特別研究 (下村プロジェクト)

シリーズ「豊かさの基盤としての生産性を考える」第2回

特許と生産性

2024年4-5月号

枝村 一磨 (えだむら かずま)

神奈川大学経済学部 准教授

1. はじめに

1990年代から観察されている生産性成長の鈍化は、アメリカや先進国等多くの国で課題となっている(Crouzet, et al., 2022)。生産性の向上を促す方策の1つとして、無形資産投資がある。Corrado, et al.(2009)の整理によると、無形資産は、ソフトウェア開発などに関連する情報化資産(Computerized information)、研究開発活動などに関連する革新的資産(Innovative property)、研修などに関連する経済的競争力(Economic competencies)に分類される。本稿では、革新的資産の一部で研究開発活動のアウトプットである特許と、生産性との関係に注目する。
本稿の目的は、特許と生産性の関係を、日本の企業レベルのパネルデータを用いて実証的に分析することにある。特許と生産性の関係を多角的に分析するため、特許は出願件数だけでなく、登録件数や、出願件数と登録件数をそれぞれ前方引用件数でウェイト付けしたものを用いる。また、グリーン・トランスフォーメーション(以下、GX)技術に関連する特許に注目し、出願件数や登録件数を分析に用いる。生産性として、全要素生産性(Total factor productivity:TFP(以下、TFP))を用いる。
分析では、2つのモデルを推計する。1つは、算出したTFPを被説明変数とし、特許関連変数を説明変数とするモデルである。無形資産の1つである特許の蓄積が、生産性に与える影響を定量的に検証する。もう1つは、特許関連変数を被説明変数とし、TFPを説明変数とするモデルである。生産性が低下している状況を脱するために研究開発活動を行う企業が、アウトプットとして特許を出願、登録する可能性を検証する。
2000年度から2019年度の、製造業に属する日本の上場企業1,360社のデータを用いて、固定効果モデルによる回帰分析を行った結果、特許出願や登録件数の蓄積は、生産性に対してマイナスのインパクトがある可能性が示唆された。また、TFPは、特許出願や特許登録にマイナスのインパクトがある可能性も示唆された。これらの結果を合わせて考えると、日本の製造企業は、生産性が低下している状況で研究開発活動に取り組み、特許を出願、登録していることが考えられる。
本稿の構成は以下である。まず、次節において、日本における特許出願や登録の推移を確認し、日本と米欧中韓との出願件数の比較を行う。3節において、日本の成長会計と特許出願件数の比較を行う。4節において、特許と生産性との関係を定量分析して、その結果を示す。5節で推計結果を整理し、結論を述べる。

2. 特許件数の推移

日本における特許の出願件数と登録件数の推移を示したのが、図1である。特許出願件数は、2000年までは増加傾向にあるが、それ以降は減少傾向にある。一方、登録件数は、2018年頃まで緩やかな上昇傾向にある。登録件数は近年大きく減少しているようにみえるが、登録には審査等があるため、最近年では直ちに登録されないというトランケーションを示していると考えられる。

日本特許庁と、アメリカ特許庁、欧州特許庁、中国特許庁、韓国特許庁に出願された特許件数の推移を比較したものが図2である。中国は2011年にアメリカを上回り、近年まで上昇傾向にある。アメリカ、韓国は緩やかな増加傾向にある。アメリカ、中国、韓国、欧州では増加傾向にあることから、日本における減少傾向は、世界のトレンドではないことがうかがえる。

3. 成長会計と特許

GDP成長率を労働投入増加の寄与、資本投入増加の寄与、TFPの寄与に分解した成長会計の推移と、特許出願件数の推移を示したのが図3である。1996年から5年ごとに平均している。TFPの寄与についてみてみると、2001年から2005年をピークとして、2020年まで減少傾向にある。TFPの推移は、特許出願件数の推移とほぼ一致している。特許出願件数とTFP成長率は相関していることがうかがえる。

