テクノロジーから見る介護分野のWell-being ~医療と介護のサステナビリティ(第9回)~
2025年6-7月号
本連載の9回目は、東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センターの本田幸夫氏にお話を伺いました。医療同様、介護は重要な分野であり、人材不足も取り沙汰されていますが、その解決策の一つとして期待される分野にロボット領域があります。
本田氏はパナソニック時代にロボット事業推進センター所長を務めた後、大阪工業大学、東京大学にてロボット工学に従事しています。2013年に開始された日本医療研究開発機構(以下、AMED)におけるロボット介護機器開発・導入促進事業ではプログラムスーパーバイザー及びプログラムオフィサーを務め、介護分野でのロボット活用を広めていくうえで中心的な役割を果たしてきたメンバーの一人です。
今回は、その多様な経験を踏まえ、テクノロジーの側面から見た介護分野の課題克服とその目指すべきものを伺っていきます。
1. 介護とロボット
-本田先生の著書『ロボット革命』(祥伝社)は2014年に出たものですが、ここでは「日本のロボット開発が、技術力は高いものの、要求される安全基準の高さ、ヒト型への希求、そして市民のニーズ自体を捉えられていないことなどから、医療・介護向けに限らず遅れをとってきた」状況が描かれています。2020年代に入り状況に変化はありますか。私自身は比較的状況が変わっていないようにも思えて、少し驚きました。
本田 そうしたコメントは他の方からも最近いただいたのですが、まず変化を起こしていくうえで遅すぎるということはありません。その点を踏まえたうえで、対処していくべき事柄が幾つかあります。
この連載のタイトルにも「医療と介護」とありますが、まず医療と介護は目的が異なります。医療は治療を行うものですが、介護はあくまで「老化に伴う日常生活支援」が目的であるということは大事な出発点です(図1)。「治す」ことが目的である医療と異なるのですが、その理解がまだ十分ではないうえに法制度設計が複雑であり、その目的が現場や一般の方々に理解されづらい面があるのも事実です。
そのうえで、「良い介護とは何か」についてはまだコンセンサスが定まっていないことこそが、変化をもたらすうえでの大きな課題だと考えています。
一方、ロボットの性能は、2000年代と比べて大きく進化しています。処理速度が格段に向上したほか、生成AIの登場により、動作のシミュレーションができるようになり、動きもよりスムーズで機敏になってきました。
とはいえ人工筋肉の研究はそれほど進んでいないので人間のように動くことはまだ難しく、また皮膚感覚をロボットが有するようになるには非常に長い時間がかかると思います(味覚も同様です)。
さらに、日本ではロボット開発がテクノロジー・オリエンテッド(技術先行型)で進んできた傾向があります。そのため、日常生活全体のプロセスや使われる現場の実情ではなく、個別の機能や課題に焦点を当ててしまいがちです。これは「良い介護とは何か」という先程の話とも繋がる部分です。
-皮膚感覚などに関しては「人間を模倣する」うえではまだまだ時間がかかるという話ですが、一方でAMEDなどにおけるロボット開発支援は、見守り、介助など機能に分割して行われています。
本田 単機能ロボットの機能を組み合わせてシステム化することで、介護作業全体の生産性向上につながるソリューション開発を支援していくことが重要です。
ただし単機能ロボットを組み合わせてシステム化することは、導入のコストと現場での生産性向上のバランスをうまく取ることが困難な場合も多く、ロボットの普及が進んでいない原因の一つと言えます。
-昨今ファミレスなどでは自動化されたロボットがよく動いています。
本田 恐らくそれは主にコスト削減や物を扱う場面での安全性に依るものです。
一方、介護では人と接するため、安全性の要求が高く、同様の導入は容易ではありません。
-その安全性に関して、サービスロボットの安全要求事項における国際規格として日本主導でISO13482を創設したことはロボット支援の一つの成果です。こうした安全性の認証は国際展開においてブランドになり得ますか。
本田 この規格を作った意義は大きい一方で、戦略面での課題は残っています。
というのも、この規格はあくまで設計基準であり、欧米のように医薬品や医療機器の製造工程全体を対象とした規格(認証取得が不可欠)とは異なります。設計基準では企業が製造物責任を担保できれば必ずしも設計基準の認証取得は必要ではないため、ルール作りの戦略の巧拙にはまだまだ欧米と比較して差があると言わざるを得ません。
