『日経研月報』特集より

ブルーテックで新産業を拓く ~地域発イノベーションへの挑戦~

2023年12-2024年1月号

橋本 正洋 (はしもと まさひろ)

東京工業大学 名誉教授、法政大学大学院政策創造研究科 教授/一般財団法人マリンオープンイノベーション機構(MaOI機構) 理事兼統括プロデューサー

1. はじめに

マリンバイオテクノロジーをはじめとする海洋に関連する産業創生を狙いとしたマリンオープンイノベーション(以下、MaOI)のプロジェクトが、2019年度に静岡県で立ち上がった。海洋遺伝子資源の活用をはじめとする新技術開発と新産業創生に向けた拠点整備を行う意欲的なプロジェクトである。本プロジェクトはさらに、米国を中心に世界的に推進されているBlue Techクラスター構想に進展している。同構想は、およそ海洋にかかるすべての産業・経済(ブルーエコノミー)を対象として、科学的なベースに基づく持続可能な技術開発と産業化を都市・地域レベルで目指すものであり、SDGsに対応したものでもある。
本稿では、橋本(2020)(注i)に続き、地域発の持続的発展を志向する新しいイノベーション創成の在り方の事例として新しい産業分野のクラスターである本MaOIプロジェクトのその後の進展を明らかにしつつ、世界の動向を踏まえて将来を展望することを目的とする。

2. 産業クラスターとイノベーション

産業クラスターは、イノベーションを創生する重要な仕組みとして1990年代以降注目を集め、さまざまな研究が行われている。1990年代はイノベーションに関する研究が飛躍的に発展していく年代でもあり(Hashimoto et al、2006)(注ii)、その代表格であるシリコンバレーのモデルは米国内だけでなく、各国でも研究され、同様のモデルの構築によるイノベーションが志向されてきた。研究の主導的な役割を果たしているひとつがポーターの産業クラスター論である。ポーターは、産業クラスターが競争力優位の強力な源泉であるとし、イタリアの製靴、カリフォルニアワインその他実在の産業クラスターを例示しつつ、クラスターの範囲、形成過程、構成、政府や企業の役割、イノベーション創出への強い影響などを詳細に分析している(注iii)。これらは、研究のみならず、世界のイノベーション政策にも影響した。一方、西澤らは、米国オースティンで起こったITハイテク産業創出過程を詳細に分析し、新しく創生されたイノベーションクラスターの実態を解明している(注iv)。
このように、1990年代から21世紀にかけて、イノベーション創生における産業クラスターの意義は、アカデミアだけでなく行政にも共通の認識となり、日本の政策としては、産業クラスター計画(経済産業省)、知的クラスター創成事業(文部科学省)が推進されてきた。
ポーターの分析は、もともとあった小規模な産業クラスターが、新しいイノベーションの母体となった例が中心である。一方、西澤らのオースティンの例では、同クラスターの生みの親であるG. Kozmetskyテキサス大学教授の立ち上げたIC2(スクウェア)が、イノベーション・ネットワークを構築し、偉大な産業クラスターをいわば白地から構築したという意味でそれまでのクラスターとは一線を画しているといえる。つまりオースティンの例は、既存のクラスターからのイノベーション創出というよりは、イノベーションリーダーの存在や行政の役割により新たにイノベーションクラスターが形成されることを示している。このように、産業クラスター論には、既存の(自然発生的な)クラスターの発展と、政策的、人為的なクラスターの創成の両面があることに留意する必要がある。
本稿で取り上げるMaOIプロジェクトは、後者の政策的産業クラスターに当たる。本クラスターの創成の過程を分析し、それがSDGsを強く意識した言わば21世紀型のモデルであるものとして、MaOIプロジェクトを位置付け、分析する。

