明日を読む

IOWNの国際展開に賭けたNTT再統合

2025年6-7月号

関口 和一 (せきぐち わいち)

株式会社MM総研代表取締役所長

「大きな船に乗ることで事業の拡大につながる」。NTTがグループ会社のNTTデータを完全子会社化すると発表した5月8日の記者会見。NTTデータの佐々木裕社長はNTT持株会社の100%子会社になる決心をこう述べた。生成AI時代を迎え、世界のIT(情報技術)大手はデータセンターの拡張競争にしのぎを削っている。NTTの海外事業を担うデータとしては、完全子会社になるほうが資金調達などで国際戦略に有利と判断したようだ。
NTTが民営化したのは40年前の1985年。3年前の1982年に英国ではサッチャー政権がブリティッシュ・テレコム(BT)の民営化を決定し、米国では司法省がAT&T(米国電話電信会社)の分割を求めた。そうした海外の流れを受け、日本でも土光敏夫氏が率いる第二次臨時行政調査会(第二臨調)のもとで日本国有鉄道(JR)と日本電信電話公社の分割・民営化の方針が打ち出された。
国策会社だったJRとNTTはそれぞれ日本全国の鉄道網と電話網を独占的に支配し、経営の非効率性が指摘されていた。民営化されれば競争原理が導入され、事業が効率化すると考えられた。特にNTTについては民営化によって通信市場が開放されれば、新しい通信会社が生まれ、通信料金の低廉化にもつながると期待された。KDDIの前身となる第二電電(DDI)やソフトバンクグループの通信事業はこうした規制緩和によって生まれた。
民営化されたNTTから1988年にまず分割されたのがNTTデータの前身となるNTTデータ通信だ。システム開発やデータ通信を担う同社は本業の電話や電信と事業分野が異なる。日本の公共通信インフラを担うNTTは他のシステム会社にも同等に通信サービスを提供する責務があり、公正競争上もNTTデータは分割されることが望ましいとされた。NTTドコモの前身であるNTT移動通信網も同様な理由で1992年に分社化された。
ところがNTTは一連の経営改革で株式の公開買い付け(TOB)によりドコモとデータを100%子会社にすることにした。島田明NTT社長は「これで親子上場の問題が解消し、迅速な経営判断ができる」と語るが、ライバル会社からは「単なる先祖返り。分割・民営化の努力が水の泡になった」との声が上がる。NTTのグループ会社からも「事業会社の自由闊達さが失われる」といった声が聞かれた。
ドコモのTOBには4兆円以上を費やし、今回のデータの買収には2兆4000億円がかかる。それでもTOBに踏み切ったのは「公正競争」の名のもとに政治的理由から分割・民営化を余儀なくされたNTTグループ内に「いつかはまた1つの会社に戻りたい」という願望があったからだといえよう。それには民営・分割化の前を知るグループ会社の古参社員がいるうちに実現しなければ、本当にバラバラな組織になってしまうという危機感があったようだ。
NTTが再統合する背景にはもうひとつ大きな理由がある。インターネットの普及による通信市場のグローバル化と「GAFAM」などハイパースケーラーの登場だ。NTTは40年間、売上高こそ拡大してきたものの、成長率は数%にとどまる。ところが米国のIT大手はこの間に何百倍にも事業を拡大し、日本におけるクラウドサービスでも国内勢を凌駕している。
NTTの監督官庁である総務省がドコモやデータの完全子会社化に待ったをかけなかったのは、日本の情報通信産業を強化するにはNTT再統合もやむなしと考えたからに違いない。特に期待されるのがNTTがグローバル展開を狙う次世代光通信基盤の「IOWN」だ。光技術の海外展開には海外事業を担うNTTデータが単独で臨むより、NTTという「大きな船」で展開したほうがいいと判断したといえよう。
今回の再統合はNTTのノスタルジーとしては念願がかなったが、その意味では統合によりNTTの光技術が世界に広まらなければ意味がない。IOWNの国際推進団体にKDDIは参画したが、米AI大手のオープンAIと「スターゲート計画」を掲げるソフトバンクグループはまだ組みしていない。新生NTT誕生の先には日本の光技術の海外展開という大きな責務が課せられたことを、島田社長はじめNTTの経営陣は改めて自覚する必要がある。

著者プロフィール

関口 和一 (せきぐち わいち)

株式会社MM総研代表取締役所長

1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員として米ハーバード大学留学。英文日経キャップ、ワシントン特派員、産業部電機担当キャップなどを経て、1996年から編集委員を24年間務めた。2000年から15年間は論説委員として情報通信分野などの社説を執筆。2019年(株)MM総研代表取締役所長に就任。2008年より国際大学GLOCOM客員教授を兼務。NHK国際放送コメンテーター、東京大学大学院客員教授、法政大学ビジネススクール客員教授なども務めた。1998年から24年間、日経主催の「世界デジタルサミット」の企画・運営を担う。著書に『NTT 2030年世界戦略』『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞社)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)『日本の未来について話そう』(小学館)などがある。