『日経研月報』特集より

都市に『木の建築』と『木の空間』をつくる

2023年10-11月号

安井 昇 (やすい のぼる)

桜設計集団一級建築士事務所 代表

(本稿は2023年7月14日に東京で開催された講演会(オンラインWebセミナー)の要旨を事務局にてとりまとめたものである。)
1. はじめに
2. 木と木の建築の性能を見直す ~安全性能と快適性能~
3. 箱づくりから場(プログラム)づくりへ ~木だからできることを増やす~
4. つくりかたをつくる ~仕事・人・技術が建物をつくる~

1. はじめに

かつて、日本の街は何もかも「木」でつくられていました。しかし戦後の高度経済成長期に鉄骨造・RC造の建物で街がつくり直され、今に至ります。日本は都市設計において木を排除した歴史がありますが、木で建物をつくるとどのような街並みになるのでしょうか。例えば表参道をCGで描いてみると、街の雰囲気は全く変わります(写真1)。

私は、京都の町家で生まれました。京都の町家は大変風情がありますが、冬は寒く夏は暑く、住むのに快適とはいえません。昨今の木造技術の進化で、法律上は木造であってもコンクリートと同等の安全性があればつくってもよいと変わってきていますので、木造の断熱等の性能が改善されれば、町家は快適な住居になります。
こういった背景もあり、私たちは2008年にNPO法人Timberize(ティンバライズ)を立ち上げました。地震による倒壊、火災による損壊という木造のマイナスイメージを変え、木材の性能を評価し直し、木造の可能性を広く知ってもらうことを目的に、設計者、研究者、施工者、材料供給者と共に普及啓蒙活動をしています。

2. 木と木の建築の性能を見直す ~安全性能と快適性能~

建築基準法は、都市の不燃化を目標に1950年に制定されました。都市の建築物を木造建築から不燃構造体に変えるという法律です。2000年には、4階以上の建物の木造建築が可能となりました。その後、日本の山に約50年前に大量に植えた杉や檜の利用を促進することを目的とした法律が2010年に制定され、2021年には、脱炭素の流れを受け、民間の建物に再生可能な材料の木材利用を促進する法律が制定されました。最近、木造のビルがつくられているのは、この法令改正が寄与しています(図1)。

行政も後押しをしています。2012~2013年、国交省は複数の大学や民間企業と共に実大火災実験を行いました。実際に建物を建ててどう燃えるかの実験です。この実験を経て、木造建築に鉄骨造・RC造と同じ防火性能を確保できることが明確となり、法律上、施主は、鉄骨造・RC造・木造のうち、どの構造を選んでもよいことになりました(図2)。

木材はそれほど燃えないのかと思われるかもしれませんが、木材は自ら燃える材料ではありません。部屋の中の可燃物が燃えて木材が熱せられ、木材は燃えるわけです。従って火事の起こりやすさの観点でいえば、鉄骨造・RC造・木造の違いによる差はありません。建物には耐震性、防火性、断熱気密性、遮音性、耐久性、居住性、メンテナンス性、さまざまな性能が必要ですが、鉄骨造・RC造と比べて木造が勝てない要素は遮音性のみなのです。ちなみに、木材の短所といわれる割れやすさや反りに対しては、水分をコントロールすればいいのです。また、腐ったり喰われたりする点については、シロアリなどの対策として木を腐らせず、また倒れないように設計すればよいわけです。例えば、「岡山県秋葉山公園県民水泳場」は屋根に木材を使用しています。水と木の距離が十分確保できているので、木は腐りません。また、水と縁を切って長持ちさせている建物もあります。その代表は、建立後1300年が経つ「法隆寺」です。
木は「生物材料」とも呼ばれ成長していく材料であり、人間にやさしい物理的性能を持っているために、心地がよいと感じられるのです。例えば、広島の厳島神社にある「千畳閣」には、何をするわけでもなく、たくさんの人が木の床に座っています。木材の軟らかさ、熱伝導率の低さを享受しながら心地よく過ごせます。また各地域で増えているのが、地元の木を用いた木造の保育園です。子どもたちが裸足で走れる空間には木材が適しています(写真2)。

しかし、木造ばかりにしようということではありません。木を選ぶことも1つの選択肢だということです。都市のビル群にはコンクリートと鉄でできた建物が並んでいます。その中に、フレームはコンクリートで中は木造という建物があってもいいと考えます。昨年、大林組は11階建ての木造ビル「Port Plus」を施行しました(写真3)。実際に3階建ての木造建物は増えていますが、大企業がRC造のフレームを造り、中を木造で自由につくれるようにすると、木造専門の中小工務店も活性化すると思います。

