『日経研月報』特集より

マネージャーの仕事再考~配ること、決めること、繋ぐことのために~

2024年4-5月号

高田 朝子 (たかだ あさこ)

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授

1. 人的資源から人的資本への戸惑い

言うまでもなく人は重要な経営資源である。Human Resource Management(人的資源管理)の言葉が示すとおり、人的資源を上手にマネジメントし、どうやってモチベーション高く従業員に働いて貰うかは経営の要諦であり、その巧智がマネージャーの伎倆(ぎりょう)とされてきた。
一方で人が資源である以上、人件費はコスト削減の際主要チェック項目の一つであった。長期雇用が基本である我が国においては、人件費の削減が欧米ほど経営改革の主眼とされることは少なかったものの、人件費の扱いが経営改善活動の調整弁としての機能を果たしてきたことは否定できない。
昨今、人は人的資源ではなく、人的資本と呼ばれ、コストではなく資本勘定に数えられるようになった。コストとして切り捨てて良い物ではなく、資本として育てていくことが前提とされるようになった。この際最も重視されるのは、個人の自律的な行動であり、個人が自らの付加価値を高めること、そして企業はそれを応援することによって、結果的に企業価値も高まるという考え方である。
経営環境はまさに潮目の変化の渦中にある。企業経営に何らかの正解があった時代は過去のものになった。不確実性が高い環境下においては、さまざまな種類の考えや知恵と多くの代替案を持つ方が対応がしやすい。似たような人の集合体よりも、多様性のある集合体の方が変化に強靱である。強い組織を作るためにも、個人の能力の強化をより重視し、その価値を高めようというのがその本音であろう。

もともと人本(じんぽん)主義経営の日本

人を大事にする考え方は我が国において真新しいものではない。家族主義はかねてから日本的経営の特徴の一つとされた。従業員は「企業という家族」の一員として大事にされ、年功賃金で処遇された。伊丹(1987)は日本的経営研究をさらに深め、長期雇用に基づく日本企業の経営を人本主義と呼び、従業員主権がその考え方の主点の一つと指摘した。
バブル崩壊後、企業は従業員の賃金は据え置いたうえで、内部留保を積み上げてきた(図1)。市場変動に耐える体力をつけるためとの名目ではあったが、結果的に賃金上昇率は30年間低い水準で推移し、従業員は世界的に見て低い水準の賃金での生活をゆで蛙的に受け入れている。

シニアがマジョリティの組織がもつ成功体験の枷

世界的な流れが人間を資本として考える方向にうねりをもって進んでいるなかで、我が国の企業は、既視感を持ちつつも戸惑いを隠せない。日本的経営こそ人を大事にし、そのことが行動原理の一つとされてきた。人的資本の考え方に強い新規性を感じないからである。日本的経営の特徴とされることの多かった会社への忠誠心や、一致団結の行動、集団主義、家族主義といったものは、マテリアリティやパーパス、ダイバシティアンドインクルージョン、サステナビリティと、多くのカタカナ言葉に上書きされた。
戸惑いが生じるさらなる理由として、我が国の抱える構造的な問題がある。社員もそして企業トップも年齢層が高い。つまり、組織のマジョリティが、日本がGDP世界第二位であった過去の成功体験を持つ社員なのである。図2は、従業者規模別に見た、従業員の年齢構成である。20代、30代が非常に少ない。40代以上(多くは50代以上)が会社の過半数以上を占めているのが典型的である。

特筆すべきは、日本企業が家族主義の「家族」として考える対象は圧倒的に男性であった点である。新卒で一斉入社した男性達は長期雇用の枠組みの中で、流動性の少ない労働市場を横目に見つつ、企業内という閉じたコミュニティの中でキャリアを積む。そして、長時間会社にいて、一致団結して課題に対して取り組んだ。人を大事にするという思想は同じであるものの、多様性とはほど遠い組織の中で独自の強烈な成功体験を蓄積してきたといえる。
組織のマジョリティが、かつての日本的経営の成功体験を強く持っている世代であるということは、今日の人的資本を考えるうえでさまざまな示唆がある。一般に強い成功体験は、新たなやり方を受け入れる事に対して強烈な心理的抵抗を持つ。現在、我が国が持つ人的資本経営の世界的流行への戸惑いは、人への眼差しの急激な変化に頭の整理が追いつかないことによる。
このような流れのなかで、マネージャーは何をすべきか。今までのマネジメントのやり方、いわゆる勝利の方程式が陳腐化している状態でどのように振る舞うべきなのか。本稿ではマネージャーの仕事を再考し、不確実性が高い時代に必要な能力について論じる。

