マルチユース技術に関する米国の政策 ~第3回 バイオテクノロジー~

2023年10-11月号

青木 崇 (あおき たかし)

株式会社日本政策投資銀行業務企画部所属/国立研究開発法人科学技術振興機構CRDS フェロー(出向中)

1. はじめに
2. 大統領令、政府機関、シンクタンク報告書の全体を俯瞰したポイント
3. 考 察
4. 参考資料(大統領令、政府機関報告書、シンクタンク報告書)

1. はじめに

第1回(AI)、第2回(5G)に続き、本報告では、最先端のマルチユース技術(公的にも民的にも利用可能な技術)の代表的なものであるバイオテクノロジーに焦点を当て、我が国のテクノロジー戦略策定の一助となるように、世界の技術開発の大きな潮流を牽引する米国の政策を把握する。

2. 大統領令、政府機関、シンクタンク報告書の全体を俯瞰したポイント

産業分野が鍵となる

米国のバイオテクノロジー戦略は、大きくライフサイエンス分野(ゲノム編集、ワクチン開発等)と産業分野(気候変動、エネルギー、食料、合成バイオ技術、材料工学、AI等)からなる。2022年9月にバイデン大統領により発令された「Advancing Biotechnology and Biomanufacturing Innovation for a Sustainable, Safe, and Secure American Bioeconomy」には、米国のバイオテクノロジー戦略が明確に記載されている。
その中で筆者が重要な箇所だと考えるのは、「バイオテクノロジーは、今現在では、Covid-19を背景として「健康・医療」の分野が注目されているが、それだけではなく、気候変動やエネルギー問題、食料安全保障、サステナビリティ、サプライチェーンレジリエンス、および米国全体の経済成長に貢献するものである」という箇所である。バイオテクノロジーは、ライフサイエンス分野だけでなく、産業全体の基盤となる技術であるということが強調されている。ちなみに、この政策の基本ポリシーは、成果物へのアクセスを可能にする公平性、倫理、安全性、セキュリティを原則としている(注1)。
シンクタンクの報告書の中でも興味深いのは、CNAS(注2)の「Regenerate Biotechnology and U.S. Industrial Policy」(2022年7月)である。まさに、バイオテクノロジーが米国の産業政策の鍵を握るとし、4つの項目(設備、人材、情報、資本)を中心にまとめられている。

(1)設 備

・ソフトウェアとハードウェアへのアクセスを確保すべきである(サプライチェーンの強化)。
・ソフトウェアは、コンピューティング技術やデータソースが重要である。特に、産業用制御ソフトウェアは限られており、有名なものとしては、Aspen Plus、SuperPro Designer、CAPCOSTがある。これらのシステムは、1つの商用ライセンスに最大30万ドルかかる場合があり、既存の製油所プラットフォームと相互運用可能な製品を設計しようとしている資金難の新興企業にとっては、法外なコストとなることがよくある。
・DNA合成は、米国がリードしているようにみえるもう1つの分野だが、企業が技術的能力と市場力学の潜在的な変化に備えることができなければ、後れをとるリスクがある。フランスのDNAScriptや英国を拠点とするNucleraなどの欧州の機関は、「デスクトップ」という新たなトレンドのリーダーとしての地位を確立している。彼らの製品は、合成された核酸配列のインパクトと利用可能性を大幅に拡大する可能性がある。米国への継続的な輸入を確保することは、今後10年間、バイオテクノロジーにおける米国のリーダーシップを維持するために重要である。
・ハードウェアは、発酵タンクが重要である。微生物を培養したり、生物材料を処理したりするための巨大なステンレス鋼のタンクで、通常、ステンレス鋼を使用して製造されるこれらのチャンバーは高価であり、生産するのに大量の鉄鋼を消費する。しかし、今や多くの米国の鉄鋼会社やアルミニウム会社は閉鎖に追い込まれている。
・他の一般的なバイオエコノミー機器のサプライチェーンと同様、クリーンルームおよび微生物チャンバー技術のハイエンドサプライヤーのほとんどは米国に拠点を置いているが、日本のAIRTECH((株)日本エアーテック)やドイツのオクタノームなどの他の企業も米国のサプライチェーンに統合できる可能性がある。

