SDGsの限界と展望

2023年6-7月号

根本 祐二 (ねもと ゆうじ)

東洋大学大学院経済学研究科 教授

1. SDGsがなぜ評価されるのか

SDGs(Sustainable Development Goals)は、世界のあらゆるテーマを体系化し、すべての国・人・団体が、自分の達成度を客観的に評価するためのツールとして、世界で共有されている。
従来から、ISOやBIS基準など特定の分野における世界標準は存在した。これらに対して、SDGsの特徴はその網羅性と普遍性にあるといえる。特に、ジェンダー、公正、教育、消費者・生産者責任など、国や民族によっては対立している項目が取り入れられたのは画期的といえる。今となっては、よく国連の場で合意を取り付けることができたものだと思う。
網羅的かつ普遍的な世界標準の存在は、大国以外にとっては有益である。大国は自ら都合の良い標準を定め、政治的、軍事的なプレゼンスの拡大によって世界を主導することができる。日本を含む圧倒的多数の小国においては、いずれかの大国の標準に従うか、小国同士の連合によってしか標準を示すことができない。これでは極めて不安定である。網羅的かつ普遍的な世界標準は、そうした不安定性を気にすることなく、それぞれの社会を持続させていくために有益なものである。本来は何より有効な安全保障にもなるはずである。
周知の通り、国際社会における日本の立ち位置は、日米安全保障を代表とする西側自由主義経済圏の一員であると同時に、全方位を対象にした国連外交を基軸としている。自由主義国の価値観をベースにして国連がオーソライズしたSDGsは、日本の現状を合理化し、将来を可視化できる、きわめて取り組みやすい標準である。近年では、日本政府はもちろん、地方自治体や民間企業もこぞってSDGsの推進を標榜している理由は、まさに日本に適しているからだと思う。国内でSDGsを否定的に捉える見解にお目にかかることはあまりない。

2. SDGsの限界

しかし、残念ながら、近年SDGsの機能に懸念が生じている。特に、新型コロナ感染症拡大による目標3“Ensure healthy lives and promote well-being”、ロシアのウクライナ侵攻による目標16“Promote peaceful and inclusive societies”の低下の影響は大きい。
目標3の低下は、新型コロナ感染症の拡大に対して世界的な公衆衛生の確保という国際公共財が迅速かつ十分に確保されなかったことを意味する。この分野のオーソリティは、国連の機関であるWHOであるが、期待通りの成果を上げたとは言い難い。再度同様の事態が起きても有効な対応ができるかどうか疑問である。目標16の低下に影響を与えているロシアのウクライナ侵攻はさらに深刻だ。平和に関するオーソリティは国連安全保障理事会であるが、拒否権を持つ常任理事国が当事国となることで全く機能していない。再度の世界大戦を防ぐために設立された国連が全く機能していないのである。
人間にとって最も根源的な機能である健康と平和を実現することに役立たないのであれば、SDGsに何の意味があろうか。そうした批判は当然に予想できる。SDGsは理想像であり現実問題を解決するものではないと論争を避けることは楽だが、SDGsが実現性のない、あるいは求められない指標の烙印を押されることは、世界が依って立つ客観的な標準を失うことであり、決して望ましいことではない。日本はSDGsが積極的に機能するように働きかけるべきではないか。

3. 国際PPPフォーラム

東洋大学では、この問題意識に基づいて、2022年11月に第17回国際PPPフォーラム「SDGsの限界と展望」を開催した。このフォーラムは、2006年に世界で初めてのPPP(Public-Private Partnership)専門の大学院として、大学院経済学研究科公民連携専攻を開設して以降、PPPに関連するテーマを選択して毎年開催している。
今回、SDGsを選んだのは2つの理由がある。一つ目は、SDGsの17番目のゴールがパートナーシップであるという点である。このゴールは他の16のゴールの実現を支えるという特別な役割を与えられている。SDGsの実現性が批判されるということは、パートナーシップが十分な役割を果たしていないと批判されていることと同義である。PPPはパートナーシップそのものではないが、PPPの本質であるcontractual agreementは、国家間、国際機関内のパートナーシップにも応用可能な方法論のはずである。何かできないか。以上が、PPP関係者である本学が関心を持った理由である。
もう一つは、本学が国連CoE機関として認定されていることに関係している。本学は、2015年に地域におけるPPPの実践の成果を評価されて国連CoE地方政府PPPセンターに認定された。国連では、SDGsの目標年以降の2030年以降の新しい世界標準となるべきnextSDGsの検討のタイミングに入りつつある。このタイミングで本学でも検討を開始するのは、国連CoE機関としての役割でもあると考えた。
さて、同フォーラムには、海外から3人のPPPの専門家が来日した。過去3回はコロナ禍でオンライン開催していたので久々の対面開催となった。ジアッド・ハヤック氏(The World Association of PPP Units & PPP Professionals共同代表・レバノン在住)、デイビッド・ドッド氏(International Sustainable Resilience Center代表・米国在住)、ペドロ・ネヴェス氏(UNECE People-first PPP case studiesプロジェクトリーダー・ポルトガル在住)、である。パネルディスカッションには、筆者および司会としてサム田渕東洋大学名誉教授も参加した。

