『日経研月報』特集より

地方鉄道、『共助ノススメ』~広域・地域連携、回遊性向上に向けて~

2024年6-7月号

岡田 忠夫 (おかだ ただお)

筑波大学大学院 客員教授(元しなの鉄道株式会社 専務取締役)

1. はじめに

昨今、地方鉄道の議論が熱い。新聞各紙での存続問題に関する真摯な論議のみならず、テレビ等のメディアでも車窓豊かな旅情風景や“鉄道ヲタク”によるものしり解説的な娯楽番組が以前と比べても増えてきたと感じるのは私だけだろうか。
鉄道は我々国民に極めて身近な存在であり、誰でも何となく“評論家”的に意見が言いやすい愛着のある存在なのであろう。私も鉄道会社に出向する前は鉄道に関して全くの門外漢ではあったが、現場に足を運べば運ぶほど、鉄道が多様な専門分野から構成され、経験と理論が高度に融合したハイブリッド技術に支えられており、その本質を把握することは極めて難しいと思い知らされた。まさに、これが国内において鉄道を議論する難しさになっているのではないかとも思われた。
同時に、鉄道と地域は表裏一体のものであるとも強く認識した。2020年から世界に蔓延したコロナ禍により鉄道利用者は大きく落ち込んだ。インバウンドは消滅し国内旅行者も大幅に減少した。人々の行動様式は大きく変容し、日常的な移動においても公共交通機関が嫌厭された。しかし引き続き地方鉄道は、高校生等の交通弱者の重要な足であり安全安定輸送を維持し続けた。流石に、お客さんがいないからと言って線路を引き剥がして地域から逃げることは出来ない。私自身、コロナ禍における鉄道経営に携わり、地域にとっての鉄道の存在意義を改めて考えさせられた。
上記問題意識を踏まえ、本稿では、地方鉄道の中でも新幹線の新設・延伸に伴い、JRから分離された在来線である「並行在来線」の現状把握を通じて、地方鉄道(注1)の今後のあり方を考えてみたい。

2. 並行在来線の現状と特徴~地味だけど、結構すごい並行在来線~

現在、我が国の並行在来線は9社存在する(注2)。並行在来線第一号は、長野県の「しなの鉄道」である。長野オリンピックに合わせて整備された高崎~長野間の長野新幹線開業と同時にJRから分離され、1997年10月1日に運行を開始した。
ここでは、並行在来線の特徴について述べてみたい。

(1)輸送人員~わりかし、乗っていただいています~

並行在来線8社合計の年間輸送人員は、コロナ禍前の2019年度で約5,400万人であり、この数値はJR四国の約4,500万人を大きく上回っている(図1)。並行在来線各社の数字はあまり大きく見えないかもしれないが、JRの旧本線から分離された路線が多いこともあり、合計数字には存在感がある。

(2)種類別輸送割合~高校生の青春を支える足~

2つ目は、並行在来線が沿線に住む高校生の重要な足となっている点である。図2は、国土交通省の鉄道統計年報データを基に、並行在来線全体の輸送人員が全国の中小民鉄会社全体の輸送人員(注3)に占める割合を時系列で示したものである。

これを見ると、2015年の北陸新幹線の金沢延伸後、通勤と定期外の割合は2%強に過ぎないが、通学は10%程度と高い。並行在来線の沿線地域では、学生、特に高校生の通学において並行在来線が重要な足となっていることが垣間見られる(注4)。
一方で、沿線地域の少子化は急速に進んでおり、並行在来線の重要な利用者である高校生の減少が旅客収入の減少に拍車をかけ、経営が一気に厳しくなることも予想される。