2. マネージャーの仕事「配ること」「決めること」「繋ぐこと」

マネージャーの仕事の大半は「配ること」「決めること」「繋ぐこと」に分類できる(高田,2023)。仕事を配り、評価を配り、意思決定をする。そしてネットワークを繋ぐことで、さまざまな知恵にアクセスできる扉を多く持つことになる。

2.1 「配ること」はマネージャーの真髄

マネージャーは仕事を配る。即ち、分業の仕事を配り、情報を配り、手柄と報酬と評価を配る。そして仕事を行った結果が自分達の将来に及ぼす未来予想図と希望を配る。
こんな情景を想像するといい。新しい仕事を部署で獲得した。マネージャーはゴールを示したうえで、部内で誰が何をやるのか割り振りを決めるだろう。そして、社外から得た情報を皆に共有する。そして、仕事の終わりには部下の評価をするだろう。その途中で、くじけそうになった部下には、この仕事が上手くいったときに得るやりがいや、成長といったことを言葉で示し、励ますだろう。マネージャーは分業の内容、評価を決定し、部下に配り、未来への希望も配るのである。
我が国では、長期雇用を基本として多くのシステムが構築されている。「会社にいることによって得る未来への希望」を従業員に配りながらもコストを抑え、評価と報酬を配る。この一連のサイクルを回し、モチベーションを維持することこそがマネージャーの腕の見せ所であり、マネージャーが評価されるポイントであった。
ところが現在、「配る」ことの内容が大きく変化している。仕事の性質そのものが変化しているからである。ものづくりが主体の時代であれば、完成形が明らかでゴールとして分かりやすいため、分業化がしやすい。しかし、サービス産業やITが中心である現在では、分業の境界が曖昧であり、且つ、完成形が最初から確定していることは少ない。作りながら考え、修正し、新たな形を作り出していくことが求められる。

配る中身の変化

マネージャーはゴールを示して仕事を分配することよりも(この部分がなくなったわけではないが、相対的にウェイトが低くなっている)、むしろ、新しい経験や個人の成長機会など、それ以外のものを配ることが強く求められるようになった。
希望を配る際も、今までの「自分の行動が時間の経過を経て何らかの実を結び、この会社における自分の未来にきっと良いことがある」という種類の希望では説得力を持たなくなった。そもそも、未来に会社があるかどうかも、自分が会社にいるかどうかも分からない。代わりに社会への貢献や、個人の成長や、新たな可能性といった、より個人の成長に関わる希望を配ることが求められるようになった。
それ故にマネージャーは部下と違った視座で新しい希望を見いだし、言語化して部下に配るという困難な作業をしなくてはいけない。新しい希望を生み出すには、新しい視座と視点が必要である。そのために状況を俯瞰し、多様性を持ってあらゆる角度から考えるという作業が不可欠になる。

2.2 「決めること」はマネージャーの仕事の本質

マネージャーは意思決定をすることが本来の仕事である。そして、良い意思決定は訓練を要する。回数を重ね、失敗を繰り返しながらその能力を高めていく。しかし、我が国では意思決定が現場のマネージャーに課されることは少ない。上意下達の組織形態では現場が頻繁に意思決定をする機会を持ちにくい。機会があったとしても、前例踏襲の中でバリエーションをつけることで対応が可能である場合が多かった。前例を参考にするのであればパターン化が可能である。パターン化は時間と労力が効率化できる。意思決定の際に如何にパターン化を見いだし、それを応用するのかが意思決定の重要な要素であった。
加えて我が国の意思決定の仕組みである稟議制は意思決定の透明性の担保を課す。責任の所在は曖昧になるが、組織内のコンセンサスを得るためには有効な仕組みである。稟議を回すなかで、多面的に評価がなされ、組織の意思決定として練り上げられていく。
この際に重要なことは他部署への根回しといった調整作業である。調整の巧さが稟議を上手く通すためには不可欠であり、意思決定の力は調整力の力と同義に扱われてきた。しかし、調整力と意思決定力は似ていて異なるものである。前者は政治力とコミュニケーション力がその中心であり、後者の中心は俯瞰する力と勇気である。

