マルチユース技術に関する米国の政策 ~第2回 5G~

2023年8-9月号

青木 崇 (あおき たかし)

株式会社日本政策投資銀行業務企画部所属/国立研究開発法人科学技術振興機構CRDS フェロー(出向中)

1. はじめに
2. 大統領令、政府機関、シンクタンク報告書の全体を俯瞰したポイント
3. 考 察
4. 参考資料(大統領令、政府機関報告書、シンクタンク報告書等)

1. はじめに

第1回(AI)に続き、本報告では、最先端のマルチユース技術(公的にも民的にも利用可能な技術)の代表的なものである5Gに焦点を当て、我が国のテクノロジー戦略策定の一助となるように、世界の技術開発の大きな潮流を牽引する米国の政策を把握する。

2. 大統領令、政府機関、シンクタンク報告書の全体を俯瞰したポイント

2019年5月にトランプ元大統領により発令された「Securing the Information and Communications Technology and Services Supply Chain」は、明示していないものの中国のファーウェイを意識した内容となっている。前年の2018年に、米国政府は中国通信機器大手ZTEに米国企業からの通信機器の部品調達を禁止する制裁を発表した。同年、中国の半導体メモリメーカーJHICCが米国の安全保障上の重大なリスクになっているとして、同社への米国製の半導体製造装置などの輸出を規制すると発表した。これらは、通信機器や半導体をめぐる米国の対中制裁が本格化した事案であり、2019年5月の大統領令はこの一連の制裁強化に繋がるものである。
2021年1月に出された政府文書「National Strategy to Secure 5G Implementation Plan」は5Gの国家戦略で、国家安全保障会議(NSC)と国家経済評議会(NEC)のリーダーシップの下で管理され、国家電気通信情報局(NTIA)によってサポートされる。この文書でも、5Gネットワークのすべての部分で信頼できないベンダーの使用を禁止する方針が掲げられている。
しかし、制裁はしたものの、5Gに関しては中国に大幅に出遅れたとして、米国シンクタンクは素直に「負け」を認めている。では、なぜ負けたのかという分析も行っており、従来の米国の投資戦略を大きく変えるべきであるとの提言もなされている。この変化は我が国にとっても重要であり、リスクマネー供給の在り方を再考させるものともなろう。
シンクタンクの分析の概要は以下である。

●CSET(注1)「The Huawei Moment」(2021年7月)

・米国では、伝統的な産業政策、規制された競争、および連邦政府による調達を通じて、戦略的なインフラと産業をサポートしてきた長い歴史がある。1913年、米国政府は、AT&Tが20世紀のほとんどを独占的に運営することになる、全国的な短距離・長距離通信ネットワークを展開することを許可した。ベルシステム(通称マーベル)は電気通信部門のあらゆる側面を網羅し、その研究開発部門であるベル研究所は、トランジスタ、衛星通信、レーザー、通信理論、携帯電話など、数多くのパラダイムシフト技術の発見と開発を行った。
・ベル研究所の成功を可能にしたポイントは、長い開発スケジュール、一定の資金調達、学際的な環境であると指摘されている。より重要なのは、開発した製品の市場が保証されていたことだった。
・米国の凋落は1982年のAT&Tの分割から始まった。AT&Tの分割は、1社の独占を防ぐため消費者保護という名目で行われたが、米国は市場原理に任せすぎた。米国企業は短期的な利益を優先するため、利益率の低い通信機器事業を売却し、利益率が高いソフトウェア分野への投資に舵を切った。一方、中国は国策で通信機器分野に乗り出した。
・低~中技術分野で市場シェアを失うと、企業が最先端および次世代技術の研究開発に再投資できる収益が減少する。AT&Tの分割は、米国における強力なR&Dの組織的基盤を弱体化させた。
・消費者保護の名の下にAT&Tを解体しようとする政府の取組みは、上記の歴史が示すように、業界の研究開発の影響や、重要なインフラ技術の革新が維持されないことなど、潜在的な国家または経済の安全保障への影響を考慮していなかった。
・R&D期間についても、シリコンバレーの平均的な期間は2、3年であり、消費者市場向けの製品にはおそらく十分だが、次世代通信の場合のように、10年に1回発生するような世代交代をリードすることを目的とした製品には十分な期間ではない。
・より大きな問題は、政府が重要な国家安全保障インフラ分野での米国のリーダーシップの低下を監視できず、これについて国家安全保障上の懸念が提起されたときに、政府が利用できる手段を使用して状況を変えようとしなかったことだ。安全保障の観点から、国が長期的な視野で科学技術を育てる必要がある。
・5Gにみられた失敗と脅威は、AI、バイオテクノロジー、クリーンエネルギーなどの次世代の基幹テクノロジーにも当てはまる。