2018年、六本木ヒルズ森美術館で「建築の日本展」が開催されました。日本初の超高層建築物と呼ばれた「霞が関ビル」が1968年に建てられましたが、同ビルを木造にするとしたらどこまでの高さで設計できるかを東京大学腰原研究室らが設計したところ、2倍の高さまで設計できるということが検証され、この日本展でその研究成果を展示しました。
木材は価格が高いのでは? とよく聞かれます。住宅の場合、コストがかからないのは木造ですが、数寄屋建築や茶室建築などの建物の場合はコストが高くなります。木造のコストは、設計次第なのです。
今、収穫時期を迎えた木材が多量に出てきています。森林をCO2吸収源として再造林する活動が求められていますが、一方で「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に則り、木造建築を増やし、木造に強い設計者を増やしていく流れもあります。九州では、木材の一大産地を盛り上げる目的で、木造ビルを建てる技術の普及活動プロジェクトが2019年に立ち上がっています。
日本ではここ百年近く、住宅以外の木造建築があまりつくられなかったこともあり、住宅以外の木造建築について詳しい大人たちが減ってきています。そこで、今の子どもたちに木造のファンになってもらう試みとして、木造校舎や幼児施設の木造化への取組みも進めています。

3. 箱づくりから場(プログラム)づくりへ ~木だからできることを増やす~

次に、木だからできることを増やす取組みを紹介します。2015年の建築基準法改正後にまず手を挙げたのは、富山県魚津市立星の杜小学校です(写真4)。外壁木材は1階だけで、2、3階は鉄板外壁で仕上げています。毎年6年生が卒業時に1階の外壁木材を塗装します。木材は経年変化するので修理が必要になりますが、学校は、それを学校の行事として組み込んだのです。部屋の壁には端材を貼って仕上げています。木の壁だからこそできる、参加型ものづくりのプログラムです。

4. つくりかたをつくる ~仕事・人・技術が建物をつくる~

建物には、「技術・人・木材」が必要です。歴史を振り返ると、和歌山県にある高野山真言宗の総本山金剛峯寺にはお寺がたくさんありますが、弘法大師が、建築という仕事をつくり出したといえます。今、木造住宅に関しては、技術・人・木材が容易に揃います。しかし、新たな木材利用を考える流れになったとき、住宅以外の木造建築の技術が失われたことが課題でした。現在、木造設計者を増やす取組みや、国による木造建築技術のバックアップの取組みなど、人と木と技術が揃ってきつつあります。先述の日本初の木造3階建て校舎である星の杜小学校では、設計者がなかなか見つかりませんでした。そのため日本各地から、設計者のみならず構造、音環境、意匠等々、多くの専門家が集結しました(写真5)。仕事が生まれれば、技術・人が育ち、技術・人が育てば、必ず次の展開が生まれます。

建築家の隈研吾さんが校長先生の高知県立林業大学校は、木造初心者のための中大規模木造塾として、木造設計者の育成に注力しています。これまで住宅以外の木造建築が少なかったため、一級建築士であっても、木造についてはほとんど習わず、習う必要もなかったのです。大学の建築科でも、鉄骨造・RC造の技術が中心で、木材について教わることも少ない状況です。しかし校舎などを木造化したいというニーズが出てくるなかで、設計側も技術者を増やす努力をしています。特に木造の大構造物については、木造技術を改めて学ぶことが必要です。
最後に、木造建築の事例をいくつか紹介します。まず、2021年に開庁した京丹波町の新庁舎です(写真6)。3階建て以下の木造建築はリーズナブル且つ合理的に建てられるということもあり、この新庁舎は2階建てです。京丹波町が木材の産地であることを活かし、檜材、杉材といった地域木材だけでつくられました。地域木材を使うことで地域にお金が落ち、地元の工務店も参画できる、地域産材ならではの取組みといえます。

次に紹介するのは、高知県自治会館です。高知県は森林率83%を誇る林業県であり、木材利用を率先してPRしようという知事の号令のもとで建てられました。建物全体に檜の心地よい香りがします。石膏ボードを木材の回りに巻き付けて柱が燃えないようにしてその上を木材で仕上げています。守るべきところは守り、見せるところは積極的に見せていくというつくり方です(写真7)。

海外の例を紹介します。これは、ミラノの高級マンションです(写真8)。ベランダに植木を植え、コンクリート造を立木が覆っています。ただ、メンテナンスの大変さも課題のようです。また、丸太のまま、自転車スタンドや花壇に利用しているケースもあります。海外ではこのように、林産地で木造化する地産地消の発想があります。さらに、古い木材ほど価値があるアンティークとしての使い方を提案する考え方もあります。従来の常識にとらわれない木の使い方を考えていくといいのでないでしょうか。