一方で、ロボットが自動でケアを行うようになるにはまだ時間がかかります。それまでは人がロボットを道具として使ってケアを行う形になるので、ロボットを使う人の技術リテラシーを育み、ファシリテートする仕組みを日本は作っていくべきです。
2. 「チームワークで動く」日本の強みを強化する
-本田先生の資料を拝見して、「個人プレーではなく、チームワークで動く日本の強みをAI・ロボット技術でさらに強くする」という提案(図2)に興味を持ちました。ここでは飛行機の事例を模して、共通の目標のために機能を統合していくという構想が描かれています。
飛行機は高性能な各モジュールの集合体で、「空を飛ぶ」という目的のもとソフトウェアの変更により異なる性能の機体を作ることが出来る。これを参考に、介護でも「被介護者のWell-beingの実現」を目的として、介護者や機器、デジタル関係のプレイヤーがチームで動くべきとの見解です。
本田 まず事実として圧倒的な人手不足の現実があります。このままでいくと介護の質は下がっていきます。それを避けるためには、今出来ている介護のなかで、「なぜその介護がいいのか」という点を分析してチームとしての共通理解を深めていく必要があります。そして、どのようなインターフェースで、どのような機器を使うと良い介護がチームとして出来るか、ということを把握する必要があります。
それを分かっているのは「人」です。そのように考えると、テクノロジーを使ったケアを重視する人材が出てくれば、それを資格制度にしてもいいでしょうし、国際資格にもなるでしょう。
日本に限らず世界中でやはり人手は不足しており、海外のどの国でも豊かになるにつれて介護に従事する人材は相対的に減っていきます。そうした人材を確保するために給与を上げ続けることも永久にはできません。そう考えるとテクノロジーを導入する方がトータルコストは安くなるので、ロボットを使いこなせる人材がいれば、「次にどのようなテクノロジーを使えばより良いケアが出来るか」というアイデアも出てくるはずです。
-ただ、「誰がどのようにそうした動きへのコンセンサスを取るのか」という点が気になります。現状、介護事業者がイニシアチブをとることは経営規模や関心事項の違いから容易ではありません。
本田 その通りなのですが、2018年に介護施設において夜間の人員配置基準の緩和に見守りセンサーを活用する報酬改定が為されました。これを契機に見守りセンサーがかなり普及しましたが、こうしたことも介護事業者がテクノロジーを主体的に考えるための突破口の一つではないか、と感じています。
そして、それはロボットに限った話ではなくAPI連携(Application Programming Interfaceの略。ケアプランデータの連携などを可能にする)のようなデジタルの活用についても同様で、国が音頭を取っていくべき話でもあります。
-在宅医療分野でのDX活用については、この連載の第6回で八戸の事例を取り上げたのですが、意欲的な事業者と行政が同じ方向を向くことは重要だと思います。
本田 現在、介護における唯一の国家資格は介護福祉士です。その観点から、現在、(公社)日本介護福祉士会に向けて働きかけを始めています。同会で自分たちが「これはいいな」と思うロボット機器を認定するなどの活動をしてくれれば、その認定段階で介護福祉士が使い方を学ぶようになります。介護福祉士は介護される側と相対しているので、その人たちが変われば介護の世界も変わる可能性があります。勿論、経営陣にも波及を及ぼす必要はありますが。
そしてもう一人のキーパーソンは、地域包括ケアシステムの存在を考えた場合、自治体です。
介護においては地域間格差がこれからますます激しくなる可能性があります。ただし、「介護がうまくいっている自治体」などという整理の仕方をしても上手くいかないかもしれません。また、今は介護がうまくいっているかどうかの検証も多くは施設各々の取組みに依拠しています。それは冒頭申し上げたように、「良い介護は何か」という定義ができていないからでしょう。
3. 介護における Well-beingの実現とは何か
-では「良い介護とは何か」、もしくは「被介護者にとってのWell-beingの実現とは何か」という点について話をお伺いします。
本田 日本の介護では、介護される側はある施設に入った場合、基本的には介護する側が言うことに従う形となっています。
一方、デンマークやオランダでは、そういう被介護者はあまり多くありません。寝たきりの人は寝たきりではあるのですが、介護する人がついて行うことと、それ以外の「何が自分でできるか」ということを明確に区分して、個人の問題解決能力である「自助」の要素を多く残しています(図3)。例えばデンマークの住民は、人の助けを借りずに自立した生活を望んでいて、住居の中を自ら動き回りたい思いが非常に強く、介護にロボット技術を使いたがるというカルチャーがあります。そうしたことの積み重ねが、笑顔が多い施設を生むことにもなっています。