●CNAS(注2)「Setting the Stage for U.S. Leadership in 6G」(2019年8月)

・米国は5Gで出遅れてしまった。米国はこの経験から学び、米国の経済活力と国家安全保障を守るために、この重要な分野で最前線に留まるよう行動しなければならない。5Gに関して米国が取り組んでいる課題の多くは、10年前にもっと慎重な計画を立てていれば回避できたはずである。時期尚早に聞こえるかもしれないが、今こそ6Gに注目する時だ。
・6Gは、5Gの10倍の伝送速度、ほぼゼロの遅延、および1平方キロメートルあたり1,000万台ものデバイスの接続密度を実現する可能性を秘めている。実際、一部の研究者は、帯域幅の制限により5Gが期待に応えられないことをすでに予想しており、6Gのブレークスルーがより望ましいものになっている。
・米国、中国、欧州の専門家の見積もりでは、2030年頃に6G技術の最初の展開が想定されている。

●CNAS「Open Future The Way Forward on 5G」(2020年7月)

・安全で信頼性の高い5Gネットワークは、国家インフラの不可欠な要素となる。オーストラリア、日本、ベトナムの政策立案者は早い段階でこれを理解し、5Gネットワークを保護するために断固たる行動を取った。
・米国の当局者は出遅れ、5Gネットワークで信頼できないベンダーからの機器を使用するリスクについて、現在最も声高に発言している。
・このようなリスクは通信だけにとどまらない。5Gは、電力網、水道、輸送インフラに必要な制御の屋台骨となる。それにもかかわらず、米国は、同盟国にファーウェイの禁止に同意するよう説得するという限られた成功しか収めていない。
・米国の失敗は、簡単に言えば、産業政策を追求して全国的なチャンピオンを生み出すのではなく、市場の原理に任せたからである。もう1つの大きな要因は、中国によるIPの盗難や違法な補助金の蔓延により、米国や西側の企業が、中国企業、特にファーウェイとの競争においてますます逆風に直面したことである。米国、カナダ、および欧州の当局者は、中国の不公平で違法な産業政策に適切に対応しなかった。
・現在の5Gは、中国のファーウェイ、フィンランドのノキア、スウェーデンのエリクソン、および韓国のサムスンという4社の通信機器プロバイダーによって支配されている。
・この現状を覆す可能性があるプロジェクトが展開されている。それは、オープンインターフェイスを備えたモジュラーアーキテクチャ上に構築されたワイヤレスインフラである。これは、米国および志を同じくする国々に、業界のパラダイムシフトにつながる可能性のある代替アプローチを促進させるきっかけになる。オープンインターフェイスに基づく業界の再構築は、ファーウェイなどの信頼できないベンダーに対する一般的な懸念や、業界の広範な非効率性に直接対処することになる。

3. 考 察

米国シンクタンク(CSET、CNAS)の報告書は、次世代通信インフラである5Gにおける「米国の失敗」を分析している。

市場原理に任せすぎてはいけない

5Gは、通信インフラだけでなく、電力網、水道、輸送インフラに必要な制御の屋台骨となるという理解が米国政府に足りなかった。政策の対象が経済のみではなく、国家安全保障も考えなければいけない時代となった。経済が中心であれば、スピードと利益重視のシリコンバレー流の投資戦略でよいが、国民を守る安全保障を考えた場合に、政策(投資対象、研究開発期間、市場の創造)の在り方を見直す必要があると指摘している。中国をはじめとした非友好国は、国を挙げてマルチユース技術の研究開発に力を入れている。
米国は、従来の市場の競争原理のみに任せた投資態度を明確に再考し始めている。日本はこのような変化を見逃してはならない。市場競争に任せてよい領域とそうではない領域があるということであり、日本の政府(や金融機関)の投資戦略にとって重要な変化であろう。