(2)人 材

・バイオエコノミーの成長を促進するには、農業、医療、材料科学、エネルギー産業と政府との間のより緊密な協力関係が必要となる。

(3)情 報

・現在、米国企業は国際的な特許取得において優位に立っている。米国企業が2021年に取得したバイオテクノロジー特許は5,812件で、日本(1,575件)や中国(1,539件)などの他の主要国をはるかに上回っている。しかし、中国の年間のバイオテクノロジー特許の数は米国の8倍の速さで年間18%増加しているため、中国の特許出願の増加は懸念材料である。

(4)資 本

・民間部門の投資が最大の利益をもたらしているが、アーリーステージの企業が死の谷を乗り越えるのを支援するうえで、政府は資本を配分し、より積極的な役割を果たすことができる。
・国防高等研究計画局(DARPA)とIn-Q-Tel(注3)は、2026年までに150以上の研究所研究チームが本格的な商業化に移行できるよう支援することを目指している。

また、バイオテクノロジーが米国の産業の鍵となる理由について、中心産業がハードウェア(ものづくり)産業からGAFAM等のソフトウェア産業に移行してきた結果、中産階級やブルーカラーが取り残されてしまい「分断」が起こったが、バイオテクノロジーは、米国が歴史的に得意としてきた分野(農業、製造業、ヘルスケア等)である「地域密着型」産業との親和性が高いので、産業構造の転換につながる可能性があることを挙げている。

3. 考 察

バイオテクノロジーは、複数分野を融合したサプライチェーン構築が必要

大統領令やCNAS報告書でも明らかなように、米国はバイオテクノロジーを新たな産業基盤の一つとして捉えている。バイオテクノロジーは、さまざまな領域に亘るため「農業、医療、材料科学、エネルギー産業と政府との間のより緊密な協力関係が必要」というCNASの指摘に加え、政府機関報告書である「National Biodefense Strategy and Implementation Plan(2022年10月)」でも、「この戦略における目標を達成するには、生物学、化学、物理学、計算科学を含む複数の分野の融合による大幅な進歩が必要である」との指摘がなされている。
当然、実装化に伴うサプライチェーンも従来分野とは違った視点で再考する必要があるだろう。例えば、CNASは「ソフトウェア」と「ハードウェア」という観点からサプライチェーン上のチョークポイントを整理しており、高度シミュレーションができる専用ソフトウェアは、どの国のどの企業が押さえているのかに言及している。ソフトウェアという観点では、AI、自動運転、量子コンピュータでも同様のアプローチが必要であろう。また、ハードウェアでは、「発酵タンク」に着目しており、生産には大量の鉄鋼が必要であるが米国の鉄鋼業が衰退していることがウィークポイントになるため、同志国との連携や、同志国企業の米国サプライチェーンへの組み込みを提案している。ここに日本企業やドイツ企業の名前も挙げられている。このような観点から考えると、従来の産業分野では汎用的な位置付けの製品(素材)が、領域横断的なバイオテクノロジー分野になると戦略的不可欠性の製品(素材)になる可能性があるので、サプライチェーンの再点検・再構築が必要であろう。

バイオテクノロジーは米国の戦略的産業分野

1月にラスベガスで開催されたCES2023(注4)では、主催者であるCTA(Consumer Technology Association:全米民生技術協会)が、基調講演で「Sustainability」として農場を象徴的に取り上げた。農場には最先端のテクノロジー(AI、5G、ドローン、ロボット、自動運転、センサー技術等)が詰まっているとして、食料安全保障やエネルギー問題、気候変動への対応という観点から、米国の戦略的産業として「農業」を捉えている(注5)。本シリーズ1回目のAIでも記載したが、米国のAIの基本戦略であるNAII(The National Artificial Intelligence Initiative)でもAIの戦略分野として農業が明記されている。
また、同じくCES2023において、米国大手農機具メーカーであるJohn Deere社が、最先端のテクノロジーを利用した精密農業やバイオ燃料を活用すれば、内燃機関を事業ポートフォリオに残したまま、二酸化炭素排出量の削減に貢献できると宣言したことも、米国の産業政策を背景にした事業戦略であることが窺える。