ただし、生産性と特許出願との因果関係を直ちに考察することはできない。たしかに、特許出願件数が減少していることが原因、TFP低下が結果となっていると考えられるかもしれない。しかしながら、TFPが減少し、GDPも減少している状況において、コストがかかる特許出願を節約するべく、件数を抑制していることも考えられる。推移だけでは詳しく検証できないため、特許と生産性に関する回帰分析を行う必要がある。

4. 推 計

本稿では、生産性と特許の関係を定量的に分析するため、以下の推計を行う。

ただし、iは企業、tは年、TFPは全要素生産性(TFP)、Pは特許関連ストック変数、Xはコントロール変数である。TFPは、付加価値を資本、労働、TFPで説明する以下の生産関数を想定して算出する。

ただし、Yは付加価値、Kは総資産、Lは従業者数を用いる。より精緻にTFPを算出するため、Levinsohn and Petrin(2003)の手法を用いる。
Pとして、研究開発費ストック、特許出願ストック、出願特許前方引用件数ストック、GX特許出願ストック、特許登録ストック、登録特許前方引用件数ストック、GX特許登録ストックを用いる。特許は研究開発活動のアウトプットと捉えることができ、研究開発費はそのインプットの一つと捉えることができる。特許出願ストックは、研究開発活動のアウトプットと考えられる特許出願の量的な側面を捉えている。出願特許前方引用件数ストックは、出願した特許の被引用件数で重み付けした出願ストックであり、特許出願の質的な側面を捉えている。また、特許によるTFPへの影響が、特許の技術分野によって異なるか否かを検証するため、GX特許に注目して、特許出願ストックを算出して分析に用いる。また、特許が法的な効力をもつ登録件数に注目して、件数のストック、前方引用件数で重み付けしたストック、GX関連特許件数ストックを算出し、分析に用いる。
分析を行う際には、Pのラグを考慮する。研究開発投資や特許出願、特許登録は、時間的なラグをもって生産性に影響を与えると考えられる。そこで、本稿では、ラグなし、1年前、2年前、3年前のラグをとったPを分析に用いる。
コントロール変数として、年ダミーを用いる。これによって、時系列のトレンドや各年に起きたショック等を考慮しつつ、PがTFPに与える効果を統計的に抽出することが可能となる。
研究開発費や付加価値、総資産、従業者数の企業財務データは、NIKKEI Financial Questから抽出する。研究開発費や付加価値は、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)が公表している日本産業生産性(JIP)データベースを利用して実質化する。特許データはIIPパテントデータベースから抽出する(注1)。抽出した特許データを、NISTEP企業名辞書を用いて整理し、企業財務データに接合する。GX特許は、特許庁が公開している「グリーン・トランスフォーメーション技術区分表(GXTI)」で示されている特許検索式をもとに抽出する。データを抽出する対象期間は、研究開発費や特許のデータを安定的に抽出することができる2000年から2019年とする。また、分析対象は東京証券取引所のプライム、スタンダード市場(旧1部2部)に上場している製造業企業とする。研究開発費や特許は、JIPデータベースを参考に償却率15.76%とし、恒久棚卸法でストック変数とする。
分析に用いるデータの基本統計量を整理したのが表1である。なお、研究開発費の単位は百万円、特許関連データの単位は件である。

TFPを被説明変数として、企業固有の効果を考慮する固定効果モデルを用いて推計を行った結果を整理したのが表2である。研究開発費ストックの回帰係数はラグの有無に関わらずマイナスで有意となっている。これは、当年、1年前、2年前、3年前の研究開発費ストックが増加すると、当年のTFPが低下する可能性を示唆している。また、特許関連ストック変数についても、特許出願や登録、前方引用件数のストックでラグの有無に関わらずマイナスとなっている。これらの結果は、当年、1年前、2年前、3年前の特許の出願件数や登録件数のストックが増加すると、当年のTFPが低下する可能性を示唆している。