友好国との連携

中国が国策でマルチユース技術の開発に取り組んでいる状況に対しては、一国で対応するのではなく、友好国(欧州、日本、韓国、オーストラリア、カナダ等)との連携を強化し、オープンインターフェイスを備えたモジュラーアーキテクチャ上にワイヤレスインフラを構築することが提案されている。日本では、次世代通信の取組みとしてNTTのIOWN構想(注3)に注目が集まっているが、インテルなど米国企業も参加しており、友好国との連携という米国の戦略とも一致していることは、重要な方向性といえるだろう。

6Gの世界が到来すれば何が重要になるのか?

6Gの世界が到来すれば、どのような世界になるのだろうか?
米国CESのテクノロジートレンドを参考に考える。米国CESでは、毎年主催団体であるCTA(Consumer Technology Association)から、その年のテクノロジートレンドが発表される。2022年は、CV2X(Cellular Vehicle to Everything)がトレンドの1つとして紹介された(注4)。CV2Xとは、自動車が信号機や街灯などに設置された無線機器や歩行者のスマートフォンなどと通信を行い、交通の安全性や街全体の交通の効率化を飛躍的に向上させる取組みのことをいう。6Gの世界になれば、その実現性も高くなるだろう。ここで、一度立ち止まって考えたいのは、通信速度やレイテンシー(応答速度)がいくら早くなっても、動いているモノが重ければ急には止まれないということだ(慣性の法則)。北米ではEVピックアップトラックの重量が、大型バッテリーによりかなり重くなっていることが問題視されており、交通事故が起きた場合の死亡事故が増加しているとの指摘もある(注5)(重量が重いほど、運動エネルギーは大きくなり、衝突時の衝撃も大きくなる)。こうした課題を踏まえると、CV2Xの世界では、「軽量化」が商機になるのではないだろうか。さらに言えば、軽量化と安全性の両立という領域が重要になってくるであろう。日本の技術力のコアコンピタンスには、素材開発や設計・製造を極めた「軽量化」、「コンパクト化」という競争力があるはずである。日本の自動車産業の未来を考える場合、「EVにすること」だけが勝負ではないということを改めて肝に銘じたい。

4. 参考資料

【大統領令】

Securing the Information and Communications Technology and Services Supply Chain(2019年5月)

・2019年5月、トランプ元大統領により署名された。
・私(トランプ元大統領。以下同じ)は、外国の敵対者がますます情報通信技術とサービスを脆弱化させる技術を作成し、悪用していることを発見した。
・私はさらに、外国の敵対者によって所有、管理、または設計、開発、製造、供給された情報通信技術やサービスを、米国において無制限に取得し使用することは、外国の敵対者が情報通信技術やサービスを脆弱化させる技術を作成および悪用し、破滅的な影響を与える可能性があり、それによって米国の国家安全保障、外交政策、および経済に対する異常で途方もない脅威をもたらしていることを理解している。
・米国の管轄下にある財産に関する情報通信技術またはサービスの外国の敵対者による取得、輸入、譲渡、設置、取引、または使用を禁止する。
・「外国の敵対者」という用語は、米国の国家安全保障または米国民の安全に著しく反する長期的な行動または深刻な事例に関与している外国政府または外国の非政府関係者を意味する。
・最初の評価は、この命令の日付から40日以内に完了するものとし、以降の評価は少なくとも年1回は完了するものとし、以下の分析を含むものとする。
(1) 外国の敵対者による所有、管理、または指示によって設計、開発、製造、提供される情報通信技術またはサービスにより可能になる脅威。
(2) 外国の敵対者によって所有、管理、または影響を受ける人物によって設計、開発、製造、または提供される情報通信技術またはサービスによる、米国政府、米国の重要インフラ、および米国企業に対する脅威。