4. SDGsの普遍性

パネルディスカッションでは、筆者より、SDGsは普遍的であるべきものか、現に普遍的なのであるのか、「普遍的であるべきだが現在は普遍的ではない」とすれば、どのようにして普遍性を実現するべきなのかという問いかけを行った。
これに対して、海外ゲストは、「SDGsは、それぞれの国に合った形で実施されるべきものである。価値は同じでも、実現方法は国や地域に委ねられている」、「SDGsは普遍的なロードマップである。すべての国はロードマップに基づいて国家の計画を立てるべきだが、どこに照準を当てるかは国により異なる」、「SDGsの17のゴールは普遍的な価値だが、ターゲット、インディケーターはローカル化する」との見解が示された。つまり、ゴールは同じでも詳細は国によって異なることを認めていた。
これに対して、筆者および司会の田渕教授は、「方法を共通化しないと結局ゴールに到達しない」、「今後は、途中経過の達成度の測定基準、達成しているかどうかのレフェリーシステムを入れる必要があるのではないか」と指摘した。特に、レフェリーによって達成をガバナンスする仕組みの必要性を提起した点が特徴である。
これに対して、海外ゲストは、「国連が各ゴールのレフェリーとなる必要がある」、「レフェリーにルールの必要性について説明する責任を与えることが重要だ。説明を理解すれば実行に進みやすくなる」との指摘があった。
筆者はこれらをまとめて、「日本を含む大多数の国にとっては、普遍的な基準があった方が良い。SDGsは、大国と小国の利害を超えて、共通の普遍的価値を人類史上はじめて統一した画期的なものである。普遍的であるなら、国によって定義や優先順位が異なることは認めるべきではない。レフェリーは不可欠である」と整理した。
海外ゲストからは、さらに、「組織がレフェリーになるのではなく、ルールがレフェリーとなる」、「ペナルティがあるから守るということではなく、守ることが文化にならないといけない」、「現代のレフェリーは社会の仕組みを改革するシリコンバレーかもしれない」、「若者は、われわれが思っているよりもSDGsを理解している。若い人が変えていってくれると期待している」との指摘があった。
PPP的なcontractual agreementではなく、文化に裏付けられた行動の方が強いという指摘は、PPPの側としてもうなづけるものである。

5. 若者の認識

同フォーラムを通じて、あらためて若者の意識および若者に直面している大学の役割の重要性を再認識させられた。東洋大学では、学祖井上円了が提唱した「物事の本質に迫って深く考えることで得られた知見を惜しみなく活動へと移し、人々のために奮闘する」という理念を具現化するために、学校法人東洋大学SDGs行動憲章を制定している。学生・教職員、関係者一同が、教育、研究、社会・国際貢献、環境貢献、ダイバーシティ&インクルージョンの5つの面で、具体的行動を取ることを宣言したものである。
果たして、若者はSDGsをどのように捉えているのか、この問いに答えるために、筆者は同フォーラム終了後に学生アンケートを実施した。対象は、筆者が担当している経済学部2~4年生向け講義(科目名「公民連携論」)履修者200名であり、134名の有効回答を得た(回答率67%)。
まず、SDGsに対する立場を問うた。
「問1 SDGs(Sustainable Development Goals)は、国連において、世界の人々が持続的に発展していくために必要な17分野(健康、平和、貧困・飢餓、教育、ジェンダー平等、経済成長、地球環境など)の目標を定めたものです。SDGsに対するあなたの立場として最も近いものは次のうちのどれですか。一つ選んでください)である。