世界の市場潮流に乗ることの重要性

世界の市場潮流は米国が主導している。日本の産業にとって、その潮流に乗ることは重要である。潮流を無視した投資や製品投入は失敗する確率が高くなるだろう(注6)。米国が「産業構造の転換」として位置付け、新たな潮流にしようとしている「バイオテクノロジー」産業の動向を注視し、その大きな潮流に乗り遅れないようにしたい。日本にも関西を中心とした産業的土壌があり、その土壌をもっと大きくし、日本を支える産業基軸にすべきであろう(注7)。

4. 参考資料

【大統領令】

Advancing Biotechnology and Biomanu­facturing Innovation for a Sustainable, Safe, and Secure American Bioeconomy(2022年9月)
・2022年9月、バイデン大統領により署名された。
・健康、気候変動、エネルギー、食料安全保障、農業、サプライチェーンレジリエンス、国家および経済の安全保障における革新的なソリューションに向けて、バイオテクノロジーとバイオ製造を推進する。
・バイオテクノロジーやバイオ製造による経済活動を「バイオエコノミー」と呼ぶ。
・COVID-19パンデミックは、米国人と世界を守る診断、治療、ワクチンの開発と生産におけるバイオテクノロジーとバイオ製造の重要な役割を実証した。これらのテクノロジーの力は、現時点では「健康・医療」の分野で最も鮮明であるが、バイオテクノロジーとバイオ製造は、気候とエネルギーの目標を達成し、食料安全保障と持続可能性を改善し、サプライチェーンを保護し、経済を成長させるためにも使用できる。
・また、バイオテクノロジーとバイオ製造の使用が倫理的で責任あるものであることを保証しなければならない。
・私(バイデン大統領)の方針は以下の通り。

a)社会的目標をさらに達成するために、バイオテクノロジーおよびバイオ製造の主要な研究開発(R&D)分野への連邦政府の投資を強化および調整する。
b)バイオテクノロジーとバイオ製造のイノベーションを促進する生物学的データのエコシステムを育成する一方で、セキュリティ、プライバシー、および責任ある研究実施の原則を遵守する。
c)国内のバイオ製造の生産能力およびプロセスを改善および拡大すると同時に、基礎研究の成果を実践に移すことを加速するために、バイオテクノロジーおよびバイオ製造におけるパイロットおよびプロトタイプ作成の取組みを強化する。
d)持続可能なバイオマス生産を促進し、米国の農業生産者と森林地主に対して気候に配慮したインセンティブを生み出す。
e)バイオエネルギーおよびバイオベースの製品およびサービスの市場機会を拡大する。
f)バイオテクノロジーとバイオ製造を前進させるために、多様で熟練した労働力と多様なグループの次世代リーダーを訓練しサポートする。
g)バイオテクノロジー製品の安全な使用をサポートし、科学とリスクに基づいた、予測可能で効率的かつ透明性のあるシステムに役立つ規制を明確にし、合理化する。
h)バイオテクノロジーおよびバイオ製造の研究開発のライフサイクルの基礎として生物学的リスク管理を向上させる。これには、応用バイオセーフティーおよびバイオセキュリティのイノベーションへの研究と投資を提供することも含まれる。
i)バイオエコノミーにおける政策、意思決定、投資についてより適切な情報を提供し、バイオエコノミーの公平かつ倫理的な発展を確保するために、基準策定を推進し、指標を確立し、バイオエコノミーを成長させ評価するためのシステムを開発する。
j)米国のバイオエコノミーを確保し、保護するために、脅威、リスク、および潜在的な脆弱性(外国の敵によるデジタル侵入、操作、および流出の取組みを含む)を評価および予測するための前向きで積極的なアプローチを採用し、民間セクターおよび組織と提携する。また、米国の技術分野のリーダーシップと経済競争力を保護するために、他の関連する利害関係者と共同でリスクを軽減する。
k)米国の価値観と一致し、安全で確実なバイオテクノロジーとバイオ製造の研究、革新、製品開発と使用のためのベストプラクティスを促進する方法で、バイオテクノロジーの研究開発協力を強化するよう国際社会に働きかける。

・バイオテクノロジーとバイオ製造の研究開発を活用して、さらなる社会目標を達成する。

(a)この命令の日付から180日以内に、本セクションのサブセクションに指定されている機関の長(以下の(i)から(v))は、健康に関するさらなる社会目標に向けて、バイオテクノロジーおよびバイオ製造に関する以下の報告書を提出しなければならない。気候変動とエネルギー、食品と農業のイノベーション、強靱なサプライチェーン、分野横断的な科学の進歩など。

