~コモンズの今日的な意味を求めて~(第3回)

コモンズを巡る旅(第3回)

2022年9月号

酒巻 弘 (さかまき ひろし)

一般財団法人日本経済研究所 専務理事

1. 今も生き続けるコモンズ(共有地)へ

今回紹介するコモンズは、英国のニューフォレストである。ここでは、森林やヒースの荒野などの自然が守られ、またポニーや牛などの動物たちが放牧されるなど、英国の伝統的なコモンズの景観が残っており、しかも国立公園にも指定されているため一般の観光客も気軽にその景観に触れることができる。第1回で紹介したウィンブルドン・コモンや第2回で紹介したラニーミードは英国におけるコモンズの歴史に重要な足跡を残したコモンズではあったが、時代とともにその姿を大きく変えている。今回紹介するコモンズがどのような仕組みで昔の姿を現在に留めているのかを考えてみたい。

2. 英国で出会ったコモンズ③~ニューフォレスト

(1)ニューフォレストの歴史

英国とフランスを隔てるイギリス海峡に面し、かつて豪華客船タイタニック号も出航した歴史ある港町サウサンプトンのすぐ西側にニューフォレストと呼ばれる地区がある。そこは英国らしい自然が残され、2005年に国立公園に指定されている(面積は約56,600ha)。実はこのニューフォレストは名前にフォレスト(森)という言葉が使われていることからも推察される通り、第2回で紹介した森林憲章と関連がある。一部記述が重なる部分もあるが、以下ニューフォレストの歴史を簡単に振り返ろう。
ニューフォレストから約100マイル東方にあるヘースティングズでの戦いで勝利してノルマン征服王朝を成立させたウィリアム征服王は、1079年にこのニューフォレストの地を王室の狩猟場とすると宣言し、それまでコモンズとしてその土地を活用してきた人々(以下、コモナーズ)の活動を制限し、違反した者を厳罰に処すこととした。その後1217年にマグナ・カルタおよび森林憲章が合意され、コモナーズはコモンズにおける権利を取り戻した。その際、これらの憲章の実効性を担保するために「管理委員会(Verderers’ Court)」が設置された。この管理委員会は現在でも存在しているが、1877年に制定された「New Forest Act」(以下、Act)によって、王室領を管理するという管理委員会設置当初の趣旨から、コモナーズの利益を代表しコモンズを管理するという趣旨にシフトしてきている(注1)。

(2)ニューフォレストの王室領とNFNコモンズ

20世紀に入り1923年に、「森林委員会(Forestry Commission)」がニューフォレストのうち約26,000haの王室領の管理を任されることとなった。他方、1928年以降ナショナルトラスト(注2)は徐々にコモンズの管理受託を増やし、今では「New Forest Northern Commons」として知られる約1,600haのコモンズ(以下、NFNコモンズ)を管理している。またこのNFNコモンズは王室領(国立公園内(注3))に関して以下に述べる放牧権などを有している。

(3)NFNコモンズにおけるコモナーズの権利と義務

NFNコモンズにおいて歴史的にコモナーズが保有してきた権利には「豚の飼料権(Mast)」や「薪炭採集権(Fuelwood)」など6種類あるが、このうち現在でも残っている最も重要な権利が「ポニー・牛・ロバの放牧権(Pasture)」である。また、権利に関して留意すべき点は、上記の権利が所有者個人に属するのではなく、土地(Property)に属する(注4)という点である。つまり、もしコモナーズが新しい土地に引っ越して、その土地にコモナーズとしての権利が付されていなければ、その権利を失う。
先述のActにより定められているルールには、費用支払いのルール(Act第23条)の他、代理人設置のルール(Act第5条「15マイル以上離れて住んでいる場合には代理人を置く」)、家畜の間で病気が流行ってきた場合の措置(Act第11条第1項)、家畜が死亡した場合の扱い(Act第19条)、フェンスやゲートの管理(Act第20条)、違反があった場合の措置(Act第21条)などが定められている。