(3)線路使用料(注5)~貨物輸送、頼りにしています~

3つ目は、並行在来線各社ともJR貨物からの線路使用料収入に大きく依存していることである。鉄道会社の収入は、通勤通学の定期及び定期外からなる旅客収入の他、駐車場や構内店舗からの家賃収入等による運輸雑入、さらに他社車両が自社線路を走行する際に発生する線路使用料が主な収入源となっている。
コロナ禍前の2019年データでは、並行在来線8社における線路使用料が収入全体の47%を占めており、その割合は2015年の34%から大きく増加している。貨物輸送は、走行する鉄道は県単位で分社化されたものの、線路自体は繋がっている賜物であり、国土レベルにおける広域インフラとしての面目躍如というところであるが、課題もある。貨物は、客車と比べて荷重が格段に重く線路に多大な負担をかけることから、線路を酷使し疲弊や摩耗も著しい。そのため、客車のみが走行している路線以上に将来的な負担増加を踏まえた保守管理をしていく必要がある。

(4)新幹線との関係~兄弟でも性格は異なる~

新幹線との関係を見てみると、並行在来線各社にも大きな違いが存在する。図3は、新幹線と並走する主な都市間での所要時間と運賃の関係を、横軸に運賃、縦軸を所要時間とし線分で結んだものである。並行在来線は速達性では劣るが経済的には優れることを視覚化している。

ここから分かることは、並行在来線と新幹線は補完関係を有しており、利用者にとっては移動手段の選択幅が広がっていることを意味するが、注目すべきはその傾きである。同じ都市間の移動を考えた場合、傾きが急な場合は運賃格差は大きいが、時間短縮効果が図れるため新幹線を選択する利用者が多くなり、傾きが緩いほど時間差が少ないものの運賃格差が大きいため並行在来線に「お得感」を感じる利用者が多いと予想される。
上記を踏まえると、例えば、並行在来線において快速電車のような速達性を向上させた車両を効果的に運行させることにより、新幹線への対抗力を向上させることも可能と考えられる。因みに、しなの鉄道では、土休日に軽井沢~妙高高原駅間で快速列車を運行しているが、乗降者データからは、軽井沢で乗車された人の約37%が長野まで、35%が妙高高原駅まで乗車しており、比較的長距離利用者が多いことが分かった。

(5)多種多様な資産構成~鉄道は、高度な技術のハイブリッド~

最後に挙げられる並行在来線の特徴は、鉄道会社以外にも当てはまるかもしれないが、資産が多岐に渡っているということである。もし、あなたが「鉄道会社の資産で最初に思いつくものは何?」と問われたら、皆さんはどう答えるであろうか。多くの方は、線路と答えるかもしれない。
しなの鉄道の場合、線路(軌道)は全固定資産の2割強である。その他は、架線や電柱等の電力が約2割、トンネルや橋梁の土木が約15%、通信設備や踏切の信号通信が約1割となっている。車両は約1割であるが、現在、新型車両への入れ替えを進めているため、将来的にはこの資産割合は増加するものと思われる。
資産が多岐に渡るということは、各施設の保守や故障時等の緊急対応のため、本来であれば各専門分野の技術者をフルセットで抱えておく必要があるということになるが、地方では人手不足も深刻化しており、小規模な会社が多い地方鉄道会社では、尚更ハードルが高いのが現状である。

3. 連携による地域活性化の取組み

かかる状況下、地方鉄道も単に手をこまねいているわけではなく収入増加に向けた取組みを地道に行っている。しかし、並行在来線は鉄道事業を中心にJRから分社化したことから遊休地的な資産を所有しているケースは少ない。そのため、各社とも関連収入の多くは、小規模な駐車場や駅構内への店舗賃貸の他、ロッカーや広告等からの収入が主なものとなっており、2018年度の並行在来線8社の運輸雑入割合は、収入全体の約14%程度にとどまっている。ここでは、私がしなの鉄道出向時に取り組んだ事例を2つ紹介したい。