  • 「SDGsの達成のために、自分だけでなく自分の周辺や地域の中で積極的に関わっていきたい」,15名,10.2%
  • 「SDGsの達成のために、自分でできることはできる限り行いたい」,56名,38.1%
  • 「SDGsの達成は、国連や政府の義務であり、任せている」,5名,3.4%
  • 「SDGsは世界共通のゴールになりうるが、実現しようとすると国家や民族間の利害が対立して実現できないと思う」,45名,30.6%
  • 「SDGsは、特定の価値観に基づいており、世界共通のゴールとはいえない」,15名,10.2%
  • 「SDGsのことには関心がない」,11名,7.5%

総じていえば肯定的であり、少なくとも自分は行動したいと考える人が半数を占めたが、利害対立から実現困難とする見方も3割を占めた。また、現在のSDGsは普遍性がないとする意見も1割を占めた。

続いて、「世界共通の普遍的な価値を定めたゴールがあることは望ましい」、「現在のSDGsは、世界共通の普遍的価値といえる」の2問である。両方とも過半が「はい」と回答したが、理想と現実の間にはかなりの落差があった。理想として肯定するものの現実には厳しいという見方を示している。
次が、「問2-3 SDGsが一種のファッションとして自治体や企業に利用されている」、「問2-4 SDGsを達成するために、ルールを守っているかどうかを監視するレフェリーの存在、ルールを守らせるためのペナルティやインセンティブが必要である」を問うた。これも両者とも過半の賛成を得た。特に、ファッションは大半の賛同を得ている。若者は、大人の本音、そして実現するにはルール化することが必要であると見ている。冷静に大人を見ていると思う。
次は、「SDGsを守らない国があるのだから、自分たちの国がSDGsを実行する必要はない」、「SDGsを守らない人がいるのだから、自分自身がSDGsを実行する必要はない」である。7~8割がいいえと回答している。適切かつ必要な標準だと考えるのであれば、他者がどう考えようが、実行する必要がある。SDGsにかかわらず、法令や社会常識というものは本来そうである。実は、最初からこの問に対しては「はい」回答が多数を占めるとは考えていなかった。このような問を設定し、自分がSDGsに対する向き合い方を否応なしに考える設問とすることで、学生の姿勢の変化を期待したものである。
ただし、自由意見では、「SDGsは、目標が現在達成されていないからこそ必要とされる。目標実現を損ねた責任は大人の世代にある。若者に期待する前に大人として行うことがあるのではないか」という意見を得た。その通りだと感じた。若者に期待する前に、若者に対して何を見せられるのか、大人の責任が問われているのだ。


6. 国連での議論

以上の通り、一般的認識としても、若者の意識としても、現在のSDGsには改善すべき点が多いと考えられていることは、明らかであろう。SDGsブームを超えて、今後どのように改善していくべきか、現時点では正解は見えていない。
本稿脱稿後の5月にはギリシャにて国連PPPフォーラムが開催され、本学からも教員と院生のチームがセッションの一つを主催するために現地を訪問する。国連関係者も多く参加する現地ではnextSDGsに関する各国の動きも聴取する予定である。その結果はまた別の機会にあらためて紹介することにしたい。いずれにしても、2030年以降は弱点を克服した新しい世界標準が完成して、それに基づく秩序が世界を支えていくことを期待したい。

著者プロフィール

根本 祐二 (ねもと ゆうじ)

東洋大学大学院経済学研究科 教授

鹿児島県鹿児島市出身。
鹿児島県立鹿児島中央高等学校卒業後、1974年に東京大学経済学部に入学、卒業後の1978年に日本開発銀行(現:日本政策投資銀行)に入行。鹿児島事務所、大阪支店、プロジェクト・ファイナンス部、経済企画庁調査員、設備投資研究所主任研究員、ブルッキングス研究所(米国)客員研究員、首都圏企画室長、地域企画部長などを経て、2006年4月東洋大学教授に就任。2008年よりPPP研究センター長を兼務。内閣府PPP/PFI推進委員会委員等の公職を兼務。全国の地方自治体の公共施設等総合管理計画の策定と実行を支援している。
専門領域 公共政策、都市開発、地域開発等 
主要著書(共著を含む) 『地域再生に金融を活かす』(2006年、学芸出版社)、『朽ちるインフラ ―忍び寄るもうひとつの危機』(2011年、日本経済新聞出版社)、『「豊かな地域」はどこがちがうのか』(2013年、ちくま新書)、『PPPが日本を再生する』(共編著)(2014年、時事通信出版局)、『インフラ再生戦略 PPP/PFI徹底ガイド』(監修)(2015年、日本経済新聞出版社)、『実践インフラビジネス』(監修)(2019年、日本経済新聞出版社)