地域の現場から

文化と経済の好循環を目指して ~美術館のユニークベニュー活用から~

2023年12-2024年1月号

佐野 真紀子 (さの まきこ)

株式会社日本政策投資銀行 大分事務所長

近年、国内でも美術館・博物館などの歴史的建造物や文化施設をイベント等に活用する「ユニークベニュー」(「特別な場所」を意味する)の取組みが増えてきた。本来の施設目的とは異なった活用による非日常の特別感は、イベント参加者の満足度を高めるだけでなく、普段とは違った目線からその施設や地域の魅力を知ってもらうきっかけになる。
企業関係者のパーティーにおいては、美術館のクリエイティブな雰囲気のなかで交流を行うことで想像力が刺激されて新しいアイデアが生まれたり、商談に結び付くケースも多いそうで、欧米では社交・懇親の場として美術館がしばしば活用されているが、国内では、さまざまな制限などから館内での飲食を伴うパーティーはあまり例がない。
そうしたなか、ユニークベニューの取組みとして3月某日、大分県立美術館(以下、OPAM)にて社交パーティーが開催された。
2020年に制定された「文化観光推進法」では、文化振興を観光振興や地域活性化につなげ、その経済効果が文化振興に再投資される好循環を創出することを目的としており、これに基づき、2015年に開館したOPAMも文化観光拠点施設になっている。

そもそもOPAMのコンセプトは、「五感で楽しむ美術館」「出会いの美術館」。世界的建築家の坂茂(ばん しげる)氏は、単なる美術鑑賞の場にとどまらず、日常的に人々が集い多様な目的に活用できる場所にしたいとの想いで設計された。特に2階部分まで吹き抜けのアトリウムは、外からも中の様子がわかるようにガラス張りで明るく広々とした開放的なスペースとなっており、OPAMのコンセプトや坂氏の想いが感じられる特徴的な空間である。
まさにこの素晴らしいアトリウム空間を活かして、他では体験できないようなイベントを行い、芸術鑑賞の「視覚」だけではなく、「味覚」「嗅覚」「聴覚」「触覚」でも楽しむというコンセプトを実現したいと考えた。そして、そのようなユニークベニューの取組みがOPAMの新たな観光コンテンツへと昇華すれば、文化と経済の好循環が生まれるのではと考え、私もメンバーとして参加する大分経済同友会クリエイティブ大分委員会にて企画することとなった。当委員会は、芸術文化の創造性など感性価値を活かした競争力ある地域づくりを掲げて活動しており、そのアイデアやネットワークを駆使して特別な企画に仕立て上げた。
その日、アトリウムに接する1階展示スペースでは、三和酒類(株)「焼酎いいちこ」のポスター、雑誌広告、CMなどプロモーションを全て手がけてきた河北秀也氏にかかる「イメージの力 河北秀也のiichiko design展」が開催されており、パーティー参加者はまずこの展覧会を鑑賞、美術館学芸員の説明を熱心に聞き入った。自然景観のなかに焼酎いいちこのボトルがさりげなく調和するといった一貫したデザインを私も一つひとつ興味深く鑑賞させていただいたが、風景画を観るような心地良さを感じながら画面にひっそり溶け込むいいちこボトルをみているうちに、徐々に呑みたくなる気持ちを煽られたのは私だけではないだろう。
そんな気分で展示室を出ると、そこは吹き抜けの開放的な美しいアトリウム。テキスタイルデザイナー須藤玲子氏の作品である大シャンデリアが全面ガラス張りの壁面にも反射し、柔らかい灯りがアトリウム全体を包み込む。その下には一夜限りの会場が設けられ、「カドウ建築」と呼ばれる独特なデザインのテーブルに美味しそうなお料理が色とりどりに並ぶ。「食」も観光にとっては欠かせないコンテンツ。この日、大分県内で活動する気鋭のシェフ達が集まってくれた。彼らは大分の食を研究する「食ラボ大分」に参加するメンバーで、県産の食材を使ったメニューの研究や生産者と料理人をつなげる活動などを行っている。
臼杵コウイカのつくねフランスホワイトアスパラ、椎茸とポルチーニのアランチーニ・クレソンパウダー、エノハのコンフィ、臼杵黄飯のサラダ仕立て……県産や季節の食材をふんだんに使い、シェフ達が各々創作した大分ガストロノミーが一品ずつ丁寧に飾り付けられ、そして、三和酒類から協賛いただいた安心院(あじむ)ワインやいいちこハイボールがクーラーいっぱいに冷やされている。当社が経営する安心院葡萄酒工房は日本ワイナリーアワードで5年連続最高評価を獲得する国内有数のワイナリーで、スパークリングワインは国内トップクラスといわれている。

50人限定のパーティーはドレスコードがあり、参加者自身も蝶ネクタイにタキシード、ロングドレスや着物の装いで非日常感を満喫していたが、一方でそれがまた風景の一部となり一層華やかに会場を盛り立てていた。この非日常的な光景に、偶然美術鑑賞に訪れた来館者や外を歩いている人々が足を止め、興味深そうにアトリウムを見つめ、スタッフにイベント内容を尋ね、写真を撮りたくなる気持ちになるのも頷けた。
パーティーでは、地元のプロミュージシャンによるクラシックやジャズの生演奏がムードを一層盛り上げ、参加者は心地良い音楽の調べに耳を傾けながら、シェフ達の大分ガストロノミーを堪能し、ワイン片手に、大分の食・歴史文化・アート・iichiko design展の感想などについて、思い思いに会話を楽しんでいた。また参加者同士の交流だけでなく、演奏者やシェフとの商談の場ともなっていたのは、ある意味、好循環を生んだといえるのかもしれない。参加者、演奏者、シェフ、そこにいる全員が閉宴まで相互に交流を楽しみ、まさにOPAMのコンセプトである「五感で楽しむ美術館」「出会いの美術館」を実現するものとなった。

一夜限りのパーティーはこうして幕を閉じたが、多くの参加者が特別な時間を満喫し、再開催を望むほど満足度の高いイベントとなった。また、このイベントを後に知った人達からも再企画の希望や、自ら企画したいといった多くの好意的かつ前向きな反応があったことは、企画に携わった一人として嬉しかった。まちづくりも多くの人が関わること、当事者意識をもつことでより大きなうねりを生みだす。
OPAMのユニークべニューとしての活用は、地元での盛り上がりとともに、大分へ訪れる観光客にとっても魅力的なカルチャーツーリズムの体験型コンテンツとなり、そして文化と経済の好循環が生まれればと思いを馳せている。

著者プロフィール

佐野 真紀子 (さの まきこ)

株式会社日本政策投資銀行 大分事務所長

大分県出身。1990年日本開発銀行(現(株)日本政策投資銀行)入行。以来、大分事務所にて県内の産業動向や芸術文化によるまちづくり等についての調査を継続、情報発信を行う。県内自治体の地域振興、観光振興にかかる外部委員も多数務める。2023年6月より(株)日本政策投資銀行 大分事務所長(地域採用職の拠点長就任は同行で初)。