(1)大屋駅舎建て替え事業

しなの鉄道の沿線人口が減少し鉄道の利用者数も減少を続けるなか、駅の交通結節点としての機能低下は避けられないが、鉄道が地域にとって重要なインフラであることには変わりはない。そのため、駅を活用することで地域の交流・コミュニティ拠点としての機能を強化し、地域の方々にもっと気軽に立ち寄っていただける施設にしていけないかと考えた。まさにインフラは「使ってなんぼ」である。
大屋駅は日本で初めての請願駅として知られ(注6)、かつて、信州の生糸を横浜へ運ぶ「シルクロード」の結節点として地域の繁栄を支えたシンボル的施設であった。しかし、老朽化が著しく対策を検討していた折、近傍の郵便局も老朽化、狭隘化を理由に移転を検討しているとの情報を得た。そこで、協働して検討を行い、大屋駅舎を建て替えると同時に郵便局にテナントとして入居してもらうことで合意を得て、2024年に完成した。このような事例は、地方鉄道では全国初であり、地方鉄道が地域のみならず外部組織との連携によりプロジェクトを推進できた事例でもあると考えている。

(2)新型車両へのクラウドファンディングの導入

2021年、しなの鉄道は、地方鉄道として全国で初めて新型車両建造そのものにクラウドファンディングを導入した。現在、殆どの地方鉄道が補助金を得て鉄道経営を行っているが、今後、国や自治体の財政状況も厳しさを増すことから、鉄道会社自らも汗をかいて外部資金を調達し自助努力の姿勢を見せるべきではないかと感じたからである。また、他の地方鉄道同様、しなの鉄道に関心を持ってくれる人たちは鉄道ファンが中心的な存在であったが、より幅広い世代や属性に関心を広げたいという思いもあった。
ファンドは、一口5万円として半分は10年間の投資、もう半分は寄付という設計にした。寄付分に対しては、観光列車「ろくもん」への招待や日本酒やワイン等、沿線地域の特産物を返礼品とすることで沿線地域の魅力を情報発信するとともに、微力ながら地域経済への寄与も意図した。お陰様で個人を対象とした3,000万円のファンドは完売することができた。
出資者へのアンケート結果からは、沿線地域に対する魅力や事業への共感が半数以上を占め、地方鉄道に対する関心層のすそ野拡大にも寄与したのではないかと実感している。
この事業に関しても、しなの鉄道一社でできるものではなく、沿線地域の人々やクラウドファンディングに関する高度なノウハウを持つ外部企業との協働作業があって初めて成立し得たと確信している。

4. おわりに~地方鉄道へのエールにかえて~

地方鉄道の沿線地域は、急速な人口減少問題等、さまざまな諸課題を全国に先駆けて抱え、まさに我が国における「課題先進地域」でもある。地方鉄道は、そのような地域にあって人々のコミュニティ活動や経済活動を支えてきた地域の基盤であり精神的支柱でもある。一方、地方鉄道が生き残るためには地域の「愛着と共感」が不可欠である。今、地域と地方鉄道の関係を見つめ直し、一緒になって課題に向き合うことは、我が国全体が近々直面しなければならない課題解決のための糸口を得るためにも十分意義があると考えられる。
タイトルにも書かせていただいたように、今後、地方鉄道にとって如何にまわりと連携、協働できるかが重要になってくると思われる。特に、ここでは、3つの「連携」について私見を述べたい。
1つ目は、「鉄道会社間の連携」である。並行在来線は県単位の会社として設立されたが、旧JR時代は一本の線路で繋がっていた。そのため、地域性や県土における位置づけ等の違いはあろうが、各社が鉄道経営における課題、知恵や経験を共有化し、連携して課題解決に取り組むことは大変有益と考える。例えば、車両検修の協働化や技術系職員の技能向上のための情報交流機会等、小さなことでも出来るところから始められるのではないだろうか。さらに、各社が繋がることで国土軸を支える基幹的施設が持つ本来の機能を顕在化させ、周遊観光等、広域的回遊性の向上にも寄与できると思われる。
2つ目は、「地域との連携」である。地域活性化は、地域の魅力的な「アセット」を見出し、これに沿線地域の「熱意と創意」と外部の「ノウハウと経験」を如何に有機的に絡ませるのかがポイントである。そのためには、今後、地方鉄道には地域としっかりコミュニケーションが図れる人材が不可欠と思われる。さらにいえば、地元と外部双方の「言語」を理解できる人材、言い方は適切ではないかもしれないが、「廊下トンビ」的人材が各社にいても良いのではないだろうか。
3つ目は、「組織(社内)内の連携(組織間の横ぐし)」である。これは、鉄道会社に限らず多くの企業組織が常に意識されていることではあるが、鉄道会社は、特に各部署の専門性が高いこともあり、私自身も、社員が職務に忠実になるあまり自らの専門領域以外に視座が向かなくなってしまい、それが縦割りを助長してしまう要因の一つと感じたことがあった。このため、上下間の「縦」と、営業と技術、企画と運輸等の「横」のみならず、「斜め」のコミュニケーションも積極的に図ることが重要と感じた。それが風通しの良い組織の形成に繋がり、新たなアイディアが偶発的に生まれてくる可能性を広げると感じている。
(本稿は、2021年度の日本都市計画学会宛に提出した査読付き論文を元に修正を加えたものである。また、筆者の意見を述べたものであり組織の意見や考えを代表するものではないことを最後に付け加えさせていただく。)