(i)保健福祉長官(HHS)は、長官の決定に応じて適切な機関の長と協議のうえ、医療の進歩を達成し、病気の全体的な負担を軽減し、健康転帰を改善するためにバイオテクノロジーとバイオ製造をどのように使用するかを評価する報告書を提出するものとする。
(ii)エネルギー長官は、長官の決定に応じて適切な機関の長と協議し、気候変動の原因に対処し、気候変動の影響に適応し、緩和するためにバイオテクノロジー、バイオ製造、バイオエネルギー、およびバイオベース製品を使用する方法を評価する報告書を提出するものとする。炭素を隔離し、温室効果ガスの排出を削減することも含まれる。
(iii)農務長官は、長官の決定に応じて適切な機関の長と協議し、持続可能性と土地保全の改善を含め、食料と農業のイノベーションのためにバイオテクノロジーとバイオ製造をどのように利用するかを評価する報告書を提出するものとする。それには、以下が含まれる。食品の品質と栄養を向上させる。農産物の収量を増やし、保護する。動植物の害虫や病気から保護する。代替食料源を栽培する。
(iv)商務長官は、国防長官、保健省長官、および商務長官が決定した他の適切な機関の長と協議して、米国のサプライチェーンレジリエンスを強化するためにバイオテクノロジーおよびバイオ製造をどのように利用するかを評価する報告書を提出するものとする。
(v)国立科学財団(NSF)の所長は、所長の決定に応じて適切な機関の長と協議し、バイオテクノロジーとバイオ製造を進歩させ、このセクションで特定された社会的目標に取り組むために、優先度の高い基礎研究目標と使用にインスピレーションを得た基礎研究目標を特定した報告書を提出するものとする。

(b)このセクションのサブセクション(a)で指定される各報告書は、全体的な目標を達成するための優先度の高い基礎研究と技術開発のニーズ、および官民協力の機会を特定するものとする。
(c)本セクションのサブセクション(a)に基づいて要求される報告書を受け取ってから100日以内に、OSTP(注8)長官は、OMB(注9)長官、APNSA(注10)、APEP(注11)、APDP(注12)、および決定に応じた適切な機関の長と連携して、NSM-2プロセス(注13)を通じて、報告書の推奨事項を実施するための計画(実施計画)を作成するものとする。

・米国のバイオエコノミーの発展を促進するために、私の政権は高品質、広範囲、容易にアクセス可能、かつ安全な生物学的データセットが米国のバイオエコノミーの画期的な進歩を確実に推進できるようにする、バイオエコノミーイニシアチブのためのデータ(データ イニシアチブ)を確立するものとする。
・活気のある国内バイオ製造エコシステムを構築する。
・バイオエコノミーを測定する。この命令の日から90日以内に、商務長官は、NIST長官を通じて、長官が決定した他の機関、業界、およびその他の利害関係者と必要に応じて協議し、辞書を作成し、公開するものとする。関連する国内および国際的な定義を考慮し、バイオエコノミーの測定および測定方法の開発を支援することを目的として、バイオエコノミーのために経済測定、リスク評価、機械学習やその他の人工知能ツールの応用などの用途をサポートする。