3. MaOIプロジェクト設立の背景(注v)

富士山を擁する静岡県は、駿河湾を擁する海洋県でもある。駿河湾は、世界有数の急峻な海底地形を持つ日本一深い湾であり、最深部は2,500メートルに達する。また、富士山系や南アルプスから豊富で清廉な地下水が流れ込んでいる。このため、生物多様性に恵まれ、日本に生息する魚類の40%以上が生息するといわれている。そして駿河湾は、かつて海洋の生物資源の活用を目指す、「マリン(海洋)バイオテクノロジー」と深い関係にあったことは、橋本(2020)でも紹介した。1990年代、清水(静岡県)と釜石(岩手県)の二か所には、国の主導により民間企業、大学による「海洋バイオテクノロジー研究所(Marin Biotech Institute:MBI(以下、MBI))」が設置されていた。これは、無限の海洋生物資源の新たな活用について研究開発を進め、産業化を目指す国家プロジェクトとして創設されたもので、150億円規模(当初計画)の研究開発事業を進める、世界的にも先進性の高い取組みであった(注vi)。
1990年前後は、世界的にバイオテクノロジーの可能性への期待が急速に高まった時代で、遺伝子組み換え技術が普遍化し、その後のゲノム解析に続いていくバイオテクの飛躍期だったといえる。
その後、清水の研究所は解散したが、釜石の研究所は形を変えて存続・継承されたようである。釜石では東日本大震災により甚大な被害を受けたがその後復興し、一部は岩手大学三陸水産研究センター(注vii)に引き継がれた(注viii)。
近年バイオテクノロジーは、さらに急速な飛躍期にあるといえる。次世代シーケンサーの開発による高速・安価なゲノム解読技術の実現、正確・迅速な遺伝子組み換えを可能とするゲノム編集技術の開発などにより、情報解析技術の発展とも相まって、医療分野に留まらず、農林水産業や製造業など幅広い産業分野のイノベーションに貢献するとの期待が高まっている。2020年のノーベル化学賞に代表的なゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の開発者2人(注ix)が選ばれたのも新しいバイオテクノロジー時代の象徴といえる。IT・AI の次に来るのはライフ・イノベーションだとの指摘もある。
かつてMBIが存在した清水市は、2003年に静岡市と合併し政令指定都市となったが、県庁所在地であっても人口の減少がとまらず、一方、西部の浜松を中心に県全体の経済を支えてきた自動車産業では、電気自動車の普及による将来的な産業衰退への不安が生じていた。こうした社会・経済状勢の転換期に対応するため、静岡県はファルマバレー(医療・健康産業)、フォトンバレー(光・電子産業)、AOI(先端農業)、CNF(セルロース・ナノファイバー)などさまざまな先端産業創出プロジェクトに取り組んできた。
静岡県の産業構造をみると、浜松地域には、自動車産業を中心とした産業クラスターが存在し、イノベーション創出が行われてきた。同地域では、静岡大学工学部との産学連携も盛んで、ベンチャー企業も活発に創生されている。また東部(三島、沼津ほか)には医薬品、化粧品の製造業が多く立地し、同産業の売り上げは全国でも1,2位の存在感を示している。こうしたことを背景に、静岡がんセンターを中心としたファルマバレープロジェクトが文部科学省の知的クラスター創成事業として推進されてきた。
一方、県の中央部、静岡・清水地域には、食品、機械、電気等のさまざまな産業が立地しているが、特にクラスターといえるものは存在していない。また大学は、静岡大学(理、農、人文ほか。理工・情報系は浜松に。)、東海大学海洋学部、静岡県立大学(薬、食品、経営ほか)等が存立するが、理工学系で全国的な大学はなく、産学連携は一部にとどまっている印象がある。また、浜松地域に比べるとベンチャー精神の存在感はなく、行政や民間団体によるベンチャー支援が行われているものの特記すべき点は見当たらない。
さらに、静岡市の製造業を全国の21政令指定都市と比較すると、産業に占める製造業の割合(従業者ベース)は浜松、堺、相模原に次いで高く、静岡市には、製造業のものづくり機能の集積は高いといえるが、他方、産業に占める研究・開発等「専門的・技術的職業従事者」の割合は、21都市中最下位(平成27(2015)年の国勢調査では14.3%)となっている。ちなみに21都市の中では、川崎市が22.3%と最も高い(注x)。
このため、イノベーション創生のキーとなる技術者、研究者の集まるハイテク産業クラスターを政策的に形成する必要性が高まっていた。
こうした背景から、前述のMBIの歴史も踏まえ、関係者によって清水の地に再度ハイテクによるイノベーション創生のための新産業の拠点と育てようとの機運が芽生え、実行に移されるのである。2018年11月に静岡県により「マリンバイオ産業振興ビジョン検討協議会」が設置され、翌年には同協議会により「マリンバイオ産業振興ビジョン」が取りまとめられた。これを基に、この地に世界的拠点を形成することを目指すべく、MaOIプロジェクトが始動したのである(表1)。