一方、GX特許出願やGX特許登録のストックは、ラグの有無に関わらずプラスで統計的に有意となっている。これは、当年、1年前、2年前、3年前のGX関連特許の出願や登録のストックが増加すると、当年のTFPが上昇する可能性を示唆している。つまり、2000年から2019年までの期間において、GX関連特許の出願や登録は、TFP向上に少なくとも3年間は寄与していることが示唆される。
技術分野を区分していない全ての特許出願や登録件数、前方引用件数を用いた推計で、特許関連変数の回帰係数がマイナスとなった理由として、特許と生産性の逆の因果関係の存在が考えられる。特許等の無形資産の蓄積が生産性に影響を与えることは、Corrado, Hulten and Sichel(2009)等で指摘されている。企業活動を考えると、もちろん研究開発活動や特許活動が生産性向上に寄与することは考えられるが、生産性が低い状況においてそれを改善するために研究開発活動を行い、特許活動を活発化させるということも考えられる。つまり、生産性の低い企業ほど、研究開発活動を行い、研究開発費を増加させて、特許出願や登録も増加させる可能性がある。本稿の推計では、特許と生産性の逆の因果関係を定量的に捉えているかもしれない。そこで、研究開発活動や特許活動に対してTFPが与える影響を定量分析する。
企業において生産性が研究開発活動や特許活動に与える影響を分析するため、以下のモデルを推計する。

Pを被説明変数、TFPを説明変数とするモデルである。先述の推計と異なるのは、Pとしてストック変数を用いず、1年間に支出された研究開発費、特許が出願された件数、それを前方引用件数でウェイト付けした件数、登録された件数、それを前方引用件数でウェイト付けした件数、GX技術関連特許が出願された件数と登録された件数を用いることである。分析対象期間は、これまでと同様に2000年から2019年である。
TFPを説明変数として、特許関連変数を被説明変数とする固定効果モデル推計の結果を整理したのが表3である。研究開発費については、TFPの回帰係数がラグの有無に関わらずマイナスで統計的に有意となっている。TFPが低下すると、研究開発費が増加することを示唆している。1期前、2期前、3期前でも係数がマイナスであることから、1年前、2年前、3年前のTFPが低下すると、当年の研究開発費が増加することが示唆されている。

特許出願について確認すると、出願件数は当期のTFPの係数がマイナスで統計的に有意、前方引用件数は当期だけでなく1期前、2期前、3期前のTFPの係数がマイナスで統計的に有意となっている。当年のTFPが低下すると、当年の特許出願が増加することが示唆される。また、特許の質を考慮していると考えられる前方引用件数については、当年から3年前までのTFPが低下すると、当年に質の高い特許出願が増加することが示唆されている。
特許登録について確認すると、登録件数は当期だけでなく、1期前、2期前、3期前のTFPの係数がマイナスで統計的に有意となっている。この傾向は、前方引用件数も同様である。当年、1年前、2年前、3年前のTFPが低下すると、当年の特許登録が増加することが示唆される。同時に、当年に質の高い特許の登録が増加することも示唆されている。
GX技術関連特許についてみてみると、当期のGX特許登録件数に対して、1期前、2期前、3期前のTFPの係数がマイナスで統計的に有意となっている。1年前、2年前、3年前のTFPが低下すると、当年のGX特許登録件数が増加することを示唆している。

