『日経研月報』特集より
共創リーダー育成の新たな試み~未来社会を創造する学校をつくってみた~
2024年12-2025年1月号
1. はじめに
筆者は、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)に研究者として所属しているが、2018年に当時の同僚と産総研デザインスクールを立ち上げた。従来の研究者は、学問の発展に貢献することを目的とし、研究を行い論文として形式的知識にすることを生業としてきた。この形式的知識が企業において組み合わされ、経済合理性にもとづきモノ・コトとして生産され、最終的に使い手であるユーザーに届けられるという役割の分担モデルが取られていた。そのため、研究者は最終ユーザーから分離され、ユーザーについて考える機会が奪われ、論文生産を自身の仕事として暗黙的に刷り込まれてきた。これに対し、現在の社会状況は、地球温暖化、パンデミック、持続可能な社会の実現、Well-Being社会の実現など、一つの組織、一つのセクターでは解くことの出来ない問題に、まさに全員で取り組む必要がある。そこで、筆者が事務局長を務める産総研デザインスクールは「これからの社会でほんとうに必要とされること(共通善)」を探究し、「未来社会を創造する共創リーダー」を育むための教育プログラムを提供している。特に、社会との接点の少ない研究者や技術者に対し、誰に価値を提供し、誰から経済的対価を得るのかまでを考え、社会課題を解決する社会実装において多様な関係者を巻き込みながら創りあげる共創プロセスに必要な態度、能力、手法を学んで欲しいという思いがある。筆者は現在、50代であるが、大学・大学院教育でこのような共創プロセスの教育を受けた事は無い。
2. なぜデザインスクールを始めたのか
筆者は、複雑系、システム工学を専門領域としてきた。複雑系の研究では、Small Worldネットワークの構造と情報検索機能との関係を研究対象としていた。例えば、「たまたま出会った人が知り合いの知り合いだった」という身近な経験則は、人と人の繋がりで構成される社会でどのような構造が原因で発生するのか? であったりする。新たな情報検索エンジンになる可能性を感じ、研究とアプリケーションの開発を地道に行ってきた。正直、社会との接点を意識した研究活動では無かった。
そのような研究活動のなか、2011年3月11日に東日本大震災が発生した。筆者は発災時、上記の複雑系の研究会で雪山の蔵王で研究会合宿を主催していた。数日をかけ蔵王からつくばに戻ると、停電、断水で研究を継続できる状態では無かった。当時、所属部署がロボット関係であったため、福島第一原子力発電所へのロボット投入関係にも対応しながら、事態が進まない毎日に苛立ちと日本の危機管理力の無さに不安を感じた毎日であった。
発災から3,4ヶ月後、仙台出身の同僚から「実家に戻ったら現地は大変なことになっていた。他市町村も大変なことになっている。これから仮設住宅もでき孤独死が多発するかもしれない。ロボットの研究をしていた我々で孤独死対策ができないだろうか? まずは一緒に現地に行ってみないか?」と誘われた。この誘いをきっかけに、たまたま市長を紹介してもらえることになった宮城県気仙沼市へ現地調査に行くことになった。このとき、事態の進展しない状況に苛立ちを覚えつつも、被災者にどのように貢献できるのか、という自分の役割は明確になっている状態ではなかった。
既に支援プロジェクトは、孤独死対策に共感してくれた企業群により、インフラ自立型のトレーラーハウスが急ピッチで3台製造され、診療所、コンビニにすることが検討されていた。しかし、被災現地からは、「物資支援で終わらず、サービス運用までを本気で行うなら、現地に住んで現場と意思疎通を取りながら、現場で迅速に対応する人を常駐させること」が条件として提示された。要は「本気度を見せろ」ということである。
そこで当時、プロジェクトメンバーで一番若い筆者が、トレーラーハウスに住みながら現地で、市、仮設住宅自治会、全国からやってきたNPOなど多様な当事者達と交渉を行うこととなった。計画当初は3台のトレーラーハウス(写真1)を診療所、コンビニにする予定であったが、紆余曲折の結果、被災支援制度を活用して地元商店が日替わりで出店する店舗(写真2)にすることを市と合意し、サービスをスタートさせた。また、仮設住宅での孤独死対策として、集まれる場を日替わり商店と合わせてNPOに運営してもらう仕組みを作り、被災地支援制度を活用させてもらった。さらに、集まれる場にメンタルヘルスロボット「パロ」を常駐させることで、子供と高齢者のコミュニティが自然と形成されていった(写真3、4)。
このような、気仙沼市との協働からスタートし、最終的にはNPOとの協働、さらにはNPOなど支援者会議の幹事、支援者と市との会議でのファシリテーターと筆者の役割が変化していった。最終的には、企業からの支援提案を市の復興ビジョンと合わせるアドバイスと、市への提案を支援する組織の設立を市に提案し、組織の目的に共感してくれた地元名士を委員とする「一般社団法人気仙沼市住みよさ創造機構」を設立した。同機構からは、再生可能エネルギー小売電気事業として気仙沼グリーンエナジー株式会社が創業され、雇用が生み出された。
