『日経研月報』特集より

副業を通じて得られる経験と学習

2024年4-5月号

川上 淳之 (かわかみ あつし)

東洋大学経済学部経済学科 教授

1. はじめに

安倍政権下で推し進められた「働き方改革」において、同一労働同一賃金や長時間労働の是正とともに、「柔軟な働き方がしやすい環境整備」として、テレワークの導入や副業・兼業を促進することが政策として提示された。この柔軟な働き方を促す政策は、新型コロナウイルスの流行による経済活動制約があるなかで、テレワークは在宅をしながらの就業を可能にし、副業は本業で生活に必要な収入が確保されない労働者に副収入の機会を与えた。

東洋経済「CSR調査」によれば、働き方改革および新型コロナウイルス流行前の2017年に副業を持つことを認める企業の割合は18.7%であったが、最新の調査である2023年調査では57.8%に上昇している(注1)。また、総務省「就業構造基本調査」によれば、2017年から2022年にかけて正規の職員・従業員で副業を持つ割合は1.9%から2.5%に上昇、副業を持つことを希望する割合は5.3%から7.7%に上昇しており、副業に対するニーズの高まりもみられる。
当初、「働き方改革」において副業を推進する理由として、「新たな技術開発、オープンイノベーションや起業の手段」、「第2の人生の準備」などが挙げられていた(注2)。近年副業の持つ効果は、イノベーションを通じた生産性向上という観点より幅広く捉えられており、副業を通じたスキル形成という側面に注目が集まっている。厚生労働省が公表している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」には、副業することのメリットとして「離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、労働者が主体的にキャリアを形成することができる」とある(注3)。経団連による「副業・兼業の促進」においても、「本業以外の仕事を通じてスキルアップを図りたいといった働き手の多様なニーズに応えること」が労働者のワークエンゲージメントを高めるとしている。
実際に、副業を持つ個人、副業人材を送り出す企業においても、副業を通じたスキルアップ効果への期待はみられる。副業に関する調査を継続的に実施しているパーソル総合研究所による「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」によれば、企業調査からは、副業を容認する理由のうち「従業員のスキル向上のため」が49.2%とおよそ半数であることが示されている。従業員調査でも、「本業では得ることが出来ない新しい知見やスキル、経験を得たいから」副業をすると回答する割合が44.9%に及んでいる。
政策面においても、副業人材を送り出す企業側においても、副業を持つ労働者個人においても、副業が単なる副収入を得る手段ではなく、その経験を通じて得られるスキルアップ効果が期待されているといえる。ただし、スキルアップ効果への期待に対して、実際に副業を通じた経験は労働者のスキルを高め、それが副業人材を送り出す企業に貢献しているのだろうか。本論はこの問題を、副業を通じた経験から得られる学習効果という観点に注目し、独自のアンケート調査からその効果を検討したい。次節は経験を通じたスキルアップ効果を経験学習という概念から捉え直す。第3節では、アンケート調査から副業を通じて得られるスキルアップ効果を検証したい。

2. 経験学習と越境学習

副業をすることに学習の効果があるとするならば、それは、副業を通じて得られる「経験」に学習の効果があることを意味している。この「経験」を通じて得られる学習効果は、「経験学習(Experience Learning)」として経営学の分野で研究の蓄積が進んでいる(注4)。
経験を通じて人が学ぶという教育思想は、教育思想家ジョン・デューイ(Dewey, 1938)から始まっている。デューイは学校をこれまでの伝統的教育の役割(過去に作り出された知識や技能を次の世代に伝えることなど)のみではなく、過去の経験から何かを受け取り、その経験から将来の経験に対して修正を行う経験の連続性、および外的な環境との相互作用を通じて成長をするプロセスを重視した。
ドナルド・ショーン(Donald, 1983)は、職業人とくに専門家に求められるスキルにおいても、つねに変化する現場での経験を通じて分析・省察をし、対処することで成長が得られることを、建築デザイナー、マネジャー、自然科学者のケースなどから明らかにしている。ショーンは、デューイでも経験学習のプロセスとして挙げられる「省察(Reflection)」の役割を注視している点も重要である。
また、ディヴィット・コルブ(Kolb, 1984)はこの経験を通じた学習を体系化し、「実践」、「経験」、「省察」、「概念化」の4つのフェイズに明示化することで、経験学習を実際のビジネスの現場に適用されるものに発展させている。中原(2012)を引用すれば、4つのフェイズは以下のとおりである。

  • 「実践」は「学習者が現場の業務において様々な状況・局面に直面すること」
  • 「経験」は「眼前にある艱難に対応する中で、後から省察する対象となるエピソディックでドラマティックな経験を積むこと」
  • 「省察」は「現場を離れ、自らの経験の意味を振り返ること」
  • 「概念化」は「複数の艱難を処理する中で得た経験の意味を重ね合わせ、仕事の持論を自ら構築すること」

