「起業家が創り出す新しい未来」第8回

製造業の設備老朽化課題の解決に向けて ~日本製鉄初の出向起業から、製造業の未来を変える挑戦~

2025年8-9月号

小林 俊 (こばやし しゅん)

株式会社KAMAMESHI 代表取締役社長

「日本の製造業は、このままで大丈夫なのか」。この強い危機感が、私の起業の原点です。
大学時代に出会った金型メーカーの社長から、日本のモノづくりの誇りと奥深さを学び、私は製造業の道を志しました。新日本製鐵(現・日本製鉄)に入社して以来、日本の製造業を支える数多の中小企業の現場力や技術力に触れ、その価値を確信する日々を過ごしてきました。しかしながら、近年、そうした中小製造業の現場では、老朽化する設備と、それに対する予防保全の不備が大きな課題となっています。設備が故障すれば生産は止まり、わずかな部品不足で数億円規模の損失を生む事例もあります。リーマンショックやコロナ禍といった経済ショックを経て、先の見えない時代のなかで設備更新の判断はますます難しくなっています。さらに、設備メーカーや修理業者も高齢化や人手不足が進み、復旧体制の限界が現れつつあります。「このままでは、設備が壊れても復旧できないまま事業を継続できず、企業の存続さえ危うくなる」。そんな状況に強い危機感を覚え、私は自ら行動することを決意しました。2023年8月に、株式会社KAMAMESHIという会社を自己資金で起業し、新しい挑戦をスタートさせました。当時、所属する日本製鉄の社内には新規事業制度もなく、前例もない状況でしたが、諦めずに橋本会長兼CEO(当時:代表取締役社長)に直談判して応援を得るなど、自ら道を切り拓いて、出向起業というカタチで一歩を踏み出しました。

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組織 株式会社KAMAMESHI
本社 東京都大田区南六郷3-10-16 六郷BASE
設立 2023年8月1日
HP https://kamameshi.com/

(2025年7月現在)

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製造業は、業界や地域、系列を越えて企業同士が支え合える仕組みがあれば、もっと強くなれる。そんな思いを原点に、本業と並行しながら多様な仲間たちと議論を重ね、検討開始から3年間で200社以上、300人超の現場関係者にヒアリングを行いました。そこで明らかになったのは、設備停止のリスクだけでなく、「誰に相談すればいいか分からない」「代替部品の情報がない」「在庫管理や棚卸が煩雑で手が回らない」といった、現場に根付いた“見えにくい課題”の数々でした。これらの声に応えるべく、私は製造業の企業間をつなぎ、設備保全と調達を支援するプラットフォーム構築に乗り出しました。

経済産業省の次世代イノベーター育成プログラム「始動」に採択され、シリコンバレー派遣や優秀賞の受賞も経て、イノベーション人材としての視座も得ることができました。とはいえ、開発当初は資金も人材も限られ、仲間と二人三脚でプロトタイプを構築。協力してくれた会社の現場からのフィードバックをもとに、アジャイル型で改良を重ね、約1年半の開発期間を経て、2024年4月にサービスをリリースしました。
「KAMAMESHI」という名前には、「同じ釜の飯を食う仲間、つまり互いに切磋琢磨しながらも困ったときは助け合う」という想いを込めています。構築しているプラットフォームでは、余剰部品の売買が可能な製造業版EC、QRコードを使った在庫管理、棚卸作業の効率化などをワンストップでシステム提供しています。さらに、設備保全に熟練した技術者による現場調査や、工業系の協会や組合等と連携した保全人材育成講座の提供も進めています。
製造業では、生産や販売に関する管理システムは導入されていても、設備予備品や治具、工具などの管理はExcelや紙台帳で行われているケースが大半です。KAMAMESHIでは、こうした管理の重要ポイントを現場から抽出し、誰でも使いやすいUI/UXを目指して設計を重ねてきました。150拠点以上での導入実績があり、部門や拠点を横断した社内の情報共有や、実績データの蓄積による高度化も進められています。とくに棚卸作業では、QRコードを印刷・貼付し、スマートフォンやタブレットでスキャンすれば即座に在庫確認が可能となり、従来比で約8割の工数削減が実現した企業もあります。また、生産終了品の情報や代替品の提案、図面情報などをUI上に組み込み、部品調達に困った際にも迅速な意思決定ができるよう開発を継続していきます。設備が壊れてから焦って探すのではなく、事前の可視化とリスク回避、そして万が一の際の調達支援までを一貫してサポートする仕組みを目指しています。
こうした取組みを通じて、私は改めて感じます。日本の製造業が持つ最大のポテンシャルは“人”であると。現場に深く入り込む中で、部品調達や保全の課題に対して、限られた手段で創意工夫を重ねる現場の技術者たちに何度も出会いました。技術力のある中小企業が、それぞれ孤軍奮闘するのではなく、つながることで、不足するリソースや機能を補完し合いながら、更に高いレベルの効率化と展開力を獲得することで、まだまだ世界で戦えると信じています。
KAMAMESHIは現在、海外展開にも力を入れ始めています。私自身、日本製鉄のタイ拠点に駐在した経験がありますが、現地工場でも設備の老朽化と人材不足は深刻であり、他国企業との競争も激化し、各地ごとで日系企業の連携強化が急務とされています。KAMAMESHIでは英語・タイ語・中国語・インドネシア語・ベトナム語・スペイン語など多言語に対応し、ASEANをはじめとする各国の製造現場への展開も進めています。

かつて日本は、技術と品質で世界を牽引しました。これからは、持続可能性と多様性への対応が求められる時代です。KAMAMESHIは、設備保全という“守り”から始めていますが、将来的には「世界中のアイデアを日本の製造現場でカタチにする」という“攻め”の仕組みにも取り組んでいきたいと考えています。世界でナショナリズムが台頭する中でも、日本の中小企業が中核部品や技術で存在感を発揮し、グローバルニッチを握ることが重要です。KAMAMESHIでは、そうした視点でも役立つ仕組みを構想していきます。
私たちの会社はまだ、小さな一歩を踏み出したばかりです。しかし「日本の製造業を未来につなぎたい」と願うのは、私たちだけではありません。同じ想いを持つ人や企業とつながり、「同じ釜の飯を食う仲間」の輪を広げることが、次の時代を切り拓く原動力となると信じています。

著者プロフィール

小林 俊 (こばやし しゅん)

株式会社KAMAMESHI 代表取締役社長

愛知県出身。新卒で2010年に新日本製鐵(現:日本製鉄)に入社。生産管理・営業・企画・プロジェクトマネージャー・タイでの海外駐在など、幅広い業務に従事。2023年に製造業の設備老朽化の課題を救うことを目指し、(株)KAMAMESHIを起業。代表取締役社長を務める。
受賞歴:中小機構FASTAR 10期「オーディエンス賞」、第一回 FTSイントレプレナーアワード「グランプリ」、かながわビジネスオーディション2025「優秀賞」、DBJスタートアップアクセラレーションアワード2025「最優秀賞」、第二回 日本新規事業大賞「オーディエンス賞」
採択:経済産業省「始動」7期 シリコンバレー選抜・Demoday「優秀賞」、経済産業省「出向起業」令和5年・令和6年の支援事業に2年連続で採択、経済産業省「IT導入補助金」の支援事業者に採択