MaOIプロジェクトは静岡県の川勝平太知事、難波喬司副知事(当時)の強力な指導力のもと、県の優秀な職員を動員して推進されている。川勝知事はもともと早稲田大学で教鞭をとってきた経済史の専門家であり、独自の歴史観を著した「文明の海洋史観」で知られるとおり、海洋に強い関心と深い造詣を持つ。また、難波副知事は運輸官僚出身であり、海洋・港湾行政に詳しく、さらに県の行政を強力に推進する手腕にも長けている。こうした指導者を得て、短期間に精力的に議論を重ね、海洋を基本としたイノベーションの創成に静岡県が動き出したのである。一般に、地域創生の成功の裏には、必ず優れたリーダーがいる。MaOIプロジェクトは、自治体にリーダーが存在することが大きな成功要因となることが期待できる。
2019年7月には、プロジェクトの推進・支援機関として、一般財団法人マリンオープンイノベーション機構(MaOI機構)が設立された。静岡県のこれまでのプロジェクトでは、同様に推進母体としての法人が県の出資で設立され、さまざまな対応を一手に引き受ける体制をとっている。MaOIプロジェクトでも同様な形をとり、県の行政を柔軟に進める受け皿となった。この点は、政府・自治体が推進する政策のフレキシビリティや即時性を確保するための有効な体制と考える。日本の国レベルのイノベーション政策推進に当たっては、NEDOやJSTなどの研究開発法人が、予算執行のさまざまな制約を低減し、もともと研究開発などイノベーション創出の重要な要素が予測困難な特性であることを補完してより柔軟な推進体制を構築する。自治体においても、外部に組織を臨機応変に構築することにより、自治体自ら行うには難しい民間セクターによる産業振興施策を推進できる。もちろん、財務的には公的資金を用いていることから、十分な監査を受けていることは当然である。
MaOI機構には、国際マリンバイオテクノロジー学会の立ち上げに尽力された松永是教授が初代理事長に就任した。(同氏はその後、国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)理事長と兼任、現在同顧問。)
また、バイオ分野、特にゲノム解析の世界的な権威であり、三島市にある国立遺伝学研究所の副所長を務めた五條堀孝教授(現 サウジアラビア・アブドラ国王科学技術大学(KAUST)特別栄誉教授)が同機構の研究所長に就任した。これにより、MaOI機構は、産業支援機関に留まらず、独自の研究を行う研究機関としての第一歩をも踏み出した。研究機能をこうした自治体の運営組織に付置するのは、例えば微生物資源を中心とした生物資源を貯蔵、保存、活用するカルチャーコレクションを有する千葉県が創設した公益財団法人かずさDNA研究所(注xi)の例があるが、日本ではそう多くはない。
さらに翌2020年11月には、静岡市清水区に中核拠点施設「MaOI-PARC」が整備された。同施設には、プロジェクトに参画する企業・研究機関が利用できる、シングルセル解析装置など最先端の設備を擁する共同ラボや連携研究室が整備され、産学官金から人々が広く集うオープンイノベーションの拠点としての役割を担う。加えて、MaOI機構のコーディネーターによる研究者と企業とのマッチングやセミナーの開催など、研究開発と事業化の総合的な支援が行われている。
一方、MaOI機構の設立直後の2019年7月、MaOI関係者が調査に訪れたサンディエゴにて「ブルーテッククラスター」の世界的ネットワークとの連携を勧められた。
ブルーテックに関する詳細は橋本(2020)に譲り割愛するが、ブルーテッククラスターとは、「ブルーテック=海洋に関係するすべての産業に関する技術開発」を起点として、地域に新しい産業を創成、集積するというコンセプトのもと、サンディエゴに拠点を持つTMA(注xii)により提唱されてきたものであり、現在、アメリカ、アイルランド、イギリス、カナダ、スペイン、ノルウェー、フランス、ポルトガルの8か国から、海洋産業のクラスター形成を目指す11団体が参加している。
ブルーテックの基本にあるブルーエコノミーの考え方は、SDGsに通じるものである。海洋はまさに生命の母であり、地球と人類を育んできた。その海が現在、回復不能な汚染などの問題を抱えている。海洋と海洋資源を守り、持続的に利用することは人類にとって重要な戦略である。
こうした概念に接し、MaOIプロジェクトとしては、海洋生物資源に着目したマリンバイオテクノロジーを中核に据えつつ、当初から視野にあった水産・食品・創薬分野のほか、環境、水、観光、デバイス開発など幅広く海洋に関する産業分野のブルーエコノミーの創成をゴールとして捉えるよう基本的な理念を拡大した。「マリンバイオ産業振興ビジョン」を具体化するためにさらに2020年に静岡県がとりまとめた「マリンオープンイノベーションプロジェクト第1次戦略計画(2019-2023年度)」においても、マリンバイオを中軸に、ブルーテック、ブルーエコノミー全体を見据えた方向性が新たに盛り込まれ、プロジェクトにより広がりと厚みが加わることとなったのである。
ブルーテッククラスターの概念は、国際拠点港湾である清水港を擁する静岡市(旧清水市)に存在する海洋関連産業の集積を、さらに新産業クラスター創生へ推し進めるものであり、産業政策として大いに期待できる。

