World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第40回

ドイツの森林資源~気候変動を超えて~

2023年10-11月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

現代社会の重要なキーワードである“持続可能性”の概念は、310年前にドイツの林業から生まれた。その背景となったのは、実は過剰な伐採による森林資源の枯渇であり、その苦い経験を糧にドイツの林業は築かれている。時代を経た今、林業が直面するのは気候変動だ。今号では、バイエルン州で活動するエキスパートへのインタビューから、気候変動をはじめとする問題を検討し、森林資源の現状を浮き彫りにしてみたい。

価格は上昇しているが

プロホルツ・バイエルン(Proholz BY)は、バイエルン州が林業をバックアップするため設立した公営企業で、研究や、技術革新に取り組んでいる。研究員の一人、ボグナー氏に話を伺った。
ドイツ統計局のデータによれば、ドイツは国土の1/3が森林で、旺盛な建設需要により木材の消費量と価格は上昇を続けている。2015年から2020年の間に、木材輸出量は3倍以上増加するなど、国際競争力も備えている。
バイエルン州はドイツ16州の中でも特に林業が盛んで、約16万4千人が同産業に従事しているが、原木を供給する林業家が受ける恩恵は、必ずしも十分ではないようだ。
ボグナー氏「30年前に比べ、製材所の木材販売価格は倍になりましたが、原木の価格にはほとんど変化がありません」。製材所はグローバルな木材マーケットをにらみながら有利な時期に販売できるが、林業家の原木はローカルなマーケットで取り引きされ、木材価格が上昇しても、原木の価格は上がりにくいという。

気候変動と森林の構造改革

もともと、林業と木材生産は気候の影響を強く受けるが、近年の気候変動によるダメージは深刻だ。
その一つが、森林害虫キクイムシの被害である。乾燥した気候はキクイムシが好む環境であり、繁殖しやすくなっている。大量発生すれば、被害の拡大を抑えるため多くの木を切らなければならない。
もう一つは、嵐の被害。気候変動により大きな嵐が増え、莫大な数の木が倒れている。倒れた木は、朽ち始める前に、急いで切り出さなければならない。キクイムシにしろ嵐にしろ、結果として、質の高くない多量の原木が生まれることになる。
林業にとっては、質の高い原木の安定供給が理想だから、頭の痛い問題だ。対処するためには、森林の在り方そのものを変革しなければならない。
ボグナー氏「第二次世界大戦後、林業家は成長の早いトウヒを好みましたが、これは嵐、乾燥、キクイムシの被害を受けやすい樹木です。森の脆弱性を克服するには、混合林を育て、さらに温暖化や乾燥に強い樹木を増やすことが必要です」。

薪の伝統

続く話題は木質バイオマス。写真2はドイツ南西部の農村風景の一つだ。手前の薪は、農家・林業家の自家消費用か、あるいは販売用。雨で傷まないようカバーがかけてある。
第二次世界大戦後、家庭用の燃料としてガスや灯油の利用が主流となっても、農村地帯での薪の利用が無くなることはなかった。農家・林業家にとっては、無料でしかも身近にあるエネルギー資源を使わない手はない。
時代は変わり、その延長として木質バイオマスが注目されるようになった。加えてエネルギーの高騰、さらにウクライナ紛争によるエネルギー危機が、木質バイオマスの利用拡大を後押ししている。
再生可能エネルギーの研究と普及活動を行っている、バイエルン州のNPO“C.A.R.M.E.N.(カルメン)”のショーベル氏が、木質バイオマスの状況を説明してくれた。

パニック需要

カルメンの資料によると、木質ペレットは、灯油や天然ガスに比べ、安価で価格安定性も優れている。ところが、ウクライナ紛争が始まると、1トンあたりの価格が50ユーロから155ユーロに急騰した。しかし、価格推移をよく見ると、ピークは9月(2022年)で、寒さの厳しい1月(2023年)には93ユーロに下落している。
ショーベル氏「この価格急騰はパニック購入によるものです。おかげで、特に大口の需要家は経費が爆発的に増加し、供給が受けられない事態まで発生しました」。天然ガスも価格は高騰したが、価格の乱高下は木質ペレットの方がはるかに激しい。

ここにも気候変動の影響

木質ペレットの主な原料は、製材所で発生する木くずなので、製材所の仕事が増えると、ペレットの供給量も増える。傾向として、木材需要、ペレットの供給量・販売価格は互いに強くリンクしている。
一方、消費量が圧倒的に多い木材チップは、伐採される原木の量と強くリンクしている。例えば、嵐で多量の倒木が生まれたり、キクイムシの影響で伐採量が増えると、木材チップの供給量も増える。計画外の生産量増加は価格の下落を招くから、供給側にとっては、好ましくない。このように、木質バイオマスの供給もまた、気候変動に振り回されるそうだ。
ドイツの林業家は、持続可能な林業の在り方に強い自負を抱いている。時代によって新たな問題や課題が持ち上がるが、300年超の時間を経てなおその軸はブレていない。
その一方で、時代が突きつける問題には、新しいビジョンで柔軟に対応している。健全な森林資源の管理を突き詰めると、健全な森林の管理に行き着く。気候変動の問題はひときわ厄介だが、新たな対応策の模索が続いている。
(1ユーロ≒157円)

※アイキャッチ画像に使用している写真は、ブナ主体の混合林。2022年11月20日に松田氏が撮影したもの。

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独27年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今 ~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり ~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。