この経験学習は、従来は1つの職場で完結するものとして捉えられていたが、近年は自らのホームグラウンドである職場の外で得た経験から学習する越境学習にも注目が集まっている(中原;2012,石山;2018)。中原(2012)は、職場・社外の人との関わりにおいて、職場内と社外の2箇所で人との関わりを持っている場合に、「視野の拡大」を認識している割合が高いことを示しており、これは職場外での経験がイノベーションの源泉となっている可能性を示唆している。石山(2018)は、社外活動がジョブ・クラフティング(労働者が積極的に自らの仕事に対して行う再定義・創意工夫)に与える影響を分析しており、副業を含む社外での活動は職場の関係構築に関するクラフティングの効果、ボランティア、プロボノ(職業上のスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動)、地域コミュニティの活動は仕事の改善に関するクラフティングを推進する効果を持つことを示している。
以上のように幅広い越境先を捉えた学習効果を対象とする研究は蓄積されているものの、「副業」の学習効果に焦点を当て、その効果を観察する研究は十分に蓄積されていない。他方、経済学分野においても近年副業のスキルアップ効果を検証する研究は蓄積されているが(注5)、それらの研究は副業の持つ個人の所得や賃金率などの経済的なアウトカムに与える効果を分析しているものの、その学習プロセスについては詳細に検証されていないという問題が残っている。

3. 学習を目的とする副業の特徴と効果

学習を目的に行われる副業にどのような特徴があるだろうか。ここでは、筆者が2022年に実施した「正社員の副業に関する調査(注6)」の集計結果から概観したい。調査は本業が正社員であるサンプルを対象としており、副業を持つ理由、副業の仕事内容などについて、詳細に訊ねている。
副業を持つ回答者を対象に副業を持つ理由の構成をみると、収入を得ることのみを目的に副業をもつ割合が44.4%、スキルに関連する理由(注7)で副業を持つ割合は(他の理由と重複する場合も含めて)22.6%であった。なお、趣味や余暇を楽しむための副業もスキル獲得の理由とほぼ同数で22.4%であった。川上(2021)によれば、副業を持つ理由によってその特性は大きく異なり、本業の仕事に対するモチベーションにも差があらわれる。
また、調査は、副業が本業に与える効果を検証するために、副業経験が本業の役に立ったかどうかを「副業で得たスキルを本業で使うことができた」、「副業の経験から本業のビジネスのアイデアを得た」、「副業で培った人的ネットワークが本業で役立った」、「副業がストレスの解消につながり、本業の生産性が上がった」などの項目に分けて訊ねている。
副業を持つ理由別に本業への効果の割合をまとめたものが図1である。副業を通じて得られたスキルが本業に役立つ割合は約4割であるが、スキルを獲得することを目的に副業を持つ場合でその割合は高い(52.4%)。一方で、収入のみを目的とする場合は全体と同水準(36.6%)であった。他方、副業には直接的なスキルを高める効果以外にも、人的ネットワークの形成やビジネスアイデアの獲得といったイノベーションにつながる要素や、ストレス解消の効果も含まれるが、これは収入のみを目的とする場合にその効果を得ている割合は小さい。

ここで示される副業を通じたスキルの獲得は、越境学習の枠組みで評価できるものなのだろうか。経験学習の理論構築において注目されていた「省察」の効果をみるために、アンケート調査では、副業を通じて得られた経験の振り返りを行う習慣があったかを「まったくそう思わない」、「どちらかと言えばそう思わない」、「どちらとも言えない」、「どちらかと言えばそう思う」、「強くそう思う」の5段階で回答を得ている。この5段階の回答別に「副業で得たスキルを本業で使うことができた」割合をまとめたものが図2である。

この集計結果からは、「スキル獲得目的」の副業であってもそれ以外を目的とする副業であっても、振り返りの習慣がある方が、副業経験で得たスキルが本業の役に立つ割合が高いことが示される。また、これまでの研究では副業を持つ動機に注目されてきたが、図2からは、スキル獲得を目的に副業を選んでいなかったとしても、仕事の振り返りをする習慣を持つ場合には、副業の経験を通じた学習効果が得られていることがわかる。これまで研究が蓄積されている経験学習の学習プロセスは、副業に関する越境学習においても同様に適用できることが示唆される。