以上のように、筆者の復興支援における社会実践は、多様な関係者との共創の連続であり、「なぜ、何のために、誰のために」という問いと向き合う日々であった。社会実践が落ち着き出した6年目を境に浮かんできた、この共創経験を個人の経験にとどめてよいのだろうか? この実践の知を他者、社会課題に取り組む研究者に教えることは可能なのではないだろうか? という問いを起点に、「これからの社会でほんとうに必要とされること(共通善)を探究し、未来社会を創造する共創リーダー」を育む学校である産総研デザインスクールの設立に至った。
3. 育成する人物像
筆者と同僚は、共創リーダーの能力と態度の言語化からスタートした。先の個人的共創経験をもとに、以下の5項目に、一旦落ち着いた。
共創リーダーに必要な能力と態度
1 確固たる自分の軸を立てられ、深く自己を理解できる力(内省力・軸力)
2 自己の認知限界を認識し、新たな視点から世界を探索できる力(俯瞰力・探索力)
3 豊かな対話を通して、他者や社会に深く共感し理解する力(対話力・共感力)
4 社会に対して新たな価値を共創し、世界を牽引できる力(共創力・実践力)
5 上記を支える、答えの出ない事態に耐える態度(ネガティブ・ケイパビリティ)
4. 何を学ぶか
次に、先の共創リーダーの能力と態度を自身で構成していくためにどのような教育プログラムを提供すべきかを考えた。筆者は、システム工学を専門としている。システムの設計論としてV字モデル(図1)が存在する。V字モデルは自動車やロボットなどの安全設計に使用される設計プロセスの枠組みである。システム工学ではシステムの目的から要件定義、開発、検証を行う。復興支援では、日々のユーザーの観察、ヒアリング、協働を通して何を成し遂げたいのかを言語化し、すぐに作って、試してもらってフィードバックをもらうことの連続であった。これはまさに、V字モデルを高速に実施することである(参考文献[1])。一方、デザイン論の文脈では、デザインプロセスのダブルダイヤモンドモデル(図2)で説明されている。そこで、システム論とデザインプロセスの両面で共創リーダーに必要なカリキュラムの設計を行った。
震災復興のような多様な関係者で解決しなければならない問題は、デザイン学では「厄介な問題」と分類され、対立や矛盾が本質的に内在している。筆者の経験から、対立は関係者や組織の信念の違いから生まれることが多い。震災復興における対立生成に関しては、西條(2015)(参考文献[2])が構造構成主義で紐解き、解決方法を提案している。産総研デザインスクールでは、信念の対立を紐解く方法として、傾聴と問いにより対話を構成し、信念に接近、言語化する手法を実践の知から方法化した。
多様な関係者でプロジェクトを進める場合、誰がどのように進めるかが重要になる。独りのカリスマ的リーダーが進める古典的リーダーシップ論がある。一方で、独りのカリスマ的リーダーの出現を待っている余裕が無い場合がある。関係者各自が当事者として、時には自身の強みを活かして他者をリードし、時には他者を支援する非固定的、相互補完的なリーダーシップ論を、元デンマーク文化大臣かつデンマークのビジネス・デザインスクール創設者のUffe elbaek氏が提案している。そこで、共創型のリーダーシップ教育として、デンマークのカオスパイロットと連携をするに至った。
また、産総研デザインスクールの目的を説明して回ることで、多くの方々に講師として協力いただけることとなった。
5. どのように学びを提供するか
筆者の学びは、現場での共創経験から得られた実践の知である。とにかくやってみて、失敗もしつつ、そこから次に活かせる知を自分で抽出し、また実践する連続であった。このように経験を通して知識化していく学びを、経験学習という。経験学習では、経験、内省、知識化、実践のサイクルで構成される。経験学習では、受講生は主体的に学びの営みを行い、講師は学びの支援を行う。特に経験学習は失敗経験からの学びが大きい。そのため、失敗を躊躇せず「まずはやってみる態度」が許される心理的安全な場を形成する必要がある。そのため、外部から観測すると一見遊んでいるように見える演習も多用する(写真5、6)。
一見遊んでいるような演習におけるうまくいかなかったこと、うまくいったことについて、内省を促進する問いにより学びを支援していく。講師が獲得済みの知識を、受講生に伝えるのではなく、受講生が主体的に知識を構成するため、構成した知の意味を解釈し納得しやすくなる。一方で、時間、手間を必要とする。
産総研デザインスクールでは、多くの授業を経験学習で構成することを試みている。(参考:産総研デザインスクールウェブサイト https://unit.aist.go.jp/innhr/aistds/)
6. 筆者の更なる学び Willの重要性
以上のように、デザインプロセスとしてのダブルダイヤモンドを基本として、問題を定義し、解決策を共創し、共創を誰もがリードできるようになることを目標に、教育プログラムを経験学習型で提供している。2018年から2年間実施した後、カリキュラムの一部を改変した。それは、プロジェクトを推進するのは、プロジェクトにどのくらい自身の思い、志、意志を乗せることが出来るかにありそうだという仮説を得ることができたからである。