個人が意思決定をする場面の増加

コロナ禍以降、調整力だけでは回らない時代がやってきている。リモートワークが浸透することによって、オフィスで長い時間一緒に居て、上司に連絡、報告、相談するという仕事のやり方が変化し、ITとファシリティを使いその場で意思決定をすることが求められた。個人が調整するのではなくて、意思決定し、次に進む場面が突然増加したのである。
早いスピードで変化する環境で意思決定し、対応しながら前に進む時には、トライアンドエラーを繰り返す必要がある。前例は有効ではない。陳腐化するサイクルが早くなっているためである。パターン化での対応が難しくなったのである。
特に、上位職に行けば行くほど、全く先の分からない未来を見据えて、企業の命運を背負った意思決定が求められる。急激な経営環境の変化においては過去の成功体験の延長線上に未来はない。パターン化は難しい。経営層になればなるほど、立ち止まり、時間をかけて思考実験をし、意思決定をしなくてはいけない場面が増える。日々のオペレーションに対してトライアンドエラーを繰り返しながら行う意思決定と、会社の未来に対して沈思黙考の末に行う意思決定の異なった性質を持つ二種類の意思決定を同時にすることが求められる。

2.3 「繋ぐこと」でネットワーク集合知を味方に付ける

部下のネットワークを広げることはマネージャーの重要な仕事である。ネットワークは集合知を持つ。多くのネットワーク集合知を持つことは多くの知恵を持つことである。ネットワークメンバーとのやりとりで、知恵や知識を交換し自らの成長の機会を掴む場合もある。

部下のネットワークを広げること、繋ぐこと

個人が持つ集合知を拡大することは、結果的に組織のネットワーク集合知を拡大する。一人で到達することができなかったようなアイディアは、多様な人びととのやりとりで生まれることが多い。置かれている環境に不確実性が増すほど、対応に多様な知恵が必要になる。マネージャーが知恵そのものを配ることができなくても、知恵に繫がる機会を与えることはできる。
人の持つネットワークは千差万別である。性別と年齢によってネットワークのメンバーや全体としての志向性は大きく違う(高田,2012)。世代格差や、興味関心が全く違うネットワークには、多くの場合、誰かの橋渡しがないとたどり着くことが難しい(高田,2023)。
Burt(1992)が構造的空隙と表現したように、違う種類のネットワークを繋ぐことは、新しいアイディアの創出に強い影響を及ぼす。ネットワークが繋がることによって、直ぐに何かが生まれるとは考えにくい。しかし、何かが生まれる可能性を高めていくことにはなろう。個人にとってネットワークが広がることは集合知獲得の機会が増加することである。それを、どう咀嚼して活かすか、どう自分のアイディアに結びつけるかは個人の能力と意思に依存する。もしも社外のネットワークの集合知を個人が社内に持ち込んだのならば、個人が媒介となって組織全体の集合知が拡大していくことに繫がる。新たなイノベーション創発の機会が増加する可能性が高まることになる。

3. パターン化からの脱出とネガティブ・ケイパビリティの必要性

マネージャーの役割はより複雑化し、ますます成果が見えにくくなっている。ゴールが何であるのかは極めて分かりにくいし、目に見える報償や成果を配ることは難しい。このような状況で、部下を育て希望を配ることは求められる。ネットワークを繋げてもその先がどうなるかは未知数である。そして、日々のオペレーションにおいては、より一層多くの迅速な意思決定を求められ、同時に全体を見極めるための沈思黙考も求められる。時代の変化とともに、今までと性質の違う種類の配ることや決めることを求められる場面が多くなった。
さまざまな意味で二律背反した状態に置かれている状態が浮かび上がる。

ネガティブ・ケイパビリティと思考実験

ネガティブ・ケイパビリティの考え方がこの状態を整理するのに役立つ。ネガティブ・ケイパビリティは「どうにも答えの出ない、対応しようのない事態に耐える能力」(帚木,2016; 2017)とされる。
ネガティブ・ケイパビリティは、「迅速に意思決定をして行動する」という一連の行動を我慢し、白黒をはっきりしない、いわば灰色の状態を享受しながらも、思考実験を繰り返すことのできる能力である。その結果が新たな発想や視点やアイディアを得ることに繋がる。課題解決能力の一部である瞬発力や機動性とは正反対に近い性質を持つ。
注意しなくてはいけないのは先送りとは違う点である。先送りはその時点で意思決定することを止めるのに対して、ネガティブ・ケイパビリティは違う視座、視点から考え続ける行為である。Simpsonら(2002)はネガティブ・ケイパビリティが発揮されると、機械的に対応するのではなく、目の前の状況の新しい意味を考え、新しい理解の仕方をすることが可能になると指摘している。
もちろん、この能力は全てのことに発揮する必要はない。日々のオペレーションには不要な場合も多いだろう。何か作り出す時や、大きな意思決定をする時に、また、人を育てる時にはその効力を発揮する。この不確実性が高い時代においては必要な能力と考える。