(注1)国土交通省では、在来幹線や都市鉄道以外の鉄道を地域鉄道と呼び、そのうち中小民鉄や第三セクター鉄道事業者を地域鉄道事業者と呼称しているが、本稿では、地方における地域鉄道に関して、世間一般に馴染みのある「地方鉄道」という呼称を用いることとする。
(注2)9社目のハピラインふくいは、2024年3月16日の北陸新幹線敦賀延伸に伴って運行を開始する予定のため、本稿執筆時点では運行実績はない。
(注3)国交省データでは、全国の中小民鉄は171社。
(注4)2014年度の長野新幹線の金沢延伸に伴い、2015年度にはえちごトキめき鉄道、あいの風とやま鉄道、IRいしかわ鉄道の3社及びしなの鉄道北しなの線が新たに通年営業となり、並行在来線の通学輸送人員は、前年の927万人から2,244万人へと約2.5倍に増加した。一方、中小民鉄全体の通学輸送人員は、2014年度の2億550万人から2015年度は2億2,600万人と約2,000万人の増加に留まっている。
(注5)ここでの「線路使用料」とは、主にJR貨物が並行在来線各社の線路を使用して貨物列車を走らせる際にその対価として並行在来線各社に支払う費用である。また、通常時JR貨物が走行しない路線であっても、災害時等に物資輸送のためJR貨物による走行が可能なように線路仕様を貨物列車の走行に耐えうる状態にしておく必要があり、その費用についても経路確保支援の一環として線路使用料に含まれる。
(注6)大屋駅新設時の国への請願書には、上小地域のみならず、生糸産業に携わる諏訪地域からの人名も数多く見られ、大屋駅新設に信州の生糸産業界から多大な期待がかけられていたことが分かる。

著者プロフィール

岡田 忠夫 (おかだ ただお)

筑波大学大学院 客員教授(元しなの鉄道株式会社 専務取締役)

1990年三菱地所株式会社入社。大手町・丸の内・有楽町地区における開発(新丸ビル、JPタワー、仲通り再整備、行幸地下通路整備等)を担当。また、財団法人日本経済研究所(PFI関連調査研究)、日本郵政(東京中央郵便局建て替え計画を担当)、経済同友会(東日本大震災復興委員会を担当)、しなの鉄道株式会社(専務取締役)へ出向。
日本都市計画学会国際委員、上田市総合計画審議会委員、御代田町立地適正化計画策定委員等を歴任。
筑波大学大学院客員教授、信州大学特任教授、上田市立長野大学客員教授。博士(工学)。