明日を読む

欧州見本市に見る家電産業の主役交代

2025年10-11月号

関口 和一 (せきぐち わいち)

株式会社MM総研代表取締役所長

今年も欧州最大の家電見本市「IFA」を取材するため9月初めにドイツのベルリンを訪れた。この欄では以前も日本の家電産業の衰退とその復活を願うコラムを書いたが、今回の訪問では世界の家電技術をリードしてきた日本メーカーの時代が完全に終わったことを実感した。
IFAの名物といえば展示会場の外壁一体に描かれたサムスン電子の巨大な広告だが、今回の見本市でそこに広告を掲げていたのは中国の家電大手、美的集団(ミデア・グループ)だった。見本市を主催するIFAマネジメントのライフ・リントナーCEOは「常に主役は変わりうるということでしょう」と時代の節目を語る。かつて国別の出展面積で最大規模を誇っていた日本メーカーも、今回まともにブースを設けていたのはパナソニックとシャープだけだった。
以前のこのコラムでは、日本から韓国、中国、トルコへという家電産業の主役交代の話を書いたが、巨大広告の交代を見ると、世界最大の家電メーカーであるサムスンまでもが王座の地位を追われようとしていることに驚く。ミデアは東芝の白物家電事業を買収したことで知られるが、ドイツの産業ロボット大手のKUKA(クカ)を買収し、産業機器やロボット分野にも進出するなど、売上規模こそサムスンには及ばないが、急速に存在感を強めている。
美的集団と並び、中国メーカーの雄となっているのが海爾集団(Haier Group=ハイアール・グループ)と海信集団(Hisense Group=ハイセンス・グループ)だ。ハイアールは三洋電機の白物家電事業を買収し、「AQUA」ブランドで事業展開する一方、米ゼネラル・エレクトリック(GE)の家電事業も買収した。ハイセンスは東芝のテレビ事業を買収し、世界のテレビ市場でサムスンに次ぐ第2位となり、日本のテレビ市場でも東芝の「REGZA」ブランドと合わせ、最大シェアを誇っている。
中国を代表するもう1社がTCL科技集団だ。同社は仏家電大手のトムソンから「RCA」ブランドを買収し世界のテレビ市場で上位に踊り出る一方、カナダの携帯端末大手BlackBerry(ブラックベリー)からブランドと製造権を取得しグローバルな携帯端末市場での存在感を高めた。また日本の「ONKYO」ブランドを取得し音響製品市場でも競争力を強めている。
そして中国メーカーで忘れてならないのが聯想集団(Lenovo Group=レノボ・グループ)だ。もともと「Legend(レジェンド)」というブランドだったが、2004年に米IBMのパソコン事業を買収したのを機に「Lenovo」に改称。NECや富士通のパソコン事業も買収し、世界のパソコン市場において米国の「Dell」や「HP」と並ぶ有力ブランドとなっている。
テレビの映像技術はかつて日本のシャープが液晶技術を牽引し、パナソニックがプラズマディスプレー技術を主導したが、IFAの展示を見る限り、映像技術の主役は韓国と中国の手に移ったといえる。世界のテレビ市場は韓国のLG電子がOLED(有機EL)技術でリードするが、これに対しサムスンが赤・緑・青(RGB)のLED(発光ダイオード)を直接使用した自発光に近い「MicroRGB」技術で対抗する。
一方、中国のハイアールとTCLは液晶パネルのバックライトにMiniLED技術と量子ドット(QD)技術を活用した「QD-MiniLED」というディスプレー技術を投入。ハイセンスも「RGB-MiniLED」の技術で応戦する。高解像度の8K技術で世界をリードしたシャープは今回、自発光型の「MicroLED」技術による136インチ大型テレビを発表したが、主導権を握っているのは韓国と中国のメーカーだ。
日本の家電産業の隆盛期を知る筆者としては日本メーカーの復権を願ってきたが、その戦いから日本が脱落してしまった今、日本ブランドの復活はないことを今回痛感した。シャープが唯一そこに残っているのは台湾の鴻海精密工業の傘下に入ったからで、言い換えれば中国系資本をバックに復活を遂げられたといえる。
IFAの会場で「TOSHIBA」や「SHARP」の日本ブランドが堂々と展示されていたのは、実は日本企業からライセンスを取得したトルコの家電大手VESTEL(ベステル)のブースだった。日本の家電ブランドの国際展開が日本企業自身の手によるものではなく、新興国企業に依存せざるをえなくなったのは残念な話だ。

著者プロフィール

関口 和一 (せきぐち わいち)

株式会社MM総研代表取締役所長

1982年一橋大学法学部卒、日本経済新聞社入社。1988年フルブライト研究員として米ハーバード大学留学。英文日経キャップ、ワシントン特派員、産業部電機担当キャップなどを経て、1996年から編集委員を24年間務めた。2000年から15年間は論説委員として情報通信分野などの社説を執筆。2019年(株)MM総研代表取締役所長に就任。2008年より国際大学GLOCOM客員教授を兼務。NHK国際放送コメンテーター、東京大学大学院客員教授、法政大学ビジネススクール客員教授なども務めた。1998年から24年間、日経主催の「世界デジタルサミット」の企画・運営を担う。著書に『NTT 2030年世界戦略』『パソコン革命の旗手たち』『情報探索術』(以上日本経済新聞社)、共著に『未来を創る情報通信政策』(NTT出版)『日本の未来について話そう』(小学館)などがある。