイントの一つである。
ポイント③ 社内関係個所の理解を得る、既存活動とアラインを取る
コンソーシアムのような新しい取組みを進めていくにあたっては、特にトップのコミットメントを得た活動になっているかどうかが重要である。その意味でトップダウンの施策と連携していること、トップと連携した活動となっていることも重要である。また、R&D(研究開発)とMOT(技術経営)を明確に分離3)する必要もあり、R&Dは社内のニーズに基づいて必要な開発を行うこと、MOTは会社に必要な技術を見極めて、並行して戦略も考えていくということである。そして社内の関係箇所とアラインを取りながら、一緒に動いていく共創関係を作っていくことが必要であり、その際社内の協力先の立場に立ち、彼らを主語とした言葉を用いて具体的に提案・説明していくことが重要である。
ポイント④ 社外を巻き込み、相互にモチベートし続ける
まず一つ目のポイントとして、実現したい目的に沿うキープレーヤーの呼び水となる方向性及びテーマを設定し、参加しているメンバーに打ち出していくことである。具体的には当初以下3つのWGを設定して参加を促進した。
(2)Smart City WG
(3)ロボット活用WG
参加を呼びかけるとともに、参加時の意欲が低下しないよう各社の熱量を維持・向上させつつ、共通の方向性を共有してそれぞれの活動を管理することに留意した。また会員の多様性や自発的な活動を継続・拡大させるため、オープンかつ自律・自発を常に意識するようにした。
ポイント⑤ より広く活発なコミュニケーションを通じて場の価値を高める
これはコンソーシアム内外へ適宜情報発信を行うことによって、コンソーシアム内外のコミュニケーションを活性化させ、さらなる連携拡大の契機としていくことを目的としている。具体的にはウェブサイトの立ち上げや各POCに関連する内容で各社が随時プレスリリースすること等がある。また、コンソーシアムでの活動が1対1ではなく複数対複数の取組みであることから、情報発信だけでなく会員間交流にも注力してきた。例えばWGの報告会等では幹事企業が活動の進捗状況についてプレゼンすることにより会員間のコミュニケーションを促進している。さらに地方創生に関するテーマでは企業間だけではなく地方自治体をはじめ、地域や生活者を巻き込んだコミュニケーションも積極的に進めている。こうした多様な取組みの継続的な推進が、コンソーシアム全体及びコンソーシアム参加へのプレゼンス向上に寄与している。
ポイント⑥ 変化を見ながら常にアップデートし続ける
これまでコンソーシアムを取り巻く外部環境は当初の予想をはるかに上回る大きさで変化し、その活動の射程範囲及び領域はさまざまな方向に拡大している。大きな外部環境の変化の一つとして、コロナ禍の発生があった。当初はコロナ禍がいつ終息するかも分からない状況であり、その後の人々の行動様式にも大きな影響を与え、当然ながら企業活動も少なからずその影響を受けた。
こうした外部環境の変化に常に対応しながら、活動のアップデートを継続していくことが、成功の要件として極めて重要であり、立ち上げ期・拡大期・転換期それぞれに応じて活動内容を適宜見直している。当時、会員数の拡大に伴って活動の方向性が拡散しないように、活動全体の出口戦略を設定するとともにコンソーシアム全体の目指すべき世界観として「WaaS世界観」を策定した。この時、外部環境変化に即してWGの構成及び名称も再構成し、活動目的も修正している。背景にある考え方として「ダイナミック・ケイパビリティ4)」の思考方法で変化を感知し、保有する各種アセットを適宜組み替えることを意識している。
ポイント⑦ 属人的な実務を組織知化し継続する
複数対複数という重層的かつ対象領域の広いコンソーシアム活動を推進するため、各担当者が業務を通じて獲得・蓄積するノウハウや知識については多大なものがある。企業組織であれば担当者の異動もあるため、いかに個人が業務経験から得た知を組織的に継承するかということが活動継続のために必須である。そのため組織的な業務遂行において、個人が持つ知が制度的に組織にビルトインされていくようなワークフローとすることが重要である。またPOC実施により組織的に獲得した形式的な知については、適切な契約の締結に基づいて、事前にコンフリクトを防ぐことが求められる。併せて担当者に求められる能力の向上を継続的に図ることも重要であり、コンソーシアム活動をまとめていく、いわばプロジェクトマネージャーとして次の3つの能力が必要であるが、全てを一人で備えるのは難しいためチームとして相互に補完出来るように留意することが大事である。
②コミュニケーション能力
③実務遂行能力
先述したように当初から上記の各ポイントが理解されていたわけではなく、試行錯誤のなかで都度、課題解決に努めてきたのが実態であり、事後に振り返って帰納的に整理・理論化したものである。また、コンソーシアムの推進にあたっては、ベースにある考え方として、先のダイナミック・ケイパビリティと緩いつながり(Weak tie5))が常に意識されている。
4. WaaS共創コンソーシアムへ
2017年に設立した「モビリティ変革コンソーシアムは」の成果と経験を踏まえ、ウェルビーイングな社会の実現に向けて、移動×空間価値の向上を目指す場として新たに「WaaS共創コンソーシアム」が2023年4月に設立された。
ウェルビーイングな社会の実現を全体の目標概念とし、移動×空間の価値向上をコンセプトとしている。前コンソーシアムで設置していた3つのWG体制を見直し、複数のテーマ領域を掲げて全体として統一感をもったPOCを推進している。コンソーシアム全体で共有するウェルビーイングの概念は図4の通りである。また、より実装及び水平展開を志向していること、及び地方創生領域を新たなテーマ領域として掲げているのも特徴的である。後者については、地方自治体の加入が続いており、新たな組織間関係の構築が進んでいる。現在実施中、計画中のものを含め10以上のテーマが進められている。

また実務的にもPOCの計画から契約実施、契約に至るまで、これまでの経験から手続きがフォーマット化され、システマティックに進められている。契約については、テーマに対する座組が出来た時点でNDA契約締結、その後計画が具体化した時点で実施契約、経費に関する契約と進み、知財の取り扱いなど複数参加ならではの知見が蓄積されている。
