World View〈アジア発〉シリーズ「アジアほっつき歩る記」第112回
中国 広東美食旅
2025年10-11月号
「食は広州にあり」という言葉は日本でもよく知られているが、「食は広州以外にもあり」と言いたくなる食べ物に、東南アジアの華人街などでよく出会う。実は広東省に美食の街は多い。今回は広州の他、料理人の街・順徳、そして東部の潮州を旅してみた。
順徳
順徳には随分昔、香港で働いていた頃、何度か日帰り出張で行ったことはあったが、何を食べたかもほとんど覚えていない。ただ香港でも「順徳は優秀な料理人を多く輩出している」などの話しはいつも出ており、常に気になっていた。今回は初めて順徳に泊まり、街歩きをして、順徳料理を探してみた。
美食がある、ということは、その街が栄えていたことを意味するであろう。またこの街から出て香港で一旗揚げた人々も多い。今回はそんな一族が30年以上前に建てた老舗ホテルに敢えて泊まり、早い時間に2階のレストランへ行く。一人でメニューを見ながら「順徳の名物はどれか?」とスタッフに聞いてみると「炒牛乳が美味しいよ」と教えてくれたが、さすがに牛乳を炒めるという文字に恐れをなして注文せず。実はかなり美味しいと後で知り後悔しきり。
結局、魚球と焼きそばを頼んだのだが、薄い味付けが日本人に合っていて旨い。が、それ以上頼もうとするとスタッフが「一人だと食べ切れないよ」と親切にアドバイスしてくれる。こんなところが、売上重視でなくよい。プーアル茶も頼んだが、何と僅か2元(40円)だった。一応それなりのホテルのレストランでこの料金は凄い。まさに30年以上前の懐かしい香港を見ているようで、大満足の夕飯だった。
翌日の昼に飲食店が多い道を歩いていると、陳村麺という文字が見え、スタッフが「これ美味しいよ、入って」というので、釣り込まれる。牛腩蒸陳村麺を注文すると「麺と一緒に順徳名物・魚皮もどうぞ」というので食べてみる。確かに魚の皮とピーナッツなどを混ぜて食べるサラダで、あっさりして美味しい。このスタッフ、かなりの勧め上手、商売上手。他のお客にも巧みに色々と売り込んでいるが、決して嫌みが無く、素晴らしい接客を見る。
夜は煲仔飯(おこげご飯)を食べる。煲仔飯の中でも、いつもの腊肉飯を食べるとおこげが香ばしくてそそられる。煲仔飯も広東料理の代表の1つと言われているが、順徳あたりが発祥なのではないだろうかと感じられる。
広州
広州では今回、「広東に日本の町中華のメニューにある広東麺はあるのか」を調べたかった。だが色々と聞き回り、地元民に紹介された店で「これが広州の麺だ」と胸を張られたのは、ワンタン麺だった。ついでに広州焼きそばも作ってくれ、これらは美味しかったが、残念ながらあんかけ麺(広東麺)を発見することはできなかった。
潮州へ発つ直前、古くからの友人(汕頭出身)に「汕頭より旨い汕頭料理をご馳走する」と言われて、思わずついていく。何と2人なのに6品も注文してくれたが、港町らしいあっさり味の海鮮や潮汕系の滷味、そして鍋粥など、確かに唸ってしまうほど旨い。これならもう潮州へ行かなくてもいいかなと思うほどのご馳走にありつけるのが省都広州か。
潮州
広東省東部、潮州の朝といえば腸粉かなと思い、一軒の店に入る。あの懐かしい大きな、卵入りの腸粉があっという間に出来上がる。ごまだれのような物を掛けて食べる。広東の点心として出てくる白っぽい腸粉とはまるで違うもの。広州と潮州、現在は同じ広東省内にあるが、その文化は全く異なることがよく分かる。
鳳凰山で昼ご飯に地元の食堂に連れて行ってもらった。2人しかいないのに、5皿ぐらい出てきて嬉しい悲鳴。地鶏も野菜も柔らかいし、細めの米粉は抜群の旨さだ。浮豆腐という看板が見えたが、注文されず残念。どうしてもその豆腐が食べたかったので潮州市内で探してみる。何とか見つけたその小さな店の店先に揚げた豆腐が置かれ、もう一度揚げ直して出してくれる。何となく臭豆腐の匂い無し版かなと思う。
夜は早めに宿のレストランへ行った。食べたい物は色々あったが、一人ではとても食べ切れない。結局名物の鶏肉、煎蚝烙(牡蠣オムレツ)、炒芥蘭、プーアル茶に収まった。さすが名物だけあって、鶏自体が旨い。芥蘭も柔らかく、広東風のXO醤ではなく、あっさりした味付けが旨い。煎蚝烙は台湾でいうところの蚵仔煎。これも潮州から伝わったのだろうか。
深圳
深圳駅の前を通りかかると、実に懐かしい店の名前を見付けた。20年ほど前、深圳に来ると通っていた高級店。だが当時はそれを高いとは思わず、旨いとだけ思っていた。コロナ中に入居していたホテルが無くなり、もう食べられないと思っていたら、なんとこんなところで出会ってしまい、思わず入店する。
店内はかなりきれいになっていたが、昔の雰囲気を残しており、マネージャーらしき人は20年前と同じではないだろうか。ここは香港人の年配者が常連という顔をして食事をしており、広東語が普通に使われていた。一人で食べられる量は決まっているのだが、ちょうど目に留まったセットメニューを頼んでしまった。蒸し鶏肉と魚香茄子、どちらも極めて旨い。ああ、懐かしい。料金は20年前の2倍ぐらい(円換算では4倍?)だろうか。それでも大いに満足して引き揚げた。
今回は美食の街で思いっきり食べたつもりだったが、中国料理の1皿は日本に比べて圧倒的に分量が多く、食べたい物をいくつも食べることは難しい。料理の歴史を知りたいと思っても、食べてみないで調べても面白くはなく、観光ビザ免除になったこともあり、今後は同志を募って数人で美食街に突撃するのが良い、としみじみ感じながら、膨れた腹を抱えて帰国の途に就いた。