【政府機関報告書】

National Biodefense Strategy and Imple­mentation Plan(2022年10月)
・生物学的脅威に対抗し、パンデミックへの備えを強化し、世界的な健康安全保障を達成するためのこの国家生物防御戦略と実施計画は、2018年の国家生物防御戦略を更新し、壊滅的な生物学的事件のない世界を創造するという大統領のビジョンの基本要素として機能し、さまざまな生物学的脅威に効果的に対抗するための一連の目標である。
・米国政府が生物学的脅威をより効果的に評価、防止、準備、対応、および回復するための活動を管理する方法を組織化する政府全体の枠組みを提供する。これは、人間、動物、植物、環境の脅威に対処する取組みを織り交ぜることにより、全体的な「One Health」アプローチから構築されている。この戦略はまた、自然、偶発的、および意図的な起源の将来の生物学的脅威の全範囲に対処するための米国政府の取組みを拡大し、COVID-19パンデミックによって明らかにされた技術的および政策的ニーズの両方を組み込み、政府が米国民の健康と安全を保護するための取組みに公平性と説明責任のコアバリューを構築する機会を提供する。
・米国の健康と安全を守るには、国内の行動だけでは不十分である。科学技術の急速なグローバル化と、旅行や貿易を通じた相互接続の増大により、生物学的事故を効果的に評価、予防、準備、対応、回復するために世界規模で展開する強力なバイオディフェンス企業が必要となっている。
・米国は長年に亘ってイノベーションのリーダーであった。この戦略におけるバイオディフェンスの目標を達成するには、生物学、化学、物理学、計算科学を含む複数の分野の融合による大幅な進歩が必要である。
・医療を提供し環境を保護する能力を強化する場合でも、地球規模の持続可能性に向けてエネルギーと農業生産能力を拡大する場合でも、米国国民の明るい未来には継続的な研究開発が不可欠である。
・効果的なバイオディフェンスには多分野および多国間の協力が不可欠である。
・「One Health」アプローチはバイオインシデントの発生と影響を軽減する。One Healthは、人、動物(国内および野生動物)、植物、環境間の相互関係を認識し、最適な健康成果を達成することを目的とした、地方、地域、国家、世界レベルでの協力的で多分野に亘る、学際的なアプローチである。
・この戦略には、バイオディフェンス事業を強化し、生物学的脅威やインシデントに対抗するための階層化されたリスク管理アプローチを確立するための5つの目標がある。

目標1:リスクの認識と検出を有効にして、バイオディフェンス企業全体の意思決定に情報を提供する。
目標2:バイオインシデントを防止するためのバイオディフェンスのエンタープライズ機能を確保する。
目標3:バイオインシデントの影響を軽減するためのバイオディフェンス企業の準備を確実にする。
目標4:バイオインシデントの影響を制限するために国際的な情報共有とネットワークを構築し、迅速に対応する。
目標5:バイオインシデント後のコミュニティ、経済、環境の回復を促進する。

【シンクタンク報告書】

CSET(Center for Security and Emerging Technology) Georgetown University

RFI Response: National Biotechnology and Biomanufacturing Initiative(2023年1月)
・2022年9月の「National Biotechnology and Biomanufacturing Initiative」への情報要請に応じて、RFI(Request For Information)に記載されている以下の5分野ごとに整理された推奨事項と具体的なフィードバックを提供した。

①バイオテクノロジーとバイオ製造の研究開発を活用した社会目標の高度化
②バイオエコノミーのデータ
③活気ある国内バイオ製造エコシステムの構築
④バイオエコノミーの測定
⑤バイオセーフティーとバイオセキュリティの推進によるリスクの軽減

CNAS(The Center for a New American Security)

Regenerate Biotechnology and U.S. Industrial Policy(2022年7月)
・この報告書は、より強固な産業政策を支援するために米国が取り組むべき約24の政策提言をまとめたものである。それぞれが、技術進歩の中心となる4つのリソース(設備、人材、情報、資本)へのアクセスを改善することに重点を置いている。