4. まとめと今後の研究の展望

本論は副業を通じて得られる経験によるスキルの向上が本業に与える影響について、すでに理論的枠組みが構築されている経験学習・越境学習を基に、独自に行ったアンケート調査から検証を行った。図1と図2の集計結果からは、経験学習で強調される省察は副業を通じた学びにおいても有効であることが示された。また、同時に、中原(2012)で指摘された越境学習が持つイノベーションに与える影響についても、副業を通じた人的ネットワークの構築・ビジネスアイデアの獲得面からも評価できる。
以上のように、副業が持つ経験の効果は示されたが、越境をともなう活動はボランティア活動や趣味、勉強会など多岐に渡り、副業はそのなかの一部に過ぎない。副業を通じて得られる学習効果は、他の越境活動と比較した場合でも有効といえるのだろうか。最後に副業の持つ余暇活動の効果を評価するために、他の越境活動と比較をしたい。図3は、副業および副業以外の余暇活動が本業の役に立っている割合を集計したものである。ここからは、経験を通じて得られるスキルが本業に役立つという点で、副業が最も効果的であることがわかる。一方で、ネットワークの形成やアイデアの獲得については、複数人で活動する趣味やスポーツ、研修への参加、社会人大学院も有効であることがわかる。他方で、ストレス解消には、ボランティアを含む労働や学習よりも、趣味の時間を過ごす方がよいようだ。

副業を通じて得られる学習効果については、省察の他には上司や同僚など他者の関与も重要であることがわかっている(中原,2012)。その点から、本業企業における副業への関与の影響も分析する必要があるだろう。また、副業そのものが本業企業および起業を通じたイノベーションにどのように影響するかも、定量的に明らかにするなど研究課題は残されている。

参考文献

Dewey, John (1938) Experience and Education. New York: Collier Books.
Donald, Schön (1983) The Reflective Practitioner - How Professionals Think in Action, Basic Books. London: Temple Smith.
Kawakami, Atsushi (2019) “Multiple Job Holding as a Strategy for Skills Development.” Japan and the World Economy 49: 73-83.
Kolb, David A. (1984) Prentice Hall, Inc. Experiential Learning: Experience as The Source of Learning and Development.
Panos, Georgios A., Konstantinos Pouliakas, and Alexandros Zangelidis (2014) “Multiple Job Holding, Skill Diversification, and Mobility.” Industrial Relations 53(2), 223-72.
石山恒貴 (2018)『越境的学習のメカニズム』福村出版.
何芳(2022)「正規雇用者の副業と転職、賃金の関係 ~パネルデータを用いた実証分析~」『経済分析』205, 1-26.
川上淳之(2021)『「副業」の研究―多様性がもたらす影響と可能性』慶應義塾大学出版会.
中原淳(2012)『経営学習論―人材育成を科学する―』東京大学出版会.

(注1)東洋経済「CSR調査」は上場企業および上場企業に準ずる未上場企業を対象に実施しているアンケート調査である。副業を認可する企業の割合は、2017年から2023年すべての調査に回答している企業を対象に集計をしている。
(注2)首相官邸「働き方改革実行計画」(https://www.kantei.go.jp/jp/headline/pdf/20170328/01.pdf)より。
(注3)厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf)より。
(注4)本節における経験学習の紹介は経験学習の学術的枠組みを詳細に検討している中原(2012)、越境学習は石山(2018)に依っている。
(注5)その代表的な研究であるPanos, Pouliakas, and Zangelidis(2014)および何(2022)は、副業を通じた経験が、副業経験者の起業や転職などのキャリアの変更を通じて年収および賃金率を高めることを実証的に明らかにしている。Kawakami(2019)および川上(2021)は副業が本業の賃金率に与える影響を分析しており、本業が正社員で分析的職業である場合、また、副業をスキルに関連する目的で持っている場合に賃金率を高める効果があることを実証している。
(注6)「正社員の副業に関する調査」はクロス・マーケティング社のモニター登録者の正社員を対象に2022年9月20日から22日にかけて実施されたインターネット調査である。副業保有者1,300名、副業希望者750名、副業非希望者750名を対象としている。なお、アンケート調査モニターは副業の仕事の対象から除外している。
(注7)副業を持つ理由が「新しい知識や経験を得るため」、「様々な分野の人とつながりができるから」、「本業に役立つから」のいずれかを回答するもの。

著者プロフィール

川上 淳之 (かわかみ あつし)

東洋大学経済学部経済学科 教授

東洋大学経済学部教授。学習院大学経済学部卒業。同大学研究科博士後期課程単位所得退学。博士(経済学)。経済産業研究所リサーチアシスタント、労働政策研究研修機構臨時研究協力員、内閣府経済社会研究所研究協力者、学習院大学学長付国際研究交流オフィス准教授、帝京大学経済学部准教授、東洋大学経済学部准教授を経て現職。主な著作に『副業の研究-多様性がもたらす影響と可能性』(慶應義塾大学出版会・第44回労働関係図書優秀賞受賞)、『30代の働く地図』(玄田有史編、岩波書店)、“Multiple job holdings as a strategy for skills development,”(Japan and the World Economy 49, 2019年)。労働経済学専攻。