【Public Law】

Secure 5G and Beyond Act of 2020(2020年3月)

・2020年3月に立法化された。
・米国の次世代モバイル通信システムとインフラのセキュリティを確保し、同盟国と戦略的パートナーが次世代モバイル通信システム、インフラ、ソフトウェア等のセキュリティを最大化するのを支援するための戦略を策定することを大統領に要求する。
・米国内の5Gおよび将来の世代のワイヤレス通信システムとインフラのセキュリティを確保する。
・米国国内または相互防衛条約の同盟国および戦略的パートナーの5Gおよび将来世代の通信機器サプライチェーン無線通信システムおよびインフラのどこにセキュリティギャップが存在するかを特定する。

【政府機関報告書】

National Telecommunications and Information Administration
National Strategy to Secure 5G Implementation Plan(2021年1月)

・5G実装計画の国家戦略。
・この実装計画は、国家安全保障会議(NSC)と国家経済評議会(NEC)のリーダーシップの下で管理され、国家電気通信情報局(NTIA)によってサポートされて、幅広い部門や機関からの貢献と調整が行われる。
・5Gインフラのリスクと脆弱性の特定と評価を行う。
・この一連の取組みの重要な要素は、5Gネットワークのすべての部分で信頼できないベンダーの使用を禁止する5Gセキュリティ対策を採用することと、実装を提唱する外交努力である。

【シンクタンク報告書】

CSET(Center for Security and Emerging Technology)Georgetown University
The Huawei Moment(2021年7月)

