World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第3回

激化する電池市場をどう捉えるか?

2023年8-9月号

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

脱炭素化の目標を掲げ各国が一斉に電気自動車普及に力を入れ始めている。ここカリフォルニア州でも、2035年までに化石燃料者販売の全廃を目標に、税金の優遇措置や優先レーンの使用許可など特典を提供しながら、この目標に向けて大きく動き始めている。2022年の段階で、既にこの地のEV普及率は16%とかなり高い水準になっており、昨年以降、TESLAをはじめとしたアメリカ勢では、RIVIAN(EVトラック)、LUCID(ラグジュアリーEV)などが急速に販売数を伸ばし、またBYDやNIO、EPENGといった中国勢の進出も目覚ましい。日本勢も日産のリーフ以外にようやくSUBARUのSOLTERAや、TOYOTAのBZ4Xなどが市場にお目見えしてきているが、まだまだTESLAをはじめとした欧米/中国勢の普及率には追い付いていないのが現状だ。

さて、EVに限らず、省力化や脱炭素という観点から、ドローンや搬送機器などを含む多くのモビリティやロボットの普及に伴い、今最も注目されるのは、その動力の源になる電池だ。シリコンバレーにも多くの電池企業やスタートアップがひしめいている。その数は明確ではないが多分100社以上に上るだろう。当然そこに潤沢な費用を投入しているVCやCVCの存在もあり、また大手自動車メーカーなどが新しい電池技術や既存技術の向上に貢献できる企業との技術提携などを積極的に行っている。
今まさに花形のリチウムイオン電池を例に取ってみても、その性能向上に特化した精鋭企業が存在し、より高精度で寿命が長く、安全性の高い電池の開発に力を注いでいる。また将来的に供給に限界が来るといわれているレアメタル使用の同電池ではなく新規の次世代電池開発をしている企業も多い。さらに全固体電池や液体金属電池、密度の高い電池の開発や、電池用の新素材を開発する企業も続々と現れている。ただ電池開発の難しいところは、机上や実験の場で性能や特性に優れた電池を作れても、これが普及するレベルの低価格で製品化するまでに長大な研究開発期間と莫大な製造インフラのコストがかかることもあり、これらの新開発電池が、すぐに量産可能になって実用化に繋がるかという部分に関していえば、正直まだまだ、この先何年もかかるのが現状のようだ。
そんななか、やはり電池開発においても一番力を入れているのがTESLAではないかと思う。同社は、特にEV用のバッテリーに関しては、EVの大半を占める電池の価格をいかに抑え、さらに高性能で安全性の高いものを開発するかに力を注いでいる。代表イーロンマスクの戦略には、航続距離が跳びぬけて長く高性能で低価格の車載用電池を開発、その量産を実現し、今後参入してくるであろう多くのEVメーカーに圧倒的な差をつけることと、OEMベースで新規参入のEVメーカーへの供給も考慮した大きな構想があることは間違いない。現在同社は、アメリカ国内だけで少なくとも6か所の電池開発拠点を持ち、既存の製品開発や次世代電池の開発に力を入れている。
当然、アメリカという一大EV市場の獲得においては、同社のみならず精力的に電池生産に力を入れている韓国のSAMSUNG SDIやLG ENERGY SOLUTION、中国のCATLやBYDなどの電池メーカー大手も、この分野ではしのぎを削っている。並行して日本勢も来年以降、TOYOTAをはじめ、LGと提携して新規の電池工場の設立を計画しているHONDAや、Panasonicも2024年を目途に単独で新規のGIGAファクトリーを建設予定で、今後、加速度が増して普及してくるEV市場へ、そのインフラとしての搭載用電池を供給する電池の供給拠点の設立に動いているのが現状だ。
さて、日本の自動車メーカーの積極的な動きは、もちろん今までの化石燃料車の将来性が望めないなかで、何としても市場の既得権を維持しなければということで、積極的に動かざるを得ない状況があると思うのだが、果たして日本の電池メーカーはどうであろうか。日本産の電池といえば、Panasonic傘下に入ったサンヨーをはじめ、日立マクセル、シャープ、世界で最初にリチウムイオン電池を1994年に商品化したSONYなど、大手電機メーカーが主体で当時は電池分野でも世界を席巻していたイメージが強い。しかしながらPanasonicを除けば、かつての勢いはどこに行ってしまったのだろう?
愚考かも知れないが、この背景には2000年代に急速に衰退した日本のTVをはじめとした民生機器産業の崩壊が影響しているのではないかと思う。電池を生産していた大手家電メーカーは、今まで主流だった産業の崩壊に何とか歯止めをかけるべく、TVを例にとれば、薄型テレビや多重チャンネルTVなどマーケティングを軽視した製品開発に莫大な費用を投じたが、結局そのまま敗退。その間に間違いなく将来性のあった電池産業への投資を控えたことにより、製品開発の停滞と、多くの電池技術者の流出に繋がってしまったのではないか。この時流出した多くの人材が、今のSAMSUNGやLG、また中国系電池メーカーの電池開発の基盤になっているように思えてならない。
実際に、この状況はシリコンバレーでも、今注目されている精鋭電池メーカーには必ずといってよいほど、かつて日本の大手メーカーに勤務していた日本人のエンジニアが籍を置いている。そういう意味からすれば、かつて牙城の一つであった電池生産主要国としての日本の頭脳が世界の電池産業に関与していることは重要かもしれない。
ただ、これだけではあまりにも勿体ない。先にも書いたが電池産業の難しさは、たとえ机上や実験の場で高性能な次世代電池を開発できても、それをいかに歩留まり良く生産し、コストを下げて量産を可能にするかが重要なポイントだ。そんな量産体制を構築し、歩留まりの良い製造技術で高性能電池の生産をつかさどってきた日本の生産技術、製造技術、そして、その製造のための設備や関連機器など、日本には中小企業を中心に、この分野に貢献してきた優れた企業がたくさんあるはずだ。そんな企業が持つアドバンテージを、少なくともシリコンバレーで注目されている電池メーカーの生産体制構築需要にうまく合致させることができれば、商品としての電池自体は日本メーカーでなくとも開発機材や生産プロセスはMADE IN JAPANが中心、といった新たな市場の確立ができないか?と自身もシリコンバレーの電池スタートアップと携わっている関係で常々思っている。もちろんその需要に着目し参入を目論む志のある企業があればの話だが、この新たな電池分野における日本勢の再興を何とか実現したいものだ。

著者プロフィール

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION 代表
1988年に検査機器製造メーカーの駐在員として渡米後、10年間の赴任生活を経て、1999年シリコンバレーの中心地サンノゼ市にて起業。
以降、日本の優れた製造技術や製品の輸入販売を生業とし、一貫して米国の製造業に携わりながら現在に至る。
http://yoshiendo.com