5. おわりに

本稿では、2000年から2019年の、日本の東証プライム、スタンダードに上場する製造企業1,360社の財務データと特許データを用いて、パネルデータ分析を行った。研究開発費や特許出願、特許登録の蓄積が生産性に与える影響を分析したところ、ラグの有無に関わらずそれぞれマイナスのインパクトがあった。特許の質を示す前方引用件数でウェイト付けした特許出願、特許登録の蓄積も同様に、TFPに対してマイナスのインパクトがあった。一方、GX技術に注目してみると、特許出願件数、登録件数ともにラグの有無に関わらずプラスのインパクトがあった。
生産性が研究開発費や特許出願、特許登録に与える影響を分析したところ、研究開発費についてはラグの有無に関わらず、TFPがマイナスのインパクトを持つことがわかった。特許出願では、当期のTFPが出願件数に対してマイナスのインパクトを持ち、前方引用件数に対してはラグの有無に関わらずマイナスのインパクトを持つことがわかった。特許登録では、ラグの有無に関わらずTFPが登録件数や前方引用件数でウェイト付けした登録件数に対してマイナスのインパクトを持つことが分かった。GX技術関連特許では、TFPが出願件数に対して持つインパクトを確認できなかったが、登録件数に対しては1、2、3年前のTFPがマイナスのインパクトを持つことがわかった。
以上の推計結果を総合すると、製造業に属する日本企業は、生産性が低下している状況において研究開発活動を活発化させ、特許の出願や登録活動も活発化させていることがうかがえる。研究開発費や特許出願、特許登録の蓄積がTFPに与えるインパクトがマイナスであるという推計結果は、TFPが低下する状況において研究開発費や特許件数を増加させていることを反映していると考えられる。TFPが低下すると、研究開発や特許出願、登録が活発になることを示唆する推計結果と整合的である。
GX技術についてみてみると、特許全体とは異なる傾向がうかがえる。GX技術に関連する特許の出願や登録の蓄積はTFPを向上させるという推計結果と、TFPがGX技術に関連する特許の出願に影響を与えていないという推計結果、TFPがGX技術に関連する特許の登録に対してラグを持ってマイナスのインパクトがあるという推計結果を総合すると、TFPが1、2、3年前に低下するとGX技術の特許登録を増加させ、そのGX技術の特許はラグの有無に関わらず、生産性の向上に寄与している。本稿ではGX技術に注目したが、技術分野によって、生産性との関係は異なると考えられる。
本稿の分析結果は、重要な政策的インプリケーションを持つ。特許出願や登録を促進させることが、必ずしも短期的に生産性向上に繋がらないことが、本稿の結果から示唆されている。また、TFPが低下している状況で研究開発活動や特許活動を促していると考えられることから、生産性が低迷する日本において企業の研究開発活動を支援する従来の研究開発支援施策が、有効に作用していた可能性がある。つまり、無形資産の蓄積を通じた生産性向上を政策的にバックアップするには、長期的な視点で取り組む必要がある。また、GX技術のような、特定の技術分野においては、特許活動に焦点を当てた政策的バックアップが生産性向上に有効であると考えられる。政府が今後の経済活動にとって重要となる技術を特定し、政策的にバックアップすることが、技術政策だけでなく経済政策としても有効であることが示されている。

参考文献

Corrado, C., C. Hulten, and D. Sichel (2009), “Intangible Capital and U.S. Economic Growth,” Review of Income and Wealth, 55(3), 661-685.
Crouzet, N., J. Eberly, A. Eisfeldt, and D.Papanikolaou (2022), “The Economics of Intangible Capital,” Journal of Economic Perspectives, 36(3), 29-52.
Goto, A. and K. Motohashi (2007), “Construction of a Japanese Patent Database and a First Look at Japanese Patenting Activities,” Research Policy, 36(9), 1431-1442.
Levinsohn, J. and A. Petrin (2003), “Estimating Production Functions using Inputs to control for Unobservables,” Review of Economic Studies, 70(2), 317-341.
中村健太(2016)「『IIPパテントデータベース』の開発と利用」,国民経済雑誌,214(2),75-90.

著者プロフィール

枝村 一磨 (えだむら かずま)

神奈川大学経済学部 准教授

一橋大学経済学部卒業、同大学経済学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(経済学)。東北大学環境科学研究科助手等を経て、現在神奈川大学経済学部准教授。専門分野は、生産性分析、環境経済学、産学連携に関する実証研究。経済学的な視点から、持続可能な生産や企業の生産性向上に寄与する要因を研究している。研究業績として、乾友彦氏との共著「企業における研究者の多様性と特許出願行動」(研究技術計画,37,1)や「産学連携と研究生産性に関する実証分析」(研究技術計画,35,3)、「自動車排出ガス規制の強化は企業の触媒技術に関する研究開発活動に影響を与えたか―特許データを利用した定量分析―」(経済貿易研究,46)等がある。