一方で、日本の介護施設ではそうしたカルチャーは根付いていないため、自助の要素は少なく、同時に互助(相互支援と協力)の要素も少なくなっています。
エモーショナルの話にはなりますが、やはり「介護されている人が笑顔であってほしい」という思いが強くあり、その観点で言えば、今の日本は手厚い公助が被介護者の自己効力感(その状況に対して、自分であれば成果に結びつく行動を遂行できるという感覚)を弱くしているのではないかと思っています。
-そこは変えることが出来るのでしょうか。
本田 テクノロジーの側面から言えば、私は『GeronTechnology』(老年期の幸福を支える技術)が重要だと考えており、図4で示すような発想での技術開発が必要になってくるでしょう。例えば、歩行をアシストする機器でも、それを活用したうえで歩くことが幸せに繋がる工夫、見守りを行う機器でも、ただ監視をするということではなく、使う人、見守られる人が安心で楽しくなるような工夫などが必要です。老化は誰にでも訪れるからこそ、そこに人間中心の考え方を織り込んでいくべき、という考え方です。
-そうした技術の活用場面をどのように想定されていますか。
本田 時代の流れを見ると、ポイントの一つは在宅になります。独居老人が非常に増えてきており、この方々にいかに対応をしていくかが課題ですが、テクノロジーを活用するという発想には現時点では至っていません。
地域包括ケアシステムの中で、コミュニティにおいて頑張っている人達を支えることは大事なのですが、そこにテクノロジーの視点が入っていないので、その視点を補強する仕組みがあれば良いと考えます。
イメージとしては、昔の「ナショナルショップ」(地域に根ざした中小規模の家電店)や今でいえばコンビニのような形で、地域にいる人達を支える相談所が作れれば、コミュニティを支えることに繋がるのではないかとは考えています。
繰り返しになるのですが、私自身が今あらためて強く意識しているのは、「介護されている人、介護する人、皆さんが笑顔でいられること」の大切さです。こういう機器を使ったらみんな笑顔になる、というような動きまでは起こせていないので、最近はこうした話をよくしています。
そのなかで鍵となるのは自助だと思いますが、それを支えるのはやはり人や組織、コミュニティです。そこにテクノロジーを如何に加えていけるかが大きなテーマです。
4. 介護デジタル中核人材の養成
-地域包括ケアの話が出てきましたが、医療や介護分野の趨勢を考えると地域毎の歴史も異なるので、一律の対処は難しいとも思います。本連載の第5回でも地域の特性を細分化したうえで、そのエリアの特性にあったDX化などを進めていかねばならない、ということに触れています。
本田 これまでは大手が運営している介護施設を中心にテクノロジーの効果などを見てきた気がします。しかし、これからは在宅が増えていくので、各地域で、これまでの経験やうまくいかなかったことに対して知恵を絞り、その前提として必ずテクノロジーを入れていくことができれば、ケアする方々も学習が進むでしょう。
実際、昨年、厚生労働省の委託事業「介護デジタル中核人材養成に向けた調査研究事業」というものがあり、私も参画したのですが、その中で介護デジタル中核人材養成研修を実施しました。すると募集定員の1,500名が満席となったのです。この参加状況には本当に驚きました。それだけの関心を集めているのは凄いことで、確かにポテンシャルがあります。
この運営・事務局の一つである(公社)日本介護福祉士会としても、このようにテクノロジーに関与することで、自分たちの立ち位置が何かを徐々に理解してきている気がしています。
こうした状況を踏まえ、日本全国で一斉に、とはいかないでしょうが、東京と、大阪~名古屋間もしくは九州あたりの中規模都市、過疎が進んでいるエリアの3つくらいを対象に「どのようなケアの仕方が良いのか」というデータが取れれば、「良い介護」を考えるうえでも一つのサンプルになるでしょう。
そして、それを拡げていけば、結果として自立支援に寄与して、総介護費の減少に繋がる可能性もあります。それはフレイルの未然予防にも繋がるでしょうし、そうした意味では、医師がデータなどを取るうえでも興味深い話になるだろうと思います。加えて、どのようなケアが良いかということは介護や理系の視点だけではなく、文系の視点も絶対入れていくべきです。
そうしたサーベイを行ううえで、テクノロジー面では見守り機器など技術的にはそこまで高度ではないものが主体になると思いますが、そういうところから始めていく必要があります。