World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第5回

高額医療国アメリカの現状と、その改革

2024年4-5月号

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

今年に入り、年に一度の定期健診で血液検査を受けた。アメリカではホームドクター(かかりつけの診療所)で簡単な問診のあと、その場で採血してもらうのではなく、定期的な検査項目と問診による追加項目等を記載した血液検査用シートをもらい、それを持参してX線検査や採血を専門に行うラボへ赴き、そこで採血をするシステム。結果は全て1~2日中にはオンラインで登録された自分のアカウントに検査結果が届く。そこで再検査等の必要があれば、そこから次のステップのアポイントを取ることができる。これは、こちらで受けるさまざまな検査でも同じ対応だ。かかる医者の種類にもよるが、基本的には自分のアカウントを設定すればそこに自分の医療データはすべて集約でき、内容をオンラインで専門医や他病院にも送ることができる。

コロナ以降、アメリカでは医療機関のIT化が急激に発展。このような検査結果のオンラインによる受領は当たり前で、アポイントを含めドクターによる診察もオンラインで時間を予約し、ビデオシステムで診察するパターンが定着している。わざわざ病院に赴く必要もなく、ネットの環境さえあれば、決まった時間に診察が受けられるので感染対策だけでなく利便性もかなり高いし、自分の医療データを集約できるので、患者にとってもドクターにとってもメリットは大きい。血液検査や人間ドックをうけても個人情報の観点からか、オンラインで結果を受け取れるところはほとんどない日本の状況(自分が知る限りだが)と比べると、この違いは大きい。

ただ深刻な問題は、これだけITによる利便性があっても、アメリカの医療費は日本に比べて恐ろしく高額だということだ。(以下、金額に関しては実感を持ってもらうために140円/ドル換算で円記載。)既に色々な場面で、この高額のニュースを耳にする機会も多いかと思うが、現在、自分が支払っている健康保険料は家族3人で月々37万円。例えば月額の保険を支払っていてドクターの診察は、自分の場合一回につき8,000円(オンラインも同様)。血液検査は検査項目にもよるが、1回大体12,000円は必要になる。これだけ払っても保険の定款には日本でいう控除金額があり、それが大体100万円。つまり100万円まではかかった費用に応じて自己負担が必要になるのだ。もちろんこれは自分のような個人事業主の場合で、企業の場合は、会社が従業員の保険をカバーするので、社員ごとに大体この程度の費用(会社によって保険の種類や加入詳細など千差万別になるため費用もまちまち)を負担することになる。
それにしても、なぜ、これほどまでにアメリカは医療保険が高額なのか?
まず、アメリカは日本とは異なり、医療行為や医薬品の費用に対して国が制限と一部負担を行っておらず、製薬会社が自由に価格設定できるため、薬品の費用が異常に高い。特に特許で保護されたガンや難病用に開発された薬の場合は注射1本100万円や点滴1本300万円などが普通に存在。もちろん、投与の前に医者から承諾を求められるのだが、親族の状況を前にして高額なので要らないとは言えるはずがない。また医療行為に関しては先般、自ら受けた内臓のMRI検査において、保険適用にも関わらず上記の控除条件もあり30分の検査で請求額は60万円だった。正直、このような費用が記載された請求書を見ると心臓が止まりそうになる。
そしてアメリカの場合、日本のように国が定めた社会健康保険や国民健康保険という制度がないため健康保険は民間の保険会社が提供しているものを採用することになる。当然、保険会社は上記のような上限のない民間企業の医薬品や病院の医療費の負担をしなければならないために保険料も、おのずから高額。加えて、保険会社もリスクヘッジと利益確保が必要なので、その分も加味された金額になってしまうようだ。自分の例で書いたように、個人事業主でこれだけの金額になるため従業員の抱える企業は計り知れない負担を強いられることになる。ちなみに、健康保険は民間のサービスを利用するため、企業もそれぞれの保険を費用や内容によって独自に選択することができる。例えば保険の適用は従業員本人のみで家族は自己負担とか、一般医療は含まれるが歯医者は含まれない等々。自社の運営に見合ったサービスを選択することができるので、逆に力のある会社になると質の高い保険を提供することで優れた人材確保のための有力な武器にすることも可能だ。このあたりは本当にアメリカ的だと感じる。
このような状況なので、保険が適用される企業や個人で加入できる人は別として所得の低い人たちに対しては、国や州がそれなりの医療保険制度を提供している。カリフォルニア州では低所得者層向けにMEDICALという保険制度があり、州が定めた年収に満たない人は月数百ドルの負担で加入することができる。またCOVERED CALIFORINIAという制度は、ある程度の所得がある人向けに保険金の補助を行うというシステム。こちらも州が定めた年収によって補助率を設定してサポートするサービスだ。ただこれらのサービスは、特定の医療機関のみの適用だったり高額医療に対する制約があったりと必ずしも満足のいくものではないのが現状のようだ。かといって医療保険に加入しないことも可能かといえば、そうではない。カリフォルニア州では2020年以降、医療保険に加入することが義務付けられ、未加入の場合は罰金の支払いを命じられるようになった。
さて、当然このような高額な保険金の負担は、人々にとって満足のいくものではなく、IT技術の発達により、この状況を是正、改善を目指し、多くの大手企業の参入やスタートアップが誕生している。特に2010年以降、ビックデータの収集や解析、そしてAIによる新たな技術の投入により、これら既存のシステムを破壊していこうという動きが活発化し、保険改革はインステック、医療技術改革はメディテックと呼ばれ多くの企業が参入している。
特にビッグデータを保有する大企業はその動きを加速化。Googleは膨大なデータを活用し、Google Healthを立ちあげ、患者と医療プロバイダーとのデータの一元管理サービスを提供。また系列のVerilyは、得られた膨大な医療データからヘルスケアに関連する研究プロジェクトを推進している。Appleもご存じのようにApple WatchやiPhoneから心拍数や睡眠、運動量などのデータを収集し、これらをベースに個人の健康管理情報から、カスタム保険の分野に参入する目論見だ。またAmazonも自社の物流機能を駆使してAmazon Pharmacyをはじめ、Amazon HealthLakeというプラットフォームを構築し顧客の購買状況などから健康に対する情報や商品の紹介といったサービスの提供を実施し始めている。そして、これら巨大企業に限らず、スタートアップでも保険事業の改革でユニコーン企業となったLemonadeやOscar Healthをはじめ、高齢者向けの医療サービスを提供するClover Health、医療分野ではColor GenomicsやGrand Roundsなど、医療や保険に関するさまざまな状況の改善に腐心するスタートアップもあとを絶たない。この流れから当然、既存の医療や保険の在り方を覆す企業も間違いなく出てくるだろう。そう考えると現状に安堵している日本からは、このような改革を促すビジネスが出てくることは難しいかもしれないが、いずれにしてもアメリカにおいては、この改革が進み、高額医療費が軽減される日が一日も早く来ることを願うばかりだ。

著者プロフィール

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION 代表
1988年に検査機器製造メーカーの駐在員として渡米後、10年間の赴任生活を経て、1999年シリコンバレーの中心地サンノゼ市にて起業。
以降、日本の優れた製造技術や製品の輸入販売を生業とし、一貫して米国の製造業に携わりながら現在に至る。
http://yoshiendo.com