4. MaOIプロジェクトの政策ツールに関する考察

MaOIプロジェクトとして政策的に進められている政策ツールは、政策ビジョン、研究開発助成とコーディネート機能、独自の研究開発、データベース構築と提供、市民ネットワーク創成に整理できる。これらは、主として自治体(静岡県)の助成によるもので、一部は市民からの寄付、企業からの出捐、国からの助成も含まれている。

4-1. 政策ビジョン(戦略計画)(注xiii)

当初(2018-2019)の立ち上げにあたって、マリンバイオ産業振興ビジョン検討のため、関係アカデミア、水産・水産加工を含む関連産業、地元産業団体、金融等による協議会を設置し、ビジョンを策定した。同ビジョンは県知事に提示され、並行して行っていた総務省(その後内閣府)への地方創生推進交付金予算要求の基礎資料となり、予算獲得に結び付いた。さらに、上記ビジョンより概念を一層拡大したブルーテッククラスターの実現に向け、マリンオープンイノベーション戦略推進委員会を発足し、より幅広いメンバーの検討による戦略計画を策定して、具体的な政策事項を提言した。MaOIプロジェクト全体はこのビジョンとなる第一次戦略計画に沿って実施されている。

4-2. 研究開発助成と自らの研究開発推進

MaOIプロジェクトにおける具体的な研究開発は、上記戦略計画に示した考え方に沿って2019年度から始まっている。
当初はマリンバイオ産業振興の考え方のもと、マリンバイオに重点を置いた研究開発を実施した。これはアカデミア向けの委託研究と、企業コンソーシアムを念頭においた研究補助の2制度を開始し、その後拡充した。
一方、MaOI機構独自の研究能力を、五條堀孝研究所長の指導のもとに構築し、県公設試験研究機関、大学、スタートアップ企業等と連携し、MaOI-PARCを拠点としてさまざまな海洋に関する共同研究を実施している。