(4)NFNコモンズの管理体制

コモンズにおけるルールの執行や管理全般についてコモナーズから任されているのが「管理官(Verderers)(注5)」と呼ばれる人々である。一方、実際に動物たちの世話や管理を行っているのは、管理官が別途雇う「飼育者(Agisters)」と呼ばれる人々である。
放牧権の対象となっている動物たち(注6)のうち最も頭数が多いのが、小柄で可愛らしい馬の一種であるポニーである。コモンズにおける秋の風物詩ともなっている「駆り集め(Drifts)」では、飼育者やコモナーズに加えてボランティアらが協力し、放し飼いされているポニーを集め、頭数を確認し、またその健康状態をチェックしてマーキング(識別登録)する。そしてその頭数に応じてコモナーズが飼育者に対して費用を支払う。

3. NFNコモンズの現状と課題~コモナーズの実態調査(注7)より

(1)コモナーズの実態調査にみられる協力関係

NFNコモナーズに関する調査は1991年に第1回の調査が行われ、その後2001年、2011年と合計3回実施されている。本調査の実施に際しては以下の5つの組織の連合体である「The Verderers of the New Forest Higher Level Stewardship (HLS) Scheme」が資金支援を行っている。
① Natural England(環境・食糧・農村地域省の外郭団体)
② Verderers of the New Forest(コモンズの管理者)
③ Forestry England(王室領の管理者)
④ New Forest National Park Authority(国立公園の管理者)
⑤ Commoners Defence Association(コモナーズの団体)。
以上のように政府関係団体(①および④)、自治組織(②)そして関係者の団体(③および⑤)というそれぞれの立場の組織が互いに協力し合って、コモンズおよびコモナーズの実態を調査し、課題を抽出し、改善に向けて共通認識を醸成し、支援などを行なっている。

(2)NFNコモンズにおけるコモナーズと動物たちの数の変遷

NFNコモンズにおけるコモナーズの人口(マーキング費用を支払った人数)は記録がある1965年の299人から1975年の420人まで増えたあと、1970年代から80年代にかけて漸減傾向となり1988年には341人まで減少した。その後増加に転じ2009年には649人と1965年の2倍以上にまで増加している。一方動物たちについては、牛は1965年以来2,000頭から3,000頭の間で増減を繰り返しているが、ポニーについてはコモナーズの人口と同様の傾向がみられ、1977年から1984年まで減少した後増加に転じており、1965年の2,267頭から現在は2倍以上の4,823頭となっている。

(3)コモナーズの職業と年齢層~進む世代交代

コモナーズがコモンズにおいて生活に必要な物資を調達していた時代とは異なり、現在では殆どのコモナーズは別に職業を持っている。つまりコモンズでの活動目的は、経済上の理由というよりも、コモンズの伝統的習慣を守るため、または自然保護が主であると考えられる。2011年調査時点におけるコモナーズの職業は、専門職・企業・商業が52%と最大で、コモンズの放牧権と親和性があると考えられる農業・園芸・林業は25%で第二位となっている。また2001年調査との比較では前者が38%から52%へと大きく増加しており、職業との親和性は近年増々薄れている。
年齢層別にみると、40代から70代が依然として最大の年齢層ではあるが、2001年から2011年にかけて全体に占める割合は74%から66%に減少している。逆に20代から30代の年齢層がその間13%から18%に増加して世代交代もそれなりに進んでおり、コモンズの将来にとって希望が持てる状況である。