私は、大規模建築の木造化の取組みのほかに、約70㎡、2LDKの平屋新築住宅も設計しています。これを、京町家の材料である土壁でつくることにしています。伝統的な建物は、地域の田んぼから取ってきた土を壁に塗る製法です。その下地として、地域で育った竹が編まれ、藁が結ばれます。環境に配慮した再利用可能な土、竹、藁を利用しているのです。これらの材料で、どこまで現代の建築ができるかというプロジェクトでもあります。キーワードは、寒さ暑さの解消、エネルギー消費を最小にする建物をつくるということです。日本が培ってきた技術を、最新の木造に織り込もうとしています。
森林の心地よさが好きな人は多いでしょう。秋田県国際教養大学の小径には、秋田杉が植えてあります。木漏れ日が差し、ベンチがあります。ここに座ると心地よいのです(写真9)。都市に木造空間をつくることは、実は、このような森林空間をそのまま都市に持ってくるということです。道があり、両脇に木があり、外側に椅子がある、そこで人が活動する。コンクリートや鉄を否定するのではなく、木の性能が見直されてきているなかで、木を使ってみることも大いに考えることが必要なのではないでしょうか。

〈質疑応答〉

質問1 木造建築に先進的に取り組んでいる国と取組事例を教えてください。
安井 まず、北欧諸国が挙げられます。スウェーデンでは木造シティをつくる計画もあります。日本は地震国なので高層建築の構造設計は高度ですが、北欧北部は地震が比較的少ないので、高層化しやすいのです。また、木材産地であるオーストリアやポーランドは、自国で木造建築を進めています。北米では、5、6階建て共同住宅はツーバイフォー構造であり、昔から多くの木造が使われています。日本は、見えるところに木材があるほうがよいといわれますが、欧米の方々は再生可能材料で建物を造るという環境的な取組意識が強いので、木は見えなくても木造であることがステイタスなのです。
質問2 「大分県県立武道スポーツセンター」は、市場に流通している安価な製材を利用したコンピューターシミュレーションによる大規模建築です。木造建築におけるITテクノロジーの貢献については、どのようにお考えですか。
安井 同センターは、屋根が木造です。屋根を木造化することは、木材の使い方として向いています。大分には4~6mの木材が多く、ここの武道場においては木材だけで70mのアーチがつくられています。それを構造的にどう成り立たせるかは、コンピューターの進歩により複雑な構造計算ができるようになったことが大きいです。構造計算によって、多くの部材を組み合わせながら大空間を設計できるようになったことは大きな進歩でしょう。
質問3 都市の木造建築でCO2固定化ができる点は、カーボンニュートラルの観点で注目されていますが、ご意見はありますか。
安井 木は、山での成長過程でCO2を吸収し、ずっと固定されています。それをそのまま建築に使うわけなので、都市に木造建築をつくることは、もう1つ森をつくることと一緒です。木造建築は都市の森ともいわれています。ただ、集成材をつくるときの加工工程でCO2を排出するので、単純にCO2が固定されるだけではありません。しかし、この増加分とCO2固定による減少分を両方計算すると、結果として、コンクリートでつくるよりはプラスになります。一方で、建築方法や部材の選び方によっても課題はあると思っています。
質問4 病院空間を木質化すると、患者さんばかりではなく看護師さんたちも元気になると聞きます。このポテンシャルは高いと思いますが、いかがでしょうか。
安井 檜には抗菌効果があります。また、特に患者さんにとってのメリットは木材の調湿効果が大きいでしょう。最近では、木造の老人福祉施設が増えています。RC造と木造の両方の施設に勤務した方の話によれば、足腰の疲れ方が全く違うようです。木造の床はとても軟らかく、立ち仕事をする方の足への負担は木造のほうが少ないということです。木は柔らかいので傷は付きやすいのですが、トータルで考えたとき、木造のメリットは大きいと思います。

著者プロフィール

安井 昇 (やすい のぼる)

桜設計集団一級建築士事務所 代表

1968年 京都市生まれ、1992年 東京理科大学大学院卒業(修士)、1999年 桜設計集団一級建築士事務所設立、代表、2004年 早稲田大学大学院卒業(博士)、2007年 日本建築学会奨励賞(論文)を受賞、2016年 ウッドデザイン賞林野庁長官賞受賞
主要著書、主な活動等 NPO法人team Timberize理事長、早稲田大学理工学術院総合研究所招聘研究員、高知県立林業大学校特別教授、八ヶ岳の秘密基地、LVL 準耐火構造外壁・耐火被覆材の開発、製材 準耐火構造外壁と間仕切壁の開発、墨田区主導による木造密集市街地の既存木造の防耐火性能を向上させる防火改修手法の開発と防火改修のプロトタイプの検討