『日経研月報』特集より

ネイチャーポジティブで経済が変わる

2023年10-11月号

白石 隆夫 (しらいし たかお)

環境省 自然環境局長

この7月に自然環境局長に就任して以来、ありがたいことに、企業・金融機関の方々が生物多様性、自然資本、そして「ネイチャーポジティブ」に多大なる御関心を寄せてくださっていることを、日々、肌で感じている。
「ネイチャーポジティブ」(生物多様性の損失を止め、反転させる)は、2021年のG7サミットにおける「自然協約」、2022年昆明・モントリオール生物多様性枠組を経て、実質的に国際合意となった。
こうした動きを背景に近年特に大きく動いているのが、情報開示を巡る動きだろう。気候変動の世界でTCFDなど温室効果ガス排出量に関する情報開示の動きが進み事業運営に影響を与えているが、それと同じことが自然についても起きている。金融機関・投資家としては生態系にネガティブなインパクトを与える事業への投資を避けたいという考えから、民主導でのTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)を始めとする情報開示の潮流が生まれているのである。
情報開示を通じて資金の流れが変わることが期待される。その際、事業活動が自然に与えている負のインパクトの評価がなされるのみでなく、負のインパクトの低減や正のインパクトの増大に資するような技術・製品・サービス等も評価される。自然を守る立場としても、企業の新技術等が自然の保全に革新的な好影響を与えることも期待している。
環境省としては、企業の方々に自然資本を巡る動きをチャンスと捉え、取組みを実践していただくべく、今年度、自然関連情報開示等に関する支援、ネイチャーポジティブ経済移行戦略の策定等を行う。自然関連情報開示等に関する支援については、「自然は測りづらい」という課題を一歩踏み越えて、さまざまな評価ツールからどれが自社に合っているか見極め、実際の情報開示の端緒となる実践を行っていただける場を設ける。ネイチャーポジティブ経済移行戦略の主な構成要素は、具体的なビジネス機会や市場規模、関連施策の深掘り等を想定している。
民の力で保全されているエリア等を認定する「自然共生サイト」も、今年度から本格認定を始めた。こちらも企業の方の御関心が非常に高い。国際目標である30by30(2030年までに陸と海の30%以上を保全する)の達成に貢献する企業・自治体・団体等の方々に御参加いただいている「30by30アライアンス」でも、512者中、半分以上の264者が企業・金融機関である(2023年8月16日現在)。
企業等の方々が取り組みやすくなるよう、自然共生サイト等における取組みのような企業等の保全活動の認定の法制化に向けた準備も進めている。我が国の企業には優れた取組みに長年継続している優良事例がたくさんあり、日本の豊かな生物多様性の保全に大きく貢献していることを、自然共生サイトやその法制化を通じて、世の中に発信していければと考えている。
自らの土地を自然共生サイトとすることを目指す方々には、TNFD等で御活用いただき、本業に活かしていただけるよう、ストーリーづくり等をモデル的に支援していく予定である。自ら土地を持たずとも他者が所有・管理する自然共生サイトへの支援を行う方々には、「支援証明書」を発行すべく、現在投資家目線での作り込みを行っている。秋には支援を必要とするサイトと支援を行いたい企業等とのマッチングも開始するので、御注目いただきたい。
自然共生サイトには関連市場の可能性もある。令和4年度に内閣府が行った世論調査では、「(30by30が国際約束となっているが)自然や生物を守るためどのような取組で貢献したいか」という問に対して、「保全・保護活動を実施しているエリアで収穫された農作物などを購入したい」「保全・保護に熱心な企業の製品やサービスを積極的に購入・利用したい」と答えた者がそれぞれ半数近くいた。環境省が令和4年度に行ったウェブアンケート調査では、30by30のロゴマークと簡単な説明文を140円のお茶のペットボトルに仮想的に付したところ、支払い意志額が6~7円上がった。
本号では森林資源に関する特集が組まれると聞いている。持続可能な形で運営されている森林含め、製品等が生まれる過程で、それが依存する自然資本が適切に利用・管理されている、あるいは製造のために人の手が入るからこそ自然資本が保たれている、そうした製品等が市場で適切に評価されることが肝要である。そのために環境省は、企業の方々が必要としている情報や政策を、愚直に打ち出していく構えである。

著者プロフィール

白石 隆夫 (しらいし たかお)

環境省 自然環境局長

平 2. 3 早稲田大学政治経済学部経済学科卒業
  2. 4 大蔵省(現財務省)入省
 28. 7 財務省大臣官房付、環境省総合環境政策局総務課長
 29. 7 環境省大臣官房総務課長
令元. 7 環境省大臣官房審議官
  4. 7 環境省大臣官房地域脱炭素推進審議官
  5. 7 環境省自然環境局長