(4)コモナーズにとっての課題と動機~収益は動機ではなく課題

調査ではコモナーズが直面している重要な課題について訊いている(複数回答)。回答では「コストが高く、その割にリターンが低い」と答えたコモナーズが36.0%と最大となっている(注8)。その課題に関する質問と表裏の関係にあるコモナーズからの要望に関する質問項目では、「財政支援/インセンティブの公平な分配/市場価格の上昇」が41.6%と最大になっており、やはり経済的な負担感が大きいことがわかる。
他方、コモンズで活動する動機としては、「嗜好に合った生活スタイル/コミュニティに属しているという意識」が55.7%と最大で、「楽しみとして/動物たちへの責任(動物愛護)」が36.0%で続く。最も放牧数の多いポニーもかつては荷車を引く輸送力としての価値はあった。しかし現在ではニューフォレスト中心地近くの市場で毎年秋に開催されるオークションにおいて高く評価されるという栄誉と売却収入を得られる可能性はあるものの、金銭的報酬という動機は僅か2.5%であり、経済的誘因がメインではない。

4. まとめ

国立公園として生態系の保護もなされているNFNコモンズを訪れ、ポニーなどの動物たちが放牧されている景観に出会うと、まるで歴史を遡ったような気になる。しかし、現在のコモナーズにとってコモンズは昔のコモナーズのように生活の糧を得る手段ではなく、伝統的なライフスタイルを守りたい、自然保護に貢献したい、といったことが主な動機となっている。そして、NFNコモンズのような自然およびライフスタイルを維持するために、そのコモンズ独自のルールを設定し、さらに行政や自治組織そして関係者の団体などいろいろなレベルで協力し合っている様子が伺えた。コモナーズ自身の動機と熱意だけに任せるのではなく、いろいろなレベルで協力するというこれらの仕組みこそが英国においてコモンズを現在まで存続させ、これからも持続可能とする鍵ではないだろうか。次回のシリーズ最終回では、エリノア・オストロムが『Governing the Commons』で論じた「持続可能なローカルコモンズに求められる8つの設計原理」を援用しつつ、これまで巡った3箇所のコモンズを総括してみたい。

(注1)New Forest Associationのホームページによれば、現在のニューフォレストの管理委員会はコモナーズが意見を表明するフォーラムのような場であるとされている。
(注2)ナショナルトラストは第2回で紹介したラニーミードも管理している自然や文化遺産を保護するためのNPOである。
(注3)英国の国立公園は、国有地が殆どを占める米国の国立公園とは異なり、王室領も含めて私有地が4分の3を占めている。
(注4)地域住民は自分の土地がコモンズの権利を有するかどうかについて確認したい時には、管理官に依頼して、過去から引き継がれてきたニューフォレストの土地台帳に基づいた調査を受けることができる。
(注5)ニューフォレストではActの規定により、5人の管理官が農林漁業省や森林委員会などから任命され、他の5人の管理官がコモナーズによる選挙により選ばれる。
(注6)2010年時点で飼育されている動物は計7,874頭で、うちポニー4,823頭と牛2,234頭とで全体の約9割を占める。なお、頭数は全て本文で紹介したマーキング費用の支払いによって管理された数字である。
(注7)「A report based on census data and the marking fee register from 1965 to 2010」(https://www.realnewforest.org/wp-content/uploads/2018/11/Final-census-report-August-2011.pdf)。
(注8)課題に対する回答は以下、「世間の無関心/都市化・観光地化の圧力」30.5%、「放牧地の不足」27.5%、「妥当な値段の住居」26.4%、「行政からの無関心および圧力」24.2%、そして「家畜たちの交通事故」18.4%と続く。

著者プロフィール

酒巻 弘 (さかまき ひろし)

一般財団法人日本経済研究所 専務理事

1982年東京大学経済学部卒業後、日本開発銀行(現・日本政策投資銀行)入行。同行にて主に投資関連業務に携わった後、同行グループ金融子会社の社長および会長。その間、留学、国際機関への出向を含め4回、合計12年間欧米に滞在。また、設備投資研究所主任研究員として社会的共通資本について研究し、著書に東京大学出版会の社会的共通資本シリーズ『都市のルネッサンスを求めて』(共著)。2021年6月より(一財)日本経済研究所専務理事。