地域の現場から

「金沢カレー」に見る食のブランド化

2025年8-9月号

大井 孝光 (おおい たかてる)

株式会社日本政策投資銀行 北陸支店長

金沢で生まれ育った自分が30年余りを経て、再びこの地で生活する機会を得た。折に触れ、実家に戻ることはあったものの、数日滞在するだけで、街なかを巡ることもない帰省を繰り返していた自分にとって、あらためて生活を始めてみると地元の激変ぶりには脱帽するばかりである。
金沢駅前も北陸新幹線が開業し、ホテル、商業施設、オフィスが立ち並ぶようになった。「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい雨の多い当地において、傘もささずリュックを担ぎ、トランクを引きずる欧米系観光客の如何に多いことか。繁華街と言えば香林坊・片町で親しまれてきた街の賑わいも随分と面的な広がりを持った感がある。
そうしたなか、あらためて気づいたことの一つが金沢における食のブランド化である。金沢を扱ったガイドブックを開けば、香箱蟹、のどぐろ、加賀野菜、和菓子、日本酒、おでん、カレー……etc、旅行客の胃袋をつかまんとするグルメ情報が実に多く紹介されている。
しかしながら、はたと考えた。自分が学生時代には“のどぐろ”なんて食べたことがなかったし、“金沢カレー”、“金沢おでん”というジャンルも聞いた記憶がない。食に無頓着な自分を疑って、学生時代の友人にも聞いてみたが、どうやら自分の勘違いでもないらしい。
というわけで、一番自分に馴染みのあるカレーについて調べてみたが、“金沢カレー”の用語が一般的に用いられるようになったのは、2000年代に入ってからということであり、やはりブランドとしての歴史はそこまで古くないようである。

あまりゆるい話ばかりも恐縮なので、本誌の性質にも鑑み、金沢カレーのブランディングにつき、少しばかりアカデミックに検討してみたい。ブランディング研究の大家として知られるデイビッド・アーカー教授によれば、ブランドの価値は、認知、知覚品質、ブランド連想、ブランドロイヤルティの4要素からなる(簡略化のため、ここでは商標権など5つ目の要素の話は省略します)。そこで、金沢カレーがこの4要素を充足しているのか、考察した結果が表1に記載の内容である。

このように整理すると、金沢カレーは特定の地域やスタイルに基づくブランド価値を有していると言えそうである。
と、自分でやっておきつつ何ではあるが、上記の整理は、少し後付けのように見える部分もなくはないため、さらに調べてみた。すると、金沢カレーにはブランディングにとても強力な要素となるストーリーも存在することが分かった。
金沢カレーのルーツを辿ると1950年代に開業したレストランニューカナザワというお店に行きつく。というのも金沢カレーを代表するお店はいくつかあるが、その代表格と言われる有名店舗(キッチンユキ、カレーの市民アルバ、チャンピオンカレー、インデアンカレー、大黒屋食堂)は、いずれもニューカナザワにおいて、同時期に働いていたシェフが、その後それぞれ独立・開業等したものだからである。さらにはターバンカレーやゴーゴーカレーなどもすべてその後に続く系譜に連なっている。

金沢カレーは、今でこそさまざまなバリエーションや広がりを見せているが、ただ単にカレー店が多く集積しているというだけではなく、元を辿るとそのルーツは収斂されていくという意味で、非常に興味深い。
そして、もう一つ。NTTが提供する「タウンページデータベース」によると、地域別に登録されている全国のカレー店の登録件数で、石川県は10万人あたりの店舗数が2020-2022にかけて3年連続で日本一になっているという事実もあり、「カレー好きな県民性はよく知られている」とのこと。
こうして調べてみると、金沢カレーはそのブランドを確立するにふさわしい食であることが分かった。
当初は、当地における観光の活況に乗じて、「金沢○○」と名乗りさえすれば何でも当たるのではと地元出身であるがゆえに一歩引いて見ている自分がいたが、早計であった。
やはりブランドは一日にしてならず。ブランド構築に尽力された関係者の皆様に敬意を表します。そして、金沢を訪れる皆様、是非、金沢カレーの奥の深さを感じてください。違った一面から、当地の魅力を再認識頂ければと思います。

著者プロフィール

大井 孝光 (おおい たかてる)

株式会社日本政策投資銀行 北陸支店長