『日経研月報』特集より
シリーズ「スポーツ×○○」(第1回)
スポーツ×地域資源
2025年10-11月号
1. スポーツとは
世界保健機関(WHO)は健康の定義を以下のように表しています。
「健康とは、病気でないとか弱っていないということではなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態(ウェルビーイング)である」としています。そして、このウェルビーイングな状態を生み出す根底に「スポーツ」というものが大きく貢献していることは明らかです。
「スポーツ」とは、単に競技種目を意味するだけではなく、広義の意味で「身体を動かす」全ての活動を含みます。例えば、毎朝の犬の散歩や徒歩で買い物に行くといった日常的な行動もその一部です。これらの活動を通じて身体的な健康維持や病気リスクの低下や、さらには良好な睡眠が得られるのは言うまでもありません。それに加え、精神的・心理的な側面にもいい影響を与えます。ストレスの軽減や自己肯定感の向上等がスポーツからもたらされます。また特にチームスポーツを行う場合は、他者との繋がりや仲間意識、協調性やコミュニケーション能力の向上等、社会的な側面でも良好な状態が生み出されます。毎日の生活の中で何気なくやっている「スポーツ」が、私たちの人生にとって実はとても大切な役割を果たしているのです。
昨今、「スポーツ」の持つ可能性は、上記のウェルビーイングな状態を生み出す原点に留まらず、「スポーツツーリズム」として観光産業へと発展したり、「スポーツ」を活用した地域の活性化等、「スポーツ」の周辺でさまざまな化学反応を起こしています。
2. 地域スポーツコミッションとは
現在、全国に200以上設立されている「地域スポーツコミッション」(総称)が、各地域の特性を活かした活動を繰り広げています。主な活動は、スポーツ大会の誘致やスポーツ合宿の誘致、自地域のプロスポーツチームのサポートや自主開催のスポーツイベント、課題解決にスポーツを活用するなど、多岐にわたります。全国の地域スポーツコミッションでは、2つとして同じ活動をしているところは無いと言っても過言ではありません。その成り立ちや地域ごとの資源や課題がそれぞれの活動に独自性をもたらしていますが、「スポーツを活用して、地域活性化を推進する」という基本理念には何の変りもありません。それぞれの地域の持つ「資源」を上手くスポーツに絡めることで、その地域ならではの個性を活かした活動をしているのが、「地域スポーツコミッション」という組織です。
3. 地域資源とは
さて、「地域資源」とはいったいどのようなものでしょう。私の考える地域資源には以下のようなものがあります。
1. 自然的資源(気候・風土・地形など)
2. 文化的資源(歴史・伝統・風習など)
3. 産業的資源(特産品・地場産業など)
4. 人財的資源(住民の知識・技術など)
スポーツに特化すれば、アリーナやスタジアムという施設や地域のトップチーム(プロチーム等)も間違いなく地域資源です。
四季のある日本は、夏場でも涼しい北海道や冬場でも暖かい沖縄のように気候という資源を活用してスポーツ合宿を行うことが出来ます。山でのトレッキングや海でのマリンスポーツ、平地でのマラソンも自然の資源を活用した取組みといえます。また、プロスポーツチームの試合の際、特産品のブースを出して地域をPRし、次回の試合に来訪してもらう取組みは、産業的資源を活用しているものです。その中でも「食」に関わるものは相手の共感を得やすいアイテムかもしれません。日本のどの地域でもお国自慢の食べ物はあるはずですので、上手く活用できると思います。
スポーツと地域資源を結び付けるには、スポーツの特性を知ったうえで、自地域のことを熟知した「人財」が欠かせません。
そして自地域に誇りを持った人財は必ず存在します。そういう人財がリーダーシップをとって、「スポーツ」という切り口に「地域資源」を重ねることで、各地域の特性を活かした、その地域ならではのスポーツコミッションが生まれ、その組織の活動が地域を活性化させていくように思われます。
4. 金沢文化スポーツコミッション
私ども金沢文化スポーツコミッション(以下、金沢CSC)は、2018年7月に設立されました。その当時の金沢は、2015年3月の北陸新幹線金沢開業の効果もあって、入域観光客数が急増していました。何故その様な時にと思われる方も多いことでしょう。前年の2017年12月の日本政策投資銀行北陸支店のレポートによれば、観光客数の伸びが120%で推移するのに対して、宿泊施設の新規開業数は130%という予測でした。現に新たなホテルの開業や開業予定、着工や竣工が毎日のように報じられていました。一方で、日本全国がそうであるように、金沢というエリアも人口減少は避けられない状況にありました。そのような中、観光・ビジネス・MICE(会議・研修・展示会等)以外の切り口で、交流人口拡大を目指す方法が模索されました。その中で注目されたのが、「スポーツ」を切り口にした取組みです。