地域の現場から

城と満月

2024年4-5月号

大久保 浩 (おおくぼ ひろし)

株式会社日本政策投資銀行 東海支店長

写真撮影を趣味にしている。カメラを担いで歩き回るのは気晴らしになり、良い運動にもなる。好きな被写体は花が多いので、季節感にも敏感になる。写真撮影は、一石三鳥くらいの効能があると考えている。
昨年6月末に本店(東京)から東海支店(名古屋)に異動した。仕事の拠点も生活の拠点も変わり、当然、写真の撮影場所も変わる。東海地方での花の撮影スポットを探していて、ふと疑問を感じた。
―せっかく東海地方に住むのなら、東海地方でなければ撮れない写真を撮るべきではないか―
例えば、桜の花をクローズアップで撮影する場合、出来上がった写真だけを見て、関東地方で撮影した桜なのか東海地方で撮影した桜なのかを判別することは難しい。
東海地方でなければ撮れない写真とはなにか。先述の桜の例でいえば、桜の花をクローズアップで撮るのではなく、桜の花越しに名古屋城や犬山城や岐阜城を撮れば、東海地方でなければ撮れない写真になる。背景にも工夫が必要である。
どこでどんな写真を撮ろうかと、インターネットで背景にもこだわった撮影スポットを探していたところ、衝撃の写真を発見した。岐阜城と満月の写真である。(「岐阜城 満月」とキーワードを入れてインターネットで検索してみて欲しい。)
金華山の山頂にそびえたつ岐阜城の背後に、大きな満月が写っている。まるで合成写真のようだが、合成写真ではない。
原理は難しくはない。岐阜城を数㎞離れて仰ぎ見れば、離れた分だけ岐阜城は小さく見える。一方、月は地球から38万㎞離れているので、見る位置が数㎞変わっても、月の見た目の大きさは変わらない。岐阜城から離れた場所で、岐阜城を見上げつつ、満月と重なる時間に撮影をすれば、誰にでも撮影できる可能性はある。
ところが、である。岐阜城と満月が重なって見える時間と場所が分からない。インターネット上で撮影方法を解説している記事はあるものの、月の位置は毎日変わるので、次回の満月の日の何時何分にどこから撮影すればいいのかまでは分からない。ChatGPTに聞いてみても、有益な回答は返って来ない。スマートフォンのアプリは、おおまかな位置は分かるものの、精度が低い。
こうなると、自分で計算をするしかない。インターネット検索に慣れ切った頭には厳しい作業だが、岐阜城の標高、月の方位角と高度などのデータから岐阜城と満月が重なる時間と場所を割り出し、意気揚々と現地に向かった。
愕然とした。建物や電線が邪魔をして写真が撮れないのである。月は意外と動きが速いので、障害物のない場所を探しているうちにシャッターチャンスは逃げてしまう。事前の入念な現地実査の必要性を痛感した。
満月はひと月に1回のみである。満月の前後1日をほぼ満月と見なしても、撮影のチャンスはひと月に3日しかない。時間と場所を調べ、障害物がないか事前に調査し、いざ撮影……というタイミングで、雲がかかって月が見えないこともある。タイミングも重要な要素である。
カメラ、望遠レンズ、三脚などの機材が必要なのは言うまでもないが、空の明るさに応じて、カメラのISO感度やシャッタースピードなどの設定も変える必要がある。撮影するための道具と、道具を使いこなす技術も必要である。
こうして必要な要素をあげてみると、撮影する時間と場所の下調べ、現地実査、タイミング、道具、技術……銀行の投融資業務にも必要な要素ばかりではないかと苦笑した。そうした試行錯誤の末に撮影したのが、下の一枚である。

次は、東海支店が入居する大名古屋ビルヂングにかかる満月を撮影しようと目論んでいる。うまく撮れれば、「東海支店のお城」と満月の写真と言えるかも知れない。

著者プロフィール

大久保 浩 (おおくぼ ひろし)

株式会社日本政策投資銀行 東海支店長