・5Gは、米国および世界の通信インフラの屋台骨になる。そのため、5Gは米国の国家安全保障の基本要素である。米国は20世紀を通じて電気通信をリードしてきたが、安全な通信ネットワーク全体のソリューションを提供できる米国企業がなく、重要な通信基盤に新世代のテクノロジーを導入する点において危機に直面している。
・21世紀の初めに、政府は、国家安全保障に関連する重要なインフラである電気通信において、地政学的な競争相手が主導権を握るのを阻止するために、どうして行動を起こさなかったのだろうか。
・米国政府による戦略的投資と支援により、AT&Tをはじめとする米国の電気通信機器企業は、この分野をリードし、世界を変える技術革新を開発して、新しい分野のイノベーションを牽引した。しかし、時間が経つにつれて、米国企業はマーケットリーダーの地位を失っていった。正確な原因については議論されているが、一般的には、米司法省からの独占禁止への圧力が一因であると考えられている。
・より大きな問題は、政府が重要な国家安全保障インフラ分野での米国のリーダーシップの低下を監視できず、これについて国家安全保障上の懸念が提起されたときに、政府が利用できる手段を使用して状況を変えようとしなかったことだ。
・米国の民間部門は、短期的な利益を上げることへの優先順位が高い。こうした態度は、ファーウェイが開発したような、10年から15年以上かかる次世代の通信ハードウェアとの競争力とイノベーションを生むために必要な研究開発(R&D)投資を抑制した。
・対照的に、中国政府は先進的通信を国家の優先課題とし、通信機器業界への新規参入企業であるファーウェイにさまざまな支援を行った。ファーウェイに対する中国政府の支援は、欧州やアジアでみられる従来の産業政策をはるかに超えている。また、戦略的競争相手がその技術の開発を国家戦略目標にした場合、主要技術を市場主導の開発に依存することの限界が明らかになった。
・約30年間における米国の電気通信ハードウェア産業の漸進的な衰退とファーウェイの台頭は、戦略的産業に対する政府の支援の必要性を浮き彫りにしている。
・これは、通信機器の場合のように、個社の利益が国益と一致しない場合に特に当てはまる。5Gのケーススタディ(小さな利益率と長期的なR&D)は、AI、バイオテクノロジー、クリーンエネルギーなど、その他の戦略的な新興産業にも注意を喚起する。これらの業界は、長期的にそれらをサポートする基礎研究、施設、および人材開発に対するサポートがなければ、同様の市場の失敗に屈する可能性がある。
・また、初期の研究や企業が、国家に支援された戦略的競争相手と競争することを余儀なくされている場合にも当てはまる。
・米国では、伝統的な産業政策、規制された競争、および連邦政府による調達を通じて、戦略的なインフラと産業をサポートしてきた長い歴史がある。1913年、米国政府は、AT&Tが20世紀のほとんどを独占的に運営することになる、全国的な短距離および長距離通話ネットワークを展開することを許可するという合意に達した。ベルシステム(通称マーベル)は電気通信部門のあらゆる側面を網羅し、その研究開発部門であるベル研究所は、トランジスタ、衛星通信、レーザー、通信理論、携帯電話など、数多くのパラダイムシフト技術の発見と開発をすることができた。
・ベル研究所の成功を可能にした重要な利点のいくつかは、長い開発スケジュール、一定の資金調達、学際的な環境であると指摘されている。重要なのは、開発した製品の市場が保証されていたことだった。
・米国が国内の5G製造業者なしで現在どのようになっているのかを完全に理解するには、1990年代半ばに頂点に達したAT&Tに対する独占禁止の圧力が高まった米国の電気通信業界の歴史的調査をすることが有効である。
・1982年、米司法省とAT&Tは、同社が地元の電話事業を7つの地域のベル事業会社(RBOC)に分割するという「同意判決」に合意した。
・AT&Tの分割は、ワイヤレスサービスプロバイダー間の競争の激化など、米国の電気通信事業にプラスとマイナスの両方の影響をもたらした。しかし、当時はおそらく予測されていなかった重要な不幸な結果は、企業の研究への重要な投資とプログラムの損失だった。
・低~中技術分野で市場シェアを失うと、企業が最先端および次世代技術の研究開発に再投資できる収益が減少する。AT&Tの分割は、主に消費者保護を改善するための動機によるものだったが、米国における強力なR&Dの組織的基盤が弱体化した。
・消費者保護の名の下にAT&Tを解体しようとする政府の取組みは、上記の歴史が示すように、業界の研究開発の影響や、重要なインフラ技術の革新が維持されないことなど、潜在的な国家または経済の安全保障への影響を考慮していなかった。さらに、独占の解消に続く国家および経済の安全保障への影響は、ルーセント(注6)の初期の収益性と成功に続く急激な下落によって示されるように、時間の経過とともに変化する可能性がある。
・これは、技術開発と関連する企業に対して全体論的なアプローチをとる政府の行動と政策の重要性を示している。さらに、政府がそのような行動や政策の結果としての国家安全保障を監視し続けることの重要性を強調している。