全国大会を誘致したり合宿を誘致する活動をする「スポーツコミッション」という組織が浮上したのです。当時の山野市長から“代表を引き受けてほしい”と言われ、“金沢の為になるなら”とお引き受けしました。設立にあたって、基本方針を考えた時、「金沢の最大の魅力はいったい何だろう」、「金沢の地域資源とは」と思い、最終的に金沢市民が最も大切にしている「文化」となりました。私がホテルマンであったということもあり考え出した基本コンセプトが、「スポーツ×文化×観光」というものでした。このコンセプトは今も一貫して貫かれた金沢CSCの活動の基本です。スポーツの大会や合宿で金沢を訪れる皆さんに金沢らしい文化体験をしていただき、金沢ファンになって再度観光で訪れていただくという思いから始まった取組みです。地域資源の中の文化的資源を活用してスポーツで金沢を訪れた皆さんを金沢らしくおもてなしする活動がスタートしました。金沢には幅が広く層の厚い文化活動をしている人たちが沢山います。この人たちとスポーツを応援していく形を作っていけば、とてもユニークなスポーツコミッションになっていくのではないかと考えたのです。
5. コンセプトの具現化
とはいえ、具現化しないことには誰にも共感を得られず何を考えているのかも伝わりませんので、第一回目の補助事業が重要でした。そこで、武家文化の町・金沢にふさわしい「弓道」の全国大会の誘致に挑戦し、成功したのです。弓道と金沢の繋がりを調べていくと藩政期加賀藩に吉田大蔵茂氏という武将がおり、当時の全国大会である京都の三十三間堂で行われた「通し矢」の大会で6回天下一になったり、旧町名も含めて金沢には弓にまつわる町名が多く残されていることが分かりました。さて、この弓道大会でどのようなおもてなしをするかを考えた時、日本三大茶所の金沢ですので、「お茶席」でのおもてなしとなりました。さらに、茶道と弓道には深い関係があることも分かりました。(詳細については、金沢CSCのホームページ「STORY」をご参照ください。https://www.kanazawa-csc-kk.jp/story/)
そして弓道、茶道に共通する「禅」の思想を欧米に広めた鈴木大拙氏の生誕の地が金沢であることから、全ての要素「スポーツ=弓道、文化=茶道、観光=鈴木大拙館」が見事にそろいました。この大会では、さらに、「加賀鳶の梯子登り」や「大野町の獅子舞」をオープニングで披露し、各賞典には「金箔のお皿」等格式高い賞品を準備する等、華やかさと格調高さを兼ね備えた大会になりました。余談ですが、大会参加者の皆さんに“毎年、金沢で開催してほしい”と言われたときは、本当に嬉しかったのを覚えています。このような活動からスタートし、金管五重奏や弦楽五重奏、勇壮な太鼓の演奏や暗転させた中での横笛の演奏等伝統芸能やクラシック音楽でのオープニング、伝統工芸(金箔貼り、加賀友禅型染め、加賀八幡起上り絵付け等)の体験や伝統工芸を駆使したトロフィーやスポーツグッズで全国から金沢へいらっしゃる皆さんをおもてなししています。
2019年5月に参加した国際会議「SPORTACCORD」でユニバーシアードの事務局は、“スポーツはどこでやってもスポーツさ、開催場所の個性を出すことが、選手や主催者が最も喜ぶことだよ”と言っていました。言われてみれば簡単なことで、ルールが同一なら言葉が通じなくても一緒に出来るからこそ「スポーツは世界の共通言語」と言われるのだと思います。
その一方、「地域資源」それも文化的資源はその地域特有のもので、「地域の個性」ともいえるものです。「スポーツ」と「地域資源」が融合した時、スポーツにとっても地域資源にとっても新しい可能性が生まれます。後日ですが、前述の「弓道×茶道×鈴木大拙館」はインバンド向けの旅行商品になり、コロナ明け後、民間企業に仕組みを譲渡し再構築された結果、多くのインバンドの方々に「武道ツーリズム」として体験していただいています。
6. スポーツ×地域資源
金沢の最も重要な「地域資源」が「文化」であったことは、金沢CSCにとっても幸いでした。スポーツ大会や合宿を誘致して交流人口を拡大させることで、年間の経済波及効果は25億円以上と計測されています(2023年度調査)。また、関わる市民が多い文化活動を融合させたことで、経済的活性化と共に社会的活性化が生まれたと思っています。文化的活動をしている方々も非常にチャレンジ精神を持っており、今までやったことのないスポーツとの融合を試行錯誤しながらも楽しんでくれています。
「スポーツ」という共通言語と、その地域の誇りに思える「資源」を上手く融合することで、想像もできない現象が自発的に生まれてくることが、真の地域活性化だと考えています。
日本の各地域には、さまざまな「文化」や「風習」があります。「スポーツ」という素材にほんの少しでも地域の「個性」を味付けするだけで、日本という国が世界にも誇れる多様性に満ちた国になっていくと思います。
「地域の個性を磨くことが、日本を輝かせる」と確信しています。