ネガティブ・ケイパビリティを育む

ネガティブ・ケイパビリティは意識して時間をかけて習慣化しないと身につけにくい。育成の即効薬はない。思考実験を繰り返すという意思を持つことが第一歩である。そのうえで、想像力豊かで創造的であること、あらゆることに興味を持つこと、そのままを見つめること、そして判断したい欲望に耐えること、その一連の流れを意識すること(Bulow& Simpson, 2022)が重要とされる。
少なくとも、時間をかけて考える必要がある場面では、立ち止まって考えることを自らの行動の規則とするべきである。即断即決を意識すると人はパターン化で対応する。無論、それは悪いことではない。しかし、経営環境の急激な変化の渦中においては必ずしも有効なやり方とはいえない。
加えて、企業はネガティブ・ケイパビリティの重要性をより意識すべきである。ネガティブ・ケイパビリティを人びとが発揮している時は、今までの常識に囚われていない視点からも思考実験をして、さまざまなアイディアや知恵の断片が無造作に寄せ集められている状態である。即ち、今は役に立たないかもしれないが今後、環境が変わったときに役に立つための知恵を組織内に蓄積しているのである。これは、企業にとって環境変化への打ち手をしていることと同義である。

4. 人的資本を豊かにするために―結語

人的資本を豊かにすることは企業にとって不可避な行動である。我が国は本来、人本主義経営を長く行ってきた素地がある。それが、時代の流れとともに人を育てるよりも短期的な利益を主とする考え方に日本全体が変化してしまった。そろそろ本来の姿に立ち戻る時が来ているのではないか。当然のことながら昔の男性中心の姿に戻るのでは決してない。すべての人が成長し、その付加価値を大きく伸ばすことこそが重要である。
企業は人である。そして、人の能力は本人と周囲とのやりとりでより成長し研かれていく。やみくもにパターン化や勝利の方程式を求め、それに一喜一憂するのでは無く、腰を据えて社員の付加価値を研く場所に企業がなるべきである。

参考文献

Burt,R. Structural Holes: The Social Structure of Competition: Harvard University Press. 1992. [安田雪訳『競争の社会的構造―構造的空隙の理論』新曜社,2006]
von Bulow, C., & Simpson, P. Negative Capability in Leadership Practice. Implications for Working in Uncertainty, 2022, Palgrave Macmillan
帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ―答えの出ない事態に耐える力』朝日新聞出版,2017.
Simpson., French,R., & Harvey,C.E. “Leadership and negative capability”, Human Relations, 55(10), 2002. pp.1209-1226.
高田朝子 『人脈のできる人―人は誰の為に一肌ぬぐのか―』慶應義塾大学出版会 2012
高田朝子 『手間ひまをかける経営』生産性本部 2023

著者プロフィール

高田 朝子 (たかだ あさこ)

法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授

モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て、米サンダーバード国際経営大学院国際経営学修士(MIM)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。経営学博士。
高千穂大学経営学部専任講師、助教授。
2008年法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科准教授、2010年より現職。自治大学校講師、税務大学校講師を兼任。専門は組織行動、リーダーシップ、経営組織。
著書 『本気で、地域を変える地域づくり3.0の発想とマネジメント』共著 晃洋書房 2021年、『女性マネージャーの働き方改革2.0-「成長」と「育成」のための処方箋』生産性出版 2019年、『女性マネージャー育成講座』生産性出版 2016年、『人脈のできる人―人は誰のために「一肌ぬぐ」のか?』慶應義塾大学出版会 2010年、『ケース・メソッド入門』石田英夫(共編著) 慶應義塾大学出版会 2007年、『組織マネジメント戦略(ビジネススクール・テキスト)』(共著) 有斐閣 2005年、『危機対応のエフェカシー・マネジメント―「チーム効力感」がカギを握る』慶應義塾大学出版会 2003年。