「起業家が創り出す新しい未来」第7回 株式会社ソマノベース 代表取締役社長 奥川季花氏

2024年2-3月号

奥川 季花 (おくがわ ときか)

株式会社ソマノベース 代表取締役社長

(紹介) 一般財団法人日本経済研究所 女性起業サポートセンター

2023年10月・11月号より3回にわたり、第9回「DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」表彰式の受賞者の方々にご寄稿いただきました。本シリーズの最後を飾るのは、「DBJ女性起業優秀賞」を受賞されました株式会社ソマノベースの奥川季花さんです。
強い信念をもって、迷いなく林業の世界に飛び込んだ奥川さん。「自分がしたいことは何か」「自分がすべきことは何か」、心に描くイメージは、日々色濃く、そして現実のものとなっています。奥川さんのご寄稿文から、地球に暮らす私達全員が考えなくてはならない、環境問題についての答えが見つかるかもしれません。


土砂災害のない社会に向けて

~50年先の森づくりの挑戦~

全国の約9割の市町村が土砂災害危険区域を有していることを、皆さまご存知でしょうか。数にすると、なんと1,606市町村。ニュースで災害情報に触れることはあっても、まさか自分が被災者になるとは思わないかもしれません。しかし、もしかしたら皆さまが住んだり通ったりしている場所も、土砂災害が起こりやすい場所かもしれないのです。
株式会社ソマノベースは、「土砂災害による人的被害をゼロにする」ことを目指し、50年先の森をつくる会社です。林業事業体や自治体、企業の皆さまとともに、森林の整備や商品・コンテンツ企画販売を行っています。2021年に設立し、今年2年目を迎えました。会社としては2年目ですが、私が森づくりをはじめたきっかけは、2011年に遡ります。

組織 株式会社ソマノベース
本社 和歌山県田辺市新屋敷町80-6
東海ビル2階
設立 2021年5月25日
HP https://somanobase.com/

(2023年12月現在)

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東日本大震災が起きた2011年。実は、西日本でも大きな災害がありました。その年の8月に起きた「紀伊半島大水害」です。巨大な台風が紀伊半島を襲い、2,000ミリを超える豪雨に見舞われました。これは日本の年平均より多い降水量です。1年の雨が、たった数日の間に一気に紀伊半島に降った地域もありました。紀伊半島の各地で土砂災害や河川はん濫が発生し、死者・行方不明者は98名にのぼりました。平成最大ともいわれる大水害です。
水害発生時、私は高校1年生で、和歌山県南端の那智勝浦町に住んでいました。那智勝浦は1年を通して雨が多い地域。大雨にも慣れっこな私はいつも通りの時間を過ごしていましたが、「友人が帰っていない」という連絡で状況は一転しました。私は、家を飛び出して探そうとしました。ですが、友人がいるであろう区域は危険で入ることもできず、その後友人が帰ってくることはありませんでした。土砂に埋もれた町を目の前にした時に感じた自分の無力さや悔しさは、今でも忘れることはありません。
その後も、那智勝浦町は何度か豪雨に見舞われました。幸いにも死者はでなかったものの、地元に住む知人からは不安の声が多くあがりました。被災した時から「地元の力になりたい」と、ビジネスコンテストにでたり、海外の経営者に会いに行ったり、できることを探してきましたが、実際に豪雨に見舞われた時に自分ができることはLINEで情報を届けることのみでした。どうやったら地元の力になれるのか、改めて考えてたどり着いたのが「もう二度と地元に土砂災害を起こさないこと」でした。そして、そのために必要なことが、今私たちが行っている森づくりでした。
木を含む植物の根っこが森の土壌をつなぎ止めているように、土砂災害と森づくりは密接な関係があります。ですが、その機能が正常に働いていない地域が今ではたくさんあります。例えば、森林の管理放棄地や植栽放棄地。間伐や測量が長期間されていなかったり、植えられている木をすべて伐る「皆伐(かいばつ)」の後に植林がされなかったりする地域が増加しています。結果として、土砂災害の発生件数は年々増加し、冒頭で記述した通り今では全国の9割以上の市町村が土砂災害危険区域を保持しているのです。
しかし、「管理や植林はやらなければならないので、やりましょう」という義務付けは意味をなさないと考えています。管理放棄にも植栽放棄にも、行われないもしくは行いたくてもできない背景はさまざまあるのです。そこで私たちは、「やりたい人が楽しくできる方法」を考えました。そこで生まれたのが「戻り苗(もどりなえ)」です。
戻り苗は、“誰もが森づくりに参加できる”新しい観葉植物。どんぐりから苗木を育てるセットになっており、購入者の元で2年間育てられた苗木は当社が引き取り山へ植林します。今では、個人や法人、自治体などの全国各地のお客様のおかげで、2,000本以上の苗木が育っています。


育てていただいている背景は、「生まれた子供に木が育っていくところを実際に見て学んでほしい」「自分で育てて植える経験を含めた、教科書だけではない学習にしたい」「ただ寄付をするだけでなく、自分ごととして森に関わりたい」などさまざまです。
正直、まさかこんなにも沢山の方にご参加いただけるとは思っていませんでした。さらに驚いたのは、皆さまから「せっかく育てた苗木を、自分で植えに行きたい」「植えた木に定期的に会いに行きたい」というお声をいただいたことです。先日も、ある企業の従業員様が苗木の植林をしに和歌山にいらっしゃいました。「また育てたい」というお声もたくさんいただいております。義務的にではなく「楽しい」という主体的な気持ちで、お一人お一人が森づくりの仲間になってくださっていることに何より心強さを感じています。

日本は森が国土の約7割を占める国。古くから森の恵みとともに生活をしてきました。昔よりも距離を感じるかもしれませんが、今でも森を訪れた際には空気を美味しく感じたり、美しい景色や自然の音に心が安らいだりすることでしょう。だからこそ、こんなにも多くの森づくりの仲間がいるのだろうと思います。未来に生きる皆さまにも、土砂災害で悲しい思いをすることなく、この恵みを楽しんでほしい。そんな思いを胸に、戻り苗を通して全国各地にできた森づくりの仲間たちとともに、土砂災害を起こさないための50年先の森づくりに取り組んでいきたいと思います。


地球温暖化が更に進み、地球沸騰化とも言われ始めている昨今、全国各地で予測できないような豪雨被害が起こっています。奥川さんはご自分の経験から、被害によって悲しい思いをする人がいなくなるよう、全力を傾け着実に事業を進めています。奥川さんが育てた小さな芽は、多くの人たちの協力が栄養となり、まっすぐ空に伸びる樹木へと成長しています。そして、やがて緑あふれる森へ育っていくことでしょう。
50年先の森が、多くの命を、そして地球を守れるように、ひとりでも多くの方のご支援をお願いいたします。

著者プロフィール

奥川 季花 (おくがわ ときか)

株式会社ソマノベース 代表取締役社長

和歌山県出身。同志社大学で商学を学んだ後、ボーダレス・ジャパン、防災NPO、造林を行う(株)中川などの会社で働く。防災や林業土砂災害リスクの低い山づくりを目指し (株)ソマノベースを設立。代表取締役を務める。

(紹介) 一般財団法人日本経済研究所 女性起業サポートセンター