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揺れるASEAN ~トランプショックの余波~
2025年8-9月号
東南アジア諸国連合(ASEAN)の統一性、中心性、連結性が揺れている。
ASEANは1990年代以来、域内貿易関税を下げ、自由化を進めてきた。しかし、2023年のASEAN貿易に占める域内貿易の割合は22%、20年前から3%下がっている。
中心性も失われた。かつて1990~2000年代には、日ASEANなどのバイに加え、ASEAN地域フォーラム(ARF)、ASEAN+3(日中韓)、ASEAN+8(日、中、韓、豪、NZ、印、米、露)などが地域協力に重要な役割を果たした。しかし、22年発効の経済連携協定RCEP(地域的な包括的経済連携)以降、ASEAN+で重要な成果は挙がっていない。
ASEANの統一性も怪しくなっている。ASEANの国々がまとまりのある外交・安全保障政策をとるのがいかに難しいかは、その地政学的位置を考えればよくわかる。フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイは南シナ海で中国と領有権紛争を抱えている。インドネシアは排他的経済水域で中国と係争している。一方、シンガポール、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーは中国と国境紛争を抱えていない。
また、フィリピン、タイは米国の同盟国で、インドネシア、ブルネイ、シンガポール、マレーシア、ベトナムも伝統的に米国の軍事的プレゼンスを与件として自国の外交・安全保障政策を組み立ててきた。ミャンマーは米国を警戒する。
しかし、最近、各国、特に海洋部の国々はますます独自の動きを強めている。フィリピンのマルコス大統領は昨年6月の海軍艦艇、沿岸警備艇と中国海警の衝突事件を受けて、もしフィリピン市民が衝突で死亡すれば、それは「戦争行為」に近いと述べ、米国との同盟連携を強化するとともに、日本、オーストラリアなど、同志国との海洋安全保障協力も深めている。
インドネシアのプラボウォ大統領は昨年11月の習近平国家主席との共同声明で、ナトゥナ諸島周辺海域を念頭に「主張が重複する領域」の共同開発を検討するとした。今年4月には外相、国防省の「2プラス2」で海上安保協定を締結した。また、1月にはBRICSに正式加盟し、6月にはカナダで開催されたG7首脳会議の招待を断り、ロシアを訪問した。
マレーシアのアンワル首相は南シナ海問題で中国と協調する考えを示すとともに、BRICS加盟申請の理由を問われ、米国の安全保障の傘は不可逆的に縮小していく、米国はこの地域にはいないし、関心もないし、戻ってくることもない、と述べた。
なぜか。その一つの理由は中国が経済的にますます重要となってためである。2015~23年の対中貿易の伸び率はフィリピン218%(入超)、インドネシア283%(出超)、マレーシア167%(入超)、タイ163%(入超)、ベトナム252%(入超)だった。一方、同時期の対米輸出伸び率はフィリピン130%、インドネシア141%、マレーシア188%、タイ204%、ベトナム286%だった。ベトナム、タイ、マレーシアが中国企業の対米迂回生産、迂回輸出拠点として恩恵を受けたことは明らかだろう。ということは、トランプ政権の「相互関税」に対する反発も大きいということである。
もう一つは安全保障において米国をどれほど信頼できるのか、不透明になっていることである。ヘグセス国防長官は5月、インド太平洋を「優先地域」と位置付け、「中国の侵略を阻止するため」同盟関係・多国間連携を強化する考えを強調した。しかし、トランプは「力による平和」を唱えるが、「戦わずに済ませたい」とも言う。つまり、「中国による侵略」が起こった時、あるいは中国が南シナ海において威圧行為を強めたとき、米国がどんな決定をするか、わからない。
こうして見れば、トランプ・ショックがASEAN諸国にも大きな影響を及ぼしていることがわかるだろう。ただし、マルコスもアンワルもプラボウォも政府部内の周到な議論を踏まえて政策を決めるタイプの指導者ではない。そのため、これが長期的趨勢となるかどうかは、わからない。