・この状況では、独占が解消されなかったとしても、米国の重要な国家安全保障通信技術全体が1つの企業に依存しているために、政府による継続的な監視が必要であったということだろう。
・なぜ、米国政府は、21世紀の最初の20年間に、国家安全保障上重要な重要部門が崩壊するのを許したのだろうか。ケンブリッジ大学のジェイク・ダウが実施した研究は、中国がもたらす特定の脅威または非脅威に関する米国の戦略的仮定と、安全保障上の優先事項として、新興技術における国家競争力を米国が相対的に重視していなかったことが重要な決定要因であると結論付けている。
・2000年代初頭から2010年代半ばにかけて、米国は中国との二国間関係の安定を優先し、経済協力を強化し、特に安全保障問題に関する意見の相違を最小限に抑え、中国を国際システムにさらに組み込むことを重視した。国際的に「責任ある」役割を果たし、経済的相互関連性がこれらの成果を促進するという根深い信念を持っていた。
・中国の脅威の高まりに焦点を当てた政策立案者の間でさえ、ほとんどの関心は、軍事近代化や南シナ海における領土紛争などの伝統的な安全保障問題に向けられていた。米国政府は、通信部門における民間部門の発展が国家安全保障に及ぼす影響を積極的に監視していなかった。明確な警告がなければ、協調した戦略的行動を取ることはなかった。
・2006年に、国家研究評議会(NRC)は、外国の敵対者が「通信における米国の認識された弱点を悪用する戦略を追求し」続けているため、セキュリティリスクを特定し、通信における米国の弱点について警鐘を鳴らした。しかし、報告書の勧告にもかかわらず、国家安全保障会議や科学技術政策局は、NRC報告書への対応を行っていなかった。これは、この問題に関する最初の明確な「警鐘」だった。まさに、政府の最高レベルが、完全に信頼ができる専門家で偏見のない情報源から、重要なインフラ全体が危険にさらされているという本質的に赤信号の点滅を受け取った事例である。
・米国のテクノロジー企業がより収益性の高い事業分野に注力したことが、中国政府の支援を受けたファーウェイが電気通信機器のリーダーになるという戦略的目標を達成するのに貢献した。
・2020年の時点で、最も価値のある10社のうち7社がインターネットまたはソフトウェア企業であり、米国企業のAlphabet、Amazon、Apple、Facebook、およびMicrosoftが含まれていた。ただし、電気通信機器企業は一般に、大きな市場シェアと規模の経済が収益性の鍵となるソフトウェア企業よりも低い利益率で事業を行っている。上記のソフトウェア会社の利益率が21%~42%であるのに対して、2020年のファーウェイ、ノキア、エリクソンの利益率は、それぞれ約8%、3%、6%だった。
・ベル研究所の研究者は、前世紀の他の多くの企業研究所と同様に、基礎研究、応用研究、製品開発、商品化と製造の間のつながりを認識していた。これは、これらの企業の研究所の価値のすべてが投資と利益に還元できるわけではなく、創造性の原動力として米国のイノベーションに与えた全体的な影響を浮き彫りにしている。
・AT&Tがますます厳しい競争に直面するにつれて、その事業領域と人員の両方の観点から、それを補うためにラボを縮小することを余儀なくされた。AT&Tの事業領域が縮小され、開発期間が短くなり、競争が激化したため、研究所が基礎研究の追求と呼んだ「自由な研究」は、もはや会社の利益にはならなかった。
・米国の主要な企業ラボの多くは、Google、IBM、Microsoftなどのインターネット企業またはコンピュータ企業に所属している。AppleやGoogleなど、電気通信業界の主要プレーヤーである米国企業の取組みは、ファーウェイが提供する企業向けハードウェアではなく、消費者向け製品、クラウドサービス、およびソフトウェアに重点が置かれている。したがって、これらの企業のいくつかは、それぞれの分野で最先端の研究と進歩を遂げているにもかかわらず、米国には、ベル研究所が行ったような電気通信機器の研究開発を効果的に置き換えることができる企業または連邦の研究所がなかった。
・The Idea Factoryの著者であり、シリコンバレーの主要企業のR&Dセンターに関する多数の記事の著者であるJon Gertner氏は、多くのシリコンバレーのR&Dセンターでの研究プロジェクトに与えられる平均的なタイムラインは2~3年であり(ワトソンスーパーコンピューターは異例の5年)、これらのタイムラインは、消費者市場向けの製品にはおそらく十分だが、ワイヤレス通信の場合のように、10年に1回発生するような世代交代をリードすることを目的とした製品には十分な期間ではないと指摘している。
・中国政府による支援策は、欧州やアジアの他の地域でみられる伝統的な産業政策をはるかに超えており、他の新興技術や産業の発展のための代替青写真を表している。また、短期的な株価主導の成長が国家安全保障に与える欠点も浮き彫りになった。
・米国政府と志を同じくする同盟国は、新興技術の開発を促進するために使用できるツールを持っており、国家のイノベーション基盤を育成するための積極的なアプローチを取ることを恐れてはならない。