デザイン思考の一般書等での説明は、ユーザーに共感し、ユーザー視点で解決方法をプロトタイピングする方法として紹介されていることが多い印象を受ける。しかし、デザイン思考に詳しく多くの実践経験を有するTakuramの田川氏との対談(参考文献[3])から、デザインプロジェクトの成功事例を定性的に分析すると、ユーザーに憑依できる程の共感力があるか、プロジェクトに問題を抱える当事者がいるかの2つの場合があるとの実践の知が抽出された。
また、Uffe Elaebk氏との対談(参考文献[4])においては、「いきなり自分事化されていない社会課題を起点とするのではなく、個人的欲望であるインナーニーズを起点とすることを非難する必要は無い、いつか社会課題と繋がることだってある」という主旨の発言を得た。
筆者が目指す育成人物像は、顧客からの要求に従って解決策を提案するコンサル型ではなく、他者を巻き込みながら自身でプロジェクトを推し進める共創リーダーである。
研究者は、自身への研究へのこだわり、研究分野で有名になりたいという個人的欲求が強いように感じる。一方で、企業から派遣された受講生は、個人的欲求が言語化されておらず、むしろ言語化することに違和感、拒否感、不安を感じているようである。そこで、個人的な喜怒哀楽の経験から、自身の価値観、欲求を言語化することから始め、徐々に社会問題との接点を探り、最終的に個人的な問題を社会課題化する「Will開発」を導入するに至った。ここでWillは、名詞としてのWill(意志)と、助動詞としてのWill(「○○をする」という行動の意志)の2つを意味している。
そのため、Will開発では学びの主体者に対して「あなたは何者で、何を成し遂げたいのか?」と常に問い続ける。日々の生活・仕事で忙しい人にとって、この問いは戸惑い、困惑、不安を生み出す。できれば、面倒で避けておきたい問いである。「私は私、子の親であり、日々の仕事をこなし、給与を得て家族と幸せな生活を過ごすことが成し遂げたいことです」という人もいる。しかしここで筆者が問う「成し遂げたいこと」とは、「偽りなく自分として成し遂げたいと思う、社会貢献に繋がること」、つまり自らの内側から沸き起こる、個人と社会の接点で成し遂げたいことである。学術的には、マズローの自己実現理論における超越的自己実現に対応する。山下はマズロー理論と経営学の関係性をマズロー経営学(参考文献[5])として論じているが、本寄稿では紙面が足らないので、興味が湧いた方は是非読んでいただきたい。
産総研デザインスクールでは、この各自のWillを他者に語り、他者の共感を得ることで仲間を増やし、さらにWillを更新していき、最終的なプロジェクトを形成していく。
7. おわりに
本寄稿では、産総研デザインスクール設立の筆者の物語から、育成したい人物像、何を学ぶのか、どう学ぶのか、さらにはスクール運営を実践することで筆者自身が何を学び、さらにスクールをどのようにアップデートしたのかを紹介した。実は、産総研デザインスクール自体が筆者のWillであり、スクールの運営自体が経験学習であること、そしてこの学びのサイクルが現在も進行中であることがご理解いただけたことと思う。
近年、不確実な環境においての意志決定理論としてエフェクチュエーションが注目されている(参考文献[6][7])。「目的」ではなく、手持ちの「手段」が生み出す効果に着目するなどの5原則である。仲間を増やしていくのはまさにクレイジーキルトの原則である。しかし、どのように増やしていくかが重要である。お金で誘われた人と、Willで誘われた人ではあなたはどちらを頼りにするだろうか。やはり、目的は重要なのである。
最後に、個人、企業、社会の関係性変化を野中・紺野(2012)(注8)が言及している。Will人材のWillが、組織のビジョンと目的を共有した場合、組織をリードしていく人材となることは容易に想像することができる。是非、各自のWillを小さく産み出し育てる支援を組織にはお願いしたい。
参考文献
[1]K Kojima, T Tanikawa, K Ohoba, New system-design model using action research in a disaster area, 2016 IEEE Workshop on Advanced Robotics and its Social Impacts(ARSO), pp. 26-31, 2016.
[2]西條剛央,チームの力:構造構成主義による“新”組織論,筑摩書房,2015
[3]産総研デザインスクールシンポジウム2022,イノベーションを生み出す人材や組織をどう育てる? https://workmill.jp/jp/webzine/btc-tagawa-20230306/
[4]産総研デザインスクールシンポジウム2023,デンマークの元文化大臣から学ぶ:一人ひとりの情熱に火をつける組織・システムのつくり方,https://www.youtube.com/watch?v=BtFNSfgAZLQ
[5]山下剛,マズローと経営学 機能性と人間性の統合を求めて,文眞堂,2019.
[6]サラス・サラスバシー(著),加護野 忠男(翻訳),高瀬 進(翻訳),吉田 満梨(翻訳),エフェクチュエーション,碩学舎,2015
[7]吉田 満梨(著),中村 龍太(著),エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」,ダイヤモンド社,2023
[8]野中郁次郎,紺野登,知識創造経営のプリンシプル,東洋経済新報社,2012