World View〈ヨーロッパ発〉シリーズ「ヨーロッパの街角から」第39回

電動キックボード~安全性の向上と普及への課題~

2023年8-9月号

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

日本では7月1日から電動キックボードの免許が不要となり、自転車並みの手軽さで利用できるようになった。その反面、違反や事故の増加が懸念され、実際に飲酒運転や転倒事故のニュースも報じられている。
ドイツの道路交通で電動キックボードが認可されたのは2019年6月のこと。全国規模でレンタル事業が始まり、都市部を中心として一気に普及が進んだ。
当初から免許は不要で使い勝手の良さが人気を呼んでいるが、一方で問題や課題も浮き彫りになっている。日本の先を行くドイツとフランスの様子から、その利便性と課題、そして将来像を探ってみたい。

都市部のちょっとした移動に最適


筆者は自転車があるので、地元(カールスルーエ)で使う機会は限られるが、それでも何かと重宝する。公共交通を使うほどではないが、歩くには厳しい移動にうってつけだ。
人口31万のカールスルーエでは4つの事業者が、合計1,200台あまりのレンタル電動キックボードを運用している。もちろん車体を購入することもできるが、個人所有はまだ少ない。本稿では特に、筆者がよく利用するTIER社のレンタルシステムを中心に話を進めたい。
ブレーキバーは左右のハンドルに付いていて、スピードはハンドルのスロットルで調節する。走り出すとき、軽く助走をつけなければならないなど、多少のコツはあるが、自転車に乗れる人ならすぐ慣れるはずだ。
基本料金は1ユーロ、利用料金は1分0.22ユーロで距離は関係ない。最寄り駅から自宅まで使えば、7分で計2.54ユーロになる。ちなみに、これは同区間を路面電車で移動した場合の運賃とほぼ同額だ。庶民としては、もう少し安いと助かるのだが。

ルールの周知徹底が課題


車体はリミッターを内蔵し、最高速度は時速20キロに制限されている。これは自転車を少し速めにこぐ程度の速さだ。速度・機能・使い方を考えると、自転車に準じた乗り物ということができる。
安全に関して重要なのは、まず利用者の意識だろう。あらためて街中の利用実態を観察すると、思いのほか違反が多いことに気づく。
例えば二人乗り。電動キックボードは自転車に比べてタイヤが小さく、段差で転びやすいなど、構造的に不安定だ。二人乗りは自転車以上に危険である。
歩道や歩行者専用区域の走行は基本的に禁止だが、守らない人がいるのは自転車と同じ。ちなみに、ヘルメットを被っている人は、ほぼいない。
利用者の視点で気になる安全上のポイントは、自転車道・レーンや標識などのインフラだ。日本と比べ格段に充実してはいるが、それでも見直すべき点は無数にある。自転車を使いやすい交通環境は、すなわち電動キックボードを使いやすい環境。安全な利用を後押しするには、利用環境の継続的な整備が不可欠になる。
ADAC(日本のJAFに相当)の広報によれば、最も多い事故原因は不適切な運転と飲酒だという。「2022年の負傷者(約8,800人)と死亡者(11人)は、前年に比べ5割増加しています。負傷者の81%は45歳未満で、40%は25歳未満でした。大切なのは、より多くの教育・啓蒙と、インフラの整備です。」

迷惑駐輪


典型的な問題のひとつが迷惑駐輪だ。ルール上は歩行者の邪魔にならない限り、歩道などに駐輪して構わないが、実態はかなり乱雑である。
写真2のように、倒れたり、歩行や自転車走行の邪魔になっている車体は珍しくない。写真の車体は、倒れる前から、かなり邪魔な場所に置かれていたようだ。随時、事業者が車体を点検・充電し、必要に応じて回収してから営業区域内に再配置しているが、作業は追いついていない。
また、駅前の迷惑駐輪(自転車)は都市交通問題の代表格だが、電動キックボードの場合はそれほど深刻でない。これは利用者のマナーが良いからではなく、「レンタルのシステム上、問題となる場所に駐輪できない」のが理由だ。
各車体にはGPSが搭載され、利用可能な車体をスマホの専用アプリで探すことができる。利用終了の手続きにもアプリを使うが、表示される地図を見ると駐輪禁止区域は赤く塗られていて、そこでの使用終了は受け付けられない。駐輪禁止区域には、駅前の他、公園、歩行者専用区域などが含まれる。
私が住む街に限って言えば、迷惑駐輪は見受けられるが、極端に酷いとは感じない。写真のように改善の余地があるのは事実だが、自転車と比較すれば状況はましだ。