CNAS(The Center for a New American Security)
Setting the Stage for U.S. Leadership in 6G(2019年8月)

・米国政府は、5Gを取り巻く困難な問題に取り組むのに時間がかかりすぎた。その結果、中国は高度な通信技術の展開と普及に関して、世界の舞台で前例のない影響力を持っている。
・米国はこの経験から学び、米国の経済活力と国家安全保障を守るために、この重要な分野で最前線に留まるよう行動しなければならない。時期尚早に聞こえるかもしれないが、今こそ次に来る6Gに注目する時だ。
・5Gの展開はまだ始まったばかりであるが、この分野の技術開発には長い期間が必要であるため、米国の政治および業界のリーダーは6Gに関して待つ余裕はない。
・5Gに関して米国が取り組んでいる課題の多くは、10年前にもっと慎重な計画を立てていれば回避できたはずだ。
・今日の断固たる行動により、米国は10年以内に無線技術における誰もが認めるリーダーとしての地位を確立することができる。そうすることで、安全な6Gインフラを構築する能力が獲得でき、付随するすべての経済的および国家安全保障上の利点が得られる。
・6Gは、5Gの10倍の伝送速度、ほぼゼロの遅延、および1平方キロメートルあたり1,000万台ものデバイスの接続密度を実現する可能性を秘めている。実際、一部の研究者は、帯域幅の制限により5Gが期待に応えられないことをすでに予想しており、6Gのブレークスルーがより望ましいものになっている。
・米国、中国、欧州の専門家の見積もりでは、2030年頃に6G技術の最初の展開が想定されている。
・5Gという船を正し、中国の力によってもたらされる国家安全保障上のリスクの多くに対処する時間はまだあるが、米国の政治およびビジネスのリーダーは積極的に取り組み、6Gによって約束されるさらに大きな進歩を利用する準備をしなければならない。車輪はすでに動いている。米国は、10年後に再び窮状を嘆いているわけにはいかない。今日の賢明で先見の明のある行動により、その運命を回避できる。

Open Future The Way Forward on 5G(2020年7月)

・5Gネットワークは、遠隔医療、自動運転車、モノのインターネットデバイスの普及を可能にし、将来のデジタルエコノミーを促進する。
・安全で信頼性の高い5Gネットワークは、国家インフラの不可欠な要素となる。オーストラリア、日本、ベトナムの政策立案者は早い段階でこれを理解し、5Gネットワークを保護するために断固たる行動を取った。
・米国の当局者は出遅れ、5Gネットワークで信頼できないベンダーからの機器を使用するリスクについて、現在最も声高に発言している。
・このようなリスクは通信だけにとどまらない。5Gは、電力網、水道、輸送インフラに必要な制御の屋台骨となる。それにもかかわらず、米国は、同盟国にファーウェイの禁止に同意するよう説得するという限られた成功しか収めていない。
・パンデミックの経済的影響により、世界中で5Gの展開が遅くなり、多くの通信事業者がこの問題に取り組む緊急性が低下する可能性がある。同時に、主要な5Gアプローチに代わる技術を中心とした最初の商用プロジェクトが展開されている。この一連の出来事は、米国および志を同じくする国々に、業界のパラダイムシフトにつながる可能性のある代替アプローチを促進するきっかけを提供する。それは、オープンインターフェイスを備えたモジュラーアーキテクチャ上に構築されたワイヤレスインフラである。
・モジュラーアーキテクチャにより、事業者は単一の大規模な統合ベンダーに縛られるのではなく、さまざまな製品に対して複数のベンダーを選択できる。オープンインターフェイス ― あらゆるベンダーの機器が別のベンダーの機器と連携できる機能 ― がそれを可能にする。このような変化は、中国のファーウェイ、フィンランドのノキア、スウェーデンのエリクソン、および韓国のサムスンという4社の通信機器プロバイダーによって支配されている業界の現状を覆すことを意味する。
・オープンインターフェイスに基づく業界の再構築は、ファーウェイなどの信頼できないベンダーに対する一般的な懸念や、業界の広範な非効率性に直接対処することになる。セキュリティと相互運用性、サプライチェーンの回復力、予想されるコスト削減、およびこの分野で切望されている競争を刺激する機会において、得られる明確な利点がある。これらの利点は、ファーウェイの略奪的な反競争的慣行を可能にした北京の産業政策を鈍化させるのに効果的である。
・なぜ米国は独自のファーウェイを持っていないのか。その多くは、1990年代から2000年代初頭にかけての業界再編に関係している。外国企業は、ルーセントやモトローラなどの米国のインフラベンダーを買収した。簡単に言えば、米国は産業政策を追求して全国的なチャンピオンを生み出すのではなく、市場の力を働かせたのである。
・もう1つの大きな要因は、IPの盗難や違法な補助金の蔓延により、米国や西側の企業が、中国企業、特にファーウェイとの競争においてますます逆風に直面したことである。米国、カナダ、および欧州の当局者は、中国の不公平で違法な産業政策に適切に対応しなかった。米国企業は、負け戦を戦うのではなく、RAN機器の設計をあきらめ、専用のモデムや半導体などの基本的な4Gおよび5G技術に焦点を当てるようになった。
・この最後の要因は、全国チャンピオンを作ろうとすることに対する主要な議論でもある。米国企業は、北京の産業政策によって、ファーウェイに対して依然として大きく不利な立場にある。そのような会社を一から作るには多額の費用がかかる可能性がある。一方で、既存の信頼できるベンダーには実行可能なオプションがあるため、全国的なチャンピオンを作成する必要もない。ファーウェイに対抗する新しい米国企業を作る代わりに、主な競争相手であるスウェーデンのエリクソン、フィンランドのノキア、韓国のサムスンを後押しすることが望まれる。
・世界の民主主義のテクノロジーリーダーには、21世紀の経済の基本的な側面を再形成するまたとない機会がある。ますます中国企業に支配される寡占状態から、活気に満ちた競争力のあるエコシステムへと電気通信機器部門を刷新するための協調行動が必要である。
・通信の新しい標準としてオープンインターフェイスを推進することが、5Gを前に進めることになる。

