「起業家が創り出す新しい未来」第6回 リンクメッド株式会社 代表取締役社長 吉井幸恵氏

2023年12-2024年1月号

吉井 幸恵 (よしい ゆきえ)

リンクメッド株式会社 代表取締役社長

(紹介) 一般財団法人日本経済研究所 女性起業サポートセンター

今回は、前回に続き、2022年12月に開催した第9回「DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」表彰式において受賞した方の中から、見事「DBJ女性起業優秀賞」に輝いた、リンクメッド株式会社の吉井幸恵さんのご寄稿をご紹介します。吉井さんは、医療現場で多くの患者さんの治療に携わってきました。その時の経験から生まれた「ひとりでも多くの患者さんを救いたい」という決意が、革新的ながん治療薬開発の原動力となり、今日の活躍につながっています。吉井さんの研究とは何か、そしてその成果をどのように発展させ、社会に貢献していくのか、多くの皆様に知っていただきたく、今回のご寄稿をお願いしました。


アカデミア発ベンチャーの創出するイノベーション

■はじめに

リンクメッド株式会社CEOの吉井幸恵と申します。弊社は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)発のベンチャーとして、放射性医薬品による『革新的な「見える」がん治療』を実現し、患者様、そのご家族、医療従事者の皆様に貢献するべく2022年7月に設立されました。生まれたてのベンチャーですが、「Link for Life-皆様の健康と幸せのために、最先端科学と医療をつなぐ」をモットーに、一日も早く最先端のお薬を患者様にお届けすべく、社員一丸となって日々開発に取り組んでおります。また、リンクメッドの挑戦の過程で日々感じているのが、アカデミア発ベンチャーのイノベーション創出における役割です。
本稿では、このことについて考察するとともに、弊社をアカデミア発ベンチャーの取組みの一つとして多くの方に知っていただければと思います。

組織 リンクメッド株式会社
本社 千葉県千葉市稲毛区小仲台2丁目6-1 京成稲毛ビル2階
設立年月日 2022年7月4日
HP https://linqmed.co.jp/

(2023年10月現在)

■放射性医薬品による『革新的な「見える」がん治療』とは

がんは、本邦死因第一位の疾患で、革新的な診断法・治療法の開発が急務です。私たちはこれまでに、銅の放射性同位体64Cu(カッパー64と読みます)を用い、一つの薬剤でがんの診断と治療を同時に行うことのできる次世代型放射性医薬品を開発してきました。
64Cuは、従来の放射性治療薬で使用されてきたベータ線のほかに、オージェ電子という特殊な放射線を出すために、がん細胞を高いエネルギーで効果的に治療することができます。また、64Cuは陽電子も放出するため、陽電子放射断層撮影(positron emission tomography;PET)診断で非侵襲的にがんへの薬剤集積を確認しながら治療(見ながら治療)することができます。さらに、64Cuはがんと高い親和性を示すさまざまな分子(低分子、ペプチド、抗体)に結合させることが容易なため、がん特異的に効果を発揮する多様な医薬品を持続的に創出することができます。
私たちはこうしたユニークで他の元素にはないOnly Oneな特徴を持つ64Cuを用いることで、『革新的な「見える」がん治療薬』の社会実装にチャレンジしています。

■「見える」がん治療薬64Cu-ATSMの開発

悪性脳腫瘍は、既存の治療法では十分な効果が得られず、新規治療法の開発が強く望まれています。これまでの治療が効きづらかった原因として、腫瘍内部が酸素の乏しい低酸素環境になり治療抵抗性になることが知られています。これに対し私たちは、低酸素化した腫瘍に高集積し高い治療効果を発揮する放射性医薬品である64Cu-ATSMを「見える」がん治療薬一号品として研究開発してきました。これまでに、がん細胞株移植モデル等を用いた非臨床試験で64Cu-ATSMが低酸素状態にある悪性脳腫瘍の増殖を抑制し、生存率を改善することを示してきました。また、64Cu-ATSM治療の第1相医師主導臨床試験を実施しています。本試験は、64Cu-ATSMを治療目的で初めてヒトに投与するファースト・イン・ヒューマン試験で、国産放射性治療薬として初の国内臨床試験となります。

■アカデミア発ベンチャーのイノベーション創出における役割

私自身はアカデミアの研究者として日々、サイエンスと格闘するなかで、「対話」・「融合」・「創造」のサイクルで発見を生み出しています。こうした知的取組みは、サイエンスの世界では一般的で、アカデミア発ベンチャーにおける持続的なイノベーションの創出に非常に重要と考えています。また、ベンチャーという形態をとることで、社会に成果をスピード感をもって還元できると考えています。一日も早く最先端のお薬を患者様にお届けするため、今後も、リンクメッドはチャレンジを続けていきます!


がんは、今や日本人にとって、他人事とは思えない誰でもかかりうる病気のひとつになりました。吉井さんの開発した治療薬を、多くの患者さんが待っています。患者さん達の顔を思い浮かべ、日々困難に立ち向かっている吉井さん。その周囲には、常に多くの人が集まります。吉井さんが人を惹きつけるのは、知識や経験が豊富で、優れた研究者であるからだけではありません。爽やかな笑顔と前向きな言葉が、多くの人の心に残るからです。人を救うのは、人の力、そう思わせてくれます。
大きなチャレンジを続ける、吉井さんの更なる飛躍にご期待ください。

著者プロフィール

吉井 幸恵 (よしい ゆきえ)

リンクメッド株式会社 代表取締役社長

筑波大学卒業。理学博士。
福井大学・高エネルギー医学研究センター勤務を経て、2011年に独立行政法人放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センターに着任。
現在、量子科学技術研究開発機構(QST)、分子イメージング診断治療研究部上席研究員。国立の研究所(QST)にて10年以上、放射線を利用したがん治療薬の研究に従事。診断と治療を同時に行える「見える」がん治療薬を開発。代表者としてAMEDやJSTから支援を得る。国産放射性医薬品の開発を通じ、皆様の健康と幸せのために、最先端科学と医療をつなぐことを目的に、2022年7月QST認定ベンチャー「リンクメッド株式会社」創業。

(紹介) 一般財団法人日本経済研究所 女性起業サポートセンター