現在進められているPOCの一例として「千葉駅を起点とするモビリティハブ『千葉ぷらっと』のPOC(注*2)」を以下に挙げる(図5)。これは公共交通機関を補完する手法として、複数の移動手段を集約し、利用者の移動をシームレスかつ快適にするモビリティ拠点を設置するものである。モビリティとしては、タイプ別シェアサイクル、立乗り三輪モビリティ、特定小型モビリティ、カーシェアリングと多様なモビリティが用意されている。また、生活サービスとしてキッチンカーやマルシェの出店など地域住民に資する内容も含まれている。

これにより交通結節点として鉄道駅の機能性を高めるとともに、外部経済効果により駅を含めた周辺エリアの価値を高めていこうとするものである。こうした社会課題解決を目指す地域と連携したPOCも今後増えていく見込みである。
5. 最後に
「モビリティ変革コンソーシアム」から「WaaS共創コンソーシアム」へと移行し、現在国内では最大級のオープン・イノベーションプラットフォームとなっている。またPOCの実施にとどまらず、プロトタイプの実装に向けた活動から地域活性化の取組み、各領域で著名な講師の講演による各種勉強会等、活動の領域も順次拡大している。
さらに、「WaaS共創コンソーシアム」への参加自体が参加者相互のメリットとなり、かつ他の企業、大学、自治体といった組織とのネットワーク構築及び連携が可能になるなど、ビジネス・プラットフォームとしてもその機能を発揮している。一方で、1対1ではなく複数参加によるN対Nで進めるため、計画から契約、実施に至るまで調整等に時間がかかるという課題もある。そうした課題に直面しつつもオープン・イノベーションを具体化する企業組織の取組みであり、社会的に有用なプラットフォームとして今後の展開が注目されるとともにウェルビーイングな社会の実現に向け、さまざまな社会課題や技術的課題の解決に資することが期待される。
1)清水洋(2022)「イノベーション」、有斐閣
2)Proof of Conceptの略。概念実証と訳され、新しいアイデアや技術、サービスなどの実現可能性を検証するプロセスを指す。
3)古田健二(2004)『経営に貢献するテクノロジーマネジメントの考え方・すすめ方(第2回)イノベーションとテクノロジーマネジメント』、Technology Management Journal、2004年5月、pp72-81
4)Teece, D. J. & Pisano, G., and Shuen, A.,(1997)“Dynamic Capabilities and Strategic Management,” Strategic, Management Journal 18, No. 7, pp. 509–533
5)Mark S. Granovetter(1973)“The Strength of Weak Ties”, American Journal of Sociology
参考文献
1)二村敏子(2004)『現代ミクロ組織論』、有斐閣
2)Helfat, C.E, Finkelsein, S., Mitchell, W., Petaraf, M.A., Singh, H., Teece, D.J., Winter, S.G.(2007)“Dynamic Capabilities Understanding Strategic Change In Organizations”, Blackwell Publishing(谷口和博弘、蜂巣旭、川西章弘訳(2010)『ダイナミック・ケイパビリティ』、勁草書房)
3)入江洋、原田裕介(2023)『新世代オープン・イノベーション JR東日本の挑戦 生活者起点で「駅・まち・社会」を創る』、日経BP
4)Mark S. Granovetter(1973)“The Strength of Weak Ties”, American Journal of Sociology
5)モビリティ変革コンソーシアムFuture Lifestyle WG事務局(2022)『WaaS(Well-being as a Service)モビリティ変革コンソーシアムによる「スマートシティへの挑戦」』、LIGARE
6)O’Reilly, C.A, Tushman, M.L.(2008)“Ambidexterity as a dynamic capability: Resolving the innovator’s dilemma”, Research in Organizational Behavior, Vol.28, pp185-206
7)Pfeffer, J.(2010)“Power Play”, Harvard Business Review, Vol. 88, No.7-8, pp84-92
8)Pfeffer, J.(1981)“Power in Organization”, Marshfield, MA: Pitman.
9)Teece, D.J.(2009)“Dynamic Capabilities and Strategic Management”, Oxford University press
10)Teece, D.J., Pisano, G., Shuen, A.(1997)“Dynamic Capabilities and Strategic Management”, Strategic management journal, Vol.18, No.7, pp509-533
11)Wernerfelt, B.(1995)“The Resource-based view of the firm: Ten years after”, Strategic management Journal vol.16, pp171-174
12)Wernerfelt, B.(1984)“A resource-based view of the firm”, Strategic Management Journal, Vol.5, pp171-180
(注*1)WaaS:Well-being as a Service
(注*2)JR東日本プレスリリース:https://www.jreast.co.jp/press/2025/20250910_ho03.pdf
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