4-3. MaOI機構独自のデータベース:BISHOPの整備

MaOI機構独自のデータ収集・整備を進めている。例えば静岡県水産・海洋技術研究所と共同で、サクラエビ等の県産水生生物の全ゲノム解読完了がMaOI機構により2022年に学会発表された。今後これら生物の生態解明や資源管理への活用が期待できる。これらを含め収集した海洋データ(海況、気象、漁獲、水産関連疾病、メタゲノム、環境DNAなど)をデータプラットフォーム「BISHOP」に蓄積し、産業振興や環境保全に寄与する静岡の海のオープンデータとして活用することとしている。また、プラットフォーム内に駿河湾等の静岡の海で採取された海洋由来の微生物・乳酸菌・酵母等の情報を収集・整理した海洋微生物ライブラリーを設置し、企業や研究機関等からの利用申請に対応している。

4-4. MaOIフォーラムによるイノベーションの促進

MaOI機構は設立当初から、海洋関連産業への支援を目的として、MaOIフォーラムとして会員企業に対するさまざまな情報提供や事業支援を行ってきた。MaOIフォーラムの会員数がKPIになっているほど、重要な活動となっている。セミナーや対面のサロンとして、マリンビタミン、海洋発医療、水産養殖など、海洋をめぐる多岐にわたる話題を提供してきた。
また、コーディネーターによるMaOIプロジェクトを活用した事業支援を精力的に実施している。MaOIフォーラムには企業会員とは別に、国・自治体や研究機関がサポーター会員として参加しており、企業と研究者をつなぐ活動も活発に行われている。こうした産学官と金のネットワークを構築することにより、ブルーテックイノベーションの創成を目指している。

4-5. 地域に根差した市民ネットワークの創成:美しく豊かな静岡の海を未来につなぐ

持続可能性に重きを置くブルーエコノミーの考え方を踏まえ、産業振興に留まらず、海洋環境の保全や海洋資源の保護についても、地に足を付けながら、積極的に取り組んでいくこととなった。その取組みとして「美しく豊かな静岡の海を未来につなぐ会」が設立された。同会は、浮世絵や和歌の題材にもされた世界に誇るべき静岡の海を、美しく豊かなまま未来につないでいくことを目的として、140もの地元企業や団体等の賛同のもと設立され、川勝平太知事が初代会長に就任した。

4-6. 政策に関する考察

上記に示す一連の政策について、クラスター創生の観点から考察する。
ポーター(ポーター、1998)は、経済における政府の第4の役割として、「クラスターの発展とグレードアップの促進」をマクロ、ミクロ経済の全般的な役割と並べて掲げている。また第5の役割として「積極的かつ明確な長期的経済アクション・プログラムの開発と実施」を示している。さらに具体的なクラスターのグレードアップに対する政府の影響(注xiv)に、詳細な政策メニューを提示している。
これに照らせば、MaOIプロジェクトにおける上記に示した政策は、まず戦略ビジョンが長期的アクション・プログラムの開発と実施に合致しており、また研究開発支援と研究開発拠点の整備、データベースの整備・提供(BISHOP)は「投入資源」として位置付けられる。MaOIフォーラムと市民ネットワークの活動は、「関連産業・支援産業」に明示されている。
一方、本クラスターが本格化するためには「企業戦略および競合関係」に示された事項を推進することが重要であり、また「投入資源」として「クラスターに関連の深い技術分野における、地元大学での研究体制を整える」についても、大きな課題となっている。さらに、「需要条件」に示される「規制の不確実性の減少」「イノベーションの早期採用を刺激」等の政策的支援については、例えば清水港、駿河湾をさまざまな海洋関連技術開発のテストベットにする構想があり、今後の進展が期待できる。

