World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第4回

飛躍するモビリティ市場の動きの中で思うこと

2023年12-2024年1月号

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

カリフォルニアを中心とした電気自動車(以下、EV)普及率の加速が止まらない。2023年の上半期のデータでは、EVの販売総数は全体の23%を上回っている。前年(2022年)比でのその伸び率は59%になり、実に新車購入の4台に1台がEVという計算だ。

今回は、こんな状況のカリフォルニアにおける新しいモビリティ市場で今夏に注目された2つの大きな話題に言及してみたい。
まず8月にサンフランシスコ市が、自動運転タクシーの営業運行を台数の制限なく認可した。今サンフランシスコ市内では、GM 傘下で自動運転車開発のクルーズと、アルファベット傘下でグーグルが親会社のウェイモが営業を開始している。実際にサンフランシスコでは、観光客を中心に需要が増大。もちろん、現在は公道運航に限定されているため自動運転ならではの問題(急停止や緊急車両の通行妨げ等)は頻繁に発生し、その都度ニュースの話題になったりはしているが現状、人命にかかわるような大きな問題はないようだ。その無人の車が乗客のスマートフォンと連動して目的地に送り届ける様子は確かに近未来的な情景だろう。ただ自分はそれより、これだけ急速にこの自動運転車が公道を走行できるという、そのテクノロジーの急速な進歩が脅威に思えてならない。サンフランシスコを訪れたことのある方なら、あの市街地の混沌とした状況が理解いただけると思うが、極端に坂が多く、多くの人が路上を行きかい(特に交通ルールの異なる海外からの観光客も多い)、一方通行路も一般的。おまけに陽光のカリフォルニアにして、特に夏場は霧が発生することが多く昼でもどんよりした天気になることが普通な環境の中で、どうしたら安全を補完して、乗客を無人で目的地まで届けることができるのか。
車載用のチップ開発に従事していた友人の話によると、このような自動運転車が公道を走行した場合、搭載された無数のセンサーやLiDAR(レーザー計測システム)、またADASなどから得られる情報は1時間に何と数テラバイト(5TBから20TBぐらい)になるという。iPhone 15の最大容量は1TBだが、これから考えても膨大な量のデータから、これは人なのか障害物なのか? この暗さは霧なのかトンネルの中なのか? などを瞬時に判断する必要があるわけで、それを実現するための膨大な情報を最速で処理する最先端のコンピュータ(GPU等のIC)のみならず、解析するためのソフトウェア、それを的確にネットワーク上で把握するための通信機能などが搭載されている。
2009年ごろからGoogleなどで開発が始まった自動運転の技術が、Googleマップや検索エンジンを経由して蓄積してきたその膨大なデータからAIなどを駆使して最適化されることによって、既に2017年ぐらいには自動運転技術の骨子が確立され、それを数年で、ここまで昇華させてきたテクノロジーの飛躍的な進化は見逃すことができない。加えて、自動運転車となれば同然、車自体のスペックも大きく変わってくるはずだ。現状の無人タクシーにはハンドルはついているようだが、この先、それも不要になるかもしれない。原動となるバッテリーの良し悪しや電池を長持ちさせるための安全性を確保した車体の軽量化も必要になるだろうし、そのための素材開発などハードウェアも新しいモビリティの需要で間違いなく増大してきそうだ。果たしてこのような状況のなか、日本の自動車関連の中小製造企業も、海外の動きを注視し安全性の確保で得てきた技術を応用し、新たな製造分野での可能性を見出すことができれば、少しは面白い展開になるかとも思うのだか、いかがなものであろうか。
いずれにしてもここまで急速に飛躍してきたテクノロジーの背景にはAIの関与は否定できず、それによって指数関数的に産業が発達することを考えると、もしかしたら今はまだ現実的ではない空飛ぶ自動車なども2030年ごろにはシリコンバレーの上空を飛び回っているかもしれない。
もう一つは、ベトナムのEVメーカーVINFAST。同社は8月にアメリカのハイテク市場であるNASDAQに上場、その後株価は急上昇し、何と一時的ではあったが時価総額がHONDAを抜いてしまったというニュースには本当に驚いた。新興のメーカーとはいえ、同社に対する話題性と期待が株価に反映されている点、そしてベトナムという自動車産業市場においては全く未知の国のメーカーが、これだけ評価されてしまったわけだ。残念ながら、このようなニュースに関しては、多分、間違いなく自動車メーカーがお得意さんである日本のマスコミやメディアでは、報道されていないと勝手に思ってはいるが、正直そのインパクトは大きかった。

実際にアメリカでは既に中国のEVメーカー、BYD、Li Auto, NIO、Niu(電動バイク中心)の4社が上場しており、VINFASTの上場はアジア勢で5番目となる。そしていずれの会社も創業は2010年以降(BYDはEV参入時)の新興勢力。彼らが今、新しい自動車市場に確実に浸透してきている点が何とも凄まじい。
アメリカでの販売状況を見てみるとテスラを筆頭にビッグ3はもとより、ヨーロッパ勢を中心として既に30社以上がEVを販売、もしくは製造をしており、その車種も小型車からSUV、商用のバスや、トラックなど多岐にわたる。2022年の販売台数トップ10を見ると、群を抜くテスラを筆頭に、既に各社、数種類のモデルを販売しているヨーロッパ勢に加え、韓国のHYUNDAIとKIAのEVも、それぞれ1万5000台以上の販売実績を残しているが、日本勢といえばいち早くLEAFを販売していた日産だけがランクインしている状況。そんななか、ようやく今年に入り、SUBARUがSOLTERA、TOYOTAがbZ4X、日産もアリヤというSUVタイプEVの販売を開始、来年からはHONDAもプロローグの販売を予定しているが、既に混戦状態の市場に日本勢はガソリン自動車の名声でどれだけ健闘できるかが注目に値する。また既に実績を上げている韓国勢に加えVINFASTをはじめとしたベトナム、アジア勢が脅威になる事も間違いない。

「まさか世界一の日本の自動車メーカーがEVでも、こんな新興勢力に負けるわけがないでしょ!」
きっと日本人なら誰もがそう思っているだろう。しかしながら、2003年にテスラが創業した当時、日本の自動車メーカーは、IT成金が出資した新興自動車メーカーに何ができると歯牙にもかけなかったし「自動車製造はそんな簡単な訳ないでしょ」と嘲笑。2010年にはTOYOTAと業務提携もあったものの結局EVのRAV4(TOYOTAの米国仕様SUV)製造プロジェクトも実現には至らずTOYOTAは保有していたテスラ株を2016年にすべて売却。その提携をも解消されてしまった同社が、今や時価総額では、はるかにTOYOTAを上回っているのが現実だ。創業わずか20年の新参自動車メーカーが創業80年の老舗で世界有数の自動車メーカーとして君臨していたTOYOTAをあっさりと凌駕してしまった現状を見る限り、これから益々車種を増やしてくるヨーロッパの既存メーカーや本格参入を進めてくるアジアの新興勢力に、日本勢がEVでどれだけ善戦できるかは残念ながら楽観視ができないのが本音である。

著者プロフィール

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION 代表
1988年に検査機器製造メーカーの駐在員として渡米後、10年間の赴任生活を経て、1999年シリコンバレーの中心地サンノゼ市にて起業。
以降、日本の優れた製造技術や製品の輸入販売を生業とし、一貫して米国の製造業に携わりながら現在に至る。
http://yoshiendo.com