パリの選択は廃止


ここで、フランスの事例を取り上げたい。
パリでは2018年からレンタル電動キックボードが使われているが、この4月、事故の多発を背景に存廃を問う住民投票が行われ、廃止が9割近くで圧倒的多数を占めた。この結果を受け、パリ市長は、市内で約1万5千台を運用する3事業者との契約を更新せず、9月に廃止する意向を示している。投票率は1割に届かず、どれだけ民意を反映しているのか疑問視する声はあるが、決定は決定。ただ、ヨーロッパの都市で廃止は異例だ。
フランスは自転車を含めた公共交通インフラの整備に積極的で、分野によってはドイツより先進的である。写真3は、パリ中心部、セーヌ川沿いを走る一方通行の3車線道路。左はバスと自転車の共用レーンで、一般車両の通行は禁止されている。自動車と自転車が並んで走ることに馴染みがないと危険に思えるが、慣れれば無駄のないシステムで、採用しているヨーロッパの都市は少なくない。
一方、パリの交通マナーはお世辞にも良いとは言えない。パリで車を運転した経験からすると、ドイツに比べて運転は数段荒く、信号無視が驚くほど多い。これは憶測になるが、順法意識の低さと電動キックボードの事故の多さは、密接に関係しているような気がする。

位置づけ


電動アシスト自転車や電動キックボード、それに類似する小型電動移動媒体は、通称ペデレック(英語:pedelec)と呼ばれ、ヨーロッパで急速に普及が進んでいる。ペデレックは都市交通の利便性を高め、今後とも重要さを増していくはずだ。
電動キックボードは、都市交通の新参者として、時折、尖った社会問題を引き起こしながらも、利用は自然と拡大するものと筆者は考えていた。しかし、パリの事例は、社会の理解と多面的な普及の努力が必要なことを、はっきり示している。
そもそもの話になるが、交通政策において電動キックボードはどのように位置づけられるのだろう。法律上は小型電気自動車の括りになるが、機能や利用実態は、ほぼ自転車と重なる。インフラ整備のことを考えると、自転車と合わせて扱うのが合理的に思える。
自転車インフラの整備を統括する、ドイツ連邦交通省の自転車担当課に話を聞いたところ、制度上、自転車と電動キックボードは直接リンクしていないそうだ。自転車インフラの整備が、結果として電動キックボードの利用環境向上に繋がるのは確かでも、あくまで別の交通媒体であり管轄外ということらしい。今はまだ、制度が現実を追いかける状況で、交通政策における位置づけは流動的といえる。
利用者の意識向上や行政の対応など、普及に向けたカギは幾つかあるが、直接的な影響を発揮するのは、やはり事業者の運営姿勢だろう。
パリの事例からも明らかなように、市民に嫌われてはおしまい。都市交通への貢献をアピールしながら、車体のメンテナンスと配置に気を配らなければならない。また、アプリの工夫次第で利用者の安全意識を喚起したり、マナーの向上を働きかけることもできそうだ。
事業者の乱立は一段落し、これからは総合的なサービスの質が問われる、淘汰の時代に突入する。
(1ユーロ≒153円)

著者プロフィール

松田 雅央 (まつだ まさひろ)

在独ジャーナリスト

1966年生まれ、在独27年
1997年から2001年までカールスルーエ大学水化学科研究生。その後、ドイツを拠点にしてヨーロッパの環境、まちづくり、交通、エネルギー、社会問題などの情報を日本へ発信。
主な著書に『環境先進国ドイツの今 ~緑とトラムの街カールスルーエから~』(学芸出版社)、『ドイツ・人が主役のまちづくり ~ボランティア大国を支える市民活動~』(学芸出版社)など。2010年よりカールスルーエ市観光局の専門視察アドバイザーを務める。