思索の窓
なぜドジャースは“大谷翔平”に1,000億円支払えるのか
2025年6-7月号
今年3月に東京でメジャーリーグ(MLB)の開幕戦が開催され大盛況のうちに幕を閉じた。このイベントの報道を通じて改めて驚かされたのが、MLB選手の年俸の高さである。ロサンゼルス・ドジャースの大谷選手は10年総額1,050億円、年俸換算で約105億円の巨額契約で、これは別格としても、スター選手の年俸は40億円超、準レギュラークラスでも20億円前後に上る。ドジャースでは年俸5億円超の選手が22人もおり、球団の総年俸は548億円(2024年推定)に達する。一方、日本プロ野球(NPB)の最高年俸は巨人のマルティネス選手が推定12億円、日本人選手ではヤクルトの村上宗隆選手が推定6億円であり、NPB全体で年俸5億円を超える選手は10人程度に留まる。MLBとNPBの選手平均年俸の差は約16倍とされ、これは日米の一人当たりGDPや平均年収の差が2~3倍程度であることを考えると、極めて大きな格差である。
なぜこれほどの差が生じるのか。背景には、MLB球団の収入構造がある。MLBの収入源は主に放映権、チケット代、飲食・グッズ販売等の試合関連収入、スポンサー収入、そしてMLBからの収益分配である。特に放映権収入が大きな割合を占めており、例えばドジャースの場合、地元放送局とMLBからの分配金を含めて年間約600億円とされる。さらに、チケット収入が約500億円、スポンサー収入が少なくとも100億円以上、その他収入を合わせると、球団全体の年間収入は少なくとも1,300億円超と推定される。選手年俸総額は548億円であり、その他経費を差し引いても十分な収益があるとみられる。もちろん、ドジャースは大都市を本拠地とする人気球団であり、リーグ内でもトップクラスの放映権収入を得ているが、MLB全体の放映権収入は約6,000億円とされ、これはNPBの300~500億円(推定)と比較して10倍以上の規模である。チケット代や飲食・グッズの価格差は平均2~3倍程度とGDP差並みであることを考えると、この放映権収入の差が選手年俸の格差に直結しているといえる。
米国では広告に対する投資効果の意識が高く、広告市場の規模も大きい。特にMLBを含む4大プロスポーツは人気コンテンツであり、広告効果が期待されるため放映権料が高騰する。広告に対する価値観には国民性や文化の違いもあり、この差を埋めるのは簡単ではないが、NPBが放映権収入を上げ、年俸格差を縮めるには、NPBのコンテンツとしての魅力を一層高めることが不可欠であろう。
MLBでは、リーグ全体でグッズや全国向け放映権を一括管理し、ブランド価値の向上や海外マーケットの拡大を進めている。一方、NPBは球団ごとの個別性が強く、放映権販売や海外展開も各球団が独自に行っているのが現状である。1球団でできることには限界があり、NPB全体での統一的な戦略が求められる。
例えば、外国人選手枠の制限の緩和や撤廃を検討し、海外選手を積極的に受け入れることで、NPBの国際的な認知度を高める方法もある。海外選手の出身国への放映権販売が進み人気が高まれば、海外からの観戦客の増加を通じたチケット収入の拡大等も見込める。日本人選手にとってはライバルが増えるが、NPBのグローバル化が結果として選手の年俸水準向上に繋がるのであれば、歓迎すべき変化といえる。
日本の野球をわざわざ海外から見に来るのかと疑問に思う人もいるかもしれない。しかし先日、東京ドームでNPBの試合を観戦した際、一昔前には殆ど見かけなかった海外のファンが一定数いることに驚かされた。日本独特の応援スタイルや、球場グルメの質・種類、販売方法などが海外の観客には新鮮に映るようだ。
日本人には当たり前と思える価値が、海外の人には新鮮で魅力的に映ることは多い。国内で見過ごされがちな文化や価値を再発見し、それを世界に発信する取組みが、思わぬ成長の鍵になる。NPBも、ブランディング次第ではアニメ等と同様に、日本文化を代表する有力なコンテンツとなり得るのではないか。
※1ドル=150円で換算