設備
  • バイオエコノミーを推進する米国の戦略は、ゲノミクスで使用されるコンピューティングとデータソース、DNA合成と発酵で使用されるハードインフラストラクチャなど、バイオ革命の中核となる機器へのアクセスの改善に焦点を当てるべきである。
  • 米国は、バイオテクノロジー関連機器の生産においてまだどの国にも後れをとっていないが、これらの機器の米国のサプライチェーンを確保できなければ、長期的にバイオテクノロジーの革新を阻害する危険性がある。そのうちの一つが、発酵タンクである。これは、微生物を培養したり、生物材料を処理したりするための巨大なステンレス鋼のタンクで、通常、ステンレス鋼を使用して製造されるこれらのチャンバーは高価であり、生産するのに大量の鉄鋼を消費する。しかし、今や多くの米国の鉄鋼会社やアルミニウム会社は閉鎖に追い込まれている。
  • 他の一般的なバイオエコノミー機器のサプライチェーンと同様、クリーンルームおよび微生物チャンバー技術のハイエンドサプライヤーのほとんどは米国に拠点を置いているが、日本のAIRTECH((株)日本エアーテック)やドイツのオクタノームなどの他の企業も米国のサプライチェーンに統合できる可能性がある。
  • 特に農業関連の新興企業にとって、イノベーションに対するもう1つの潜在的な障壁は、産業用制御ソフトウェアへのアクセスにある。複雑なバイオリファイナリー施設を運用するためのアプリケーションはほんの一握りしかない。最もよく知られているブランドとしては、Aspen Plus、SuperPro Designer、およびエネルギーと金融サービスの管理に使用されるCAPCOSTがある。これらのシステムは、1つの商用ライセンスに最大30万ドルかかる場合があり、既存の製油所プラットフォームと相互運用可能な製品を設計しようとしている資金難の新興企業にとっては、法外なコストとなることがよくある。
  • 米国政府は、この種の制御システムへのアクセスを助成したり、競争力のあるアプリケーションの開発に資金を提供したり、ある種の官民パートナーシップを通じてライセンスへのアクセスをプールしたりすることで、新興バイオエコノミーにおけるリーダーシップをより良く維持できる可能性がある。
  • DNA合成は、米国がリードしているようにみえるもう1つの分野だが、企業が技術的能力と市場力学の潜在的な変化に備えることができなければ、後れをとるリスクがある。ハードウェアベースのシンセサイザー業界とSynaaS業界の両方で、米国企業は大きな市場シェアを占めており、業界のリーダーと見なされている。しかし、フランスのDNAScriptや英国を拠点とするNucleraなどの欧州の機関は、「デスクトップ」という新たなトレンドのリーダーとしての地位を確立している。彼らの製品は、タンパク質、マイクロ流体工学、およびDNAをオンデマンドで製造することができ、合成された核酸配列のインパクトと利用可能性を大幅に拡大する可能性がある。米国への継続的な輸入を確保することは、今後10年間、バイオテクノロジーにおける米国のリーダーシップを維持するために重要である。
人材
  • 多様でよく訓練された労働力は、間違いなく、他のどの国と比べても米国の唯一最大のバイオエコノミーの強みである。米国政府が同盟国やパートナーと協力して人材プールを拡大し、強化するために自由に使えるツールがいくつかある。
  • 全国的にみて、米国の大学が毎年STEM博士号を取得する人(約34,000人)は、中国の大学(約50,000人)よりもはるかに少なく、これは特に生物医学科学に当てはまる。
  • 中国は現在、米国の約3,000人に対し毎年約10,000人のヘルスサイエンス分野の博士課程の卒業生を輩出している。その差は2025年までに大幅に拡大すると予想されている。
  • 米国政府はまた、化石燃料主導のエネルギーミックスからバイオ燃料とクリーンエネルギー源に基づくエネルギーミックスへの世代移行を支援するために、バイオテクノロジーのライセンスや認定を含む職業教育プログラムや技術教育プログラムに資金を提供することも計画すべきである。
  • バイオエコノミーの成長を促進するには、農業、医療、材料科学、エネルギー産業と政府との間のより緊密な協力関係が必要となる。
情報
  • 遺伝子データへのアクセスを拡大し、知的財産保護を調和させ、柔軟で透明性のある規制環境を維持することは、バイオエコノミーの成長を維持するために不可欠である。
  • 現在、米国企業は国際的な特許取得において優位に立っている。米国企業が2021年に取得したバイオテクノロジー特許は5,812件で、日本(1,575件)や中国(1,539件)などの他の主要国をはるかに上回っている。しかし、中国の年間のバイオテクノロジー特許の数は米国の8倍の速さで年間18%増加しているため、中国の特許出願の増加は懸念材料である。
資本
  • 民間部門の投資が最大の利益をもたらしているが、政府は資本を配分し、初期段階の企業が死の谷を乗り越えるのを支援するうえで、より積極的な役割を果たすことができる。
  • 米国政府は、バイオテクノロジー支援への民間資本の蓄積と誘導において実質的な進歩を示している。専門家は、バイオ産業製造イノベーション研究所BioMADEの設立における米国国防総省(DoD)の取組みを賞賛した。
  • 国防高等研究計画局(DARPA)とIn-Q-Telは、2026年までに150以上の研究所研究チームが本格的な商業化に移行できるよう支援することを目指している。