(注1)CSET(Center for Security and Emerging Technology)は、ジョージタウン大学のWalsh School of Foreign Service内の政策研究組織。CSETは現在、人工知能(AI)、高度なコンピューティング、バイオテクノロジーの進歩の影響に焦点を当てている。
(注2)CNAS(The Center for a New American Security)は、独立した超党派の非営利組織であり、実用的で原則に基づいた国家安全保障および防衛政策を策定している。
(注3)日本政策投資銀行「新たなパラダイム変化が出現 米国CES2020調査報告」https://www.dbj.jp/upload/docs/4389d39e185c727baea140fe367a280f.pdf、「NTT2030年世界戦略~「IOWN」で挑むゲームチェンジ」関口和一 著(『日経研月報 2022年2月号』)https://www.jeri.or.jp/mypage/file/?pid=3636
(注4)日本政策投資銀行「Beyondコロナの企業戦略 米国CES2021調査報告」https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/497b7d9f891eecccdb6c6b71856b6bf1.pdf
(注5)ニューズウィーク日本版2023年1月10日号特集「日本人が知らないEVの最前線」P26
(注6)1990年代半ばまでに、AT&Tの経営陣は、ローカル電話サービスでAT&Tと競合していた新しいRBOCに販売できるようにするために、製造部門であるWestern Electricをスピンオフすることを決定し、1995年にルーセントテクノロジーズが設立された。ベル研究所の研究員とプログラムの大部分が採用され、同社は1999年までに世界最大の電気通信機器会社に成長した。

著者プロフィール

青木 崇 (あおき たかし)

株式会社日本政策投資銀行業務企画部所属/国立研究開発法人科学技術振興機構CRDS フェロー(出向中)

慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業
1996年 東海銀行(現三菱UFJ銀行)に入行
2006年 米国金融コンサルティング会社に入社
2008年 日本政策投資銀行に入行
2013年 九州支店企画調査課長
2020年 産業調査部産業調査ソリューション室長
2022年 政策研究大学院大学シニアフェロー
2023年 科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)フェロー(出向中)