5. 結論及び今後の展開

2022年1月、自由民主党の有志議員からなる「駿河湾オープンオーシャン議員連盟(会長 上川陽子衆議院議員)」が発足し、駿河湾を中心とする静岡県周辺の海洋においてデジタル田園都市構想を念頭に置いた地域創生を進める動きが進められた。これを受け、7月には民間企業を中心とした海洋文化・研究拠点化推進協議会が発足し、議員連盟と歩調をそろえた駿河湾におけるブルーエコノミー推進の動きが加速した。本件は、単に静岡県という一地方自治体の動きではなく、日本のイノベーション創生にとって極めて有用なプログラムとなりうる高い可能性を秘めている。MaOIプロジェクトが本格稼働した2021年は、奇しくも、国連が定めた「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(2021~2030)」の最初の年であった。
こうした流れを受け、2023年5月に、清水の地で関係の有識者が内外から集まり、「ブルーエコノミー駿河湾国際ラウンドテーブル」が開催され、ブルーエコノミー宣言(注xv)がとりまとめられた。この宣言では、海洋は、環境保全、生物資源、経済発展、安全保障にとって国際的に重要であり、地方発産業創生にとっても重要であることが謳われている。
MaOIプロジェクトを通じ、駿河湾が、海洋産業の振興と海洋環境の保全の世界的な拠点として進展していくことを期待する。

(注i)橋本正洋2020、「BlueTechイノベーションによる日本再生」日経研月報2020.7
(注ii)M. Hashimoto, Y. Kajikawa, I. Sakata, Y. Takeda and K. Matsushima “Academic landscape of innovation research and national innovation policy reformation in Japan and the United States” International Journal of Innovation and Technology Management, 2012, vol. 09, issue 06, pages 1250044-1-1250044-12
(注iii)Porter, M. E. 1998. On competition. Harvard Business School Press.竹内弘高訳『競争戦略論II』ダイヤモンド社,1999年
(注iv)西澤昭夫、福島路 2005、『大学発ベンチャー企業とクラスター戦略』学文社
(注v)3. の背景にかかる記述は、下記の橋本(2022)をもとに加筆したものである。
橋本正洋2022、「海洋生物資源と駿河湾」(「うつりゆく駿河湾」第3部第3章p224-p240)、公益財団法人静岡県文化財団企画、ことのは社、2022
(注vi)進藤秀夫(1989)、日本海水学会誌vol.43, No.3
(注vii)http://sfrc.iwate-u.ac.jp/index.html
(注viii)西村亮祐(2015)、「実験医学online」から引用 https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/opinion/vol33n6.html
(注ix)マックス・プランク感染生物学研究所 エマニュエル・シャルパンティエ所長とカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授の二人
(注x)橋本正洋2018「海洋バイオ産業による静岡発イノベーション」清水政経塾講演資料2018.2.1
(注xi)かずさDNA研究所HP https://www.kazusa.or.jp/about/
(注xii)TMA(元The Maritime Alliance)は、米サンディエゴを拠点とするブルーテッククラスターの推進機関。https://www.tmabluetech.org/
(注xiii)https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/025/738/keikaku.pdf
(注xiv)マイケル・E・ポーター、竹内弘高訳1999「競争戦略II」p.140 ダイヤモンド社1999年
(注xv)https://MaOI-i.jp/assets/file/news/2023_MaOI_Proposal.pdf

著者プロフィール

橋本 正洋 (はしもと まさひろ)

東京工業大学 名誉教授、法政大学大学院政策創造研究科 教授/一般財団法人マリンオープンイノベーション機構(MaOI機構) 理事兼統括プロデューサー

静岡県清水市出身
1980年 東京工業大学工学部卒 1982年 東京工業大学大学院修士課程修了
2008年 東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了、博士(工学)。
1982年通商産業省入省。産業政策局大学等連携推進室長、産業技術環境局大学連携推進課長、(独)NEDO企画調整部長、特許庁審査業務部長等を歴任。
2012年9月退官、東工大イノベーションマネジメント研究科教授に採用、研究科長等歴任。2022年東工大退官、現職に採用。
(一社)日本知財学会副会長、(公社)日本工学アカデミー人材育成委員長、(一財)MaOI機構理事・統括プロデューサー。技術経営、知財戦略、イノベーション政策が専門。