・過去40年間のテクノロジーの進歩により、衰退した製造業を犠牲にして、米国は世界で最も先進的なデジタル経済に成長した。インターネットサービスとスマートデバイスは、米国の多くの家庭に高い生活水準と生活の質をもたらしたが、米国の製造業の空洞化により、中産階級やブルーカラーの労働者は孤立した。バイオ革命は軌道修正をもたらす可能性がある。合成生物学などの分野は、新しい種類の経済を約束する。すなわち、イノベーション主導かつハイテクでありながら、米国が歴史的にも得意分野である農業サプライチェーン、製造、ヘルスケアなどの地域密着型サービスとも親和性があるのである。
・合成コストとクラウドコンピューティングのコストが高いため、バイオエコノミーの進歩を促進するために使用できる新しい化学的および生物学的相互作用の発見が妨げられている。
・米国は欧州のパートナーに対し、規制を緩和し、遺伝子組み換え作物に対する偏見をなくすよう奨励すべきであり、それによって米国の市場アクセスが拡大し、米国のバイオテクノロジー企業への外国資本の流入が促進される可能性がある。
・新しい技術、特に合成生物学と農業が交差する技術は、米国の経済成長エンジンの再生を約束する。

(注1)例えば、2023年3月にイーロン・マスク氏の脳インプラント会社「Neuralink」による臨床試験申請がFDA(米国食品医薬品局)により却下されたことは、この基本ポリシーが背景にあると思われる。報道では、脳インプラントのリチウム電池使用や取り外し方法などにおいて、倫理や安全性に懸念があるとされている。
(注2)CNAS(The Center for a New American Security)は、独立した超党派の非営利組織であり、実用的で原則に基づいた国家安全保障および防衛政策を策定している。
(注3)In-Q-Telは、1999年に設立された非営利団体(政府機関でもCIAの一部でもない)。かつてイノベーションのリーダーだったCIAと政府機関は、シリコンバレー内外から出てくる最先端で革新的で影響力のあるテクノロジーを見逃していることを認識していた。政府の安全保障に精通し、シリコンバレーの技術を組み合わせることで、In-Q-Telが誕生した。In-Q-Telの投資の75%以上は、政府のパートナーによってフィールドテストされている。
(注4)毎年1月にラスベガスで開催される世界最大規模の先端テクノロジー展。従来は家電が中心の展示であったが、近年は自動車メーカーの参加が多い。
(注5)もちろん、政治的な背景もある(有力な有権者基盤がある)であろう。
(注6)マッキンゼーの戦略研究グループが、世界規模のスタディとして「事業の成長を決める本当の要因は何か」につき、世界の主要企業3,000社を対象として分析を行った。候補としてあがった要素は4つで、「戦略」、「実行力」、「リーダー」、「市場」であったが、事業成長の7割以上が単一のファクター、「市場」によって説明できるという結果が得られた。要は、どんなに素晴らしい戦略、実行力、リーダーがいようと、市場を間違えるとどうしようもないということである。(安宅、「シン・ニホン」、2020)
(注7)「我が国におけるバイオものづくりの産業化にむけて」(日本政策投資銀行関西支店・産業調査部、2023)https://www.dbj.jp/upload/investigate/docs/6074bba652831ce4b5b655cd3a7bb812.pdf
(注8)OSTP: Office of Science and Technology Policy
(注9)OMB: Office of Management and Budget
(注10)APNSA: Assistant to the President for National Security Affairs
(注11)APEP: Assistant to the President for Economic Policy
(注12)APDP: Assistant to the President for Domestic Policy
(注13)NSM-2: National Security Memorandum 2 of February 4, 2021(Renewing the National Security Council System)

著者プロフィール

青木 崇 (あおき たかし)

株式会社日本政策投資銀行業務企画部所属/国立研究開発法人科学技術振興機構CRDS フェロー(出向中)

慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業
1996年 東海銀行(現三菱UFJ銀行)に入行
2006年 米国金融コンサルティング会社に入社
2008年 日本政策投資銀行に入行
2013年 九州支店企画調査課長
2020年 産業調査部産業調査ソリューション室長
2022年 政策研究大学院大学シニアフェロー(出向)
2023年 科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)フェロー(出向中)