明日を読む

「デリスキング」と「デカップリング」の政策的意味合い

2023年12-2024年1月号

白石 隆 (しらいし たかし)

熊本県立大学 理事長

今年5月のG7首脳会議あたりが境だろうか、経済安全保障に関連して「デカップリング(decoupling)」に代わり「デリスキング(de-risking)」がよく使われるようになった。この二つの概念にはかなり大きなニュアンスの違いがあり、政策的意味合いも違う。
それを見るには、サリバン国家安全保障補佐官がバイデン政権の「新しい産業戦略」について述べた2023年4月の講演が参考になる。彼はこう言った。
「我々は基盤的技術を小さな庭と高い塀(small yard, high fence)で守っている。」
「新しいデジタル革命の波」が「我々の民主主義と安全保障」にマイナスに作用しないためである。
「我々は最先端半導体技術の中国への輸出を注意深く制限した。この制限は国家安全保障上の懸念に直接に関わる。……国家安全保障に関わる重要分野における外国からの投資の審査も強化している。国家安全保障の核心に関わる機微技術の対外投資管理も進めている。」
これは中国の言うような「技術封鎖」ではない。こうした措置は「ごく一部の技術と軍事的に我々に挑戦しようとするごく少数の国々に焦点を合わせたものである。」
広く中国について述べれば、「我々はデカップリングではなく、デリスキングと多様化をめざしている。我々は我々自身の能力と安全で強靭なサプライ・チェーンに投資する。」
「我々の輸出管理は軍事バランスを左右する技術に狭く焦点を合わせている。我々はアメリカと同盟国の技術が我々に対して使われることのないようしているだけだ。貿易を断絶するわけではない。」
ここに見るように、アメリカは国家安全保障の核心をなすAIなどの機微技術、これを支える最先端技術については、「小さな庭と高い塀(small yard and high fence)」を原則に厳しく管理する。これが「デカップリング(分断)」である。あくまで国家安全保障上の措置で、中国との通商を断絶するものではない。さらに、レガシー半導体、電池に要する鉱物資源、原薬なども、ある特定の国あるいは国々に依存するわけにはいかない。「安全で強靭なサプライチェーンに投資」し、多様化して、リスクを低減する。これが「デリスキング(リスク低減)」である。つまり、ごく単純化すれば、「デカップリング」は国家安全保障のための政策、「デリスキング」は国境を越えて展開するサプライチェーンを守り、強靭化し、特定の国の経済的威圧を抑止するための政策である。目的が違えば、政策措置(手段)ももちろん違ってくる。
では、これから何に注意しておくべきか。
第一に、国家安全保障に関わる機微・基盤技術(「小さな庭、高い塀」)は同盟国で厳しく管理しなければならない。
第二に、主要国・地域はすでに、これからの安全保障と経済の鍵となるコンピューティング、クリーン・テクノロジー、バイオ・テクノロジー分野で大規模投資を行なっている。日本もこうした分野で大規模投資するとともに、公平性、戦略的自律性・不可欠性、サプライチェーンの多様化・強靭化・リスク低減を旨として、同盟国、同志国と多次元的に連携する必要がある。
第三に、国際関係には常に作用・反作用がある。アメリカは中国の軍民融合政策を懸念して先端・基盤技術の管理を開始し、これに反応して中国も対抗措置をとった。サリバン補佐官は、中国を技術封鎖するつもりも、中国との通商を断絶するつもりもない、と言った。しかし、習近平主席はすでに2020年4月、キラー技術の育成と、グローバル・サプライチェーンをもっと中国に依存させることによって、対外的な反撃(能力)・抑止力を構築するよう指示した。この作用・反作用で「デカップル」する分野はこれからも拡大する可能性が大きい。
世界は新自由主義的グローバル主義の時代から国家を世界政治経済の主役とするリアリズムの世界に移行している。この趨勢はこれからも続くだろう。では、どうするか。これが日本の外交・安全保障戦略の中心的問いだと思う。

著者プロフィール

白石 隆 (しらいし たかし)

熊本県立大学 理事長

東京大学教養学部教養学科国際関係論卒業。コーネル大学大学院Ph.D. 東京大学助教授、コーネル大学教授、京都大学教授、政策研究大学院大学学長を経て、2018年より熊本県立大学理事長。専門はアジアの政治と国際関係、特に東南アジア地域研究。大平正芳記念賞(1991)、サントリー財団学芸賞(1992)、読売・吉野作造賞(2000)、紫綬褒章(2007)、文化功労者(2016)、インドネシア共和国最高功労勲章(2017)。